負け犬の逆襲 ―UNDER DOG'S PARADE― 作:家葉 テイク
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会場についた女装クウェンサーと礼服ヘイヴィアを出迎えたのは、溢れんばかりの歓声だった。
といっても、それはヒーローを迎え入れる類のものではない。Gカップのアイドルを前にした男の咆哮だったり、大人気アイドルグループを前にした女の悲鳴だったり。つまるところ、イロモノを目にした人間の出す声だった。
「(チクショウ、何だこれ。爆笑の方がまだマシだったぜ)」
酒の影響もあるのだろう、どこかハイになっている部隊の面々を前に、クウェンサーの手を持ったままのヘイヴィアは苦々しそうに吐き捨てた。見ると、お姫様は勿論、あの爆乳の上官フローレイティアや整備の婆さんまで目を丸くしてクウェンサー達を見ている。
(よほど、コイツの女装姿がはまり役だったんだな)
聞こえたらクウェンサーの精神衛生上非常によろしくない為、ヘイヴィアは心の中でだけそう思うことにした。
ちなみに、肝心のクウェンサーは人の熱気と視線と歓声に飲み込まれて完全に放心状態だ。そんな反応が一部の腐った趣味を持つ女性達のボルテージを上げていたりもしていたのだが、それはまあ、わりとどうでも良いことである。
「くっ、くくっ、中々良い格好をしているわね、クウェンサー」
笑いをこらえながらそう言ったのは、いつもどおりの軍服姿な銀髪の爆乳上官フローレイティアだ。
見てみると、女装なクウェンサーと礼服なヘイヴィアを除いたほかの部隊員はいつもどおりの格好だったりする。マスコミの類はないが、軍人は常時戦場とでも言いたいのだろうか。であれば自分の服装はどうなんだと言いたいヘイヴィアである。
「フローレイティアさん、勘弁してやってくださいよ。もうコイツ、キャパオーバーしてるみたいなんで」
言いながら、ヘイヴィアはぽんぽんと俯くクウェンサーの頭を叩く。こうしているだけならば、まるで初心な少女だ。
そんなクウェンサーから何も反応がないことを確認したフローレイティアはやはり馬鹿にしたような笑みを消さないまま頷く。
「いやでも、実際似合っているよ。此処までハマっているんなら恥じる必要も感じられない。正直、『コッチ』でもやっていけるんじゃないの?」
「誰が自分の体を売る仕事に就きたがりますか……」
暢気なフローレイティアの言葉に、クウェンサーは顔を青くしながら答えた。そんな風な将来の道を選んだ自分の末路でも想像したのだろうか。
「そもそも、男娼なんて今の時代流行りませんよ。成長というか老化による『女性らしさの欠如』はホルモンバランスの調整と人工臓器によってほぼクリアされてますけど、『名誉』を重んじる『正統王国』では爪弾きにされる要素しかない」
「それでも需要があるのは確かよ。女性の『貴族』の中にはわざわざ去勢した男を側近にする輩もいるくらいだしね。大昔、かつて中国とか呼ばれていた方面ではカンガーンっていうのが登用されていたとか」
そんなことを言いながら、クウェンサー達は雑踏の中に紛れ込もうとする。最初こそ女装姿のクウェンサーに沸いた会場だったが、この手の出オチは開始数秒くらいしか盛り上がることはない。一部の腐った趣味を持った女性以外の部隊員以外はパーティを楽しんでいた。
「クウェンサー」
背後からかけられた声にクウェンサーが振り返ると、そこには『エリート』のお姫様が立っていた。
「お姫様か……。何だ? 俺の格好を笑いに来たのか?」
自分が今最高に情けないことになっている自覚のあるクウェンサーは、先ほどフローレイティアに笑われたのもあってそう切り返した。しかし、お姫様は緩い動作で首を横に振る。
「ううん。そのふく、にあってると思って」
「……、」
お姫様としては、素直に褒めているつもりなのだろう。しかし、クウェンサーとしては微妙な気持ちだった。(好きな人からならともかく)男は別に、服のことを褒められたってあまり嬉しくなどない。まして今クウェンサーは女装中である。女の子の服装が似合っているといわれて喜ぶのは心が女性な奴くらいのものだ。
「……まあ、褒め言葉と受け取っておくよ。ありがとうな、お姫様」
この少女の皮肉の類のレパートリーが少ないのは、メル友であるクウェンサーが一番知っていることである。疲れたような溜息を吐くクウェンサーに首を傾げる初心なお姫様はさておき、クウェンサーは未だに自分の手を取っているヘイヴィアから手を離す。
「で、ヘイヴィア。これからどうする? クソマズイ軍のレーションから解放された俺としては、さっさと脂の乗ったフライドチキンが食いたいんだけどさ」
「……その格好じゃ無理だろ。肉ゾーンは漏れなく男どもが席捲してやがる。今は連中もスルーしてるが、テメェが自分から突っ込んで行ったら野獣的なリアクションしてくださいって言ってるようなモンだぜ。さっきから遠巻きにきゃーきゃー喚いてる連中に今晩のネタを提供することにしかならねえ」
「……腐女子って、『島国』独自の文化だと思ってたんだけどなぁ……」
「オブジェクト関連の技術と一緒に世界中に拡散したんだろ。かく言うテメェだってバッチリその存在を認識してるじゃねえか」
「『安全国』の学校に通ってるときは、そういうオーラを感じる女性からお近づきになりたいっていう要望が絶えなかったんでね」
「……ッ‼ テメェ‼ 『安全国』にいるときからそのラッキーな体質は健在だったのかッ‼」
いきなり声を荒げたヘイヴィアに、クウェンサーは思わず面食らって飛び退く。
「……おい、あんまり大きな声を出すなよ。周りが怪訝な顔してるじゃないか」
「……チッ、今回は不問にしておいてやるが、後で覚えとけよ」
憎憎しげにボソリと呟くヘイヴィアにクウェンサーは首を傾げながら言う。
「まあそれはそれとしてさ。いい加減ホントにフライドチキンがなくなりそうなんだよ。この纏わりつくような視線はもう仕方ないとして、せめて脂の乗ったチキンだけは食べておきたいわけ」
「……それを俺に言って、何をしてもらいたいんだよ?」
怪訝な表情のヘイヴィアに対して、クウェンサーはそれこそ女性のように妖艶な笑みを浮かべる。
「俺が行ったら酷い目に遭うって言うんなら、お前が取りに行けば良いのさ。可愛いレディに振り回されるんだ。男の本懐ってものだろう?」
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そんなわけで、ヘイヴィアは体よくパシらされていた。
「クソッタレ、あの野郎後で思い切りからかってやる」
しかし、そんな恨み言を言いつつちゃんとフライドチキンを紙皿に取り分けているあたり、彼もクウェンサーの境遇には同情しているのだろう。
「どうですー、楽しんでますかー?」
そんなヘイヴィアに微妙に間延びした声をかけたのは、褐色肌の少女だった。
「……クリスティーナか」
クリスティーナ=ケイブルグラム。ヘイヴィアと同じ第三七機動整備大隊に所属する兵士で、今回クウェンサーに女装をさせるプランを練った張本人でもあったはずだ。
「ああ、クウェンサーの野郎は随分と楽しんでるようだな。あの野郎、カマでも掘ってやろうか」
「あれー、そんな冗談も言えるようになったんですねー。前は男同士がくっつくネタを振られただけで眉を顰めていたくせにー」
「テメェはこういうのがお望みなんだろうがよ」
吐き捨てるようなヘイヴィアに、クリスティーナはぺろりと舌を出して笑う。
そんなクリスティーナのことは最早半ばスルーして、ヘイヴィアは適当にフライドチキンとポテトなどの脂っこいものを紙皿の上に取り分け続ける。
「……それ、あなたが食べるんですかー?」
「あん? まあ、その分も取ってあるが、このチキンはクウェンサーの分だな。っていうか、俺がこっちに来たのはクウェンサーにパシらされてるからだし」
「……女の子に脂っこいものを食べさせるとか、どういう神経してるんですか?」
声を間延びさせることすらやめて、割とマジな顔でそう訝しむクリスティーナに、ヘイヴィアは一瞬何を言われたのか分からなくなった。
「は、あ……?」
「良いですかー」
呆然としているヘイヴィアに、クリスティーナはさらに続ける。
「このパーティではー、最早クウェンサー嬢は女子隊員共有の財産なんですよー。『彼女』があたふたしたりしてる姿を見て皆がハッピーになるんですー。そんな『彼女』がー、ガツガツとチキンを頬張っていたらどう思いますかー? ……それはそれでアリかもしれませんがー、需要が少ないのは確かですー」
「……分かった分かった。テメェの言う需要が何なのかは俺には到底理解できねえし、それを
「あ! ちょっと待ってくださいよー! 釣れないなぁもうー……」
ヘイヴィアは適当そうに吐き捨てて、その場を後にする。
クウェンサーはそんなヘイヴィアの様子をずっと観察していたのか、彼が近づいてくるのを察知したと同時に大きく手を振った。
「ヘイヴィア。ありがとね」
「貸し一つだぜカマ野郎。ほらよ」
両手に紙皿を持ったヘイヴィアは、暢気に手を振るクウェンサーに右手に持った紙皿を手渡す。
「ん~、やっぱクソマズイレーションの後のチキンっていうのは一味も二味も違うもんだね」
「いつまで経っても匂いを堪能してるテメェは気持ち
適当に言いながら、ヘイヴィアも自分の紙皿の上のチキンを掴み取って食べる。クウェンサーはチキンの味を楽しみにしすぎるあまり、まだ匂いを堪能しているようだった。
「ったく、テメェいつまでそうやってるつもりだ? そんなことしたら、いざ食うって時になって襲撃受けて結局何も食べられなくなるぜ」
「はは、何言ってんだよヘイヴィア。此処は『正統王国』のエディンバラ方面、バリッバリの『安全国』だ、」
クウェンサーがヘイヴィアの忠告を鼻で笑った瞬間だった。
ブヅン、と急に会場のあらゆる明かりが消滅した。
「な、何だ何だ⁉」
「クソッタレ! ヘイヴィア、お前もしかしたら予知能力とか持ってるんじゃないのか⁉」
「超能力とか今時『信心組織』でも信じていねえよ‼」
叫びながらも、流石にパーティ中とはいえ第三七整備大隊は
ホテル側の不具合なのか外部からの干渉なのかは不明だが、もしもこれが外部からの干渉だとしたら、暗闇と化した混乱に乗じて武装集団が襲ってくる可能性も考えられる。当然クウェンサーとヘイヴィアは仮装していたせいで武装を持っていないので、その時二人が離れ離れになるのは避けたほうが良い。
と、そんな風に行動していたクウェンサーだが、ふとした拍子にとある事実に気がついた。
「……あああ‼」
「どうしたクウェンサー⁉」
「……ない‼ 俺のチキンちゃんが‼ どっかで落としたのか⁉」
「それ見たことか! ああやって勿体ぶってたこと自体食えねえフラグだったんだよもう諦めろ!」
あまりの事態に本気で半ベソをかきはじめるクウェンサー(女装)の方は見ずに、ヘイヴィアは油断なく周囲を警戒しながら返す。
「騒ぐんじゃあない! 冷静になれ! 外部との連絡は⁉」
ざわざわとした空気の暗闇で、先ほどまで料理に舌鼓を打っていたフローレイティアの怒号が響き渡る。それだけで、忙しなく動いていた兵隊達の動きが統率された。
「……クソったれ! 無線が使い物になりません! 何だこのジャミングの強度は!」
「完全に電気系統が潰されています! ホテルの照明はもう駄目です!」
「……襲撃の方向で確定だな。武器を持っている奴は何人いる⁉」
「一応、警備の連中はライフルを携行していたはずです! あとは大体護身用の拳銃!」
「上出来だ! ライフルを持っている人間を中心に小隊を組んで行動しろ! お姫様の安全だけは守れ! 命に代えてもだ!」
何人かの兵士達の言葉を聞いたクウェンサーは、途方にくれたように首を振った。
「……『学生』の俺は拳銃なんて持てないし、そもそも女装してるから『ハンドアックス』さえないんだけど、一応『軍人』のヘイヴィアは?」
「拳銃持った紳士がいるんなら見てみてえな。そんなモンこの服装に着替えた時にホテルの部屋に置いてったよ」
暗闇の中で顔を見合わせた二人は、重い動作で溜息をついた。
ともあれ、二人が武装を持っていないのは仕方がないし、このまま部隊の面々と逸れて丸腰のまま動くのはマズイ。大昔のハリウッド映画じゃないのだから、丸腰で『銃なんか捨ててかかって来いよ!』と言ったって半笑いのまま頭を撃ち抜かれるに決まっている。
その時、出来上がったばかりの小隊がフローレイティアの命令を受けないまま出口の方向に移動しだした。大方斥候の為に動いているのだろうが、それはフローレイティアにとってはあまり好ましくない行動だった。
「おい待て下手に出口の方に行くな! 敵が既に迫ってる可能性だって……、」
フローレイティアが言いかけた瞬間。
ゴバッ‼ という轟音と共に、壁ごと斥候に向かっていた兵士達が蹴散らされた。
「……ッ‼ おいおいチクショウ! ついに敵さんのお出ましみてえだぜ!」
「分かってるよ! すぐに撤退しなくちゃ全滅することくらいはな!」
言うなり、クウェンサーとヘイヴィアはさっさと爆発が起こった方向とは逆の出入り口まで行こうとするが、最初の一歩でそれを踏みとどまる。
「……待てよヘイヴィア。まさか敵さんもここまで用意周到に襲撃準備を整えておきながら、もう片方は押さえ忘れてました的な微笑ましいミスを犯してる訳ないよな?」
「っつーことはつまり……」
そんな二人の言葉に答える様に、もう片方の出入り口もゴバァ‼ と爆発にも等しい勢いで吹き飛びながら崩壊する。反応が遅れたクウェンサーを庇うようにして、ヘイヴィアはクウェンサーを抱くようにして押し倒す。
マズルフラッシュの度にぼんやりと浮かび上がる襲撃者をテーブルの陰から見ながら、ヘイヴィアは呻くように呟いた。
「………………当然、鉛玉のサンドイッチが用意されてるわけだよな」