転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第十二話

この数ヶ月、私は魔法の練習に没頭していた。

 

風の魔法を極めたいと思ったのは、前世での最後の瞬間に抱いた「強くなりたい」という願いが、まだ私の中に残っているからだ。

 

今こうして、樹妖精王(ドリュアス・ロード)として生きている以上、その想いを無駄にしたくない。私は、この世界で、前よりもっと強くなる。

 

大霊樹(ドリュアス)、魔法を思いっきり使っても大丈夫な場所ってあるかな? なければ……作ったりできる?)

 

念話を送ると、大霊樹(ドリュアス)の深く静かな声が返ってきた。

 

『試練を行った異空間への自由な出入りを許可しよう』

 

その声に導かれるように、私は精神を集中し、異空間への扉を開いた。

一瞬、世界が歪む。そして次に目を開けた時、私は無限に広がる空間の中に立っていた。

……ここなら、誰にも迷惑をかけずに思いっきり魔法を試せる。

 

「よし、やってやろうじゃない!」

 

両手を広げて、風を呼び込むように魔素を集める。だけど、うまくいかない。風は気まぐれで、制御がとても難しい。何度やっても、風はばらけ、力は散ってしまう。

 

「集中……集中だってば……!」

 

魔素を感じる。流れを読む。けれどまだ、刃のように鋭く固めることができない。

 

《告。視覚に頼らず、感覚で魔素を一点に集束する必要があります》

 

なるほど、理屈はわかった。あとは……感覚を掴むだけ。

 

目を閉じて、風を感じる。自身の魔素の波を重ねるように、そっと手を前に出して、イメージを絞る。

 

「……風よ、刃となりて敵を切り裂け――裂風刃(スプリット・ゲイル)!」

 

空間が裂ける音がした。見えないはずの風が、一筋の閃きのように駆け抜けていく。

 

「やった……できた……!」

 

私は興奮しながら、その刃が虚空に消えていく様子を見つめた。

少しずつではあるけれど、風を操る力が身についてきている。それでも、これで満足するわけにはいかない。

 

次の目標は――無詠唱。

魔法には通常、詠唱が必要だと先見者(ミトオスモノ)から教わったが、戦いの最中に詠唱なんてしてる暇はない。命を守るためには、瞬間で魔法を放てなきゃ意味がない。

 

「言葉なしで、風を……」

 

詠唱を省き、魔素の流れだけで魔法を発動させる練習を始めた。

失敗しては挑む。

何度も、何度も。

 

――そして。

 

「……いけ……!」

 

詠唱なしで放たれた風の刃が、空間を切り裂いた。

 

「やった……無詠唱、成功……!」

 

私はその感覚に震えた。魔法が、自分の一部になったような――そんな感覚だった。

 

その後も何ヶ月か、異空間にこもって練習を続けた。

そしてある日、私は大霊樹(ドリュアス)に頼み、試練の時に戦った魔物を再現してもらった。

 

魔物たちは次々と現れる。私は、次々と魔法を繰り出す。

 

「――はっ!」

 

風の刃が、魔物を斬り裂く。詠唱は不要。ただ魔素の流れと、自分の意志だけで、風が走る。

 

「これなら、どんな敵が来ても……!」

 

そう思った、その瞬間――。

 

《警告。魔素の過剰使用が確認されています》

「……もう少し、あと少しだけ……!」

 

だが、私は聞かなかった。夢中になって、魔素を使いすぎた。

――視界が、暗転する。

 

 

 

 

 

「……う………?……あれ?ここは…」

 

目が覚めた時、私はいつもの大霊樹(ドリュアス)の中の寝床に戻されていた。周囲は静かで、いつもと変わらない光景が広がっている。

 

先見者(ミトオスモノ)……どうやってここに?」

《解。異空間からの帰還は大霊樹(ドリュアス)によるものです。しかし、搬送は別の存在によって行われました。痕跡は希薄、特定不能です》

「……別の存在?」

 

胸の奥が、ざわりとした。

 

私はゆっくりと立ち上がり、大霊樹(ドリュアス)の中を見回す。

静かだ。何も変わらない、いつもの空間。だけど――背後に、気配を感じた。

 

「……だれ……?」

 

振り返ると、そこには黒衣の男が立っていた。

真っ黒な服、真っ黒な髪。感情を感じさせない無表情。だけど、その存在感は異様だった。

 

「あなた……誰……?」

 

声をかけても、男は何も言わない。ただこちらをじっと見つめている。

 

先見者(ミトオスモノ)……この人、誰?」

《解。対象は悪魔族(デーモン)に分類されます》

 

悪魔族(デーモン)という言葉を聞いた瞬間、私は背筋が凍った。

 

(……ラミリスさん! ラミリスさん、助けて!)

 

だが、返答はなかった。念話が届かない――?

焦りと恐怖が募る中、私は必死で逃げるように大霊樹(ドリュアス)の中を駆け抜け、以前ラミリスさんが置いていってくれた通信用の水晶にたどり着いた。

 

「ギィさん……! ギィさん、お願い……助けて……! 悪魔族(デーモン)が……黒い男がいるの……!」

 

水晶を通してギィさんに助けを求めると、彼の面倒くさそうな声が返ってきた。

 

『……はぁ? それくらい自分でどうにかしろよ』

「でも……怖くて……!」

 

震える声で私は「悪魔族(デーモン)」「黒い」という言葉を繰り返した。

その瞬間、ギィさんの表情が変わった。

 

『黒い、悪魔族(デーモン)……だと?』

 

数秒の沈黙の後、ギィさんは短く舌打ちをした。

 

『……チッ。わかった。今すぐ行く』

 

 

 

 

 

ギィさんが大霊樹(ドリュアス)に到着した時には、黒い男はすでに姿を消していた。残されたのは微かな痕跡だけ。

 

「……いないな」

 

ギィさんは周囲を探るように目を細め、やがて小さく呟いた。 

 

「受肉してないのに現れた……? ――いや、理を捻じ曲げるこの木の中なら、ありえる話か」

 

その後、私を見たギィさんは、いつものようにため息をついた。

 

「情けねぇ顔してんな」

「……うん、ごめんなさい……」

「で、なんでラミリスじゃなくて、オレを呼んだんだ?」

「ラミリスさん……念話が通じなくて……水晶があったから……」

「あー……アイツ寝てるな、絶対」

 

ギィさんは呆れた顔で言いながら、肩をすくめた。

 

「ま、今回は助けてやったけど……次は自分で対処しろ。大霊樹(ここ)はお前の領域なんだからな」

 

そう言い残して、ギィさんはふっと姿を消した。

 

「……怖かった……」

 

私は小さく呟いた。未だに胸の奥がぞわついている。

黒い男の、あの無表情。あれが、悪魔族(デーモン)なのだとしたら――。

 

《告。個体名ギィ・クリムゾンも、悪魔族(デーモン)に分類されます》

「えっ……」

 

私は愕然とし、思わず水晶の前で硬直してしまった。

 

まさか、ギィさんも……?

 

その事実を知った私は、世界の深淵に一歩足を踏み入れたような気がして――思わず、背筋を震わせた。

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