朝早く、ギルドから指示を受けた俺は
その中には団長であるネクタルや、
「先ほど、ギルドから依頼が来た。
「はぁ!?」
「なんで俺たちが!!」
俺の一言で多くの団員達が切れる。それもそうだ。ソーマ・ファミリアはただ酒やソーマが飲めるからと荒くれ者が多く入団している反面、戦闘力はたいして高くなく、質より量のファミリア。多くの団員がレベル1の下級冒険者であることはオラリオに住んでいるものであれば知らないわけがない。
「一応ギルドは依頼という形だが、実際のところは命令だ。俺たちに拒否権はない」
「んだと! 横暴だろうが! 俺たちに死ねってのか!」
「そうだそうだ!」
「正直なところ、俺自身もギルドには文句を言ったが、それでも現在多くのファミリアが闇派閥討伐に向けて動き出している。ロキとフレイヤのファミリアを筆頭にな」
「なら任せておけば良いだろうが!」
「そうも言ってられん。どこからかわからないが、俺の作った神酒が闇派閥に流れているとギルドから話が来ている」
神酒が流れている。その一言で団員は静まり返った。理由は単純。晒上げられてリンチを受けるかもしれない状況だから。横に立つ団員をそれぞれが疑う目で見る。それほどまでに場の空気が死んだ。
「お前らが流しているとは全く思っていない。俺がこのファミリアの方針を変えて気が付けば5年ほど。褒美として出すソーマも俺の目の前で飲み切れる量で出している上、在庫管理は徹底して行っている。だからお前らの事を疑ってなどいない」
「なら、なんで今そんな話をする」
「疑われている以上それを払拭せねば、お前らと酒が飲めないからだ」
「俺は酒造りの神であり、お前らに酒を与え、その酔いがもたらす多くの幸福感を共有する。その酒を悪事に使われるのは腹が立つ。神の腹いせだ。俺の酒を汚す奴が平然とこの街にいる。お前らの目を見て、意見を戦わせ、時には殴り合いをしたこのファミリアの現状を壊そうとする雑菌がいる。その事実が耐えられない」
俺はいくつか酒瓶を取り出した。
「ここ数年、オラリオに生きる多くの者が死んだ。ダンジョンの中での話ではなく、人同士の諍いでだ。俺の酒を飲むはずであったものが、お前らと酒を飲んだかもしれない者が。今から渡すのは弔い酒だ。【シャシン・アガヴェ】。商業部が作り、俺が整えた、泣くための酒だ。すでに多くのファミリアには商業部が配ってくれている」
「まどろっこしい話はやめようぜ。ソーマ」
「ああ、レベル1がほとんどの俺たちに何をさせる」
「俺たちはこれからこの酒を笑い合う酒に変える。俺がこの5年間を使って清めたお前らという酔いが、この街に伝播し、弔い酒を笑い合える酒になるよう、俺たちにできることで。先日ダンジョン内で闇派閥と大きな衝突があった。ギルドやロキ達はその闇派閥たちが表に出てくると言っている。俺たちが多くするのは住人の保護、そして酒蔵、ダイダロス通り近くの倉庫などの警備」
「私を含めた上級冒険者は地上に出てきた闇派閥と直接戦うことになる」
俺の横に立っていたネクタルは、バクティたちレベル2以上の数名の顔を見て話す。
「特にネクタル達レベル3以上にとっては危険が伴う。下手をすれば死ぬかもしれない。狡猾で悪である奴らは倫理観というものがない。だが、それでも俺はお前たちを送り出さなければない」
総勢100名近くになる団員分のショットグラスを並べた俺は、そこに【シャシン・アガヴェ】を注ぎ込む。
「酔え。儚く散る冒険者に泣き、襲われる市民に泣き、倒れる同胞に泣き、そして討った敵へ怨念をすべて飲み干し、正しく酔えるものとして進め。それが今までお前たちに不便をかけ、悪しき風習を作ってしまった俺ができる全てだ。そのために俺はお前たちに酒を造る」
「この街のために酔う。旧体制のころは存じませんが、一オラリオに住むものとして治安は良いほうが嬉しいですからね」
注がれた一杯を一番最初に獲ったのはザニス。直近ではダンジョンにもぐりレベル2に近づいている探索部の有望株。
「もちろんアタイとしては酒が飲めりゃあ文句はないさ。それに人殺しなんざ
バクティがグラスを手に取ったことで、比較的新しい団員がどんどんとグラスをその手に持ち始めた。
「俺は……、まだあんたらを認めてねぇぞ」
「カヌゥ。ああそれで良いさ」
しぶしぶながらも、カヌゥやアーデ夫妻など古株もグラスを持つ。
「私は、情熱を取り戻した貴方に付いていくとあの日決めた。貴方の作る酒に酔ったのではなく、神意に酔ったのです。例え多くの悪意が私の身を犯そうと、貴方が作る本当の神酒を飲むまで、この拳を握り続ける」
最後にネクタルがグラスを手に取る。
「私たちはオラリオが誇る酒の神・ソーマが見初めた至極の酔い。恐れを携え、矮小であると自覚しながらも、その神意に則し暴れるのみ。私たちの酔いが闇ごときに飲まれるわけがない。抗い、吼えろ。俺たちの酔いが至高であり崇高であることをこの街に伝えろ」
ネクタルの演説に合わせ、この場にいる全員が【シャシン・アガヴェ】を煽る。もちろん、俺もともに煽る。
喉を焼く独特の飲み心地と共に、鼻を抜ける独特の香り、目が覚めるような強烈な酒精が体の中を駆け巡る。
「今日か明日か。一週間後かもしれないが、またこの場で全員がそろった暁には、商業部が貯めている酒全部飲み干すぞ」
「もちろんだ!」
「やったるさ!」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
「ソーマ! ちゃんと酒出せよ!」
「グラス一杯のソーマじゃ足りねから、一人一つずつ瓶で寄越せよソーマ!」
ネクタルを先頭に団員たちがバルから飛び出していく中、一人の小人族だけが俺の目を見たまま残っていた。
「ソーマ様……」
「どうした、スアーハ・アーデ」
リリルカによく似た亜麻色の髪。ボウガンとナイフを腰につけた軽装の彼女は、俺の目をそらすことなく見つめている。
「私たちは良い親ではなかった。今更あの子をみて笑いかけてあげることもできない。それをするには私が許せない。だから、あの子のことをお願いします」
俺が何かを伝える前に、アーデ夫人はバルから出て行った。
その目はリリルカに恩恵を与えたあの日の虚ろな目ではなく、酔いの醒めた、どこか覚悟を決めていて、悲しそうな目で。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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数日のうちに闇派閥による侵攻が始まりオラリオの市街が戦場となる中、ネクタルはソーマ・ファミリア唯一のレベル4であることから遊撃として街中を駆け巡る。
「正直かなり厳しいね。
「奴らの主力は恐らく中だろう?」
「おそらくね」
周囲を見渡しても嫌な静けさがある。
何を目的に闇派閥が動いているのかがうまく見えないのが原因だが、それでも極地で戦闘は起きている。
「団長! 西側に闇派閥が現れてます! 数はおおよそ10。現在はハシャーナさんが対応してますが、どこまで持つか」
「【
「ライバル同士のほうが燃えるって展開?」
「そんな仲ではないが、同じ拳を使うものとして、あいつが死ねば張り合いがない」
いつの間にか仲良くなった【剛拳闘士】という二つ名を持つ男。ソーマ・ファミリアのいざこざにもよく顔を出し、同じ拳が武器の仲間として認めたくはないがライバル。そんな奴が危ないと聞けば、多少私情で動いても文句は言われないだろう。
「了解した。頼む」
「ああ。ガネーシャ・ファミリアには迷惑をかけることが多いからな。これくらいしなければお前たちの割に合わないだろう」
それだけ言うと、俺は民家の屋根に飛び乗り、西側へと向かう。
「【挙げろ、怪宴の狼煙。
早速だが魔法を使う。
おそらくだが、状況としては芳しくないだろう。ハシャーナが直接狙われたのであれば、近接に特化した者が壁となり動きを止め、遠距離から攻撃できる者が壁もろとも攻撃を行うなず。そうなれば、さすがのハシャーナでも一溜りもない。
「 踊れ、神樹の幹の如く 」
屋根瓦を蹴り飛ばして急行する先で、予想通り奴は三人の剣士に取り囲まれていた。
「 歌え、葉風と共に】」
「ネクタル!」
「まさか!? 【
三人の剣士の内一人を殴り飛ばしながら、【マルガ・パーリ】を完成させる。
「思ってるよりボロボロだな」
「ほざけ。この壁さえなけりゃあ蹴散らせるんだよ」
「一人増えたところで変わらねぇ! さっさと囲め!」
「なめられたもんだ」
「まったく。後ろは任せたぞ。ネクタル」
俺たち二人に対して前衛となる壁役は各1人。剣や斧を持っている者もいるが魔法での攻撃を狙っているのだろう。
振りかぶられた剣を右腕で受けると、そのまま左の拳を下から入れる。
「初撃さえ決まれば後は終わりだ」
浮いた剣士の体に二発目。入れ変わりやってきた斧を体の回転で避け右の裏拳を側頭部に叩き込み三発目。裏拳から体を畳み次は後ろ蹴りで四発目。ここまでくればスキルの【
「フルボッコだドン!」
「ハシャーナ。お前ふざけてる場合か?」
「俺は! さっさと終わらしてかわいこちゃんとイチャコラすんだよ!」
連撃をすべて避けたハシャーナの一撃が顔面に入り剣士が吹き飛ばされた。
「そのうち腹上死するな。お前」
「はっはー! 本望!」
「ま、魔法だ! 撃て撃て」
「遅い!」
おそらく今ここにいる闇派閥の面々はレベル2~3。おそらく指揮官代わりのやつが一番上だろう。束になっている奴らを縫うように駆け抜けるハシャーナを見送り、俺は露払いとばかりに魔法を撃とうと隙だらけの体にコンボを決める。
「悪は討つ。俺たちに手を出したんだ、お前もその覚悟はあるんだろう?」
ハシャーナがかっこよく指揮官を追い詰めている間に俺は残りの全員を殴り飛ばし気絶させた。その直後、嫌な気配を感じ路地を見る。
空気がべったりと肌に張り付いたような感覚に襲われた。
月明かりが街の色を消し、白と黒だけの世界に変わったかのような閉塞感。そんななか、ガシャリ。ガシャリ。と一定のリズムで響く鎧の音だけがこだまする。
「お前は……、まさか」
今すぐに逃げたしたくなるほど冷たい威圧が俺の体を襲った。
「確か、ソーマ・ファミリアの団長、だったか」
くすんだ赤い髪に目元についた獣の爪痕のような傷。そして黒色の鎧に身を包んだ男。
「【暴食】……なのか?」
「ゼウスの生き残り、頼む! 北側でも闇派閥が暴れてるんだ、あんたレベル7だろう! 早く市民を助けてやってくれ!」
自分たちとは三つもレベルが違う絶対的強者。その存在を前にハシャーナは嘆願するが、俺は拳を構える。それは、俺たちに向けられた威圧か消えないという違和感を基にして。
「ハシャーナ。逃げろ。【猛者】を呼べ。俺じゃ止められん」
「何を」
「良いから! 早くいけ愚図! 死んでも逃げろ」
俺の目にはハシャーナではなく、その大剣を抜いた【暴食】だけが映る。
「お前は、【英雄】に至るか?」
「っは! そんなもの俺は求めてないな。ただ、至高の酒を飲む。主神が俺に初めて恩恵をくれたあの時に話した夢を、子らと酒を飲むと話したあの願いを叶えるまで、神樹は折れん」
「そうか。なら」
振り下ろされた大剣。俺の目には捉えられないその斬撃を俺は直感で右に避ける。
「それは蛮勇だ」
「結構!!」
本来、レベル7の斬撃を俺が避けられるわけがない。手加減をされているのはたった一回の攻撃で理解しつつも、ハシャーナを逃がすためにたった一撃で良いからこの拳を中てなければいけない。
たった一発。それだけでよい。動きを止めるのでもなく、ただただあの理不尽の意識がハシャーナから僅かにでも逸れてくれれば良い。
「ぁあああああああ ッ!」
張り上げた声。握りしめた右腕。たった一撃に賭け全身全霊で振りぬいたそれは、【暴食】の頬に届くことはなかった。
ザルドってこんな感じ?