ソーマ・ファミリアには、ザニスという男がいる。
彼は比較的最近入団した人物であり、まだ一年も在籍していない眷属だ。
見た目や性格などから
団長のネクタルに聞いたところ中衛から後衛向きであり、ダンジョン内でもある程度落ち着いて物事の対処を行っており、比較的評価は良い。
他の団員たちに似たような粗暴さはなく、ある意味何を考えているかわかりづらい男である。
「何のようだ? ザニス」
「はい、先ほどもお話しした通り、ダーナの監督官について。ひいてはこのファミリアについてです」
広間から場所を移した俺とザニスは向かい合って話し始める。
「私はこのファミリアに希望を持って入団しました。オラリオの中でも数少ない嗜好品を販売するファミリアであり、ソーマを含めその味はオラリオ外の酒とは一線を画す出来栄え」
どうやら、嘘ではない。
水をごくりと飲む俺に対して、ザニスは身振りを交えながら言葉を続ける。
「嗜好品という他のファミリアにはない特色に加え、冒険者も多く在籍し、探索部も私が入団する以前よりも強くなっている。団長のネクタルはレベル4、その他レベルアップ者も増え、中堅と言うべき立ち位置に向かっている。だからこそ、ソーマを市場に流し、多くの利益を基に確固たる地位を築くべきです」
「お前は失敗作を飲んだことはあるか?」
「ええ。一度だけ」
「なら、あの酒をどう思う?」
「至高の酒。その一点だと。口の中で広がる味わい。喉元を過ぎる美味さ。全身が痺れるかのような酔い。全てにおいて他の酒とは違う超一級の酒だと思っています」
歪んだ口元を見せるザニスに、俺は小さくため息を着く。
「お前は、このファミリアをオラリオで一番にする野望を持っているわけだな?」
「はい。そして、そのためにソーマは必ず必要だと考えています。ソーマがあることによって資金が潤沢になり、ソーマによって人が集まる。それが今までのソーマ・ファミリアであり、これからのソーマ・ファミリアではないでしょうか」
「新方針は不満か?」
「いいえ。現状のままでもオラリオ内での立場は確固たるものになるでしょう。このオラリオでの娯楽は酒か女かギャンブル。歓楽街のイシュタル・ファミリアともまた違う立場におりますから」
ただ、最短であり最善の道だ。と続けて言う。
思惑、意図はわかる。ザニスの意思が、心の底からファミリアの地位をあげたいと言うのであれば考慮の余地がある。ただ、おそらくは違う。
「大前提として、俺とお前ではあの酒に対する認識の齟齬がある」
「と言いますと?」
「単純な話だ。お前らが飲んだあの酒をお前らは至高の酒と言うが、俺からすれば失敗作だ。そしてもう一つ、別に俺はこのファミリアを一番にしたいとも思っていない」
「なぜですか……」
「立場というものに興味がないから」
ただ酒を作りたい。
誰かと分かち合いたい。
多くの酒を味わい、語り、
「共有したい。か。そもそも故郷では酒は儀式の道具……」
神と子が同期するための貢物であり、一種のトランスするための要素なのが酒。飲むためのものではなく繋がるためのもの。
「ソーマ様?」
「いや、気にするな。そうだな。俺はこのファミリアを多くのものが繋がるための軸にしたい。冒険者が繋がるのはダンジョンだ。市民が繋がるのは娯楽だ。両方が繋がるのは酒だ。だから俺は酒を作る。地位や名誉ではなく、同じものを囲むきっかけになりたい」
お前からすれば的外れなことだ。そう呟いた俺は、再びグラスに手を伸ばし水を飲む。
「お前がこのファミリアを思ってくれていることは分かった。そして、お前に野心があることも分かった。ただ、今のこのファミリアを使ってまでお前の思いを賛同するにはまだ弱い。それこそ、俺を酔わす程の熱量や感覚を魅せることができれば、俺もお前に協力しよう」
リリルカが俺に見せたように。俺を酔わす可能性を魅せてくれれば良い。
「ザニス。お前の酔いに期待している」
「……。かしこまりました」
少し口を閉ざしていたザニスは、小さな声で返事を行い退室する。
おそらく、ファミリアに興味がなかった頃なら「好きにしろ」と伝えて終わりだったろう。というか、ザニスが話していた内容は形は違えど旧方針。
本人には悪いが、今の形を変えることはない。
それに、このファミリアの着地点も見えた。
「酒を共有できるファミリア。そして、共有できる酒……」
まさかこんな形で神酒の理想が浮かぶとは……。思いもよらないな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「本当に良いんだな? リリルカ」
「はい。お願いします」
リリルカがまもなく5歳になる頃。ソーマ・ファミリアの方針が変わってから2年弱。リリルカは、団長であるネクタルにお願いし、共にダンジョンへと向かった。
「講習ではどんなことを教わってる?」
「危険がいっぱいとか、ゴブリンとかの話。とか……」
「まあ、まだダンジョンには入らないであろうと簡単な内容だな」
ネクタルは普段通り両腕にガントレットを身につけて、対するリリルカは、小人族用に作られた簡素なプレートの上から、白色のローブを身に纏っていた。
「今日の目的はダンジョンに触れることだ。モンスターの発生、声や動き。それにダンジョンで戦闘や他パーティーとの関わり合い。そういった感覚の部分の勉強だ。念の為ダガーを持たせてはいるが、戦うことはない。良いな?」
「はい。基本的に団長の後ろについていく。です」
オラリオの中でも比較的認知されているネクタルが、幼女を連れてダンジョンに入るということで少し観衆ができていたが、リリルカが防具を身に纏っていることからすぐに解散する。
中にはリリルカの存在を知っていて立ち止まる冒険者もいるが。
「それじゃあ行こう」
団長の声に気を引き締めたリリルカは、腰にさしたダガーの柄をぎゅっと握り締め、初めてダンジョンの中に踏み入れた。
時間は昼過ぎ。昼食など休憩を挟んだ冒険者たちと共に階段を降りる。
自身とは違い慣れた足でそれぞれの目的地へ向かうパーティーの背中を見ながら、ダンジョン内の通路を進む。
「思ってるより、明るい、ですね」
「ああ。ダンジョン内にも光源があるから、ある程度の視界は保たれるが、それでも場所によっては暗い。そういうところは基本的にモンスター側に有利だ。実力がつくまでは近づくな」
コクコクと首を振りながら進めば、壁の割れ目から緑の肌をしたモンスター。ゴブリンが産まれた。産まれたというより、生えたというのがリリルカの感想ではあるが、ウカウカもしてられないのでダガーを手に持つ。
「ダンジョンから出てくるモンスターは全て敵だ。俺たちの命を奪いにくる。だからこそ、しっかりと準備を整えた上で対応する」
右ストレートの一撃でゴブリンの頭を弾き飛ばしたネクタル。
「今後もここに潜るのであれば付き添おう。ただ、正直なところ小人族で冒険者になるには、ロキやフレイヤのところのように傑物でなければならない。ステータスが上がりにくい種族だからな」
やるとすればサポーターとして地道にステータスをあげるのが良いと思う。
そのアドバイスを受けたリリルカは、後日ギルドにてサポーターに関しての講義を受けることになる。
「あの、ダンジョンで気をつけるのは、準備ですか?」
「いや準備も必要で大部分を占めているが、一番重要なことは違う」
そう言いながらコボルトの頭を殴り飛ばす団長を見て、容赦ないな。なんて思う。まあ容赦なんてあればあの日あんな形で団員をボコボコにして教育することなんかない。あの事件のせいで【殴り酒】という二つ名が付きそうだったとか。
「いいかリリルカ。ダンジョンに限らず重要なことは一つだ。その時その時の自分の精神状態が平常であるか否か」
驕っていないか。見下していないか。高揚していないか。落胆していないか。興奮していないか。衰弱していないか。
「簡単に言えば、常に冷静でフラットな精神でいられるかだ。全てを疑え、信じるな。その上で事象や状況を理解することができれば、たとえ周りから劣っていると言われる小人族でも、しっかりとした軸を持つ一つの存在になれると俺は思う」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、どうしようか」
暗い部屋の中。
一人で椅子に座るザニスは思考を巡らせていた。
「ソーマを形だけのトップにすることはもはや不可能。であれば、ネクタルの地位に私が入るしかない。だが、ネクタルはあの実力を持つもの……。ファミリアの中では武力によって力を見せつけ、他派閥にも顔がきく存在……」
正直、ただの男であるザニスにとっては持っていないものを多く持つ、叶わない相手。だが、ザニス自身は武闘派ではない。頭を使う側の人間であり、このファミリアの場合裏工作はしやすい。
ソーマが持つ酔いは立場や環境を変えることができる。
心の中にある黒いものが疼く。
承認欲求。自己顕示欲。自身が一番になりたいという野心。
「邪魔なものが多いな」
まずは自身の立場を高める。
手っ取り早いのはダーナを握る。もしくはランクアップを行い冒険者としての格をつける。
「安全に。かつ早急にランクをあげなければ……」
役に立ちそうなのはあの日真っ先にネクタルへ反抗の姿勢を見せたカヌゥやゲド。奴らと共にダンジョンに潜るのが手っ取り早い。そう算段をつけた。