アングラ系ヒーローは逃げられない   作:ピ・ポポ

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混沌は海上より来たる

 七志 冬弥、28歳。

 遂に南国のリゾートにて幸せを掴む。

 

 こっちに来てから半日ほど経ったが、こっちは最高だ。

 夕焼けは綺麗だし、街並みは豪華絢爛。

 食って遊んで、好き放題に過ごしている。

 

 ヒーロー時代が嘘みたいだ。

 

 

「最高だぜ……」

 

 

 俺は至極満悦な状態で、ホテルのバルコニーから夕焼けを見つつ、その手に持ったワインを一気に喉に通す。

 甘めな味わいが何とも言い難い。

 

 

「向こうはどうなってっかなぁ……俺のことなんて忘れて、ケロッとやってるかもなぁ」

 

 

 それなら一番と考えて、新たなワインをグラスに注ぐ。

 

(俺の知名度なんて、所詮そんなもんだしな)

 

 これは別のヒーローから聞いた話だが、ヒーローでノーネーム、と聞いたとき、その姿が頭に思い浮かぶ人は少ないらしい。

 

 なんとなくそんなヒーローいたなぁ、程度の認識でアングラ、即ちアンダーグラウンドな知名度らしい。

 

 俺の活動は基本的に目立つことはなかったし、仕方なくはあるのだが少々寂しく感じてしまう。

 

(他のヒーローからは話しかけられること多かったし、それなりに知名度あるとは思ってたんだけどなぁ)

 

 ま、仕方ないかと、手に持ったグラスに入ったワインを一気飲み。

 もう既にそれなりの量を飲んでいて酔いは回ってきているが、意識ははっきりとしている。

 

 長年の仕事で身についたもの、早々に取れることは無さそうだ。

 

 

「はぁ……ん?」

 

 

 ふと、つけっぱのテレビの方に視線を向ける。

 するとテレビには今いる街中で暴れるヴィランについての報道と、指定地域での外出を控えるように、と流れていた。 

 

 問題はそこに映っているヴィランの顔だ。

 

 

「……おい。おいおいおい。酔いつぶれるにはまだ早いだろ。俺は夢でも観てんのか?」

 

 

 そこに映っていたのは、周囲に爆発を撒き散らしながら高笑いする男の姿。

 そしてそれの対処に困るヒーローたち。

 あの能力、あの高笑い……嫌でも思い出す。

 

 

「『A.ウェポン』、いつの間に脱獄しやがった……!?」

 

 

『A.ウェポン』、特級指定ヴィランの一人だ。

 

 ヴィランにはいわゆるランクというものがあり、そのランクに収まらない規格外のことを特級指定と言うのだが、奴はその特級指定ヴィランの一人である。

 

 奴はM.T……ミュータントであり、保有する能力は『武装変換』。

 触れたものを自身が許容する武器へと変換する能力である。

 

 これがまた厄介極まっており、奴が武器と認識すれば何でも変換可能になる。

 例えば砂を火薬にしたり、鉄くずを戦闘機にしたりと。

 

 日達国の牢獄にいたはずのやつがここにいるのは、脱獄してから生み出した戦闘機で飛んできたからだろう。

 

 普通のヒーローが対処できるような相手ではない。

 

 当然、それは俺もだ。

 奴を撃退するのはかなり手こずるだろう。

 ……とは言ったが。

 

 

「……つってもなぁ。俺もう関係ないしなぁ」

 

 

 俺はもうヒーローを辞めた身。

 一般人が関わるべき案件ではない。

 

 故に俺はこの件を無視して、引き続きワインを飲もうとした……のだが。

 

 

「…………」

 

 

 テレビから視線が外れない。

 そして色んなことが頭の中を駆け巡る。

 

 

「くくくくっ。やはりお前さんは根っからのヒーローじゃな」

 

 

 近くで寝椅子に腰を掛けながら、ワインを飲む博士がそう言った。

 奴を止めねばならない、と俺の体が疼く。

 

 長い時間をかけてこびりついたものは、そう簡単に取れないらしい。

 

 

「……はぁああああああ。もうこれ呪いだよな」

「職業病みたいなもんじゃろ」

 

 

 俺は部屋の中に戻って自身の荷物を漁り出す。

 鞄を開き、そこら辺に荷物を放り投げ、使えそうなものがないかだけ見ていく。

 

 つっても、使えるものはほとんど置いてきたこともあって、ろくなものがなかった。

 

 

「げっ、仮面置いてきた。武器も木刀しかねぇ」

「格好は」

「しゃーねぇからアロハシャツで行く。なんかガジェットは」

「持ってくるわけないじゃろ。アホか」

「生身な上に現場まで歩きかよ。死ぬぞ、俺」

 

 

 死なん死なんと適当にあしらう博士に悪態をつきながらも、部屋に飾ってあったなんかよくわからん木彫りの仮面を手に取る。

 

 

「……めんどうなことにならなきゃいいが」

 

 

 俺はそれだけ呟くと、完全不審者スタイルで現場に向かって走り出す……はずだった。

 

 バルコニー、遠くの方から風を切る音が聞こえるまでは。

 

 

「……ん?」

 

 

 俺はドアに掛けた手を離し、振り返ってバルコニーの遠くの方を見た。

 

 何か……小さな影が一つ、とてつもないスピードを伴ってこっちに向かってきている。

 その行先は間違いなく、俺のいる部屋だった。

 

 最初はA.ウェポンかと思ったが、どうにも様子がおかしい。

 低速する様子はなく、とてつもない速度で真っ直ぐ突っ込んでくる。

 その姿は過去に一度だけ見たことがあった。

 

 

「な、なんだあれ!? 装甲を纏って……いや、待て。あれは見たことあるぞ……ま、まさかッ!?」

 

 

 強風を受けてか、それとも能力の解除によるものか。

 纏っていた装甲が剥げ、中にいた半泣きの少女は姿を現す。

 

 約4年間、相棒として共に戦い続けたサイバルが、えげつないスピードで叫びながら部屋に突っ込もうとしていた。

 

 

「いたああああああああああっっ!!!!!」

「ちょっ、おまっ……待て待て待て待てッ!!? 速度緩めろバカ野郎ッ!!?」

 

 

 俺は木刀を放りだし、バルコニーに身を乗り出して叫ぶも、サイバルは一切速度を緩めることなく……と言うか、なんなら加速を始めてしまった。

 

 乗っているエアボードは爆発寸前だ。

 間違いなくこのまま行けばお陀仏どころの話ではない。

 意味不明である。

 

 

「何考えてんだ、あいつ……!? 博士!」

「なんもない……から作ったわい! ほれ、これを使え!」

 

 

 そう言って投げ渡されたのはテレビリモコン。

 変な機械に繋がれ、ガムテープでぐるぐる巻きにされたテレビのリモコンだった。

 

 

「……どう使うんだよ!?」

「ボタン押せば勝手に起動する! 空気固形、膨張、粘着式じゃあ!」

 

 

 何言ってるのか全くわからないまま、俺は渡されたテレビのリモコンを見る。

 押せそうなボタンは真ん中で赤く塗りたくられた決定ボタンだけ。

 

(よくわからんが、これか……!?)

 

 俺は部屋の中心に立って、赤い決定ボタンを強く押し込む。

 その瞬間、俺を中心に空気が膜を作って俺を包み込んだ。

 と同時に、サイバルの乗っていたボードが爆発し、勢いよくこっちに向かって飛んでくる。

 

 

「ぐえっ」

 

 

 次の瞬間、サイバルは変な声を出しながら空気の膜へと突っ込んでいた。

 

 空気の膜は実体を伴ったかのようにサイバルを受け止めると、押し潰され歪んだ後にサイバルをくっつけたまま、ボヨンボヨンと揺れて元の形に戻る。

 

 そして役割を終えた空気の膜はパッと一瞬にして消え、サイバルが床に大の字になって落ちた。

 顔面から。

 

 そこから無言な時間が訪れるも、俺はゆっくりとうつ伏せになったままのサイバルへと近づく。

 

 

「……お、おい、大丈夫か?」

 

 

 サイバルは言葉を発する前にまず、勢いよく顔を上げると俺に向かって飛びついた。

 あまりの勢いの良さに俺はリモコンを手放し、押されて後ろに倒れる。

 

 そしてその上に馬乗りになる形で、バイザーを脱ぎ捨てたサイバルは俺を見ていた。

 

 目の下は隈で真っ黒で、髪も風を受けて酷い有様だった。

 しかしその有り様が気にならないほど、俺は彼女の目線に恐怖していた。

 

 じっと目を細め、薄っすらとした笑みに、俺は初めてサイバルに恐怖している。

 

 ……こう言うのが一番だろう。

 まるで、『腹を空かせた猛獣』の目、だと。

 

 色々と言いたいことがあったのだが、その目線に俺の頭は一気に空っぽに。

 そこで絞り出した言葉はたった一つだけだった。

 

 

「よ、よぉ、サイバル。どうしてここに?」

「……探したから」

 

 

 今までにないくらい低い声に、思わず後退りしたくなったが、馬乗りになっているせいで身動きが取れない。

 

 と言うか彼女の能力で、どこからともなく飛んできたドローンが俺の周りを取り囲む。

 流石に博士もこの状況では動くこともできないようだった。

 

 

「さ、探したって、どうやって?」

「……GPS」

「GPS?」

「む……あのGPSの件。嬢ちゃんの仕業か!?」

「え? な、なんの話だ?」

「ニュースくらい、ちゃんと見るんじゃな」

 

 

 と言って、博士の足元に飛んでいっていたリモコンを、博士が手にとってガムテープを剥がすとテレビのチャンネルを変えた。

 

 そこでは突如GPSが狂い出したこと、それらはある一箇所を指した後、元の位置を示すようになったこと。

 そしてその指した位置と言うのが、俺のいるホテルの場所だった。

 

 

 俺は恐る恐るテレビを指差しながら聞いた。

 

「……あれ、お前がやったのか?」

 

 

 コクリと頷くサイバル。

 俺は感心と恐怖が入り混じった謎の感情に襲われる。

 

 少し前までの彼女じゃ、あそこまで大掛かりなことはできなかったはずだ。

 それを今じゃ世界中のGPSを動かせるまでに。

 

 ……そして、一体彼女の何があそこまでさせたのだろうか、と言う恐怖心が沸き立つ。

 

 

 色々あり過ぎて頭が纏まらない。

 A.ウェポンのこともあるし、サイバルのこともどうにかせねばならないだろう。

 そもそも格好もヤバいし。

 

 だから、だから……うん、とりあえずだな。

 

 

「とりあえず、退かない?」

「嫌」

 

 

 即決で断られてしまったのだった。

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