アングラ系ヒーローは逃げられない 作:ピ・ポポ
ゆらゆらと揺れる奴に向けて、俺はその手に持ったバールで剣術を放つ。
が、斬りつけたところで、揺れていた奴は霞のように霧散して消えてしまう。
「クソッ……! 今の俺じゃ、幻覚と本物の見分けがつかねぇっ……!」
常時なら多少研ぎ澄ませれば、気配でなんとなしにわからなくもないが、こうも体がガスに蝕まれていると、研ぎ澄ませることも難しい。
一先ず、目についたやつからたたっ斬っているが、どれもこれも幻影で意味をなさない。
それどころか、意識はどんどんガスに飲み込まれていくだけだ。
(どうする……先手を取られた以上、攻勢に出るのも難しい……!)
襲いかかってくる幻影を切りつけながら、辺りを見渡したところ、視界の中に工事現場が映った。
なかなか高いビルを建設中のようで、かなり上へと伸びていた。
(こいつの能力で生み出されたガスは重く、下に溜まる性質を持つ……取り敢えず上に行けば、間違いねぇか……!)
俺は閉ざされていた工事現場を蹴り破ると、中へと侵入する。
工事現場一階部分は既にガスで充満しており、危険地帯と化していた。
一般人は避難しているようで、誰もいないのが救いか。
「そんなところ行っちゃって〜……ど〜にかなるとでも〜?」
「少なくとも、お前のガスが届かないところに行くさ……!」
「ふ〜ん……
とても気になる物言いだが、今は気にしている場合ではない。
何が待っていようとも、一先ずはこのガスを切り抜けることが最優先だ。
組み立て途中の建物を登って、階段を駆け上がっていく。
道中、幻影は次から次へと生み出されては襲いかかってくるが、その一つ一つを俺は潰していく。
ある程度登ると、周囲からはガスが消え失せ、ガラスの嵌められていない窓枠からは、綺麗な夜景が見える場所に到達した。
ガスがないおかげで呼吸もしやすく、少しだけだが意識も楽になってきた。
(急いで登ってきたからな……ゆっくり動くG.オーシャンからも距離が取れたはず……)
俺はため息と共に深呼吸をする。
……また逃げてしまったが、まぁ今回は戦略的撤退というやつだ。
と言うか、そもそも狂愛を向けてくるやつと、正面きって戦いたくない。
だが、奴をどうにかせねば街がとんでもないことになるからな、どうにかしなくちゃいけないのだが……。
階段側の壁にもたれかかって座る。
(どうやって倒したもんか……)
前回倒したとき、奴が利用したガスは意識の混濁のみ。
だからこそ、俺は自傷で覚醒状態を維持し、なんとか奴を討ち果たすことができた。
だが今回、奴は幻覚を見せるガスまで利用してきた。
アレをどうにかしない限り、俺の勝ち目は薄いだろう。
「……ま、取り敢えず、ここならガスは溜まらねぇ。あいつが来るのを待つとするかね」
バールを手に立ち上がると、ぐるりと周囲を見渡す。
放置された電球がついているおかげで、視界ははっきりとしている。
(だが妙だな……なんで足音がしない……? それどころか気配まで……)
──ふと、匂いがした。
ガスの匂いではない。
甘ったるい匂いではなく、戦場にいるかのような……火薬の匂いだ。
それも、非常に強い火薬の匂い。
「A.ウェポンか!? ……いや、違う。この感じ……まさか!?」
嫌な気配を頭上に感じ、俺は思わずその手に持ったバールを構え、視線を上に向けた瞬間だった。
俺の眼前には、一つの銃口が突きつけられていた。
「てめッ……!?」
俺は即座に体をズラして、そこから放たれた銃弾を避け、体を捻って上に向かってバールを振り抜く。
俺の頭上で銃口を向けた影は、空中で柔軟な動きをもって斬撃を避けると、そのまま地面に着地……したかと思ったが、まるで影に沈むかのようにその姿を消した。
「R!! お前Rだな!?」
地面に沈んだ奴に俺は納得を重ねる。
Gが一人で襲いに来た理由。
Aがこの南国にいる理由。
それらはRの存在によって解決する。
当然、それには理由がある。
あるのだが……。
(Rだけじゃない……? 奴の沈むような能力はないはず。Uか? ……いや、違う。これは……!)
「まさか、Wか!?」
「せ〜かい〜」
背後からG.オーシャンの声が聞こえた時には、もう遅かった。
奴は俺の体にその腕を絡め、脇の下から俺の腕を上げて拘束を仕掛ける。
俺は完全に拘束される前に、振り払ってから振り返り、奴から距離を取ろうとする。
が、ガスマスクを取っていた奴は、振り払われた手で、ホテルで着けた俺の仮面を剥ぎ取り、俺の頬に手を当てると、その口を、俺の口へと重ねる。
「んっ……!?」
「『
「て、めぇッ……!」
「初めて素顔見ちゃった〜」
ぐらりと、大きく意識が揺らぐ。
ガスを口の中に直接流し込まれてしまったせいで、視界が揺らいでしまう。
(まさか、そう来る、とは……!)
揺らいだ意識の中、抵抗しようとする間もなく、G.オーシャンは俺の腕に鎖をかける。
しかし、拘束されたぐらいで諦めるほど俺も甘くはない。
今にも倒れそうな中、バールを逆手に持ち替えて、背後にいるGに向けて攻撃をしようとした。
だが、どこからともなく飛んできた銃弾によって、手に持っていたバールが弾かれる。
「チッ……やっぱお前か。『
銃弾が飛んできた方を見ると、地面に空いた丸い穴から顔を覗かせる少女が一人。
赤い外套に身を包んで、その手には銃を握っていた。
「…………」
「……相変わらず無口だな」
「あの子はお喋り苦手だからね〜」
「……ん」
ん、とだけ言うと、空いた穴から這い出てきた。
彼女は服についた汚れを払いながら、手に持っていた武器を放り投げる。
「もう一人はどこ行った?」
「もう一人〜?」
「とぼけなくてもいいだろ。『W』だよ」
「彼も忙しいから〜」
忙しい、ねぇ。
しかしまずいな。
拘束されてしまったし、Rがいるとわかった以上、下手に動けば死にかねん。
……いや、まぁ、手はなくもないが、あまり使いたくはない。
一週間ぐらい
それに色々要求されかねん。
まぁ、何もできないってわけではない。
少なくともお話はできる。
俺は座り込んでから、Rの方を見て口を開く。
「R.バスター、お前の手引きか。Aが来たのも」
コクリと頷くが、袖の下から新たな銃口をチラつかせた。
今までそこにはなかったはずの銃口は、確かに存在していた。
それが彼女の能力なのだから、俺はそれに対してどうすることもできない。
「動けば撃つって〜」
撃つだけで殺しはしない……と見ていいだろうか。
……なら目的は俺を捕らえること、と見ていいだろう。
Gが俺を捕らえたい理由はやんわりと分かるが、Rは何故俺を捕らえたいのだろうか。
「言われなくても動くつもりなんざないさ……だがR。お前、今までどこにいた」
R.バスター。
俺たちヒーローから逃げ切った数少ないヴィランの一人だ。
逃走手段も、どこにいたのかも、何一つとしてわからない。
「答えるつもりは?」
G.オーシャンに視線を向けるが、彼女は首を横に振る。
教える気はないらしい。
まぁ、当然と言えば当然なのだが。
俺は逃げ道を模索しながら、視線だけを周囲に動かしていると、RはGに何かを耳打ちする。
「思ったより〜、簡単に捕まって拍子抜けしてるって〜」
「言っとくがな、俺は一般人だぞ。能力者三人も相手にするのは骨が折れるって」
特にG.オーシャンのあれ。
まさか直接キスして口の中に流し込んでくるとは。
いくらなんでもそこまでするとは思わなかった。
「言いたいことはそれだけか?」
「…………ん」
コクリと頷くR。
ならば、と俺は言葉を続ける。
「もう一つだけ聞かせろ。Aが来たのはお前の手引きって話だが、どうやって俺の場所を知った」
「……教ぇ……」
「え?」
「…………」
どこまで喋るのが苦手なんだ、こいつは。
仕方なく俺はGに視線を向けると、GはRに耳を傾ける。
まるで翻訳係だ。
「
「……そういうことかよ」
非常にめんどくさい話になってきた。
正直言って関わりたくはないが……まぁ、多分俺はこの話の中心近くにいる。
関わらざるを得ないだろう。
なんであるにせよ、この状況を切り抜けれなければならない。
Gからガスは漏れているものの、充満はしないようで猶予だけはある。
一気に流し込まれたせいで揺らいだ意識も、ある程度よくなってきたし。
と、ずっと動かしていた視線の中、外の景色に一つドローンの姿が見えた。
(ドローン……こんなところに……いや、もしかして……!?)
俺の予想通りならば、この状況逃れる可能性が見えてきた。
(一か八か……やってみるか!)
「さて……いつまでもお前らのお世話になるのも、よくないからな」
「逃げるつもり〜?」
「逃げるって……帰宅だよ、帰宅」
「同じことだよねぇ〜?」
「……それは、どうだろ、なッ!」
拘束されている以上、手が動かせない俺は、座った姿勢からしゃがんだ姿勢へと移行する。
それと同時にRの持っていた銃から、俺の足に目掛けて銃弾が放たれた。
俺はその銃弾を地面を蹴って、すんでのところで避けると、近くに落ちていた仮面を蹴り飛ばす。
強烈な回転をしながらRの方に向かって飛んでいく仮面。
それが視界の邪魔になったのか狙いが定まらず、一瞬硬直した後に銃を手放し、どこからともなく
接近戦ができず動けないGを尻目に、俺はガラスの張られていない窓から飛び出した。
ビルからの飛び降りだった。
それは、一縷の望みに賭けて。
この状況から、脱することを祈っての行動だった。