神酒←「みき」って読めんよね   作:パルプンテ権左衛門

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リリルカの思い

 リリルカ・アーデの朝は比較的早い。

 日が昇らないうちから動く。というわけではないが、酒飲みが非常に多いソーマ・ファミリアの中で、彼女より先に起床しているのは数人。それも、酒造の確認担当位なもので、用事もなく起きている眷属たちの中では一番早い。

 

 まだ眠く重いまぶたを擦りベッドに座った彼女は、最初は慣れなかった一人きりの部屋での起床に小さくため息を吐く。

 まだ覚醒していない頭のまま体を動かし部屋を出て、スリッパの小さな音を廊下に響かせながら炊事場に向かうと、桶に溜められていた水を手で掬い、意を決して顔にかける。

 肌を刺すような冷たさに頭を叩き起こされると、顔を拭き、部屋に戻って服を着替える。

 

「どれ着よう……」

 

 クローゼットには数種類の服がある。

 

 リリルカの生活は、2回変わった。

 

 1度目は2歳くらいの頃。ほとんど覚えてはいないが、覚えているのは両親が夫婦喧嘩をし始めた頃。急に「ソーマ」という言葉を呟くようになり、乱暴になり、私を使ってお金を稼ぐようになった。

 ボロボロの服を着させられ、割れた壺と共にダンジョン近くの裏路地に放置される。太陽が一番上まで登り、空が赤くなり始めた頃に両親は血だらけで戻り、私の居た裏路地に戻ってくる。

 壺にお金が入っていれば壺だけを回収し、お金が入っていなかったら蹴られる。そんな毎日だった。

 

「これかな?」

 

 ソーマ様から恩恵を貰ったのは両親や団長から無理やりだったが、今ではよかったと思う。

 服を買ってもらい、共にご飯を食べ、神ソーマの手伝いを行うことでお駄賃を貰い、自由に過ごす。時々両親や他のファミリア内の人からはお金を取られたりするが、それでもずっと殴られるわけじゃない。

 

「今日はお仕事あるかな」

 

 できる限り、ファミリアの冒険者たちとは居たくない。

 商業部のみんなは新しい人も多くて、優しく温かい。そんなみんなのお手伝いをするのが好きだ。

 

「おはようリリ」

「おはようございます」

 

 酒蔵の方に顔を出せば、確認担当の人たちがお酒の状態を確認していた。

 

「ソーマ様はもう来ました?」

「いや、まだ見てない。最近ずっと引き篭もっていたし、何か新しい酒の思案でもしてんじゃないか?」

「でもあれだろ? 神ミアハが来てからだからもう4ヶ月?」

「多分5ヶ月くらいじゃないか? まあ、昔はずっとだったって聞くし、パティの奴らにステイタスの更新もしてるって話だから、大丈夫じゃないかな」

 

 ジンやウォッカの匂いが漂う酒蔵から拠点の広間に戻った私だが、やはりソーマ様は出てきていない。団長にも聞いたがやはり出てきていない。

 神ミアハ? と二神で話して以降めっきり部屋から出て来なくなった。

 

「うん。行こう」

 

 このファミリアのエンブレムと同じ月と盃のエンブレムが飾られたソーマの部屋の前に立ったリリルカは、意を決してノックをする。

「そ、ソーマ様……」

 しかし反応はない。耳をつけて聞いてみても、中からはコトコトと音が鳴り何か作業をしている雰囲気しかない。

 

「入りますよー?」

 2度目のノックにも反応がなかったため、ゆっくりと扉を開ける。

 数回しか入ったことのない部屋。部屋の奥に作業台があり、そこには火にかけられたガラス製のツボや草花が詰められた瓶。それに、ベリーが大量に入った麻袋。ガラスの壺の中に入っている草花が種類ごとに分けられてそれも大量に麻袋に入れられている。

 

「あれ?」

 肝心のソーマの姿がない。そう思ってあまり嗅ぎなれない匂いが充満している部屋の中を見てみれば、壁際に置かれていた机に突っ伏していた。それも右手に持ったグラスを倒し、机どころか床にまで液体を垂らしながら。

 

「そ! ソーマ様っ!!」

 

 叫んだリリルカは悪くない。

 自室で倒れていたソーマの容体を確認したリリルカだったが、最初は掠れた声で飲めないと呟き続けるだけで、リリルカの声もほとんど聞こえていないような状況だった。

 

 ソーマを担ぐにも体格が小さいリリルカは、すぐさま団長に声をかけてベッドへと移動させ、氷嚢と水を与えて気分を回復させた。そしてソーマの一言目は感謝でもなんでもない。

 

「もう当分生薬はいらない」

 

 ありがとうの一言が言える神であれば、ここまで荒れたファミリアになっていなかっただろう。ただ、常識を持つ人間はここにいない。まだ幼いリリルカと、少し前まではその荒れたファミリアを是としていた団長にその言葉を指摘する能力はない。

 

「そもそも何を?」

「何って、反神酒(アンチソーマ)の研究だ。薬酒というものを作っているが、どの生薬をどの手法を使いどれほどの量が酔いを覚ますのに効果的か。それがなかなか判断つかなくてな」

 

 4、5ヶ月ずっとか。項垂れる団長を横目に、リリルカは首を傾げていた。

 

 ソーマ様が何かをしている。

 それは難しくて、倒れるくらいのこと。

 恩恵を貰ってからのリリルカは良いことの方が多くて、すごいと思っていたソーマ様が困っている。

 

「なにか手伝えることはありますか?」

 気がつけばそう尋ねていた。

 

「そうだな。リリルカはまだ四つだろう? 流石にまだ酒を飲ますわけには行かない。それに、薬液も子供の舌には辛いだろう。リリルカの提案は嬉しいが」

「だったら、外に行きましょう。リリルカはソーマ様に何かをしてあげたい。ソーマ様も研究に行き詰まっている。ならリリルカを理由に気分転換をしてきてください」

「そうは、言うが……」

「生薬? の匂いでここも嫌な匂いしますし、換気しましょう。リリルカ、ソーマ様を連れてどこか適当に歩いてきなさい」

 

 有無を言わさぬ団長の圧力をソーマが受ける中、彼女の行動は早かった。

 一度部屋に戻り隠していたお金を袋に入れて握りしめると、再びソーマの元へと戻ってくる。

 

「行きましょう」

 

 がしりとソーマの腕を掴む。

 基本的に趣味神であり単純な力で言うと一般人の男性より少し弱いくらいの筋力しかないソーマと、ほとんど毎日ジンやウォッカなど酒瓶を入れたケースを運ぶ手伝いもするリリルカ。

 ごくごく僅かではあるもののステイタス値は伸びている幼女にすら負けるソーマは、引き摺られるようにしてオラリオの街へ連れ去られた。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 オラリオを歩く2人。

 以前とは異なり、前には可愛らしい服を着たリリルカがいてその後ろにソーマが続く。以前と違うのは、リリルカの服はボロボロの布切れではないこと。そして、彼女が笑顔であること。

 

「美味しいか?」

「はい!」

 目的も無く歩く2人だが、リリルカは自身の貯めていたお金を使い、露店でお菓子を買いながら歩いていた。

 

 3歳という年齢でありながら恩恵を与えられ、そのままなし崩し的にファミリアの酒造業に従事しているリリルカは比較的年齢や見た目から街に受け入れられているようで、飲食店や住民たちから声をかけられる。

 

「今日はお仕事じゃないのかい?」

「はい! ソーマ様と散歩です」

「神様とは言え男と2人で出てんならデートだな!」

 

 そんなことを言う肉屋の店主にリリルカは顔を赤らめ、ソーマはやれやれとため息を吐く。

 

「それにしても、リリルカのことを知っている人は多いんだな」

「はい。ほとんどのお手伝いの時に。時々ご飯をもらったりします」

 小さな花屋の横を通り抜けた2人は、少し開けた広場にへと出る。

 

「飲み物が欲しいな」

 広場の端にあった露天商に向かうとソーマがリリルカに伝え、ソーマは1人で飲み物を買いに行くと、1人になったリリルカは考える。

 

 団長の指示にて始まったデートだが、正直なところ何をすれば良いのか分かっていない。リリルカが両親と散歩するなんてことは記憶の中ではなかった。

 とりあえずお金を持ち、話せない間を塞ぐため知り合いの露店で買ったお菓子を食べるが、良い案は浮かばない。

 

「冒険者なら……」

 冒険者であれば道具を買う口実で色々なところについてきてもらうことはできるが、リリルカは商業部の眷属であり、物欲というものを理解していないため洋服を買いたいという気持ちもない。

「冒険……」

 両親のように剣を持ち歩く姿を想像するが、その次に出てくるのはすぐにファミリアの別の眷属を殴り金を奪い合う団員たちの姿。そしてそれを拠点の端で震えながら隠れる自分。

 

 ブンブンと首を振ってそんな記憶を振り払う。

 

「どうしたんだリリルカ?」

 両手にビンを持って戻ってきたソーマに尋ねられ、リリルカは小さく何でもないと答えた。

「……菓子を食べていれば喉が渇く。そこに座るぞ」

 少し黙っていたソーマは、左手に持ったよく見慣れたエンブレムが入っているビンではなく、黄色く濁ったビンを持ち上げリリルカの後ろの芝生に指を指す。

 

「どうした?」

 ビンの蓋を外して渡されたオレンジジュースの飲み口を見つめていたリリルカは、ソーマの問いかけにどう答えて良いか悩む。そんな彼女を尻目にソーマは「シャシン」シリーズの酒を一口あおった。匂いからジンの方。

「やっぱりまだ完璧ではないな。いや、これも好まれている以上良い酒ではあるが、何かが足りない……」

 割材も使わずかつてソーマが「ストレート」と呼んでいた飲み方をする彼の横で、リリルカもオレンジジュースをグビグビと喉に流し込む。

 

「なにか悩んでいるんだろう?」

「え、なんで……」

「まだリリルカは知らなかっただろうが、神に嘘はつけない。子らの嘘を神は見破れる。お前が言った何でもない。という言葉は嘘だった」

 再び酒を煽ったソーマに、リリルカは悲しい表情を浮かべる。

 

「お父さんも、お母さんも、私を殴ります。今も、お駄賃を盗られます」

「そうか」

「ソーマ様に恩恵を貰ってから、色々変わった」

 待遇も、環境も確実に変わっている。

 商業部(ダーナ)の面々は優しく、良くしてくれ、街のみんなもよく声を掛けてくれる。探索部(パティ)の人たちは未だ乱暴で怖いし、時々ダーナの人から酒を奪ったりお金を貰おうとしてるみたいだけど、それでもかつてより安心できる場所は増えた。

「でも、ソーマ様にはもらってばっかりで、何もあげれてない。です」

「そうか……」

 

「ソーマ様はすごいと思ってるのに、難しいことに困ってるからお手伝いしたい。でも、リリには何をすれば良いかわからないです」

 先ほども、酒も生薬も飲ませられない。そう言って酒造研究の手伝いはできなかった。何でも良いから手伝いたいリリルカを、ソーマは断ったが、幼いリリルカにその優しさは理解できない。

 

「冒険者になれば、2人みたいにダンジョンに行けば、ソーマ様のお手伝いになりますか?」

 リリルカがソーマに向けた目は純粋で、だがどこか不安が揺らいでいる目。ソーマはそう感じた。

 恐怖を感じる対象に自分がならないといけないかもしれないという不安。そういったものが見え隠れする。だからこそソーマは答えに困った。自身の考えを素直に言うべきか。リリルカの背に刻まれた【神酒月杯(シャシン・ソーマ)】に秘められた可能性に対する興味を彼女に打ち明けるべきか。

 

「今のままでも助かっている。ダーナの面々からもデメテルたちからもリリルカの評判は良い。だが、今行っている研究にしろ幼子に酒を飲すのは、酒の神としてさせたくないから、お前には卸を手伝ってもらっている」

 冒険者になれば確実にスキルの神秘が発揮される。そしてステイタスを刻まれた存在としてそれはとても重要であることは疑いようもない。

 だが、ソーマは冒険者育成という部分に関して、眷属の成長に関しては天界から降りてきた神と同じくらい手探りの状態。

「お酒がなんですか! リリはソーマ様に返してあげたい! 服をもらった! 頭を撫でてくれた! 笑ってくれた! 一緒にご飯を食べてくれた! リリをリリとして見てくれた! だから」

「だからこそだ。リリルカ」

 半分しか減っていないオレンジジュースのビンを両手で握り締め、泣きそうな声で訴える彼女の頭を、ソーマはゆっくりと撫でた。

 

「正直に言うと、ダンジョンに潜るどうこうに興味はない。それが俺の助けになるとも思っていない。ただお前が俺のために何かしてあげたいと思うなら、ゆっくりと、しっかりと成長をして欲しい」

 下界にいるもののなかで、唯一興味を持った存在。

 不変であるはずの神の心を動かした稀有な存在である故、大切に思う気持ちに偽りはない。

 

「お前はまだ気づいていないが、俺はお前に一つもらっている」

 ポンポンと優しく撫でられた頭を抑えるリリルカ。

「こうやって酒以外に目を向けて外に出るなんてことはなかった。今は全ての経験が酒造りの種だ。お前の成長を見守ることも、パティの奴らの荒れぶりに他派閥へ謝罪しに行くのも。お前をギルドに連れて行き勉学につかせるのも。お前に恩恵を与えてから全てが新しい。リリルカ。お前はお前のままで良い」

 

 それでもまだ悩むというのであれば、俺と時々散歩でもしよう。

 まだ少し悩んでいるような声音であるものの、ソーマの呼びかけにリリルカは小さく返事をした。

 

「さあ、デメテルのところにでも行って何か甘いものでも買おう。せっかく外に出たんだ。普段しないことをしても問題ないだろう」

 芝生から立ち上がったソーマはリリルカに向かって手を差し出す。少し戸惑ったリリルカは主神の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。

 

「こ、この前デメテル様からお勧めされたプリンというのがあるらしいので、一緒に食べませんか?」

「ああ。食べようか」

 

 窺うように尋ねたリリルカの進言を許可したソーマは、つないだ手をそのまま広間を出て、仲の良い親子のような姿をオラリオの住民に見せながらデメテルのもとへ向かった。

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