神酒が闇派閥に流れている。
その情報がやってきたのは、バクティに移籍の話を持ち掛けてから1か月ほど経ったころだった。
流通元は不明。アストレア・ファミリアが捕まえた闇派閥の冒険者が妙な酩酊状態にあり、確認したところ神酒を飲んだ形跡があったとのこと。
「本当にソーマは出してないんだな?」
「ああ。確かに少量ずつ作ってはいるが、現状神酒は作っていない。今俺が取り掛かってるのは神酒の対抗になる
ギルドを管轄する神ウラヌスから与えられたギルドの一室で、俺は数柱の神と話し合っていた。
「団員が少量ずつ盗んでいる。とか、かつての分を溜めていて闇派閥に売っているとかの可能性は?」
「それもおそらくない。そもそも神酒を飲めば飲んだ本人がもう一度飲みたくなるらしい。所謂中毒症状が発症する」
現状のファミリアでは酒と酒場の売り上げで生活用の基本給のような給料を出しており、最低限の生活ができるようにファミリアの形態を整えた。
生活に困窮し神酒を売るメリットが現状ない。それが今のソーマ・ファミリアだ。
「何かしら思いつくことはないか?」
「まあ、かつての分を闇派閥に売っている。というのが一番可能性としては高いだろうな。今作っている神酒は俺自身が管理している。まあ、拠点においてある以上盗める状態ではあるが、先に言った通り団員が盗むメリットは少ない」
ただ、一部団員からは神酒を求められることもあり団長であるネクタルとの判断で少量渡していたりするが、それも酒場では行わず団長の執務室の中で飲酒する本人を含めた俺たち3人のみでだけ。
「闇派閥から闇派閥に流れている可能性はあるか」
「俺としても由々しき問題だ。できる限りの協力をさせてもらう。ファミリア内でもおかしな行動を行っているものがいれば共有しよう」
「ああ。助かる」
「っそれにしてもあの引きこもりの酒カスニートやったソーマがこんなにオラリオに関わるなんて少し前なら考えられんかったな」
「そうね」
「俺自身驚いてる。リリルカに恩恵を与えていなければ今頃どうなっていたか……」
リリルカに刻まれた可能性に興味が湧かなければ今頃どうなっていたか。団長による神酒を中心にした私物化されたファミリアになっていただろうことは想像に難くない。
「なぁソーマ。前から思っとったんやけど」
「なんだ」
「あんたってロリコンなんか?」
ロキが放った一言に思考が停止する。
「あんたが表立って動くようになったんはリリルカたんに恩恵与えてからやろ? それまでなんもせず一柱で引きこもって酒作ってるだけやったのに、今じゃオラリオの中でソーマ・ファミリアの存在を小さいもんって言えんくなっとる」
「そうね。確かに。僅か3年であなたのファミリアはオラリオの中心になりつつある」
非探索系ファミリアとしてはデメテルに次いでの重要度にある。正直一気にオラリオで価値をつけ過ぎた。
「確かにリリルカに恩恵を与えてからだが、ロリコンではないな。酒を共に飲めないだろう」
「酒飲めたらええんかい」
いや、酒が飲めるかどうかは重要だろう。俺の作った酒が飲めないのは問題だ。
「何があんたを変えたんや?」
「一言で言うのは難しいな……」
単純にスキルが〜。と言うだけでは納得しないだろう。
雰囲気にも出てるし、ロキだけじゃなく、この一室にいる多くの神々が気にしているのだろう。
「神は不変。そうあるはずやのにあんたは変わっとる。みんなそれが聞きたいだけや。さっさと白状せぇ」
「そうか。ならそうだな……。俺の作ろうとしている神酒は、神ですら酔わすことを目標に作っている。そして、その酔いを飲んだ者たちが共有できる酒。まだ研究段階の代物だが、俺の作った神酒は、人の子らが飲めば中毒症状に陥る」
「せやな。そう言う話やから反神酒? を作ろうとしてんねやろ?」
「ああ。だが、リリルカに恩恵を与えた時、彼女にスキルが発現していた」
精神汚染に対する高耐性と飲んだ酒の質によるアビリティ強化。
「まだ飲ませていないから可能性ではある。だが、人として唯一、俺の作る神酒の味を真の意味で理解できるかもしれない。そんなスキルが発現した」
だからこそ大事に育てる。共に食事をし、外を歩き、酒の研究をする。叱ることはほとんどないが、褒めて存在を肯定し、ソーマ・ファミリアにとって重要なピースであると言うことを少しずつ認識させる。全ての経験がリリルカが得た【
「なら、本気で守れ」
「ガネーシャ」
「今日、俺の眷属が二人殺された。ロキのところにもフレイヤのところにも負傷者が出ている。朝、言葉を交わしたはずの子が、帰ったら飯を食う約束をしていた子が、亡骸も帰ってくることなく」
「せやな。ダンジョンの中で、モンスターにやられるんなら理解できる。子がアホなことして、それで死ぬ。悲しいし苦しいけど、その子の冒険や。でもな、【
「ロキの言うとおりだ。そこまでお前が重要視するのであれば、奴らは彼女を狙うかもしれない。どこまでこの情報が流れているかはわからないがな。ただ、ソーマの流通が事実である以上、お前は行動で示さなければならない。オラリオで暮らす民のために、この街で生きる子らのために」
「もちろんだよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「リリルカ、久しぶりに恩恵の更新をしよう」
「はい!」
ダンジョンに潜り始めてしばらく。更新の頻度は多くなかったが、それでも団長と相談の上時々更新を行なっていた。
頃合いにしては前回の更新から3ヶ月。一体リリルカがどう成長したか。
リリルカ・アーデ レベル:1
力 :I 22
耐久 :I 38
器用 :I 61
敏捷 :I 98
魔力 :H 107
《魔法》
シンダー・エラ
・詠唱式:【貴方の
・解呪式:【響く十二時のお告げ】
《スキル》
【神酒月杯シャシン・ソーマ】
・『力』『耐久』『精神』の高補正
・精神汚染に対する高抵抗
・飲酒時における全アビリティ能力の高補正。補正効果は酒質に比例
「どう、でしょうか……」
「安心しろ。順調にステイタスは伸びてる」
ダンジョンに潜り始めて約1年ほど。
本当に少しずつ。ゆっくりと成長している。
「今日はゴブリンを倒しました。サポーターでも最低限動けるようにって」
「そうか」
「今度から一対一で戦って良いって団長に言われました」
「それはすごい成長だ」
リリルカが今日行ったダンジョンでの冒険を話し、俺がそれに相槌を打つ。
「リリルカはゴブリンたちモンスターと戦うのが怖いと思ったことはあるか?」
「え?」
ふと気になったことを聞いてみる。
「初めはサポーターになると聞いていた。だが気がつけばモンスターと戦うようになっていて、そして今度は直接戦うのだろう? 俺はダンジョンに潜ったこともモンスターを見たこともないが、相応の思いはするだろう」
「あっ……いや、……」
とたんに口を塞ぎ静かになるリリルカ。
少し震える様にステイタスが記された用紙を見ながら固まってしまった。
何かリリルカにとって良くないことを聞いたのだろうか? そう思っていると、リリルカは小さい声で「怖くない」と答えた。
「ダンジョンのモンスターは怖くありません。団長もついてくれるので……」
「リリルカ……」
リリルカが答えた返事は嘘だった。
ただ、よく考えればリリルカはまだ6歳。異形の怪物を見て恐怖心を持たないわけがない。
最近ではマシであるものの、もともとは親や団員に殴られていた子である。人間不信に陥らずこうして話せているだけでも凄いこと。
「リリルカ。本当のことを話して良い。お前はまだ6つで守られるべき子だ。いくらネクタルと共にダンジョンに潜ろうと、多くの者から声をかけられるほど顔を覚えられていてもそれは変わらない」
また俯くリリルカ。
「別にお前を責めたいわけじゃない。恐怖心を持つことは正しいことだ。モンスターが怖いからサポーターの練習をやめろなどとは言わん」
そう優しく諭せば、観念したのかすごく小さな声で「怖い」と答えてくれた。
「恐怖心はとても大切にしなければならない。命の危機があるときに限らず、思考を整理する重要な分岐点になるのが恐怖心だ。ネクタルからも似たようなことは言われていないか?」
「はい。初めてモンスターを倒すことになった日に……」
「恐怖心は自制心や冷静さを生み出す。いま良くないファミリアたちの冒険者たちが騒がしい」
「最近酒場に来る人達、ですか?」
「ああいう見える形で行動する輩はまだ良い。問題は、その心を隠して動く奴らだ。ダンジョンの中にしろ外にしろ今は危険が多い。できる限り一人では行動せずに誰かと動きなさい」
「神ソーマ。よろしいでしょうか……」
リリルカを執務室から送り出そうしたとき、部屋の外からザニスの声がした。
「リリルカ。とりあえずゆっくり休みなさい。明日は仕入れがある。お前にも来てもらうぞ」
「はい」
「ザニス。入って良いぞ」
リリルカと入れ替わり入室したザニスは、手に持っていた書類を机に置く。
「頼まれていた脱退した元眷属たちの動向です。まだ確認できていない面々もいますが、おそらくその者たちは……」
「闇派閥とつながっている……。か」
名前を見たところで記憶にない眷属たち。本当に主神として機能していなかったこれまでの俺にため息が漏れる。
「まだ調査しますか?」
「いや、一先ずは十分だろう。汚れ仕事を押し付ける形になってすまないな」
「気になさらないでください。団長たちが動くより、新参者の私が動いた方が良いことは理解しております」
自ら進んで行動するザニスに隠れているのは、以前俺に話した野心なのかそれ以外か。
「この前完成した試作の酒を飲んでもらっても構わないか?」
「あまり酒精が強いのでなければ……。この後もカヌゥ達とダンジョンに潜る予定ですので」
「安心しろ。ミード酒を基本に香草・薬草に生薬を混ぜ込んだ薬酒だ」
小さなグラス2つを取り出し、以前から試作していた反神酒を注ぐ。
琥珀のように透き通った黄色の酒が注がれると、ザニスはごくりと唾を飲み込んだ。
グラスを手に取り、口元へと運ぼうとするザニスを見てふと思う。
よくよく考えれば、製法が違うとはいえ、すべての作業を俺がこなしたこの薬酒って、俺の神意がふんだんに詰め込まれた神酒の一種なのでは?
「まずい!!」
急いでザニスを止めようと手を伸ばすが、目を閉じてグラスを煽ったザニスはすべて飲み込んでしまっていた。
自ら神酒を回さないようにしているというのに! と内心で慌てながらザニスを見れば、神酒を飲んだ者特有の酩酊状態の様子はまだ見えない。
「少し、私にはキツイですが、ただ、水を飲めばまだ大丈夫そうですね……。如何なさいました?」
「酔っぱらう感じとかは……」
「今のところはまだ……。ただ、薬の感覚がすごく強いですね。のどが焼けそうな飲み薬。といった所感でしょうか」
どういうことだ? これは成功か? のどが焼けるってことは酒として機能はしているはず?
「要件は以上でしょうか」
何が起きたか分からず戸惑っている俺をよそに、ザニスは部屋から出ていった。