「……そういえば、あのとき……ギィさんにお礼、言ったっけ?」
例の事件――蔦や根に絡まって身動き取れなかったところを、ギィさんに助けられたときのこと。あのとき私は、恥ずかしさと混乱でいっぱいで、感謝の言葉を伝える余裕なんてなかったような……。
「ねえ、
《解。言及された記録は存在しません》
「やっぱり!」
少し焦りながら、私は立ち上がった。お礼も言わずにずっと放置していたなんて、ギィさんに失礼なことをしてしまったかもしれない。
何もしないままでいるのは気まずい。せめて一言くらい、きちんと伝えておきたい――そう思って、私はギィさんに向けて念話を試みた。だけど。
「……あれ? つながらない……」
何度思念を送っても、まったく反応がない。ラミリスさんとは念話できたのに、どうして?
「ねえ、これって主従関係がないから?」
《是。念話は近距離、または精神的な強い繋がりがある場合に成立します。個体名ラミリスとは主従関係を結んでいるため、念話が可能です》
「なるほどね……ギィさんとは繋がってないから、念話は無理ってことかぁ……」
納得しながらも、私はどうすればギィさんにお礼を伝えられるか考え込む。すると、ふとラミリスさんが助けてくれるかもしれないと思い、早速彼女に念話を送った。
(ラミリスさん、聞こえる?)
『聞こえるよ~! なになに、なんかあった?』
彼女の声は、いつも通り明るくて頼もしかった。
(ギィさんにお礼言いたいんだけど、念話できなくてさ……)
『あー、そっか。ギィとはそういう繋がりじゃないもんねぇ。うーん……あっ、あったあった! 通信用の水晶ってやつ、使ってみる?』
(そんなのあるの!?)
『あるある! ちょっと重いけど……持ってくから待っててね!』
念話が途切れた後、しばらくして、どこか遠くから小さな声が聞こえてきた。
「よいしょ、よいしょ……って、重たーい!」
ぜぇぜぇ言いながら飛んできたラミリスさんの姿が見えた。手には透き通るような青い水晶が抱えられている。
「うわ、大丈夫!?」
「だいじょーぶ! ほら、これが通信用水晶だよ!」
ラミリスさんは少しよろけながらも、私に水晶を手渡した。それは思っていたよりも大きく、確かに少し重い。けれど、手に取ると、不思議とその輝きに引き込まれそうな感じがした。
「これを使えば、ギィさんと話せるの?」
「そうそう! 水晶を通して相手と繋がるのよさ。姿も見えるし、直接話せるんだよ!」
「ありがとう、ラミリスさん! 早速試してみるね」
私はその水晶を
『よぉ。なんか用か?』
ああ、よかった、繋がった!
「あのね、ギィさん。この前は助けてくれてありがとう! 遅くなっちゃったけど、お礼言いたくて……!」
ギィさんは一瞬だけ目を細めたけれど、すぐにふっと笑みを浮かべた。
『律儀なやつだな。礼なんていらねぇよ。気が向いただけだしな』
「それでも、ありがとうって伝えたかったの。……ほんとに、ありがとう」
私が真剣に言うと、ギィさんは小さく鼻を鳴らした。
『ま、
「えっ、褒めてくれるの?」
『……少しだけな』
くすぐったいようなやりとりに、思わず頬が緩んだ。
「これからも、また話してもいい?」
『オレの気が向いたときにな』
その気のないふうな言い方が、妙に嬉しかった。
「うん、ありがとう!」
『……ああ、じゃあな』
水晶の光がふっと消えると、私はそっと手を離した。
「ふぅ、お礼言えてよかった~!」
「うまくいったみたいだね~! やっぱりこの水晶、便利でしょ!」
「うん! 本当にありがとう、ラミリスさん!」
ラミリスさんがにこにこしながら、枝に実った果実を指差す。
「ねえ、リン。この実、好き?」
「うん、毎日食べてるよ。甘いのもあるし、酸っぱいのもあって、飽きないんだよね」
私がそう答えると、ラミリスさんは得意げに胸を張った。
「やっぱり~! それ、多分ね、
「えっ、まさかそんな……」
信じがたい話だけど、ラミリスさんは真顔でうんうん頷く。
「だってね、普通はそんなに種類出ないんだよ? なのに同じ枝から違う味の実が出るって……それ、
私は驚きながら、枝の実を見上げる。
「……そんなふうに思ってくれてるんだ、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
この場所で過ごす日々が、少しずつ自分の居場所になっていく。そんな確かな感触が、今の私にはあった。
「それなら私、もっと頑張って、
私の言葉に、ラミリスさんは嬉しそうに笑った――けれど、ふと彼女がくるりと背を向けたその瞬間。
その笑顔の裏に、ほんの少しだけ、影が差した気がした。
(ラミリスさん……?)
声をかける前に、彼女はくるりと振り返って、いつもの元気な笑顔で手を振った。
「じゃあね、リン! またね~!」
私は彼女の背中を見送る。
心の奥で、また一つ、小さな決意が芽生えていた。
「……頑張ろう、私」