第二十話:運命は根を這い、戦が芽吹く
また――同じ夢だった。
木の根に囚われ、体内に、魂にまで侵食されるあの悪夢。
リンは寝起きにも関わらず、額に汗をかいているような気がして、でも自分には汗腺などないことを思い出して、軽くため息をついた。
「……どうしたら、眠らずに済むんだろう?」
繰り返される悪夢に、彼女は本気で睡眠を拒否する方法を模索し始めていた。
答えを求める相手は、もちろん彼女のスキル――
《解。最も確実な方法は、保有魔素量の増加です》
「魔素を増やせば、眠らなくても平気になれる?」
《是。活動限界が引き延ばされ、眠気の原因となる魔素枯渇を防げます》
「ふむふむ」
眠らなければ悪夢も見ない。ならば、魔素を増やせばいい――単純で、でも難しい道。
リンはすぐさまその方法を尋ねた。
《魔素を増加する方法として、限界まで魔素を使い切る修行、
「進化……私も、できるのかな?」
淡くも熱を帯びた疑問。ラミリスから名を与えられた時から、それは心の片隅にあった。
だが、進化の兆しはいまだ現れない。
《
「なるほど、じゃあ……新しいスキル、探そっか」
覚悟は決まった。次に目を向けたのは、自分の現在のスキルの再確認。
《現在の保有スキルを提示します》
ユニークスキル「
・権能:「思考加速」「森羅万象」「未来予測」
・管理機能:「解析鑑定」「並列演算」
エクストラスキル「魔力感知」「魔力妨害」「魔力操作」「同一化」
スキル「念話」
各種耐性:「物理攻撃無効」「自然影響無効」
「……あれ、知らないうちに何か増えてる」
リンは頭に浮かんだスキルの一覧を見て驚いた。特に気になったのは「同一化」というエクストラスキルだった。聞いたことのないスキルに、リンは眉をひそめた。
「『同一化』って、何?」
《解。
「へぇ……強そうだけど、なんか怖いな」
リンは頭の片隅に「同一化」を留めつつ、新たなスキル習得に向けて動き出そうとした――その時だった。
通信用の水晶が、不意に光を放つ。映し出されたのは、赤い髪を揺らす魔王――ギィ・クリムゾンだった。
『リン、そろそろ貸しを返してもらうぞ』
「貸しって……あの黒い悪魔のこと?」
『そうだ。お前、分身体は使えるか?』
「ぶ、分身体……?」
混乱するリンに、
《解。分身体とは、魔素の分割・制御により、自身の分身を生み出すスキルです》
「使ったことない……っていうか、持ってないよ、そんなの」
『なら、覚えろ』
ギィの言葉に、リンの背筋が凍る。
次の瞬間、水晶越しのギィが“笑った”。口元だけ、ぞっとするほど静かに。
「……頑張ります」
小さく呟くリンに、ギィは満足そうに頷いた。
『覚えたら連絡しろ。いいな?』
「は、はい……」
水晶の光が消えると同時に、重い沈黙が
リンはため息混じりに呟く。
「なんであの人、毎回こわいんだろ……」
けれども、ギィの依頼がスキル獲得のチャンスであることは事実。
リンは魔素の制御に集中し、体外へと放出を試みながら、分身体獲得に向けた修行を開始した。
そのころ、ギィは静かに空を見上げていた。
「……500年ぶりの天魔大戦が近い」
空虚な空に呟く言葉は、誰に届くわけでもない。
ギィはすでに準備を始めていた。友を壊さないため、世界を守るため。
「今回も……
ギィの視線は遠く、
天魔大戦が近づくたび、その代の
その力は
だが、その協力の代償は大きい。これまでの歴代の
「――だが、今回は少し違う」
ギィの口元に笑みが浮かぶ。
リンは、ミリムによってだいぶ鍛えられてきている。あのスパルタ的な修行で、魔素量も精神的な強さもかなり成長しているのは明らかだった。
ギィの推測では、リンは悪くても休眠状態に入る程度で済むだろう。完全に力尽きることはないはずだ。少なくとも、今までの
「今回は、魔素を各地に流し込んで守りを固め、少しでも天魔大戦の被害を抑える」
ギィの考えはすでに形になりつつあった。
「これで、いくらかは持ちこたえられるだろう。もっとも……リンの負担は大きくなるが」
ギィの視線は冷静だった。
リンにかかる負担は想像以上のものだ。だが、ミリムの修行に耐え抜いている今のリンならば、きっとその力を全うすることができるはずだ。彼女が休眠状態に入るとしても、しばらくの間、力を蓄えて再び目覚めればいい。
「まあ……万一の時は、あの寝ぼけ
ラミリスのことを思い浮かべ、ギィは苦笑する。
彼女もまた、リンに対して特別な感情を抱いているのは明らかだった。
ギィは自信に満ちた表情で、全体像を思い描いていた。彼の頭の中では、戦乱が迫る世界をいかにして守り、制圧するかという計画がすでに始まっている。
視線の先には、世界の調停者としての重責と、それでもなお繋がり続ける希望が見えていた。
天魔大戦の火種はすでに燃え始めている。リンの力を借りて、次なる大戦を制するために、ギィは確実に一歩を踏み出していた。