WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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前話の感想でちょいとあったプロトの疑問について

 ゲーム都合を排除したプロトはウッドマンを優に超えた不死身なので普通は勝ち目がありません。
 ギガフリーズ君で再生能力ごと凍結したので若干ヌルゲーと化していますが、もし無い場合は、

・サイトバグスタイルになったロックマンが自動回復を反転させての自滅
・ロックマンに友情パワーやら何やらを集結させてのオーバーキル

 くらいしか現状勝ち目が無い感じです。



66.イレギュラー VS 最高傑作

 細かい方向転換を繰り返し、ゼロからの被弾を避けて何とかプロトやロックマンたちと距離を取ることに成功する。

 普段とは違うPET越しで無い体感故か、それともワイリーの手によって強化されたからかゼロの速度が増している気がしてならない。

 

「……遅れて介入した割には大した手を打たんかったな貴様」

 

 突如としてゼロから聞こえてくるしゃがれた声。意外なことにワイリーはプロトと融合せず、ゼロとフルシンクロする選択を取ったらしい。

 プロトという怪物をワイリーが御し切れない可能性もあったが、それでもネットワーク社会の滅亡を目論むワイリーならば何よりも優先しているだろうに。

 

『でもそれはワイリーも同じじゃん?』

「知れた事よ。第一に警戒せねばならんのは隠岐渡。貴様を見過ごす訳にはいかん」

 

 一定の間合いを保ちながらも睨み合いを続ける。先程の追いかけっこと違い、こちらが反撃する体勢を整えたと感じ取ったからか、それとも俺たちと対話する気になったのか。

 しかしまぁ……警戒、ねぇ。

 正直な話、プロト対策については全然練れてないんだよな。原作知識だと『プロトの反乱』などの背景が語られるものの、プロト自体は初期型インターネットが暴走した、くらいしか情報が無かった。

 今世でもプロトを知る者は口を閉ざしており、コサックさんもまたトラウマ故か口を割ろうとはしなかった。

 暴走した原因がバグとはいえ、あの光正が封印という選択肢を取った以上、生半可な技術者のバグ修正は受けつけまい。

 強いて言えばプロト対策のギガフリーズをプロトまで温存するように熱斗へ言い含めておいたくらいだ。

 更に言えばテトラコード自体をSSDに閉じ込め、破壊することでプロトと戦うつもりが無かったのもある。

 

「世界を滅ぼすのは、貴様を倒した後からでも遅くはあるまい」

『んな訳無いじゃん? 私たちもネっちゃんたちも負けないから!』

 

 そんな意思表明をしたのはただの気まぐれかはわからない。老人との余興は終わり、ゼロとシアンが改めて身構える。

 

「ゆけ、ゼロ」

 

 やはり仕掛けるのはゼロの方からだ。単純にスピードで劣る以上、後の先を狙った方が有効であるからである。

 前回の戦闘パターンを念頭に置いているのは互いに同じ。が、あちらがゼットセイバーを主体に置いた近接戦からガラリと変えてくるとは思えない。

 対して俺たちはバトルチップによって戦闘スタイルを切り替えられる。

 30枚縛りではあるが、まだ誰にも見せていないコンボがある。まずは前回と同じチップで思考を誘導し、別のコンボを叩き込んでやる。

 

(【カースシールド】――)

 

 末恐ろしい剣速で迫るゼットセイバーに対し、俺は噛みつきによって反撃する盾を前方に展開しながらもシアンの身体を後方に逃がそうとして、

 

「【ジェラシー】スロットイン」

『いったぁッ!?』

 

 ワイリーからの介入によって強制的にこちらの行動を中断させられる。

 【カースシールド】は出現する前に露と消え、袈裟斬りがシアンの胴体に入ってしまう。痛烈な一撃に歯噛みしている余裕もなくゼットセイバーの切り返しへ、空気を暴発することでギリギリ回避に成功。

 

『あれって……!』

(よりによって【ジェラシー】かよ!)

 

 そのバトルチップは対戦用として良く知られるメガクラスチップである。

 その効果は転送されたチップデータの破壊、そしてその枚数分のダメージを与える効果を持つ。

 

 要するに、戦闘能力の殆どをチップに委ねる俺たちにとって天敵と呼べるものだった。

 

「また来た!?」

『わわわわっ……!?』

 

 手札を失い、プランが瓦解した俺たちに容赦なく敵は襲い掛かる。

 幸いなことに体勢を崩しても尚、シアンのスタイルチェンジは機動力をそこまで落とすことは無い。連続して空気を破裂させた反動でシアンの身体が跳ね飛ばすことでゼットセイバーをやり過ごす。

 

(【インビジ――)

「【ジェラシー】スロットイン」

 

 あるいは前世であれば制限されていたメガクラスチップも今世ならばその縛りもない。2枚目の【ジェラシー】がまたもや俺たちを苦しめる。

 あぁ、そうだろうな! 原作からしてチップデータを違法コピーしているクソ爺だからなぁ! 【ジェラシー】のチップ切れを期待しない方が良いだろう。

 が、そんなものは織り込み済みよ。このダメージは必要経費だ。

 これは見せ札、【インビジブル】単体しかスロットインしていない。

 カスタム速度に特化したシアンと近接戦闘に重きを置いたゼロならば、()のインターバルまでの時間差が生まれる筈だ。

 

(【エリアスチール】――)

 

 果たして俺の推測は的中し、瞬間移動することによってシアンがゼロの背後を取る。

 そして、

 

(【サラマンダー】【ダイフンスイ】【サンダーボルト】【ガイアブレード】)

『プログラムアドバンス!』

 

 それぞれ4属性に対応したメガクラスチップを贅沢にも4枚使うP.Aの名は、

 

『「【マスタースタイル】!!」』

 

 スタイルチェンジを発現させたネットナビにしか呼応しないふざけた条件を満たすことで、かつての戦士たちが再現されるのだ。

 シアンの影から彼女を模した戦士()たちが飛び出す。

 肥大化した拳だけでなく全身ムキムキとなったガッツスタイル、バックパックでは無く眼鏡をかけたアホっぽいカスタムスタイル、グラサンにラジカセを担いだブラザースタイルに、某伝説みたく盾サーフィンするシールドスタイル。

 グランドやバグ、シャドーはハブられたものの、実に個性的な4名が現れての袋叩きする姿は原作のマスタースタイルと変わらない。実質は、変わらない筈だ。

 ゼットセイバーを真っ向から受け止めてタックルをかますガッツスタイルに、眼鏡から謎のビームを放つカスタムスタイル、ラジカセから音波攻撃を放つブラザースタイルに、盾でひき逃げするシールドスタイル。

 最後は全員でゼロを取り囲んだ後、『さよなら天さん』が如く、自爆をかます。

 

『やったか!?』

 

 実にフラグめいたシアンの言ではあるが、絵面が酷過ぎるのだから仕方がない。ただシークレットエリアで試験運用した際、相応のダメージを叩き出していたのは確かである。

 

「【スチールリベンジ】スロットイン」

『きゃあ……!?』

 

 爆発が晴れた後、俺たちに待っていたのは光による天罰だ。

 好きな地点への瞬間移動というチートに対するカウンター、【スチールリベンジ】は【エリアスチール】を使った相手に対し、回避不能のダメージを与える。

 

「全然効いてない!?」

 

 『渡』が驚くのも無理は無い。ゼロが躱した様子も無く、全ての攻撃がヒットしている筈だったのだから。

 ただカスタムスタイルの攻撃からはゼロの姿が見えにくくなっていたし、裂光覇による無敵効果で防ぎつつ回復でもしたのだと思われた。

 

「是非も無し。なれば【クイックゲージ】スロットインじゃ」

 

 【スチールリベンジ】で怯むシアンに対し、万全な姿を晒すゼロ。そこへワイリーの援護が入り、ますます付け入る隙が無くなってしまう。

 彼らのカスタム速度次第になるが、【ジェラシー】使用後の後隙はかなり短くなったと言っていい。

 

『ワタちゃん!』

(すまんシアン……)

 

 シアンの指示を求める声に俺は謝罪の言葉しか出なかった。

 【ジェラシー】によってチップを縛られた現状、俺たちは詰みに等しい。

 

(【カゲブンシン】、1枚でも入れてりゃ良かった……)

 

 ソード性能を持つ攻撃以外――それこそインビジ貫通の【ジェラシー】や【スチールリベンジ】にも耐性がある【カゲブンシン】があれば話は別だが、ゼロ相手に入れる余裕無かったわクソが!

 何気にプロトのデビルハンドもソード性能持ってやがるし、シアンのショートユカシタで事足りるって考えちまった。

 パルストランスミッションシステムによって30枚制限が無ければ打開策が無い訳でも無かったが、無いもの強請りしていても仕方がない。

 

(何か……何か無いか……?)

 

 俺が頭を悩ませている間にも状況は悪化していくばかり。

 シアンが持ち前の機動力に合わせてショートユカシタを駆使して何とか持ち堪えてくれているが、そう長くは持つまい。

 反撃の無い相手など遅るるに足らず、ゼロは手数を増やしてシアンの行動パターンを割り出している段階だ。

 掴まれた時点で俺たちはTHE ENDってね。残された猶予はあまりに少ない。

 

(【インビジブル】は貫通されるし、【キラーセンサー】は1体だけじゃ圧が足りねぇ。どうしてもコンボ繋げる前に【ジェラシー】で断たれちまう)

 

 一発逆転の【ガイアブレード】や【カスタムソード】もまた厳しい。【ジェラシー】をガン積みしてくるワイリーがその辺の対策をしてこない筈がない。

 あぁいった大技はこちらが誘導してこそだ。安易に切れば手痛い反撃が待っているのは自明の理だろう。

 

「もうひとりのぼく……」

 

 そんな焦りが十二分に伝わったのか、『渡』の声は震えていた。

 事前に承諾を貰ったとはいえ、小学生が命懸けの戦いに身を投じて怖くない筈が無いじゃないか。

 何せパルストランスミッションシステムでは逃げの一手も困難と言っていい。

 通常のプラグインと違ってプラグアウトは不可能であり、脱出するには突入してきたアクセスポイントに触れなくてはならないからだ。

 

「フルシンクロを、やろう」

 

 しかしながら俺の予想に反して『渡』は恐怖に苛まれながらも気丈に提案をしてくる。

 フルシンクロ――それは今の俺たちや熱斗たち、ワイリーもまた利用しているナビとの融合状態ではない。

 システムによる共有。人間の精神をデータに変換したことによる結びつきではなく。

 心とココロを重ね合わせるオカルトめいた共鳴現象。

 詰まるところ、漫画版におけるフルシンクロを超えるパーフェクトフルシンクロを為そうという提案だった。

 

(そりゃあ無茶ってモンだよ、『渡』)

 

 原作のシナリオラストで数々の奇跡を起こしてきた光熱斗とロックマンのフルシンクロは確かに特別で、しかしながらその根幹は普遍的でもあった。

 今より遠い未来、おおよそ200年後も先で科学者となった熱斗が提唱した『キズナ理論』が形となったブラザーバンドによって証明されている。

 すなわち、潜在能力を秘めていないシアンでもパーフェクトフルシンクロによる強化を受けられると考えていい。

 しかし、それはパーフェクトフルシンクロができれば、という前提条件を乗り越えれば、の話だ。

 

(身も心もこんなに近いってのに……俺たちはそうあれない)

 

 そもそも漫画版とて主人公コンビの他は伊集院炎山とブルース以外は確認されておらず、かなりのレアケースに違いない。

 アニメ版でも『キズナ理論』に近しい力を用いたシンクロ率によってクロスフュージョンが為されたが、こちらも20人に満たない少人数であったのだ。

 あれだけ仲の良いデカオとガッツマンにも無理だったそれが、俺たちにできるのかどうか。

 

「あの時はできたじゃないか!」

 

 『ゴスペル』との最終決戦時、確かに俺たちは奇跡的な現象を起こしたかもしれない。

 でも、それっきりだ。あれ以降、双極集中なるものを生み出したものの、フルシンクロには至っていない。

 シアンがパワーアップするなど、欠片も見られなかった。

 

「それでもぼくは……!」

 

 俺だってそうありたい。

 『渡』のことを、シアンだって今は心の底から信頼している。誰よりも信じている。

 けれど、パーフェクトフルシンクロの糸口すら掴めない現状、どうすることもできなかった。

 せめて『渡』だけでも逃がしてやりたいのに、魂だけの俺は彼らに頼らねばどうすることもできない。

 

『ワタちゃん』

 

 ふとシアンが左手を胸に当てる。戦闘中には無駄でしかない行動だ。

 ネットナビであるシアンには心臓が無い。その鼓動を感じることは無く、けれどその掌から発せられる熱は何故か俺に届いたような気がした。

 

『そういうのってウダウダ考えても仕方ないじゃん?』

 

 その言葉は軽いながらも俺の悪癖をやんわりと窘めるものだった。

 

『確かにワタちゃんは今までは色々理屈付けてたけどさ。私としては結構な無茶振りで、勢い任せにやってた部分もあったよ?』

(それは……)

『あの時だってがむしゃらだったんだから。だからやろう?』

 

 理屈もへったくれもないってのに、開き直りに近いシアンの物言いに俺は思わず笑ってしまう。

 その方法自体がわからないってのに、何をどうしろというのか。

 そういう理屈すらガン無視して、精神論ですべて解決とか主人公補正でも無ければ上手くいく筈もあるまいて。

 

(……そう、かもな)

 

 ただふたりに背を押されて、うだうだとできない理屈並べ立てるのもまた性に合わないのは確か。

 矢面に立って今も奮闘するシアンに応えるならば、俺の懸念など捨ててしまえ。

 『キズナ理論』という言葉に踊らされたが、そもそも俺の頭はよろしくない。

 既存の精神物理学やら何やらが当てはまるのであれば、もっと多くの人が理解し合える世の中になっている筈だ。

 

(――)

 

 具体的な対処法が思いつかない以上、俺は彼らと共に賭けに出る。まぁ、どちらにせよチップを使う場合でも博打になる為、今更の話か。

 肉体から切り離され、魂だけの存在になった俺ならば心を、ココロを感じ取れるとそう信じ込む。

 少なくとも『渡』の心だけはわかる。今までもすれ違い、身体の奥で並んでいた筈だから。

 

(遠い……)

 

 果たして俺の祈りは通じたのか、あやふやながら『渡』とシアンの感情の発信源を感じ取る。

 元より手などありはしないが、それでも伸ばしても届かない距離に、それらはあった。

 

(重なり合う距離に無いことはわかった。けどその次はどうする)

 

 意思を統一すればいいのか? けれど既にワイリーを倒すことで俺たちは共通している筈だ。

 感情はどうだろう。同じ体験をしていれば自ずと感情も似た方向へ向かうのではあるまいか。

 

(いや……)

 

 でも俺たちはずっと傍にいたけれど、抱いた感情は別々じゃなかったか?

 

 例えば可愛い女の子と出会った時、『渡』はスケベ感情を抱いて浮足立って、俺はそれを窘め、シアンは楽しそうに見守っていた。

 例えば授業で拘束されている時、『渡』は面倒そうに身体の主導権を渡してこようして、俺はそれを窘め、シアンは他所で遊び惚けていた。

 例えばネットバトルをする際、『渡』はずっと後ろで見る弟のようで、シアンは相手の強さよりもチップコンボの爽快感に喜びを感じていなかったか。

 

(同じ人間じゃあるまいし)

 

 それこそ別の人間が全部が全部同じ考えを持っている方が不気味で仕方がない。

 双子であった光熱斗と光彩斗――ロックマンとて例外ではない。お調子者で割と適当な面のある熱斗と、真面目でアニメだと怖がりな一面もあったっけ。

 

(そっか)

 

 未だ心が歩み寄る手段など皆目見当もつかなかったが、わかったことがある。

 俺は彼らの事どころか、そもそも俺自身の事すら見えちゃいなかった。そんなんで、誰かのことが理解できるものか。

 

(俺は、隠岐渡じゃない)

 

 至極当然の話であったが、俺は心の奥底ではそう思っていなかった。それが、心を見つめ直した今にしてようやっとわかった。

 かつての……前世の俺は何者でもなくて。

 ただただ状況に流されるまま生きてきたつまらない人間だった。

 でも何の偶然か『ロックマンエグゼ』の世界に転生して、紛いなりにも新しい家族と友達と、相棒と呼べる存在を得て。

 原作知識におんぶに抱っこながら誰かの助けになれる、そんな『隠岐渡』としての価値を無意識ながら見出していた。

 

(『渡』……渡、シアン)

 

 あぁ、そんな不都合な事実に目を背けていた事は認めよう。我ながら本当にくだらない人間だ。

 そんな不甲斐ない俺を何故か慕ってくれている人へ明かすのは正直キツいが、もし仮に()()であるとしたら言わない方がアンフェアかもしれなかった。

 

(俺はずっと言わなかったことがある。どうせいずれは消えちまう存在だって思ってたからな)

『ワタちゃん!』

「何を、言ってるんだよ!」

 

 彼らにとっては不意打ちだからか、酷く驚き、そして怒り、嘆いてくれていた。

 それが何だかくすぐったくて、嬉しく思ってしまう自分が嫌になりそうだ。

 

(今の俺は普通じゃないだろ? だからいつ普通の状態になるか俺でも選べねぇ。数年後かはたまた数秒もすれば消えてしまうのか俺にもわからん)

『何でこんな時に言うのさ!!』

(今だからこそ、だよ)

 

 真面目な話、こんな時じゃなきゃウダウダ考えた末に尻込みして心の奥に引っ込めていたに違いない。

 

(そんな俺は多分、自分のいた証を残したくなかったのかもしれない)

『いや、バリバリ残ってるじゃん』

「うん。ネットセイバーになって事件解決してるし」

『クリームランドなんか完全にワタちゃん色だよね』

(……そうかな? そうかも)

 

 本来ならもうちょい存在を秘匿して熱斗たちの手助けする予定だったんだけどなぁ……。 

 

(だから改めて()()()()だ)

 

 一拍置いてから()は、

 

(俺の名前は――星会(ほしあい)(わたる)。お前らが思ってる以上にどうしようもねぇ情けないオッサンだよ)

 

 ずっと隠してした、しょうもない秘密をここに暴露した。

 言ってしまった後悔は無い。隠す方が不義理だと理解した今、俺はこれまで以上に彼らに寄り添うことに決めた。

 魂だけのオッサンが図々しく居座って、ネットナビがいなけりゃ何もできない。ならばせめて彼らの前では誠実でいよう。

 

「それを言ったらぼくだって、きみがいなきゃ何にもできない小学生だよ」

 

 渡の自虐の言葉を否定しようとして、寸でで呑み込んだ。俺を否定しなかった渡を、俺が否定していい筈が無い。

 それに渡が思っている以上に価値があるって、渡自身の手で気付かなければ意味が無い。そう思ったから。

 

『これ、私も言わなきゃダメなヤツだよね?』

(無理しなくてもいいぜ? ただ俺がそうしたかっただけだからな)

『猶更じゃん』

 

 シアンの言葉は俺や渡よりも軽い口調であったが、それでも隠し切れない感情の重みが感じられて、

 

『私が元は人間で、ワタちゃんのことが好きだって言ったら、どう思いますか?』

 

 

 

 

 

(流石の隠岐渡も手詰まりか)

 

 ゼロの中で睥睨するワイリーは嘆息交じりにそう結論付けた。

 【ジェラシー】によって彼らにとっての一番の武器であるバトルチップを封じ込めた結果、シアンから碌な反撃は無く、ただただ逃げ回るばかり。

 ワイリーの睨んだ通り、チップが無ければ彼らに有効打など存在しなかった。

 それでも隠岐渡ならば思わぬ隠し玉があると過剰な期待を抱いていたのも束の間、それが失望へと転じたワイリーはゼロに命じる。

 

「貴様との因縁もこれまでじゃ。ゼロ」

『了解』

 

 ワイリーの類稀なる思考力によってシアンの行動パターンも既に見極めた。

 あるいは隠岐渡にチップを解禁させたとしても勝利を収める自信があったが、ワイリーはそうしなかった。

 もうちんけなプライドなど捨て去った。ならば最後までそのスタンスを貫くのみ。

 

 あっけない幕切れにワイリーは瞼を閉じ――それ越しに強烈な光が浴びせられたことで彼は意識を切り替える。

 

「あれは……」

 

 トドメの一撃となるゼットセイバーはシアンから遠のいていた。否、ゼロ自身が警戒した故に後ろに飛びのいたからだ。

 しかし、ワイリーはそれを責め立てる気にはなれない。何故ならば、

 

「なんじゃあのエネルギーは!?」

 

 シアンの全身から放たれるエネルギー量は到底ネットナビ1体で賄える量ではない。それこそフォルテやゼロすら上回る光景にワイリーは圧倒される。

 驚いたのはそれだけではない。()()したシアンの周囲を回転する3()()の円環はまさしく、

 

「フルシンクロ……!」

 

 機械的に再現された紛い物とは違う、真なる共鳴現象。

 人間とネットナビが心を重ね合わせることで発現するそれは、光正が提唱したものの机上の空論に終わったものだった。

 一卵性双生児であった光熱斗と光彩斗が元となったロックマンであるからこそ起こせた奇跡を、隠岐渡とシアンが実現している光景がワイリーには到底信じられなかった。

 だが、事実として彼らが証明している。目の前で起きた事こそが真実だ。

 

「ゼロッ!!」

 

 許しがたい感情のまま吠えるワイリーに従い、ゼロは冷淡な表情でゼットセイバーを振るう。

 対するシアンは初動が無い。回避行動も間に合っていない。己の変化に気を取られたまま喉笛を掻っ切ろうとして、

 

『あーっ、恥ずかしっ』

(今、何をした?)

 

 いつの間にか半身をズラしたシアンに躱されていることに遅れて気付く。

 ゼロの視界は全容を捉えていた。単にシアンがゼロを上回るスピードで回避したに過ぎない。それを、ワイリーは認めたくなかった。

 

『八つ当たりになるから先に謝っとくね?』

 

 ちろりと小さな舌を出してシアンはウインク交じりにゼロの胸元に手を伸ばし、

 

『「ゲットアビリティプログラム」』

 

 右腕に紫電を纏わせてそう宣言した。

 途端、ゼロの身体より抜け落ちるエネルギーがシアンの腕を伝い、吸収されてしまう。

 間違いなくその挙動はフォルテと同じ、正真正銘のゲットアビリティプログラムの働きと言えた。

 

「何故貴様が()()を持っている!?」

『ワタちゃんが頑張ったからね』

 

 ワイリーという老人は知らない。

 隠岐渡もとい星会亘が転生してからずっとチップシステムに疑問を持っていたことを。

 コサックと出会ったことでそれに確信を持ち、密かに独自研究を続けていたことを。

 そしてこの瞬間、シアンと隠岐渡、星会亘がフルシンクロしたことでゲットアビリティプログラムを扱える条件を達し。

 それと同調したスタイルチェンジが新たにカスタムスタイルへと覚醒させたシアンの能力こそ、ゲットアビリティプログラムだったのだ。

 

『いでよっゼットセイバー!』

 

 バチバチと紫電が弾けた後に構成されるは鏃のような形の薄型の光の刃。ゼロの得物と瓜二つのそれは虚仮威しだと思い込むには無理があった。

 無論、【ジェラシー】が起動することは無い。

 あくまで【ジェラシー】は相手の転送されたチップデータに反応するのであって、外部から得たプロセス自体に反応するものでは無いからだ。

 そして、ゲットアビリティプログラムは奪取したデータを元に、自身の内で生成する。腕に内蔵された武器と同じカテゴリーである。

 

『やぁああああ!!』

『……!』

 

 両者が剣を握ったことで、立場は逆転する。

 急速接近するシアンに対し、ゼロが取ったのは防御だった。

 三者によるフルシンクロで生み出されたエネルギーはシアンの内部ステータスにも及び、ゼロの機動力を上回ってみせたのだ。

 数合、剣を合わせたことで中にいるワイリーも実感する。ステータス面での優位は完全に覆されたのだと。

 

「まだじゃ……!」

 

 それでもその刃はゼロに届かない。単純にゼロの剣腕がシアンより数段優れているのもあるが、何よりもゼロにはラーニングがある。

 相手の動きを学習し、それに合わせて成長する。

 それは決して技量だけではなく、ステータスもまた上昇していく。

 負ける道理などある筈も無いというのに。

 

「あってはならん……」

 

 セイバー同士がぶつかる度に、型に嵌った動きしかしていなかったシアンの動きがワイリーの見知ったものへと変わっていく。

 それは鏡映しのように、まるで()()()()()()()()と戦っているかのようで。

 

「こんなこと許されてたまるか!!」

 

 ゼロの根幹でもあるラーニングまでも奪取してみせたなど、ワイリーにはとてもじゃないが受け入れ難い現実であった。

 それでも彼の頭は彼我の戦力差を比較し、不利なことを悟れば勝負に拘らない。

 

「【シラハドリ】スロットイン」

(――使ったな?)

 

 相手のゼットセイバーを無力化し、その隙を突く算段であった。

 が、今の今まで聞こえなかった隠岐渡の声が聞こえた途端、己の失策を悟る。

 シアンが腕を振るもその延長線上に得物は無かった。

 スタイルチェンジ――カスタムスタイルから再びウインドクノイチスタイルへと切り替えたシアンが嘲笑う。

 

(【グリーンロープ3】【プラズマボール3】【バッドスパイス3】【トーテム3】)

 

 ゼロの足元より忍び寄る茨のツタが足を奪い、ぐるりと周回する雷球が怯ませ、キノコの胞子が混乱をバラまき、召喚されたトーテムが炎を吐き出し、彼女を回復させる。

 息も吐かせぬ連続攻撃にゼロのHPがみるみる削られ、ワイリーは歯噛みする。

 チップの仕様上、罠系チップは重複せずに効果が上書きされるのだ。それをまんまと狙われた。

 

「【ジェラシー】スロットイン!!」

(切り替え早ぇな)

 

 勢いに乗って一気に畳みかけることはせず、手を止めたシアン。戦術の読み合いに関しては彼らに一日の長がある。

 三度カスタムスタイルに切り替えた彼女がゼットセイバーを一丁前に構え、ゼロとワイリーを煽る。

 

「隠岐渡ゥ!!!!」

「ぼくだけじゃない!」

『私は!』

(俺はひとりじゃない)

 

 何重にも重なる意思がワイリーの精神まで揺さぶってくる。

 己の知らない隠岐渡が老人の執念とぶつかり合う。剣を通してだけでなく、まるで心が繋がっているようで――

 

「…………ココロ、ネットワーク」

 

 それはかつて青臭い頃に光正と思い描いていた未来予想図。

 心と心を結ぶネットワークが極小さいながらも実現したことにワイリーが呆けている間にも彼らの激突は止まらない。

 

 ココロサーバーと対となるココロネットワークは、光正とDr.ワイリーの時代ではネットワーク技術が熟しておらず、後の世代に託した代物であった。

 心同士を直接通じ合わせることで、言語や文化の壁を超えて相互理解を深める。

 そんな技術を夢見ていたのは科学省を追放する随分昔のことであった。

 

「貴様は……」

 

 十中八九、光正が記したココロネットワークの基礎理論とは原理が違う。紛い物であるとワイリーの頭では理解している。

 元となったゼロウイルスの名残が相互し合った結果、この現象を生み出しているのだろう。

 ただそれでも、胸の内にこべりついた感傷が、ワイリーの心を乱す。

 

「…………」

 

 隠岐渡の胸中は実に俗めいていた。

 しんどいのは嫌だ。苦しい思いをするのも嫌だ。楽しいことが好きだ。ずっと遊んでいたい。

 でも、自分の憧れる人が頑張っているのなら、ぼくだって力になりたい。

 

 シアンの胸中はネットナビの割に複雑だ。

 色々な想いが渦巻きながらもいの一番に浮かぶのは彼への献身。深い愛情があった。

 

 そしてもうひとり。

 随分と後ろ向きながらも青臭い考えを持った男がいた。

 大層な野望など無く、ただ身内の幸せを願い、その為ならば世界だって救ってみせる狂った精神性の持ち主で。

 

「負けたくない」

『負けたくない』

(負けたくねぇ)

 

 互いが互いの為に、勝つ為では無く負けない為に戦っている。

 そんな小市民が、ワイリーに歯向かっていた事実に彼は酷くおかしく思えた。

 

『あぅ……』

 

――それは唐突に終わりを告げた。

 

 奇跡は長続きするものではなく、溢れんばかりのエネルギーは枯れ果ててしまい、シアンは膝から崩れ落ちる。

 至極当然の話だ。イレギュラーがあったとはいえ、1体のナビが今まで維持できた方がおかしな話であった。

 

「終わり、か」

 

 あの奇妙な感覚が尾を引いてワイリー自身締まらない想いであったが、それでも隠岐渡との決着を望んでいたのは確かだ。

 今度こそ戦う力を失った少女型ナビにトドメを刺して、終わりだ。

 その筈なのに、

 

「……ゼロ、何をしておる?」

 

 ワイリーの剣、忠実なる僕がその手を止めていた。

 首を垂れる無抵抗な少女型ナビが罠を仕掛けている筈も無く。

 どこまでも冷徹で敵を消すのに何ら躊躇しないゼロが、どうして。

 

――そのココロがこんなにも揺らいでいるのか。

 

「早くトドメを刺さぬか!!」

『それはできません』

「何を言うか!! ゼロ、お前の目的は――」

『敵を倒すこと。それに変わりありません。ですが――我々は負けました』

 

 ゼロが何を言っているのか、ワイリーには理解できなかった。

 負ける? 誰が? まさか、この天才科学者Dr.ワイリーが負けたとでもいうのか?

 

「違う! 今こうして! 立っているのは儂らじゃ!」

『はい。ですが、ワイリー様の御心は負けを認めている』

 

 その発言にワイリーは鼻で笑ってやれなかった。

 反論する口が震え、喉が詰まった。捨てた筈の自尊心が、顔を出す。

 

(負けを認めてる、ってのは俺にはわからんけどさ。結果に満足してないのはわかるぜワイリーさんよ)

 

 そう指摘されてワイリーはようやく自分の心に気が付いた。

 一度の敗北を喫して勝利に貪欲になっていた筈なのに、贅沢にも彼らの時間切れを認めたくなかったのだ。

 真正面から、自慢のゼロが打ち破る姿を夢想していたのを思い出した。

 

「儂は……」

 

 バトルチップという武器を縛っても尚、真なるフルシンクロを発動してみせた彼らは。

 偶然にせよココロネットワークを疑似的に再現してみせた時点で、ワイリーは科学者として敗北を認めていたのかもわからない。

 

「儂は……!」

 

 隠岐渡に対する恨みは決して消えていない。弱っている今こそ潰す絶好の機会だというのに。

 とっくに固めた筈の意思に生温い感情が割って入って邪魔をする。

 それが徐々に熱を伴って、ワイリーの胸の奥から呼び起こすものがあった。

 

「儂は勝って否定せねばならんのに!」

 

 自分を否定し、光正を肯定した世界を。

 そして重ならない筈の男と違う隠岐渡を否定せねばならないのに。

 

「……今、貴様を消しても意味が無いのはどうしてじゃ」

 

 きっとこの手でシアンを消したところで、亡くなった光正のようにワイリーの心に爪痕を残し続けるのだと容易に想像できてしまったから。

 迷いが芽生えれば、腕は次第に重くなり。終いには振り上げることすら億劫になってしまった。

 

(ワイリー、ちょいとブレイクタイムといこうや)

 

 そんな折に、敵対していた男から提案が入る。

 従う義理などまるで無かったが、どこからともなく遠くに出現した、光が差す扉を目にしたワイリーは渋々といった様子で首肯した。

 




 66話にして主人公の名前が判明するとかマ?
 完全にポッと出ですが、ワタル被りなので覚えなくても基本オーケー仕様です。
 名前の由来は『転生者』のアナグラム。土とか|とか色々足りないのは敢えてそうした感じ。


 ゲットアビリティプログラムに関しては序盤の時点で匂わせて、からのコサックさんに弟子入りして継承的な流れを始めは予定していたんですけどね……
 フォルテに執着しまくってる挙句、割と地雷要素だと気付いた時点で頓挫しましたね、えぇ。


 ちなみにシアンのカスタムスタイルに関してはゲットアビリティプログラムと併用してチップシステムも搭載している感じです。
 尚、フルシンクロ状態で無いと使えない模様。



 パーフェクトフルシンクロに関してもパルストランスミッションシステム内限定で発動した感じです。
 熱斗やロックマンと違って、心の距離が遠過ぎるからね。
 ただ通常ではありえない3重だったので出力もエゲつないイメージ。
 まぁ、ロックマンの潜在能力は負けると思うけども。


 ワイリーの真意に関しては次回になります。
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