「なぁなぁ、ソーマが作ったカクテル? 飲みたいんやけど」
「作らん。黙って飲んでいろ」
夕方の拠点では、開店したソーマ・ファミリア直轄のバル【
開店してからおおよそ3か月。来店する客の殆どは冒険者であり、ダンジョンでの探索後に来るものがほとんど。時折どこぞのファミリアの神たちがやってくるが、その場合は一角を使って団員たちと飲んでいる。
一人でふらっと酒を飲むような奴は基本ソーマ・ファミリアの団員がほとんど。
「なんやねんケチやなぁ。酒の神やろ? 客に一杯くらい作ってもええやん!」
基本的にバルが開店すると、カウンターの端に座っている俺に、すっかり常連になったロキが絡んでくる。
俺のスタンスはオーナーであり、従業員ではない。
この席で食べている飯も、飲んでいる酒もすべてしっかりとお金を払う客である。
もちろんロキもしっかり金を払うが、そのぶん面倒なことを毎回口にする。
つまり俺の取る行動はただ一つ。無視。無視に限る。
「っちぇ! もうええわ。にーちゃんジンバックお替り!」
「かしこまりました」
ロキのことを完全に無視する中、バルの中を眺める。
酒を呷るもの。歓談に興じるもの。食に目の色を変えるもの。
以前の拠点にあった異様な空気感は他者が入っていることで全く顔を見せず、またガネーシャが俺のことを気にしているのか定期的にガネーシャ・ファミリアの団員が姿を見せることでトラブルも起きにくい。
「ソーマ。最近闇派閥の動きが若干怪しいんや。あんた全然神会来んかったから忠告や」
酒事業で大金を稼ぎ続けているソーマ・ファミリアを狙うものは多い。
ロキの忠告に俺は頷いた。ここは冒険者にとって魅惑だ。酒に金が集まる。イシュタルが支配する歓楽街にも酒を下ろしており、アマゾネス以外の体を使いたくない種族の女性が従業員として働き始めたことで女までそろい始めた。
「もともときな臭いファミリアやったんやから、十分注意するんやで」
「分かった」
「ところで神酒くれん?」
「帰れ」
「ケチ!」
いっそのこと蹴り飛ばしてやろうかと思い始めたころ、店舗入り口から見慣れた二人が入ってきた。
ソーマ・ファミリアの団長であるネクタルとそのサポーターとしてダンジョンに潜り始めたリリルカである。
「ソーマ様。ただいま戻りました」
「ああ。二人とも無事か?」
「はい! 今日は4層まで潜りました」
そうか。とリリルカの頭を撫でる。ステイタスの更新は明日にしよう。きっとダンジョンに潜って疲れているだろう。
「あ、そろそろお客さん増えますよね……。着替えてきます」
いや、ダンジョンに潜ったんだから休めよ。とは思うものの、制止する間もなくリリルカは奥へと消えていく。
5歳の子供というのはそれほど体力がないと思っているのだが、リリルカは特別なのだろうか。
「ダンジョンでのリリルカはどうだ?」
「非常に頭が回る印象ですね。ただの5歳とは思えないほど判断能力が良いです。上層であれば私以外の者でも問題ないかと。休日でもギルドにて講習を受けているようですし」
まじめであり勉強熱心。俺の役に立ちたいという気持ちの表れだろう。
ダーナの一員として販売所への卸や仕入れも行いつつ、ダンジョンにも潜り気が付けば俺の周りで何かしら手伝いをしようと様子をうかがっている。
「子供でも飲める酒……。はちみつで酒でもできれば良いが……」
「はちみつの酒ならオーディンが昔飲んどったで?」
「は?」
いやな? とロキは昔を思い出すように空を見ながら言葉を紡ぎ始める。
なんでも、神の一柱が殺され、その血とはちみつを混ぜ醸した飲み物を故郷の巨人たちが隠していたらしい。それをオーディンが盗み出し神々の国で配りまくったとかなんとか。
「なんやっけなぁ。水と混ぜて一週間とか一月でできるんよ。たしか。まああんまり酔えんからうちは好きやないけどな。そんなことよ
ネクタル。明日デメテルのところからはちみつをもらってきてくれ。いろいろ試そう」
「かしこまりました」
「いや、聞けや!!」
ところで、はちみつを使ったところで発酵なりなんなりができるのか?
水の量は? 水以外に何か必要なのか?
作れたとして酔い感は? 子供が飲める程度なのか?
スパイスやらなんやら飲みやすくする方法も考えなければならない。
「また
「そーやってるから眷属が暴走するんやろーが」
「以前の時にウラノスから直接叱られた。管理も俺なりにではあるがやって行くさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「リリルカ。今からこの瓶を温める」
ロキが蜂蜜酒の話をしてから約2週間ほど経った、ソーマ・ファミリア内の酒造工房。
簡単な催事場となっている一角にいた俺とリリルカは、大量の種類が並べられたハチミツの前で向かい合う。
「酒造りにおいて一番気をつけなければならないこと。それは汚れだ。樽や瓶の洗浄はかなり高温のお湯につけることによって仕上げる。ここにある瓶は昨日洗って乾かした物。これを熱湯につけて冷ましてから工程に入る」
蜂蜜酒の作り方の工程を聞けば、蜂蜜を水で薄めるだけ。難しい工程は殆どなく、まだ5歳のリリルカでも問題なく作業ができると判断した俺は、キラキラした目を向けるリリルカに研究の手伝いをお願いした。
「今日用意したハチミツは産地の違う六種類」
うち一つはヘルメスに無理やり取りに行かせたオラリオから山二つ向こうの平原産である。2週間で届けさせたことで費用は嵩んだが、甘さが強くない比較的すっきりした味が特徴の高値で取引される品種。
「それぞれの蜂蜜を決まった量ずつ瓶に分けて行ってくれ。水の量をそれぞれ2倍から4倍で薄めてみよう」
俺の指示を受けたリリルカは、小さい体で頑張りながら掬い取った蜂蜜6種類を瓶三つずつ。合計で18に分け入れる。水の量を調整したそれぞれが発酵してくれることを祈る。
「これで終わりですか?」
「もちろんこれだけじゃない」
酒造りに重要なことは初めに行った汚れへの対策であり。それと同時に発酵である。かつてのソーマ作りでは自然的に発生する発酵をメインにしていたため、試作品の作成期間はかなり長く、量産体制に出来ていなかった。
しかし、シャシン・ジンからは麦を多く使い酵母を使った発酵をおこなっていた。
「今からリリルカには発酵の元になる酵母を作ってもらう」
「こうぼ?」
「基本的に俺たちが使っているのは、リンゴを原料にした酵母。つまりはサイダーだ。サイダーは好きか?」
こくりと頷いたリリルカの両手に一つずつリンゴを乗せた俺は、手本を見せるように皮を剥いていく。
「りんごの皮と芯を使う。それぞれを瓶の中に入れ、水と砂糖を加える。少し混ぜるくらいでいい」
見様見真似で同じ作業をしたリリルカに、そのまま瓶を渡す。
「この瓶はリリルカが責任を持って育てなさい。一日三回。よく振って中身を混ぜる。蓋を開けて空気に触れさせる。これを1週間ほど繰り返す。いいね?」
「はい!」
「それじゃあ誰にも触られないよう避けておこう」
仕込み中と文字を書いたカゴに2本。俺が仕込んだ青色の瓶と、リリルカが仕込んだガラスの瓶を並べる。
「蜂蜜の確認はこれから毎日だが、短くても1週間は変化はないだろう。正直酵母を入れていない状態の蜂蜜が発酵するとは思えん」
「このりんごのこうぼ? を入れますか?」
「ああ。自然発酵が難しい場合は。だな」
さて、どんなものが出来上がるか……。
その後、酒造工房には毎日のようにリリルカがやってきては、発酵するリンゴと蜂蜜を見つめ続けることになる。