命を奪わんとする怪物達にナイフを宛てがい突き進む。危険を被ってでも、その先にある理想を手に入れんと腕を伸ばし、地に足をつけて歩む。
最下層の景色を見たい者。変え難い達成感を得たい者。ひたすらに敵を屠りたい者。強者との出会いを渇望する者。失わぬために強くあろうとする者。ハーレムを目指す者。
数多くの者がそれぞれの意思によって歩み続ける場所。
神でさえも予測ができぬ未知が詰め込まれた宝箱。
それが、ダンジョン。
「あ、あのぉ……、これは……」
そんなダンジョンに潜る前。
まだ開店する前の酒場に呼び出された僕は、周囲の視線に縮こまる。
「僕はリリに呼ばれたんですが……」
ここはシルさんやリューさん達が働く豊穣の女主人ではなく、時々神様が働いている【ソーマ・ファミリア】の拠点であるバル【
開店前ということで普段お客さんが座る椅子は端に寄せられたり机の上に置かれている中、僕はフロアのど真ん中にポツンと座らされ、推定【ソーマ・ファミリア】の団員達が僕を取り囲むように隙間なく並んでいる。
種族としてはドワーフが多いように思う。
続いて多いのは獣人とアマゾネスで、数は少ないがエルフの姿も見える。
「なんで囲まれてるんでしょうか……」
「なんでだぁ!? テメェふざけてんのか!!」
血の気が多そうな赤い髪をした
「テメェが何も考えなしに姐さんをダンジョンに誘うからだろうが!!」
「そーだそーだ!」
「よく言ったぞラキア!」
ラキアと呼ばれた狼人に周りの人も乗っかり、暴言まではいかないが僕に対する不満を各自ぶつけてくる。
「姐さんっていうのはリリのこと、ですか?」
「他に誰がいると思ってんだクソ白髪。良いか? テメェは忘れてるかもしらねぇが姐さんはな、この【ソーマ・ファミリア】の商業部監督! つまりはファミリアの副団長様だ! このファミリアの運営をする管理者の一人だ! このファミリアの
「そうだ! リリさんはすごいんだぞ!」
「姐さんを舐めるな!」
いや、リリのことを舐めたことなんてないんだけど、これはみなさんの本心なんだろうか。それとも悪ノリ?
一つわかるのは、このラキアさんのターンが終わるまで口を挟まないほうが良さそうということ。
ダンジョンのことを教えてくれるエイナさんと同じ雰囲気を感じる。
何かを言うと絶対に長くなる。
「そんな姐さんをポンポン連れて行きやがって羨ま……、【ソーマ・ファミリア】に迷惑がかかってることを自覚しやがれってんだ! 出来立てほやほやの駆け出し冒険者が気軽にサポーターしてもらえるほど姐さんは安い女じゃねーんだよ! 馬鹿野郎!」
今この人、羨ましいって……。
「聞いてんのかゴラァ!」
「は、はいぃ!!」
長い睫毛。目元はスッとしていて、口調は悪いがリューさん達のような綺麗な顔が近づく。
「別に姐さんと一緒にダンジョンに行くなとは言ってねぇ。ただ、姐さんには姐さんの仕事があり、姐さんじゃなくてもできる仕事と、姐さんじゃないとできない仕事があるって言ってんだ」
それはそうだ。
リリはオラリオ屈指のファミリアの副団長で、ファミリアの運営資金を生み出す部署を管理する立場。
「す、すみません……」
「おいおい、あの白髪泣くんじゃないか?」
「ラキアに詰められて泣くか?」
「てか、ウサギが狼に襲われてるようにしか見えん」
「なんか見覚えあんなって思ったらそれか!!」
「うっせーよ馬鹿どもが!」
「なんだと!? ポンコツワンちゃんが何言ってんだ!」
「こっちにキレるくらいなら外回りで取引先と喧嘩すんじゃねーよ!」
ギャーギャー騒ぎ始めた【ソーマ・ファミリア】のみんな。
文句を言い、ラキアさんを始め一部の人たちは取っ組み合いの喧嘩になってるが、それを囃し立てる人まで出てきてもう収拾がつかなくなっている。
仲の良いファミリアなんだな。なんて思う。
「お前ら……」
バックヤード、拠点の本館へ続くドアが開いていたのに気づいたのは、冷たい口調の言葉が聞こえたときだった。
あるものは拳を振り上げたまま、あるものは隣にいるものと肩を組んだまま、僕は一人椅子に座ったまま、声のしたドアの方へ視線を向ける。
「何をしている」
長い黒髪は一つに束ねられており、髪型に頓着がないのか、目が見えないくらい伸ばした前髪。色白く、日の光を浴びていない印象を受ける神ソーマの言葉に、僕もみんなも動きが止まる。
「あ、いやぁ〜」
「騒ぎたいなら外でやれ。ここは酒を出し酒を出す場所だ。暴れて良い場所じゃない」
「……っす」
「探索部の奴らならまだしも、酒を生み出す側のお前らがして良いことじゃないだろう」
「すみませんっす」
「内営班は店内掃除と在庫確認。外営班は酒造班と一緒に原材料倉庫の整備をしてこい」
こ、これがオラリオが誇る【ソーマ・ファミリア】の主神!
すごい! 一瞬でみんなを働かせてる!
「お前は何を……。ベル・クラネル?」
「あはは、お久しぶりです。ソーマ様」
「何があった……」
「リリに呼ばれて来たんですが、みなさんに囲まれまして」
場所を変えよう。
そう促されてソーマ様に続いて拠点の中へ入る。
こう言った施設はギルドにしか入ったことがないし、自分たちの拠点は廃教会。あまり見るべきじゃないとは思いつつもチラチラと廊下の装飾なんかを見てしまう。
「こっちだ」
壁にかけられていた絵に目を取られていたうちにだいぶ先にいたソーマ様に呼ばれる。
急いで向かえば、ソーマ様はとある扉の前に立っていた。
「商業部監督室?」
「正しくはダーナ。だ。リリルカ。入るぞ」
数度ノックしたのち、ソーマ様はドアノブを捻り中へと入る。
「わぁ……」
自分たちの拠点が入りそうなくらい大きな部屋だった。
ドアノブの前にはローテーブルを挟んでソファと椅子が並び、壁には何かしらの資料が入っているのか、整理された棚が並んでいる。
奥には日が差し込む大きな窓と、一枚板のプレジデントデスク。
「やあ、リリ、来たよ」
「んにゃ? べ、ベル様!?」
机の上に広げられた大量の書類と格闘していたのか、ハンコとペンを必死に動かしていたリリが顔を上げる。
「あ、ああ、そういえばリリ、ベル様のことを呼び出してましたね。すみません。完全に忘れてました。ソーマ様も、ベル様の案内をありがとうございます」
ソーマ様は気にするな。とだけ答えると、そのまま空いているソファーにどかっと座る。
「忙しそう、だね……」
「へ、へへ。リリが溜めてたのが悪いんです。へへ、へへへ」
壊れた機械のように虚な顔をしたリリが、繰り返し笑っている様は、正直に言って怖かった。
「それで? 僕を呼んだ理由っていうのは……」
「はっ!? そうでした」
そう言ってリリは椅子から降りると、僕の手を引っ張ってソーマ様の斜め迎えに座らせ、本人はソーマ様の横に座る。
普段サポーターとして一緒にダンジョンに潜るときは、クリーム色のローブを着ていたからあまり気が付かなかったが、少し薄手の服を着ているのを見ると思う。
お、大きい……。とんでもなく。
小人族という種族ゆえに110くらいしかない身長だが、故に体の細さと相まって胸の大きさがかなり主張されているように思う。
いや、見るのはやめよう。気になるけど、絶対に良くない。
「本当はリリからベル様に会いに行こうと思ったんですが、それどころじゃなくて……。呼んだのは単純で、一週間ほどダンジョン探索のお休みをいただければと」
「お休み……」
「はい。あの机の上を見ていただいたらわかると思うのですが、今リリたちの商業部は忙しく手ですね。新作のお酒の販売が決定したので、その準備だったり、追加されたお店への卸だったり、商業部にいる団員や他派閥の方の給料確定だったりと作業が多く、ベル様と一緒にダンジョンへ行くと、商業部全体がコケてしまうんです」
副団長として言えない部分は言っていないだろうが、それでもどういうスケジュールがあるのかを聞くと、ダンジョンに潜っている暇がないくらい予定が詰まっていた。
「分かったよリリ」
「申し訳ございません。ベル様」
「謝らないでよ。リリが悪いわけじゃないんだし。それに」
「それに?」
「いま、他の派閥の人だけど、指導してくれる人を見つけて、稽古をつけてもらってるんだ」
あの人が遠征に行くまでの期間、僕に稽古をつけてくれるという約束のため、僕に与えられた彼女との時間は短く、限られたものではあるが。
「ならちょうど良いですね。リリもできる限り早く仕事を整えて、ベル様とダンジョンに行けるようスケジュールの調整をします! 今度一緒にダンジョンに行くときは、サポーターの装備じゃなくて、本来の装備で行きます!」
「うわぁ! リリの【
「へへっ! 楽しみにしていてくださいねベル様! そうと決まればで仕事に戻って、まずはソーマ様が蓄えている対神様向けの神酒販売の売り上げ管理から」
「まて、俺が作って俺が売っているんだ。なぜファミリアに還元する」
「何を言ってるんですかソーマ様。材料費は酒造班の予算から出してるんですよ?」
「んな!? そんな話知らないぞ!」
「【デメテル・ファミリア】との契約でそうなってます。仮にソーマ様の私費から材料を買った場合、他の原料と同じ金額じゃなくて、正規販売の金額になりますけど、良いんですか?」
「リリって、本当に副団長なんだね……」
今まで知らなかったリリのファミリア内の姿を見て、リリが急に遠い存在になったように感じてしまう。
「そうです! 誇り高……くはないですけど、オラリオ有数のファミリア、【ソーマ・ファミリア】の商業部監督とは私のことです!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
途中、神様がアイズさんとの特訓を監視に来る日はあったが、それでも無事特訓の期間が終了した。
アイズさんは【ロキ・ファミリア】の団員達と深層に向けてダンジョンに潜ると聞いている。
リリはリリでこの前話した通り【ソーマ・ファミリア】の仕事で忙しいらしく、本当にダンジョンでは会わなかった。
ダンジョン帰り、晩御飯を食べに豊穣の女主人に行った時にちょうど店員さんと話していたリリを見かけたが、真剣な表情でミア母さんとおそらくは商談をしていて話しかけられなかった。
だから、ダンジョンを歩く僕の隣には誰もいない。
あるのは、神様のナイフと
冒険者は冒険してはいけない。
冒険をして下さい。
冒険を辞めても良いんじゃないでしょうか。
それぞれ、エイナさん、リューさん、シルさんに言われた事。
僕にとって、冒険とは何なんだろうか。
お祖父ちゃんに言われてハーレムを夢見てるけど、それが僕の夢なのかは正直疑問に思う。
ただ、一つ思うのは、
それにしても、モンスターが少なく9階層まで降りてきたが、違和感がある。
この階層に入ってから、モンスターと一度も接敵していない。
「あの日も、こんな感じだった……」
思い出すのは、5階層でミノタウロスにあった日。
あの時も通路にモンスターが全然いなかった。
思い出すだけで足がすくむ。
何度も夢に出て、何度も恐怖した。
どんなモンスターを倒しても根源的に恐れていて、どのモンスターと相対してもその向こうに幻影を見ていた。
『 ォォォォォンモ!!』
「 ッ!?」
その声を、鳴き声を忘れたことはない。
『 フルルッ! ブルッ!!』
地面を踏みしめる音が、通路に響く。
腹の底を揺らし、恐怖をばら撒くその音が、僕の体の自由を奪う。
「なんで、ここに……」
赤と黒の体に血のように赤い目。なぜが右の角は折れていて、左の角は鈍く光る。
右手には、地面に引きずる冒険者の者と思わしき大剣。
「なんで9階層に、ミノタウロスがっ!?」
ミノタウロスが吠える。
その声が大気を揺らし、地面を揺らし、僕を襲う。
逃げないと。
頭に浮かぶ『死』という言葉。
ただ、なぜか足が動かない。
ミノタウロスが大剣を構える。
明確に僕を捉え、僕を殺そうとしている。
ごめん、神様。
ごめん、リリ。
ごめん、お祖父ちゃん。
僕は、英雄にはなれないかもしれない。
「うわぁああああああああああああああ!!!!」
◇
「あとはここだけですね」
ここ最近行えていなかった商業部各班の監査。
昨日までは従業員としてバルで接客をし、今日からは外営班の皆と商品を運んでいる。
「にしても日に日に本数が増えますね」
「おかげで俺たちも忙しいし、結果売り上げも立つ。売り上げが上がれば上がるほどボーナスが出るしいいこと尽くめだ。ねぇリリちゃん」
「そうですね。新しいお酒の販売に合わせての交渉もありますし、やることは多いですよ?」
リリを含め、嬉しい悲鳴を上げながらかごをを抱え、バベルの中へと入っていく。
今日の最後はここ。バベルの2階にあるギルド直営の飲食店である「冒険者食堂」への納品。
ダンジョンの真上であり、ギルド直営ということで値段も安い。ある意味オラリオの中で一番忙しい飲食店のここは、【ソーマ・ファミリア】から卸す本数がけた違いに多い。
団員の一人が責任者と話し、リリたちはかごを積み上げる。
届いた酒に目を輝かせる冒険者がいる一方で、ボロボロになり命からがら逃げてきたようなパーティーが見えた。
「ボロボロっすね」
「ダンジョンは何が起きるか分かりませんからね。っと」
続々と運び込まれるかご。
納品数が間違えていないか書面を見ながら本数を確認し、1銘柄ごとにチェックする。
「にして運がねぇ。なんでミノが上にいるんだ……」
「けがはしたけど、何とか全員で逃げれて良かった」
「ほかに冒険者が巻き込まれてなければよいけど」
「ああ、あの白い髪のソロか」
白い髪のソロ?
「ソロだし、逃げようと思えば逃げれるだろう。大した装備でもなかったから襲われるほど近づかないと思うしな」
「おい! 誰か!」
がやがやとにぎわっていた食堂が、名も知らぬ冒険者の呼びかけによって、シーンと静かになった。
「ミノが9階層に出てきた! このままじゃ上層にいる奴らに被害が出る! 誰か対応できる奴はいねぇか!?」
「まじかよ。【ガネーシャ・ファミリア】には伝えてんのか?」
「俺のパーティーメンバーが向かってる!!」
「ラキアさん! 上に行って両手斧かハンマーを借りてきてください!」
「え!?」
「もしかしたらですが……」
ベル様が、ミノタウロスと戦っているかもしれない。
「早く! 急いで!」
「はっ、はいっ!」
他の団員にこの場を任せ、リリはラキアが持ってきた両手斧を担ぐ。
「冒険者様、そのミノタウロスはどの辺りに出たんですか!?」
「【
「ありがとうございます」
場所だけ聞いたリリは急いで会談を降り、一階を抜けダンジョンへと入る。
飛び出し的モンスターも、戦闘をしているパーティーも全部無視して頭の中に叩きこまれている下層への最短ルートをただただひたすらに走る。
ゴブリンとコボルトの横を抜けて2階層に。
フロッグシューターとパープル・モスを無視して4階層に。
ダンジョン・リザードとウォーシャドウを視界にも入れず8階層へ。
そして9階層に到着する。
「【ロキ・ファミリア】?」
「あれ? 【ソーマ・ファミリア】の小人族さんじゃないっすか」
負傷したパーティーの治療をしていた人影を見つける。
「そちらの冒険者様たちは……、もしかしてミノタウロスに?」
「よくわかったっすね。なんでも白い髪の冒険者がミノタウロスと戦ってるらしくて、アイズさんとか団長が見に行ったんす」
どの方向かだけ尋ね、指さされた方向へと飛び出してしばらく、遠くの方から、剣が弾かれた音がかすかに聞こえる。
「ベル様、ベル様!」
直後、耳を劈く咆哮が響く。
その音に、最悪な想像をした瞬間だった。
【ロキ・ファミリア】の集団が立っていた。
その向こうには、片角のミノタウロスがいて、地面に転がるベル様と、その前に立つ【剣姫】。
「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけには、いかないんだっ!!」
何があったのかはわからない。
ベル様がアイズ様の腕を掴んで立ち上がっていた。
そこに、ミノタウロスの返り血を浴びて走り去っていった未熟な少年は居ない。
ただ、恐ろしいまでに立ち上がる、一人の冒険者が、そこにいた。
「ベル様……」
リリの声も耳に入らないくらいベル様は集中していた。
体に鞭を打ち、気を保つためだけに声を上げ、ベル様は両手の武器を振るう。
その動きはリリが知る彼の動きではなく、より洗練され、技と駆け引きがある。
我流で戦っていたリリの知る前回の戦闘とは別人レベルの戦いによって、ミノタウロスによる一方的な蹂躙ではなく、それは確かな死闘。
リリは冒険者が好きではない。嫌いとも言える。
わざわざ自分から危険を冒すのは愚の骨頂だと思っている。
それでも。少年が魅せるこの冒険は、痛ましくも、魂を燃やすほど熱く、雷に打たれるような痺れを纏い、美しく見えた。