転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第十話

大霊樹(ドリュアス)の根元に寝転がって、ごろごろと惰性の時間を過ごしていた私は、ふとひとつの記憶に引っかかった。

 

「……そういえば、あのとき……ギィさんにお礼、言ったっけ?」

 

例の事件――蔦や根に絡まって身動き取れなかったところを、ギィさんに助けられたときのこと。あのとき私は、恥ずかしさと混乱でいっぱいで、感謝の言葉を伝える余裕なんてなかったような……。

 

「ねえ、先見者(ミトオスモノ)。私、ギィさんにお礼言ったかな?」

《解。言及された記録は存在しません》

「やっぱり!」

 

少し焦りながら、私は立ち上がった。お礼も言わずにずっと放置していたなんて、ギィさんに失礼なことをしてしまったかもしれない。

 

何もしないままでいるのは気まずい。せめて一言くらい、きちんと伝えておきたい――そう思って、私はギィさんに向けて念話を試みた。だけど。

 

「……あれ? つながらない……」

 

何度思念を送っても、まったく反応がない。ラミリスさんとは念話できたのに、どうして?

 

「ねえ、これって主従関係がないから?」

《是。念話は近距離、または精神的な強い繋がりがある場合に成立します。個体名ラミリスとは主従関係を結んでいるため、念話が可能です》

「なるほどね……ギィさんとは繋がってないから、念話は無理ってことかぁ……」

 

納得しながらも、私はどうすればギィさんにお礼を伝えられるか考え込む。すると、ふとラミリスさんが助けてくれるかもしれないと思い、早速彼女に念話を送った。

 

(ラミリスさん、聞こえる?)

『聞こえるよ~! なになに、なんかあった?』 

 

彼女の声は、いつも通り明るくて頼もしかった。

 

(ギィさんにお礼言いたいんだけど、念話できなくてさ……)

『あー、そっか。ギィとはそういう繋がりじゃないもんねぇ。うーん……あっ、あったあった! 通信用の水晶ってやつ、使ってみる?』

(そんなのあるの!?)

『あるある! ちょっと重いけど……持ってくから待っててね!』

 

念話が途切れた後、しばらくして、どこか遠くから小さな声が聞こえてきた。

 

「よいしょ、よいしょ……って、重たーい!」

 

ぜぇぜぇ言いながら飛んできたラミリスさんの姿が見えた。手には透き通るような青い水晶が抱えられている。

 

「うわ、大丈夫!?」

「だいじょーぶ! ほら、これが通信用水晶だよ!」

 

ラミリスさんは少しよろけながらも、私に水晶を手渡した。それは思っていたよりも大きく、確かに少し重い。けれど、手に取ると、不思議とその輝きに引き込まれそうな感じがした。

 

「これを使えば、ギィさんと話せるの?」

「そうそう! 水晶を通して相手と繋がるのよさ。姿も見えるし、直接話せるんだよ!」

「ありがとう、ラミリスさん! 早速試してみるね」

 

私はその水晶を大霊樹(ドリュアス)の根元に置き、ギィさんの姿を思い浮かべながら、水晶に手を添えた。すると、淡い光が水晶の中から広がり、その中にギィさんの姿が浮かび上がった。

 

『よぉ。なんか用か?』

 

ああ、よかった、繋がった!

 

「あのね、ギィさん。この前は助けてくれてありがとう! 遅くなっちゃったけど、お礼言いたくて……!」

 

ギィさんは一瞬だけ目を細めたけれど、すぐにふっと笑みを浮かべた。

 

『律儀なやつだな。礼なんていらねぇよ。気が向いただけだしな』

「それでも、ありがとうって伝えたかったの。……ほんとに、ありがとう」

 

私が真剣に言うと、ギィさんは小さく鼻を鳴らした。

 

『ま、大霊樹(ドリュアス)に認められたって話は聞いたぜ。早かったな、お前にしては』

「えっ、褒めてくれるの?」

『……少しだけな』

 

くすぐったいようなやりとりに、思わず頬が緩んだ。

 

「これからも、また話してもいい?」

『オレの気が向いたときにな』

 

その気のないふうな言い方が、妙に嬉しかった。

 

「うん、ありがとう!」

『……ああ、じゃあな』

 

水晶の光がふっと消えると、私はそっと手を離した。

 

「ふぅ、お礼言えてよかった~!」

「うまくいったみたいだね~! やっぱりこの水晶、便利でしょ!」

「うん! 本当にありがとう、ラミリスさん!」

 

ラミリスさんがにこにこしながら、枝に実った果実を指差す。

 

「ねえ、リン。この実、好き?」

「うん、毎日食べてるよ。甘いのもあるし、酸っぱいのもあって、飽きないんだよね」

 

私がそう答えると、ラミリスさんは得意げに胸を張った。

 

「やっぱり~! それ、多分ね、大霊樹(ドリュアス)がリンにいろんな味を楽しんでほしくて実らせてるんだよ!」

「えっ、まさかそんな……」

 

信じがたい話だけど、ラミリスさんは真顔でうんうん頷く。

 

「だってね、普通はそんなに種類出ないんだよ? なのに同じ枝から違う味の実が出るって……それ、大霊樹(ドリュアス)がリンに合わせて変化させてるってこと! 大霊樹(ドリュアス)はちゃんと意思を持った生命体だし、リンのこと気に入ってるんだよ」

 

私は驚きながら、枝の実を見上げる。 

 

「……そんなふうに思ってくれてるんだ、大霊樹(ドリュアス)……」

 

胸の奥がじんわりと温かくなった。

この場所で過ごす日々が、少しずつ自分の居場所になっていく。そんな確かな感触が、今の私にはあった。

 

「それなら私、もっと頑張って、大霊樹(ドリュアス)にちゃんと応えたい」

 

私の言葉に、ラミリスさんは嬉しそうに笑った――けれど、ふと彼女がくるりと背を向けたその瞬間。

その笑顔の裏に、ほんの少しだけ、影が差した気がした。

 

(ラミリスさん……?)

 

声をかける前に、彼女はくるりと振り返って、いつもの元気な笑顔で手を振った。

 

「じゃあね、リン! またね~!」

 

私は彼女の背中を見送る。

心の奥で、また一つ、小さな決意が芽生えていた。

 

「……頑張ろう、私」

 

大霊樹(ドリュアス)の実をかじりながら、ほんのり酸っぱいその味に、今日のちょっとした成長の味が混じっていた。

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