近頃。神たちの間に
つまりは、これまで趣味に没頭し顔を出してこなかったソーマが、何かしらの悪巧みをしているということ。
定期的にデメテル・ファミリアにソーマが直接出向いており、またヘルメスとも多く交友を交わしていることがわかっている。
しかし、
「なーんか匂うんよなぁ」
そしてそれを気にする神。ゼウス、ヘラのファミリアが壊滅して以降オラリオが誇る二大ファミリアへ成長したファミリア、道化の神が率いるロキ・ファミリアの主神、ロキである。
「ソーマの流通。しかもそれは丁寧に神にだけ。確かに何か感じるに値するが、それでも冒険者や市民に被害が出ていない以上何も動けないだろう。ガネーシャのところやアストレアのところが動いていない以上、いくら僕たちでも動けないさ」
「んなん分かっとるっちゅーねん。ただなぁ。怪しいやろ。今まで静観貫いてきた奴が、急に動き始めんのは。それに、ガネーシャたちの同郷の奴らも、ソーマのことはよく分からんゆうとる……」
「
「一応そう聞いとるな。まあ、それも数ヶ月前から言われとったし、今回も来んっちゅう可能性もある」
ヘルメスやデメテルからはそう聞いている。ただ、そう聞いているだけで
「僕の親指も疼いていないし、特に危険や荒れる要素はないと思うが、一応主神として、気をつけてくれ」
「せやな。気ぃつけてくか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
迎えた神会の朝。
窓から差し込む光で目を開けた俺は、寝ぼけ眼のまま部屋を出た。
「おはようございます。ソーマ様……」
あの日以来大人しくしっかりとファミリアの
「髪、邪魔だなぁ」
少し重く長い前髪をいじりそう呟く横で、小さくあくびをするリリルカがやってきた。
「リリルカ。この髪の毛邪魔だから整えたいんだが、どうすれば良いと思う?」
「……結ぶ? ですかね」
確かにありか。というものの髪を結べる紐は今ない。まあ、部屋に戻れば紐くらいいくらでもあるだろう。
「ソーマ様の髪、結んでも良いですか?」
「はは。結んでくれるかい?」
「はい!」
彼女を連れて部屋まで戻ると、乱雑に放置していた麻紐を適度な長さで切り、リリルカに手渡す。
「今日は何をされるんですか?」
「そうだな。何をしようか。夜は用事があってな。他の神たちと共にオラリオのことを相談する会議がある。それ以外に予定はないな」
強いていうなら、酒の研究。
作成したジン。銘柄を「シャシン・ジン」と名付けたそれは、今日の神会以降デメテル・ファミリアを介しオラリオ内に。ヘルメス・ファミリアを介してオラリオ外に向けて販売されるが、正直完成度に関しては最低限満足できるというだけで、完璧というわけではない。
まあ、究極の完成度を目指すのは、酒の神としての意地のような部分だと思ってくれたらいい。ヘファイストスの鍛治に対する熱と同じだ。質を上げるのはこれから。これから年代を重ねどんどんと価値が上がる。それとともに質が上がれば良い。
「あの、頑張ってください?」
長かった俺の髪を束ねたリリルカが、そんなことを言うもんだから、可笑しくて笑う。ただ飯を食らいながら子らに痛い二つ名を付けることが殆どメインの会合ではあるものの、そんなこと知らない以上かける言葉も応援くらいしかない。
「なんで笑うんですか」
「いや。いい子を持ったなと思っただけだ」
幼児らしく膨れっ面を見せるリリルカに再び笑うと、結んでもらった髪を見る。
すっきりとしていて、目元も相手に見える。少しばかり清潔感は出たんじゃないだろうか。
「ファミリアの面々から何かされていないか?」
「……何も」
俺の質問に少しばかり沈黙したリリルカが小さく答えたが、彼女は嘘を吐いていた。
おそらく両親からは殴られているはずだ。
団長と話し合いをした日から、団員たちに失敗作が回ることが少なくなった。それは団員たちも気づいていて、一時期はかなり荒れている状態だった。
団長をはじめとするファミリア幹部と話し合い、これからの方針とファミリア内の健全化に就いて話してみたが、正直なところ団長以外の反応は良くない。それに、下っ端という言い方が正しいかはわからないが、眷属の中には失敗作が回ってこないことに苛立ち周りに被害を出してしまっている。
総じてそういう奴の拳の矛先は市民やリリルカのような弱い立場の子らだ。
「もう少し待っていてくれ」
俺からはそれしか言えない。
首を傾げるリリルカがどこまで理解をしているかはわからない。ただ、真っ当な存在として子らを導く存在として、一歩ずつ歩みを止めるつもりはない。
「ソーマ様。本日の神会のことでデメテル様の使者がお見えです。おそらくシャシン・ジンの話かと」
「わかった。リリルカ。また後でな」
「はい!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大きな会場。そして並べられたテーブルと豪華な食事。そして酒。
オラリオにいるほとんど全ての神が参加する神会で、俺は同郷の神から圧をかけられていた。
ガネーシャ。
オラリオの治安維持を任されているファミリアであり、市民たちからの信頼もかなり厚いのがこのファミリア。オラリオの中でも最大規模のファミリア。
「何を考えている。ソーマ」
「難しいことは考えてない。ただ、多くのものに俺や俺たちが作った酒を飲んでもらいたい。それだけだ」
「ならなぜ、神の間にだけソーマを流した……」
「なに。ただ酒造りの資金に困ったから、飲めるやつに飲まして金を稼ごうとしてるだけさ」
珍しくふざけないガネーシャ。象の仮面の奥で、俺のことをどう見ているかはわからないが。俺の主張はただ一つ。飲めるやつに飲める酒を。そしてそれを作るための金を。
悪いことは何一つしてない。だから隠すこともない。
「ガネーシャ」
「俺がガネーシャだ! どうしたヘルメス」
「ソーマが話してることは事実だ。俺とデメテルが保証する」
そうは言ってもな。と苦悶するガネーシャ。当たり前だ。大衆の神たるガネーシャにとって、人を酩酊させ洗脳する神酒は危険な代物。今はソーマ・ファミリアの中だから良い。出回ったのも神が飲んでいるだけだから良い。
しかし、それがいつ市民の口に入るかはわからない。そうなると、オラリオが終わる。ガネーシャが危惧するところはそこだ。
「まあ、今までの行動から信用しろというのが無理なのもわかっている。だから。これからの俺を信用してくれ。ガネーシャ」
その一言を合図かのように、先頭にデメテル。その後ろに彼女の眷属たちが、多くのグラスや割材。そして瓶詰めされたシャシン・ジンを手に登場する。
殆どの神はデメテルの登場や、眷属たちが持つ酒に意識が持っていかれる。
「本日の神会では、ソーマのファミリアが作ったジンという名前のお酒を卸してもらったわ。人も神も例外なく魂を震わす酒。スピリッツの一種とのことよ」
「水割りやロック。その他果物ジュースなんかも割材として準備させてもらった。要望があれば直接作ろう。ちなみに1番のおすすめは、炭酸水で割る飲み方だ」
月と杯のエンブレムが光るボトルから、美しく澄み切った酒がソーマの手によってグラスに少し注がれる。氷を少し入れ混ぜた後、今度は気泡が立つ液体を1:4の比率で注ぐ。再びステアすると、あとはミントを液体の上に浮かべる。
「ジン・ソーダ。誰から飲む?」
普段奥手な俺に、神たちの視線が集中する。
誰かがごくりと唾を飲んだ。端にいる神が、先に誰か行けよと目線を向ける。
「ほなウチがもらおうか」
グラスの周りに結露ができ始めた頃。手を挙げたのは酒飲みとしても有名なロキ。彼女にグラスを手渡すと、ロキは匂いを嗅ぎ、口を湿らすかのように少量口に含む。
「酒場に出る酒ともちゃうな。もちろんワインとも」
「呷ってみろ。肉と合う」
再びグラスに口をつけた彼女は、喉を鳴らしながら一気にグラスを傾ける。
「っはー! こりゃええなぁ! 爽やかな味わいやけど、口ん中にちゃんとアルコールを感じれる。これ
「安心しろ。神酒のように俺が一から百まで関与していない。関与しているのは材料選びなどの一部だけで、作業の9割以上は俺の子供達がやってくれている」
そう。神威を抑えるためにしたこと。
それは、製造に極力関わらない。という至ってシンプルな方法。
作り方の知識やアドバイス。品質の管理など局部的な関わりのみに限定したことで、子供達に影響が起きないところまで神威を抑えることができた。
「ふーん。なるほどなぁ。それをデメテルんとこ使って市場に流す。そのための資金づくりのためにウチらに神酒を送り回ってた」
「そういうことだ。シャシン・ジンの売り上げを元に他のスピリッツを製造し回す。ゆくゆくはファミリアを商業部と探索部で分けるつもりだ。ファミリアにバルを併設して一般人にも売れるようにな」
「んま、何か悪させえへんのやったらええんちゃう? 飲める酒増えんのもええことやしな!」
そんでそんで? と、ロキは他の割材に着いて興味を示し始め、他の神たちはロキが許すのであればとジンを飲み始める。
ロキには生姜で味を整えた「ジンジャーソーダ」で割るジンバックを提供し、他の女神たちにはリンゴジュースやオレンジジュースで割った酒を提供する。極東にいる奴らには清酒と違うと興味を持たれた。
「この苦味の後に来る独特な甘味は?」
「試作の初期段階のものは雑味が多くてな。結構散らばった味をしていたんだ。だから甘みを入れて整えようと思って砂糖を加えた。今はこれをメインにしているが、サトウキビの仕入れがうまくいけば、材料そのものを変えるつもりでもある」
「シャシン・ジン・オリジン。的な?」
「的な。やはりディオニュソス。ワインに明るいだけあって酒がわかる。今度白ワインを買わせてくれ。この前安酒と混ぜたら美味かった。*1 ワイン自体の質や、それ用の味に整えたジンなら良いカクテルができそうだ」
「それは興味あるな」
「味にパワーが欲しかった。ハーブとか、香草を合わせるならボタニカルなジンの方がいいが、それでもだ。今度相談させてくれ」
「もちろんだとも」
「ソーマってあんな饒舌やったか?」
「さあ?」
「好きなことに熱中できるのって、私好きだわ」
「って、フレイヤかい」
ちなみにロキはジンバックを既に2杯お代わりしている。
話し相手をしていたヘファイストスの手には彼女の髪のような赤色のドリンク。*2 ソーマ自身は材料を作りきれなかった為に偽物だと言っていたが、チェリーとオレンジの口当たりの良いお酒。
そしてフレイヤには、ロキ達が持っているようなグラスではなく、少し洒落た口が広くなっているカクテルグラスに透明な液体。*3
「甘いのが良い。って言ったのに、このお酒辛口なのよね……。嫌がらせかしら」
「いやいや、そんな度胸ないやろ」
今後、神会にはソーマ・ファミリアとディオニソス・ファミリアの酒が大量に出されるようになるのは言うまでもない。
特に酒好きの神からは試作品でいいから出してくれと頼まれるようになり、翌月にはディオニソスとの共同開発のベルモットが提供され、さらに大麦やライ麦を原料として作られたウォッカの試作品も提供され始める。
神会への参加頻度は少ないものの、オラリオでの生活を豊かにする存在という立場を築き始めたソーマ。酒好きのコミュニティが形成され始め、少しずつだが、ソーマ・ファミリアはオラリオの街に存在感を見せ始めることとなった。