負け犬の逆襲 ―UNDER DOG'S PARADE―   作:家葉 テイク

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第一章 パーティは行進曲の後で  >> 第一次エディンバラ方面防衛戦
Chapter 01


   1

 

 オブジェクト全盛のこの世の中では、『戦場』と『安全地帯』の区別がはっきりと分かれている。

 戦争を左右するオブジェクトが刃を交えるのは『戦場』であり、『安全地帯』たる『安全国』ではたとえオブジェクトが数十機集まろうと、戦争など起こりえないのが最近の世の中の常識である。

 『正統王国』における『安全国』の一つ、エディンバラ方面でもそれは同じことだった。

()ちぃ……。クソったれが。オブジェクトどもの熱気のせいで蒸し焼きになりそうだぜ」

「そう言うなよ。名誉を重んじる『貴族』サマにとっては喉から手が出るほど欲しいポジションだろ? これ」

 超巨大兵器、オブジェクト。

 直径五〇メートル以上もある動力炉の上に、様々な武装を載せたこの兵器は、登場と同時に世界のあらゆる兵器を駆逐し、一気に戦争の代名詞となった。戦略水素爆弾を至近距離で直撃させても機体を溶かしながら敵軍を殲滅させていたその光景は、今でも歴史の教科書に載っている。

 春とはいえ、欧州という高緯度に存在している関係上、このエディンバラ方面はまだ肌寒い季節ではあるのだが、そんなオブジェクトが放つ熱と単純な隊列による人ごみの息苦しさで、ついついぼやいてしまう馬鹿が二人。

「『正統王国』オブジェクト凱旋パレード、だったか?」

 右腕で無造作に汗をぬぐった不良じみた軍人が、ヘイヴィア。茶色い髪を短く切り揃えており、一応身分階級によって社会を統治する『正統王国』における特権階級、『貴族』の嫡男であるのだが、その粗暴な風貌や言動から『貴族』の風格は微塵も感じられない。それもそのはず、彼は誇り高き『貴族』などではなく、かるーく兵役を受けることで家督を継ぐに足る『戦功』を得るべく群体の一兵卒に甘んじているというだけにすぎないのだ。

「そ。三日間ブッ続けで行われる盛大なお祭りだよ。まあ、簡単に言ってしまえば国民の戦意を高揚させて軍事に回す予算を増大させる為のプロパガンダなんだけど」

 そんなヘイヴィアに他人事のような答えを返した、スカートを穿くかズボンを穿くかで見かけの性別が変わりそうなのが、クウェンサーだ。絹のようにさらさらな金髪を肩にかかる程度の長さで切っている。『正統王国』では政治にまともに関われない『平民』である彼だが、オブジェクト設計関係の職業に就くことで人生を効率的に過ごそうという夢の下、目下派遣留学生として第一世代のマルチロール機、『ベイビーマグナム』を擁する第三七整備大隊に所属している。

「『正統王国』の『本国』のあるノルマンディー方面を中心として、『正統王国』の主だった『安全国』で一年後とに開催される大規模パレード。俺達第三七機動整備大隊が参加していた戦場が、たまたまパレードの開催されるエディンバラ方面の近くだったっていうのは、まさしく不運だよね」

「っつーか何でテメェはそんなにしれっとしていやがるんだ? 近くにいるオブジェクトは全員参加とかいうフザけた話で無理やり召集された上に、同僚の雑兵共は皆既にホテル待機だってのに俺らだけパレード参加だぜ! 何の罰なんだこれは」

 そう言ってヘイヴィアは天を仰いだ。この熱気の中を一キロ近く徒歩で移動するのは、間違いなく罰ゲームである。周りの尉官が涼しい顔で行進しているのが信じられない……と見渡して、そこでオブジェクトの駆動音に混じってモーターの音が聞こえるのに気付いた。

「おい、おいクウェンサー! 聞いてみろ! この音、モーター音がする‼」

「え? ……おいおいマジか。これ、もしかして服飾モーターじゃないか? ほら、フローレイティアさんが足蒸れ防止のためにブーツにつけてるのと同じ奴。服の中に取りつけて熱気を緩和してたんだ‼ 尉官の連中が涼しい顔しているのはおかしいと思ってたけど、こんなカラクリがあったなんて……‼‼」

 わなわなと世の不条理にわななくクウェンサー。しかし、そんなことをしてもちっとも涼しくなるわけじゃない。

「フローレイティアさんの話じゃ、通常は尉官以上の士官しか参列できないって話だった。でも、俺達はそういうセオリーじゃ語れないイレギュラーな戦果を残しちゃってるから、急遽参加させざるを得なくなった……のか?」

「アラスカ方面じゃ『ウォーターストライダー』、ジブラルタル方面じゃ『トライコア』、オセアニア方面では『〇・五世代』……他にもいろいろ、オブジェクトをぶっ壊し続けてきた『功績』、ってか? そんなモン、公式記録じゃ大体はお姫様のアシストって扱いになってるんじゃなかったのかよ?」

「ヘイヴィアってゴシップ系のサイトとか見ないの? 俺達『ドラゴンキラー』とか呼ばれてるみたいだよ?」

「知ってるよ。でもそんなモン所詮ゴシップだ。公式な軍隊のパレードにまで適用されっかよ普通?」

「まあ、民衆向けのプロパガンダなんだし、そんなことがあってもおかしくはないと思うけどなあ」

「どっちにしても俺の場合は『勲章』がなけりゃ何の意味がないんだがな」

「まあ俺に至ってはパレードに出たところで何の意味もないんだよねえ。せっかくパレードだからってことで『アヴァロン』が近くに来てるんだし、どうせならそっちで遊びたいよ」

 クウェンサーがぽろりと言った一言で、がらりと話題が変わっていく。所詮は世間話というわけか、こういう小さな『トリガー』で万華鏡のように話題はコロコロ変わるものだ。

「グレートブリテン島の近海を周回してる人工浮揚島全体を使ったテーマパークだったか。確か、海流に逆らった周回軌道を作る為に潮力と太陽光による発電方式をとってたらしいって話だったが」

「でも、あれだけの大きさの島が海流に逆らって周回すると潮の流れが乱されちゃうってことで、グレートブリテン島近海に巨大な可動式の『海流調整棒』を何本も設置したんだったよね」

「お蔭で就航が五年は遅れたらしいな。今となっちゃあグレートブリテン島の重要な観光資源になってるらしいけど」

「パレードだからってことで向こうもてんやわんやらしいよ。入場客の管理が追いつかないとか」

「知るかよ。せいぜいテロ組織とかの温床にならないことを祈るくらいだな」

「まあ俺達軍隊だし、遊びにはいけないけどね」

「畜生、いちいちやる気が削がれやがる……。っていうかこれ、うっかりオブジェクトを操縦してる『エリート』サマがミスって俺ら全員死亡とかねえよな?」

「もし誤動作が発生したら俺達どころか『本国』の都市が壊滅するね」

「チクショウ‼ 『安全国』のど真ん中にいるってのに全く心が休まらねえぞ‼ 例の議員の時みてえに俺達をまとめてぶっ潰す為の策略じゃねえだろうな⁉」

「……馬鹿話もそのくらいにしておきなさい」

 だんだんと愚痴のボルテージが上がってきたところで、彼らの前に立っているジャパニーズ・カンザシがトレードマークの銀髪爆乳上司、フローレイティア=カピストラーノが釘を刺す。普段から素行の悪い上に、いざとなったら軍紀とか完璧無視で独断専行してしまう(先にヘイヴィアが挙げた成果も大体独断専行なので『戦功』的にはプラスになっていないのだ)クウェンサーとヘイヴィアは、この爆乳の上官に頭が上がらなかった。

 二人が黙ったのを確認したフローレイティアは、小さく言う。

「そもそも、こんな大々的な街中でパレードをやるのよ。当然そのあたりのリスク計算だって行われている。このあたりの街並みは基本的に、オブジェクトの衝突程度で破壊されるほどヤワな設計はしていない。ミサイルくらいなら弾ける程度の強度はあるの」

「でもフローレイティアさん。そういうわりに周辺の建物に変わった様子はないですけど……」

「オブジェクト装甲技術の応用よ。元々、この手の『安全国』の主街道はオブジェクト凱旋パレードを視野に入れた開発をしているものなの。尤も、このあたりの区域限定だし、オブジェクトの副砲の直撃を一発耐えられるかっていうところだけれど」

 こちらの方は見ずに、溜息が出るくらい背筋を伸ばしたフローレイティアは、そう言って話を打ち切る。へー……と感心していたクウェンサーだが、それ以上話も続かないので仕方なくパレードを続けることに。

 街道を囲むビル群の屋上には無数のパレード用花火が設置されているのか、断続的にパンパンとクウェンサー達の空中で破裂し、煙が雲ひとつない青い空に小さな白のアクセントを残していく。

 世界のあり方を捻じ曲げた巨大兵器が何機も集結した平和を象徴するパレードの中を闊歩しながら、クウェンサーはそんな空を見上げて呟く。

 

「……何と言うか……、平和だな」

 

   2

 

「クソッたれ。昼間のパレードで疲れてるんだから、勘弁してくれよ」

 春の街道をパレード用の花火が飛び交う中、数時間かけてゆっくりじっくり行進したせいで既にへとへとになっているクウェンサーはげっそりしながらそう呟く。

「……、ご愁傷様。だがまあこれも通過儀礼みてえなモンだ。諦めるんだな」

 その隣を歩くヘイヴィアは、そんな風に悪態を吐くクウェンサーに対して、珍しく労いと慰めの言葉をかけた。

 そんな彼の服装はいつぞや、初めて生身でオブジェクトを爆破したときに表彰された会場で見た礼服だった。相変わらず、とことん礼服が似合わないヤツだ、とクウェンサーは横目でヘイヴィアを見ながら思う。服に着られている感じはないが、とにかく違和感が満載なのだ。飼い犬に服を着せるほうがまだ違和感がない。

「ったく、パレードの後にパーティだってよ。まあ、こないだ『情報同盟』の第二世代を爆破してやったから、その祝勝会もかねてるらしいが、パレードは明日もあるらしいのに勘弁してほしいね」

「あれ、結局俺達が敵のレーザー兵器を使い物にならなくさせたから勝てたようなもんだよね?」

「だからこそ、俺達が主役扱いなんだろうぜ」

 適当に言いながら、ヘイヴィアは気まずそうに顔をクウェンサーから背けた。

 パレードが終わった後、クウェンサーを初めとした第三七機動整備大隊の面々は大型のホテルのホールを貸しきってパーティを行っていた。会場は一階にある巨大パーティホールだが、さらに上では別の部隊がパーティを行っているとからしい。

「……主役、扱い?」

 ヘイヴィアの言葉に、ゆらり、と幽鬼のような仕草でクウェンサーは彼の顔を覗き込んだ。

 目に光が宿っていない。

「……おいおいクウェンサー。テメェの言いたいことも分かるが、その巻き添えを食らってる俺の身にも――、」

「ふざけんなッッ‼」

 思わず気圧されながらもクウェンサーから距離を取ろうとしているヘイヴィアの肩を両手でつかんで、クウェンサーは絶叫した。

「『この服装』のどこが主役だっていうんだ⁉ むしろこういうのは『エリート』のお姫様の役回りだろ‼ 俺がやったらただのイロモノだろうッッ‼ 俺はいつからジャパニーズコメディアンになったっていうんだッ⁉」

 噛み付くように叫ぶクウェンサーの服装は、明らかに男性のものではなかった。

 薄いピンクを基調としたドレス。平時から絹か何かのように滑らかな金髪は綺麗に整えられており、下手な女性よりも女性らしい。白磁のような肌には薄く化粧が施されており、怒りに表情を歪めていても尚可愛らしさを称えていた。ただし、あからさまに取り付けられた大きなピンクのリボンが滑稽さをかきたてるが。

 常から『ズボンを穿くかスカートを穿くかで見た目の性別が変わりそう』と部隊やオブジェクト破壊のニュースから彼を知った女性・一部の男性から目されているクウェンサーだが、今回はそんな格好をしているので余計に女性っぽい感じだった。

 いつも男同士でむさくるしいとか何とか言っているヘイヴィアでさえ、今日に限ってはその可憐な容姿や動くたびに周囲に撒かれる弱めの香水の香りで目の前の人間がナニなのか分からなくなり、接し方が分からなくなるほどである。

 しかも、そんな見た目美少女が男っぽい所作を抑えて無理矢理女性っぽくしようとしているのだから、何だか世間知らずで初心な少女が初めての社交界を前にしてカチコチに緊張してるみたいな微笑ましさもプラスされ、外面的なアレさ加減はとっくの昔に臨界点突破していた。今のクウェンサーの女子力を数値換算したら、とてつもない結果になるだろう。

「クウェンサー、ジャパニーズコメディアンでもそこまで本格的な女装はしねえと思うぜ……。っつーか掴みかかるな、匂いがヤバい」

 気まずそうに顔を背けるヘイヴィアに、クウェンサーはハッとして手を離した。

「大体よぉクウェンサー、テメェも災難だと思うが、俺にしたって随分なモンだと思うぜ? ナニが嬉しくて女装男のエスコートなんてしなくちゃなんねえんだか……。この企画考えたの誰だ? 恨むぞ」

「確か、衛生兵のクリスティーナじゃなかったか。っていうか着付けしてくれたのもクリスティーナだし。俺はギャグで済ませたかったからそこまで力入れなくて良いって言ったのに……見ろよコレ‼」

 そう言って、クウェンサーは勢いよくスカートを捲くり上げその脚を外気に晒す。ヘイヴィアは、それが男のものだと分かっていても反射的にスカートの中身を凝視してしまった。

「スネ毛が、俺のスネ毛が……全滅‼ 全部剃られた! 酷すぎる! ドレス着てるんだからどうせスネ毛なんて分かりっこないのに!」

「っていうかクウェンサー、テメェスネ毛生えてたっけー? 何回か確認する機会もあったが、産毛さえ生えてなかった気がー」

「生えてたの‼ かなり薄かったけど生えてたことは生えてたの‼」

「ふーん……」

 脚を見ながら、何故か生返事のヘイヴィアにクウェンサーは涙目で叫ぶ。しかし、ヘイヴィアはやっぱり生返事で返す。

「……あの、ヘイヴィア。さっきからそんなにじっくりしっかり熱心にナニ見てんの?」

「あん? ……いや、パンツも女物なんだな、と思って」

 直後、クウェンサーはほのかに顔を赤くしながら無防備に顔面を晒しているヘイヴィアの鼻面にハイヒールの踵を叩き込んだ。

「おぎゃああああああああッッ⁉ ばっ馬鹿テメェっ‼ それはマズイ! やっちゃいけない感じのツッコミ! まだ頭ガブガブの方がマシな感じのツッコミッ‼ っつーか男同士なんだから別にパンツ見てもいいだろうが!」

「ハハハ知ってたかヘイヴィア‼ セクハラって同性でも適応されるんだぞ‼」

 はーはーと互いに肩で息をしながら睨み合っていた馬鹿二人だが、一通り騒いでから心が落ち着いて、こう思う。何が楽しくて俺達はこんなありがちなラノベじみた嬉し恥ずかしコントみたいなやりとりをしなくちゃならんのだ? と。

 ともかくこんなやりとりは世界中にその名を轟かす馬鹿二人、もといドラゴンキラーのすることではない。ということで、話を逸らす意味合いも兼ねてヘイヴィアは気になったことを聞いてみた。

「そういえば、何でテメェ女物のパンツ穿いてたんだよ? やっぱ『形から』だからとかか?」

「……まあ、そんな感じかな。『貴族』様の男娼用らしくてさ、これ。後ろに穴が開いてて、前は目立たなくする機能があるとか……」

「…………うへぇ、男色の『貴族』の為にそんな無駄な科学力使うなよ、『正統王国』……」

「中には見た目の綺麗な男を妻にしてる『貴族』もいるんだろ。男を妻にする『貴族』なんて外に示しがつかないから、自然と性別を隠す為の技術も発達したんだろう。最近はホルモンバランス調節と人工臓器で妊娠はできないまでも身体構造だけなら完全に女に出来るらしいけど、流石にそれは金がかかるしね」

「男抱くのが目的なのに肝心の男を女に変えてちゃ世話ねえがな」

「そういうのは『内面が男であること』が重要なんだろ。金の無駄なのは同意だけど」

 適当なことを言いながら歩いていた二人だったが、そこで歩みを止める。

 彼らの目の前には、パーティ会場へと続く大きな扉があった。

「……さあ行くぜレディ。赤っ恥かく準備はいいか?」

「次にそんなこと言ったら冗談でも拳を叩き込むからね、ジェントルマン」

 そう言って手を差し出すヘイヴィアに、ピンク色のレースがついたドレスグローブをつけたクウェンサーは渋々その手を載せながら、歩みを再開した。

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