転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第十六話

夜が訪れ、私は大霊樹(ドリュアス)の安らぎの中でいつも通りの眠りについていた。精神生命体になってからというもの、睡眠というより“微睡み”に近いそれは、穏やかな時間の流れと共に私の意識を包み込む――はず、だった。

 

だが、その夜は違った。

 

深い闇。音のない空間。どこまでも沈むような静寂。

 

「……ここは……?」

 

目を開けても、見えるのは漆黒だけ。感覚も希薄で、重力すら曖昧だ。けれど、唯一確かに“いる”と分かるのは、自分の存在だけ。夢にしては妙にリアルで、魔素の感覚すらある。違和感と不安がじわりと胸を締めつけた。

 

心の奥底で、何か異様な気配を感じ始めていた。だが、それが何であるか、はっきりとした形は掴めない。漠然とした恐怖が包み込み、動けなくなる。

 

そんな中、足元からざらり、とした感触が走った。

 

「えっ……?」

 

見下ろせば、暗闇の中から“根”が伸びていた。太く、ぬめりを帯び、まるで生き物のように蠢いている。それが足首に絡まり、冷たい圧を与えてくる。

 

「何……これ……?」

 

反射的に根を引き剥がそうとした。しかし、その根はしなやかな力を持ち、こちらの抵抗をものともせず、どんどんと体に絡みついていく。腕にも、脚にも、次々に根が巻き付き、動きをどんどん封じ込めていった。

 

「ちょっ……や、やめて……!」

 

必死に抵抗しようとする体は、どんどんと縛られ、ついには腰まで根が絡みついた。根はさらに伸び続け、体全体を包み込むように締め付ける。徐々に強まる圧迫感に、恐怖を感じた。

 

「誰か……誰か、助けて……!」

 

叫びたいのに、声が出ない。思わず心で叫んだその瞬間、浮かんだのは、あの金色の髪を持つ彼女。

 

(ラミリスさん……!)

 

だが、その名を呼ぶ前に、夢は唐突に終わった。

 

目を開けると、そこは見慣れた大霊樹(ドリュアス)の中。静寂と穏やかな魔素が満ちた、安心できる空間だった。

 

「夢……だったんだよね……?」

 

心臓がドキドキしている……と感じそうになり、ふと気がつく。自分には心臓など存在しない。汗もかいていない。精神生命体の自分にとって、動揺を感じるのは、まるで遠い昔の感覚のようだった。

 

それでも、夢の中での恐怖は現実のように鮮明に残っていた。魔素が微妙に乱れているのを感じる――精神的な不安定さが魔素の流れに反映されているのだろう。

 

私は眠気を追い払うように立ち上がり、夜の大霊樹(ドリュアス)を歩き出した。いつもなら安心感で包まれるこの場所も、今はなぜか、根の一本一本が意味ありげに思えてならない。

 

「前に……絡まったから、あんな夢を見たのかな……」

 

ふと思い出した。以前、大霊樹(ドリュアス)の根に絡まって身動きが取れなくなったことがあった。それが無意識に記憶に残っていて、あの夢を見たのかもしれない。そう思うと、少し気持ちが楽になった。

 

大霊樹(ドリュアス)の中には、至るところに根が張り巡らされている。歩きながら、その根に手を触れ、優しく撫でた。これらの根は私にとって、守りであり、支えでもある。しかし、夢の中ではそれがまるで囚われるような感覚だった。

 

「……私、あの夢に何か意味を感じてる……?」

 

だが、特にその根に何か異常があるわけではない。大霊樹(ドリュアス)はいつも通り、穏やかで、辺りを包み込んでいる。

 

無意識にたどり着いたのは、樹妖精(ドライアド)たちの魂が漂う場所。淡く光る魂たちは、ただ静かにそこに在り、私の心を少しだけ落ち着けてくれる。

 

少し不安な気持ちを抱えたまま、目の前に広がる輝きを見つめ、太い根に腰を下ろした。輝く魂たちは静かに漂い、その無垢な存在感が心を少しずつ落ち着けていく。

 

「……みんな、何か知ってる?」

 

もちろん返事はない。それでも語りかけたくなるくらい、不安だった。

だが、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。

 

――ざわり。

 

空気が揺れた。気配の正体を探ろうとした瞬間、先見者(ミトオスモノ)の冷ややかな声が脳内に響いた。

 

《告。以前確認された悪魔族(デーモン)が再出現しました》

「……また……っ!?」

 

振り返れば、そこに“いた”。

 

漆黒の衣。無機質な眼差し。意思を感じさせない沈黙の佇まい。以前現れた“黒い悪魔”が、魂たちの漂うこの神聖な場所に立っていた。

 

思わず喉が鳴った。ラミリスさんを、反射的に呼んだ。

 

(ラミリスさん!助けて……!)

 

――応答なし。

 

(お願い……応えてよ……!)

 

何度呼んでも、彼女から返事はない。不安が怒涛のように押し寄せてくる。

そんな時、頭の中に、ギィさんの声が蘇った。

 

  ――自分でどうにかしろ。

 

「……そう、だよね。逃げちゃダメだ」

 

だが、この場所は神聖な魂たちの眠りの場。ここで戦うわけにはいかない。

私は静かに目を閉じ、大霊樹(ドリュアス)に思念を飛ばす。

 

(お願い……この存在を隔離して……)

 

根が蠢き、空間がねじれる。異空間が静かに開かれ、黒い悪魔はまるで吸い込まれるように、そこへと消えていった。

 

「……やった……」

 

安堵の息をつく間もなく、私は通信用の水晶を手にギィさんへと連絡を取った。

 

「ギィさん!黒い悪魔がまた現れたの……今は異空間に閉じ込めてるけど……」

 

水晶の向こうで、しばしの沈黙。そして――

 

『異空間に閉じ込めたなら、今はそれでいい。お前が勝てる相手じゃねぇ』

「……よかった、戦わなくて……」

 

だが安心はできない。

次にどうすればいいのかを考え、結局ギィさんに頼むしか方法を思いつかなかった。

 

「ギィさん……お願い、黒い悪魔をどうにかしてくれない?」

 

ギィさんは少しの間黙った後――。

 

『いいだろう、貸しにしといてやる』

 

なんか怖いな…。

「貸し」と言われると、何か大きな代償が必要になる気がしてならない。そういえばギィさんも悪魔族(デーモン)なんだっけ。やっぱりちょっと怖いが、それでも彼に頼るしかない。

 

「お、お願いします……」

 

――数分後、ギィさんが姿を現した。

険しい顔つきのまま、私に異空間を開くように言って、私はすぐに大霊樹(ドリュアス)に指示を出し、異空間を開いた。

ギィさんは一言も言わず、その中へと入り、私はそれを固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

 

やがて、戻ってきた彼の顔には、わずかに険しさが残っていた。

 

「――アイツ、お前に危害を加える気はないらしい。ただの興味本位だろうな」

「興味って……どうして私に?」

「さあな。ま、奴は悪魔族(デーモン)の中でも特に変わり者だから、気まぐれだろ」

 

ひとまず大丈夫そうであることに、私は深く息を吐き出した。

だが気になることがある。

ギィさんが黒い悪魔をまるで知り合いのように話していることだ。

 

「ギィさん、あの悪魔……知っているの?」

「あれはオレと同じ、世界に七柱しかいない原初の悪魔、原初の黒(ノワール)だ」

「七柱……原初……」

 

それが何を意味するのか、詳しくはわからない。でも、ギィさんと“同格”の存在だというだけで、背筋が凍る。

 

「ノワール……やっぱり黒いから?」

 

色が割り当てられているのだろうか。

では目の前の彼はなんだろうか。

 

「じゃあ、ギィさんは……?」

「見てわかんねぇか? オレは原初の赤(ルージュ)だ」

「……赤と黒、か……」

「それより、なんでまたラミリスじゃなくてオレを頼ったんだ?まさか……アイツ、また寝てるのか?」

「さっきからずっとラミリスさんに呼びかけてるんだけど、全然応答がなくて……」

「ふん、ラミリスは一度寝るとなかなか起きないんだよ。まったく、困ったやつだ」

 

とかなんとか言いながら、ギィさんからなんか諦めてるような、ちょっと優しい感じがするので、ラミリスさんのこれはわりとあることらしい。

 

ギィさんはくるりと身を翻して、去る前にこちらをチラリと見た。

 

「さっさと強くなれ。次は自分で追い払えよ」

 

その背が大霊樹(ドリュアス)の闇に溶けていくのを見送りながら、私は心に刻んだ。

 

――負けない。絶対に、次は自分で。

 

 

 

***

 

 

 

後日、ギィはラミリスに、水晶越しに文句を言っていた。

 

『……ラミリス、お前また寝てただろ』

「へ? 何が?」

『リンの救援要請、完全無視だったぞ。二回も』

「ええー!?」

 

ラミリスは驚愕し、慌ててリンに謝罪の念話を送った。

 

(リン!! 本当に本当にごめんね! 完全に寝てたの!)

 

その謝罪に、リンは少し驚いたが、彼女の必死な様子に苦笑しつつ答えた。

 

『ううん、大丈夫。でも、次は頼りにしてるよ』

(……うぅ……今度こそは絶対に守るからね! アタシ、目覚まし魔法作る!!)

 

彼女の全力の謝罪に、私はくすっと笑ってしまった。

頼れる“主”であり、大切な“友”――ラミリスさんの存在が、少しだけ心の支えになった。 

 

そして、私は心の奥で、静かに誓う。

 

――この場所を、魂たちを、私自身を。 

次こそは、この手で守る。

 

物語は、静かに、しかし確実に動き出していた。

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