リンは、ギィからの頼み――いや、もはや命令とも言える無茶ぶり――を受けて、分身体のスキル獲得に取り組んでいた。
魔素の集中。魔素の分割。魔素の操作。
何度も繰り返し挑戦しては、魔素が四散するばかりで、形にはならない。
「……また失敗。くっそー……」
一旦気持ちを落ち着かせるべく、その場に座り込むリン。
彼女の周囲には、使い果たされた魔素の名残が、かすかに漂っていた。
《告。魔素の流れをもう少し安定させて、魔素を分割する意識を強く持ってください》
なぜなら、リンの脳裏に浮かんでしまうのは、前世の――黒髪で、あまりにも普通すぎた容姿だったからだ。
(なんで、今の自分が思い浮かばないんだろ……)
今の自分は、薄緑の長い髪に翡翠色の瞳。精霊でも人間でもない、“何か”。だが、意識の奥深くでは、未だに「人間」というイメージが染みついていて、それが魔素のイメージを阻んでいた。
「もう、誰か助けて……」
ぼそりと漏らした呟きに、まるで応じるように――
『リン! どうしてる?』
脳内に響いたのは、ラミリスの念話だった。
(ラミリスさん、今ギィさんに言われて分身体を覚えようとしてるんだけど、全然うまくいかなくて……)
『ギィのやつ、また無茶ぶりしたわね……でも、上位精霊なら使える子もいるから、ちょっと聞いてみるわ! 応援してるから、頑張って!』
その明るい声に、リンの気力は少しだけ回復した。
だが――
「リン! 修行するぞー!!」
突如、響き渡る元気いっぱいの声。
「ミリム!? 今ちょっと修行中っていうか、スキル習得中で……」
リンが手を振りつつも断ろうとすると、ミリムは一瞬、がっかりした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、また今度な!」
「ありがとう。また今度、お願いします!」
「任せるのだ!で、どんなスキルを覚えるのだ?」
「分身体だよ。ギィさんに言われてね……これがまた難しいんだ」
「そうなのか?」
「……うん、イメージができなくて」
リンがポツリと呟くと、ミリムは首を傾げた。
「なら、魔力感知で自分の姿を見ればいいのだ! 自分がどんな見た目かをちゃんと見れば、きっとイメージできるはずなのだ!」
その言葉にリンは目から鱗が落ちた。
「そっか……! ありがとう、ミリム!」
「うむ、頑張れよー! 期待してるぞ!」
笑いながら去っていくミリムを見送り、リンが修行に戻ろうとしたとき、ラミリスから再び念話が入った。
『リン、上位精霊にちょっと話を聞けたよ! どうやら精神生命体なら、明確なイメージさえあれば分身は作れるはずって』
「なるほど……ありがとう、ラミリスさん!」
ラミリスの応援を受けながら、リンは再び修行を開始した。
魔力感知の視点を外側に切り替え、静かに自分の姿を“観察”する。
薄緑の髪。翡翠色の瞳。細い体躯。
それが、今の自分の“真の姿”だ。
「……これが、私」
しっかりとイメージを焼き付ける。意識の中でその姿をなぞりながら、魔素を形作っていく。
何度か試行錯誤し、魔素が整い始めた頃、突然、
《魔素の過剰使用を警告します》
「もうちょっと……もう少しで……!」
そして、ついに――
《告。スキル「分身体」を獲得しました》
世界の言葉が、確かにそう告げた。
リンの目の前に、自分と全く同じ姿をした“分身体”が立ち上がっていた。
「……できた……!」
リンは分身体を目の前に立たせたまま、ひたすらその出来栄えに見惚れていた。まさに自分そのもの、薄緑の髪に翡翠のような瞳――どこからどう見ても、もう一人の自分だ。
「すごい……やっとできた……」
その喜びを一瞬かみしめるが、ふと思いつく。
(これに魔素をたっぷり渡して、
リンはそのアイデアに興奮し、すぐに
(
『可能だ。ただし、我との接続維持のため、「同一化」を行い肉体を得る必要がある』
加えて、長期間離れることも推奨されないと言われ、もし
(分かってる。大丈夫、気をつけるから)
リンは頷き、魔素を補充するために
しばらく無言で食べ続け、実を次々と口に運ぶリン。彼女は実の味に浸ることなく、ただ魔素の回復に集中していた。
「もうちょっと……もう少し……」
満足するまで実を食べ終えると、リンはふと自分の分身体を再び見上げた。先ほどまでぼやけていた視界も、回復によって少しずつクリアになってきている。
「うん……これで、準備万端……」
分身体にしっかりと魔素を注ぎ込むため、リンは
「
《了。適切な魔素量を調整します》
「さて、次は“同一化”だね。
『我が魔素を逆に注ぎ込み、同一化を促す』
次の瞬間、リンは
「これで……同一化できたのかな?」
リンは不安ながらも、覚悟を決めて一歩を踏み出した。彼女は
だが、彼女はふと重要なことに気づいた。
(
『案内しよう』
呆れ気味の声が返ってきて、リンは小さく笑った。
そして。
彼女は初めて、“
それは、ほんの一歩にすぎない。
けれどその一歩が、リンにとっては大きな、大きな、旅立ちだった。
──仮初の身体に宿るは、揺るがぬ意志。
その魂は、今、世界を知るために歩み出す。
こうして書いてみると、リムルの捕食者ってチートすぎる。