転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第十七話

「リン、今日はね、アタシの一番のお気に入りの場所に連れてってあげる!めっちゃ綺麗なんだから!」

 

そう言って、ラミリスはリンの手をぐいっと引っ張った。その小さな掌には、普段のおちゃらけた言動とは裏腹に、どこか優しくて頼もしい力が宿っている。

 

「えっ、どこに行くの? 大霊樹(ドリュアス)の中って、まだそんな秘密の場所があったの?」

「あるの! 超レアスポットなのよさ!」

 

ラミリスの言葉に促されるまま、リンは彼女の後を追って歩き出す。しばらく緑の回廊を抜けると、目の前にひっそりと広がる幻想的な空間が現れた。

 

淡い光に照らされて、薄紫と青が混ざり合う花々が一面に咲いている。空気すらも花の香りに染まり、静謐で神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

「わあ……綺麗……」

 

リンが呟くと、ラミリスはにんまりと笑って胸を張った。

 

「でしょでしょ! これが『ドライアス』っていう花! ここにしか咲かないんだから! ちょー貴重!」

「へえ……(先見者(ミトオスモノ)、これ解析して!)」

《――解析完了。この植物「ドライアス」は大霊樹(ドリュアス)の魔素濃度に依存して成育する希少薬草。治癒力・魔素回復効果ともに高く、外界での生育は不可能と判断されます》

「うわ……ほんとにすごい花なんだ……!」

 

ラミリスは得意げに顎をしゃくって、「でしょ!」と鼻高々。

 

「ねぇリン、せっかくだから花冠作ってよ! アタシに似合うやつ!」

「ふふっ、いいよ。得意なんだ、こういうの」

 

リンは微笑んで、ドライアスの花を手に取り、ラミリスのために小さな花冠を作り始めた。繊細な指先でドライアスの茎を手際よく編み込んでいく。その手の動きは優雅で、まるで過去の記憶が手を導いているかのようだった。

 

「できたよ、ラミリスさん」

 

そっと頭に乗せてあげると、ラミリスは鏡もないのに満面の笑みでくるくると回っていた。

 

「かわいい!? アタシ、かわいい!?」

「うん、すっごく似合ってるよ」

「よぉし! 次はアタシがリンに作ってあげる!」

 

不器用ながらも懸命に花を編むラミリスの姿に、リンは自然と笑顔を浮かべてしまう。ようやく完成した花冠は少し歪だったが、ラミリスの気持ちはたっぷりと詰まっていた。

 

「ありがとう、ラミリスさん。大事にするね」

「ふふーん、当然よ!」

 

花冠を乗せたまま二人でしばし座り込み、ぽかぽかとした魔素の流れに包まれていたが、ふとラミリスがぽんと思い出したように言った。

 

「ねぇリン、修行の成果見せてよ! ミリムの特訓で、めっちゃ強くなったんでしょ?」

「えっ、ここで……は無理だから、異空間に移動しようか」

 

二人は大霊樹(ドリュアス)の異空間に移動し、リンはミリム直伝の魔力弾を見せることにした。

 

「いくよ――!」

 

魔素を集束、圧縮、そして放出。風の唸りが唸り声を上げ、エネルギーが空間を貫いた。

 

ドカーン!!!

 

異空間の空気が振動し、衝撃波が拡がる。その光景に、ラミリスは一瞬言葉を失った。

 

「……ちょっと、ミリムに影響されすぎじゃない?」

「えへへ、すごいでしょ? ミリムはね、こう、魔素がギューってなって、バババッてなって、ドカーン!って……!」

「説明がバカっぽい!」

 

呆れながらも、ラミリスはちょっとだけ嬉しそうだった。でも――どこか悔しそうでもあった。

 

(……やっぱり、どんどんミリムに近づいてる……)

 

ラミリスは心の中でそう思いながら、リンの成長を見守る複雑な心境でいた。

 

 

 

 

 

その後、2人は疲れてしまい、大霊樹(ドリュアス)の中で並んでお昼寝をすることにした。ラミリスがリンの隣で丸くなり、まるで姉妹のように穏やかな時間が流れていく。

 

だが――その安らぎの裏に、再び“それ”はやってきた。

 

目の前に広がるのは、何もない、真っ暗な空間。周囲には音ひとつなく、ただ冷たい静寂が広がっている。リンはその中でぽつんと立っていた。

 

「……ここは……?」

 

自分の声があまりにもか細く、虚空に吸い込まれていくようだった。夢だとは理解していたが、その感覚はあまりにリアルで、まるで現実のようだった。足元を見ると、黒い影のようなものがゆっくりと動き出していた。それは、まるで生き物のように蠢いていて、不安な気持ちがリンの胸に広がる。

 

「何……これ……?」

 

突然、その黒い影から、まるで蛇のように木の根が姿を現した。リンは驚き、すぐに足元から逃れようと足を動かそうとしたが、身体はまるで石のように重く、動かなかった。

 

「えっ……動けない……!」

 

木の根がリンの足首に巻き付き、冷たい感触が肌に伝わってくる。彼女はその根を外そうと手を伸ばすが、次々に新たな根が湧き出てきて、リンの足元からどんどん体に絡みついていった。根の冷たさがじわじわと肌を這い上がり、その異様な感覚に彼女は恐怖を感じた。

 

「や、やめて……!」

 

声を出しても、誰も答える者はいない。根は休むことなくリンの足から腰へ、そして腕にまで絡みついて、まるで彼女の動きを完全に封じ込めようとしていた。リンは必死に抵抗するが、その抵抗も虚しく、根の動きはどんどん加速していく。

 

「お願い……やめて……!」

 

やがて、木の根はリンの全身に絡みつき、彼女の体を押さえつける。だが、ここで終わりではなかった。今度は、根がまるで生き物のようにうねりながら、リンの体内へと侵入し始めたのだ。

 

「……な、何を……!?」

 

根が指先から、手首へ、腕に沿って侵入してくる感覚が恐ろしかった。それは冷たく、無機質な存在でありながら、まるで自分の意志を持っているかのように体内を這い回る。リンはその侵入感に恐怖を覚え、体を振りほどこうとするが、全く動けない。

 

「やだ……やだ……!」

 

しかし、抵抗は無意味だった。根はさらに奥深く、リンの体を侵食していく。肩から胸、背中、そして腹へと広がり、彼女の体全体を支配していく。やがて、根はリンの心臓があった場所にまで達し、そこに深く根を下ろした。

 

「……く、苦しい……」

 

心臓がないはずのリンは、それでも圧迫されるような感覚に襲われた。体内を侵す木の根は、ただ物理的な支配にとどまらず、彼女の魂にまで触れていくかのようだった。リンの精神が引きずり込まれる感覚に、彼女はただ恐怖を抱いていた。

 

やがて、木の根はリンの魂の中心にまで達し、そこにしっかりと根を張るように絡みついていった。魂の中心にある温もりが、冷たい根に包まれていく感覚は、まるで自分がどこかに吸い取られていくようだった。

 

「やめて……!」

 

叫びたくても声が出ない。魂そのものが握りつぶされるような感覚が襲い、リンはその圧倒的な恐怖に押しつぶされそうだった。根はさらに奥深くまで食い込み、リンの意識を奪っていく。

 

「……助けて……」

 

最後の力を振り絞って、リンは誰かに助けを求めようとした。しかし、その声すらも吸い取られていく。やがて彼女の意識が木の根に完全に支配され、全ての感覚が薄れていく――その瞬間、リンはハッと目を覚ました。

 

目を開けると、目の前にはラミリスの顔があった。彼女は心配そうにリンの顔を覗き込んでいた。

 

「……リン、大丈夫? うなされてたけど……悪い夢でも見た?」

 

リンはまだ夢の中の恐怖が残っており、しばらくラミリスの顔を見つめたまま、言葉が出なかった。しかし、ラミリスの心配そうな表情に気づき、ようやく息を整えると、夢のことを話し始めた。

 

「……夢を見るの。木の根に絡まれる夢を………」

「木の根?」

「……体の中にまで、根が……魂の奥まで入り込んで……すごく、冷たくて、怖くて……」

 

その言葉を聞いた瞬間、ラミリスの瞳が揺れた。

 

「……魂、まで……?」

 

小さく呟いたその声には、動揺と驚き、そして何か別の感情が滲んでいた。

 

「……ラミリスさん、なにか知ってるの?」 

 

問いかけに、ラミリスは一瞬だけ目を逸らし、それからすぐに笑顔を作って首を振った。

 

「ううん! 何も知らないよ、リン! ただの悪夢だってば! きっと前に根に絡まれたときの記憶が残ってるんだよ。だから怖い夢を見ちゃうのさ!」

 

明るく振る舞おうとするその笑顔は、ほんの少しだけ、揺れていた。

リンは頷いたものの、胸の奥にわだかまる違和感を拭いきれない。

それでも、ラミリスの言葉にすがるように、そっと呟いた。

 

「……そう、かな……」

「そうに決まってる! アタシがそばにいるから、何が来たって守ってあげるんだからね!」

 

そう言ってラミリスは、リンの手をぎゅっと握った。

けれどその心の中には――誰にも言えない、重く沈んだ想いがあった。

 

魂まで食い破られそうな、根の侵入――それは確実に「夢」の域を超えている。

 

(……魂にまで、触れたってことは……もう、始まってる)

 

かつて何度も見てきた運命。

樹妖精王(ドリュアス・ロード)は、魔素が尽きれば大霊樹(ドリュアス)に吸収され、消える。

次代の樹妖精王(ドリュアス・ロード)が生まれるまでの糧とされるのだ。

 

それは、この世界の摂理であり、絶対の定め。

だが――

 

(アタシは……リンだけは……失いたくない)

 

リンの手の温もりが、小さな掌にしっかりと伝わってくる。その温かさが、何よりも愛おしかった。

 

ラミリスは、決意した。

 

今度だけは、違う。

この運命に、初めて抗ってみせる。

いつか来る「その時」をただ見届けるのではなく、彼女の運命を、守り抜くために――。

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