転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

22 / 97
第二十一話

リンは、ギィからの頼み――いや、もはや命令とも言える無茶ぶり――を受けて、分身体のスキル獲得に取り組んでいた。

 

魔素の集中。魔素の分割。魔素の操作。

何度も繰り返し挑戦しては、魔素が四散するばかりで、形にはならない。

 

「……また失敗。くっそー……」

 

一旦気持ちを落ち着かせるべく、その場に座り込むリン。

彼女の周囲には、使い果たされた魔素の名残が、かすかに漂っていた。

 

《告。魔素の流れをもう少し安定させて、魔素を分割する意識を強く持ってください》

 

先見者(ミトオスモノ)の機械的な助言が頭に響く。だが、言うは易く行うは難し。分割のイメージは頭で分かっていても、いざ魔素を操作するとなると、どうしても「今の自分」がイメージできなかった。

 

なぜなら、リンの脳裏に浮かんでしまうのは、前世の――黒髪で、あまりにも普通すぎた容姿だったからだ。

 

(なんで、今の自分が思い浮かばないんだろ……)

 

今の自分は、薄緑の長い髪に翡翠色の瞳。精霊でも人間でもない、“何か”。だが、意識の奥深くでは、未だに「人間」というイメージが染みついていて、それが魔素のイメージを阻んでいた。

 

「もう、誰か助けて……」

 

ぼそりと漏らした呟きに、まるで応じるように――

 

『リン! どうしてる?』

 

脳内に響いたのは、ラミリスの念話だった。

 

(ラミリスさん、今ギィさんに言われて分身体を覚えようとしてるんだけど、全然うまくいかなくて……)

『ギィのやつ、また無茶ぶりしたわね……でも、上位精霊なら使える子もいるから、ちょっと聞いてみるわ! 応援してるから、頑張って!』

 

その明るい声に、リンの気力は少しだけ回復した。

だが――

 

「リン! 修行するぞー!!」

 

突如、響き渡る元気いっぱいの声。大霊樹(ドリュアス)を揺らすほどの勢いで、ミリムが飛び込んできた。

 

「ミリム!? 今ちょっと修行中っていうか、スキル習得中で……」

 

リンが手を振りつつも断ろうとすると、ミリムは一瞬、がっかりした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、また今度な!」

「ありがとう。また今度、お願いします!」

「任せるのだ!で、どんなスキルを覚えるのだ?」

「分身体だよ。ギィさんに言われてね……これがまた難しいんだ」

「そうなのか?」

「……うん、イメージができなくて」

 

リンがポツリと呟くと、ミリムは首を傾げた。

 

「なら、魔力感知で自分の姿を見ればいいのだ! 自分がどんな見た目かをちゃんと見れば、きっとイメージできるはずなのだ!」

 

その言葉にリンは目から鱗が落ちた。

 

「そっか……! ありがとう、ミリム!」

「うむ、頑張れよー! 期待してるぞ!」

 

笑いながら去っていくミリムを見送り、リンが修行に戻ろうとしたとき、ラミリスから再び念話が入った。

 

『リン、上位精霊にちょっと話を聞けたよ! どうやら精神生命体なら、明確なイメージさえあれば分身は作れるはずって』

「なるほど……ありがとう、ラミリスさん!」

 

ラミリスの応援を受けながら、リンは再び修行を開始した。

 

魔力感知の視点を外側に切り替え、静かに自分の姿を“観察”する。

薄緑の髪。翡翠色の瞳。細い体躯。

それが、今の自分の“真の姿”だ。

 

「……これが、私」

 

しっかりとイメージを焼き付ける。意識の中でその姿をなぞりながら、魔素を形作っていく。

何度か試行錯誤し、魔素が整い始めた頃、突然、先見者(ミトオスモノ)の声が響いた。

 

《魔素の過剰使用を警告します》

「もうちょっと……もう少しで……!」

 

そして、ついに――

 

《告。スキル「分身体」を獲得しました》

 

世界の言葉が、確かにそう告げた。

リンの目の前に、自分と全く同じ姿をした“分身体”が立ち上がっていた。

 

「……できた……!」

 

リンは分身体を目の前に立たせたまま、ひたすらその出来栄えに見惚れていた。まさに自分そのもの、薄緑の髪に翡翠のような瞳――どこからどう見ても、もう一人の自分だ。

 

「すごい……やっとできた……」

 

その喜びを一瞬かみしめるが、ふと思いつく。

 

(これに魔素をたっぷり渡して、大霊樹(ドリュアス)の中に置いておけば……本体である私は、外に出られるのでは?)

 

リンはそのアイデアに興奮し、すぐに大霊樹(ドリュアス)に念話を飛ばした。

 

大霊樹(ドリュアス)さん大霊樹(ドリュアス)さん、私が分身体に魔素を渡して、ちょっとだけ外に出ることってできる?)

『可能だ。ただし、我との接続維持のため、「同一化」を行い肉体を得る必要がある』

 

大霊樹(ドリュアス)は慎重に忠告を続けた。

加えて、長期間離れることも推奨されないと言われ、もし大霊樹(ドリュアス)の中に残した分身体の魔素が尽きるなどで、魔素の供給が途絶えた場合、大霊樹(ドリュアス)そのものにも影響が及ぶ可能性があるとのことだった。

 

(分かってる。大丈夫、気をつけるから)

 

リンは頷き、魔素を補充するために大霊樹(ドリュアス)の実を手に取る。甘さと酸味のあるその実をいくつも食べ、身体にエネルギーを満たしていく。

 

しばらく無言で食べ続け、実を次々と口に運ぶリン。彼女は実の味に浸ることなく、ただ魔素の回復に集中していた。大霊樹(ドリュアス)の実は、眠ること以外で魔素を回復させるための唯一の手段だった。だからこそ、何個でも口に放り込む。

 

「もうちょっと……もう少し……」

 

満足するまで実を食べ終えると、リンはふと自分の分身体を再び見上げた。先ほどまでぼやけていた視界も、回復によって少しずつクリアになってきている。

 

「うん……これで、準備万端……」

 

分身体にしっかりと魔素を注ぎ込むため、リンは先見者(ミトオスモノ)に頼むことにした。

 

先見者(ミトオスモノ)、分身体に注ぐ魔素の加減をお願い。私、まだちょっとふらふらだから……」

《了。適切な魔素量を調整します》

 

先見者(ミトオスモノ)の指示に従い、リンは魔素の流れを感じながら、ゆっくりと分身体に魔素を送り込んでいった。先見者(ミトオスモノ)の計算通り、過剰な負荷がかかることなく、分身体は力を受け取っていく。

 

「さて、次は“同一化”だね。大霊樹(ドリュアス)さん、同一化ってどうやるの?」

『我が魔素を逆に注ぎ込み、同一化を促す』

 

次の瞬間、リンは大霊樹(ドリュアス)から逆流する魔素を感じた。まるで身体の中を何かが這っているような感覚に一瞬既視感を覚えたが、すぐにそれはなくなり、徐々に身体に変化が起こっているように感じる。とはいえ、外見的には何も変わっていない。

 

「これで……同一化できたのかな?」

 

リンは不安ながらも、覚悟を決めて一歩を踏み出した。彼女は大霊樹(ドリュアス)と一体となり、その力を借りて外の世界へと向かおうとしていた。

 

だが、彼女はふと重要なことに気づいた。

 

大霊樹(ドリュアス)さん、出口ってどこ……?)

『案内しよう』

 

呆れ気味の声が返ってきて、リンは小さく笑った。

そして。

彼女は初めて、“大霊樹(ドリュアス)の外”へと足を踏み出す。

 

それは、ほんの一歩にすぎない。

けれどその一歩が、リンにとっては大きな、大きな、旅立ちだった。

 

──仮初の身体に宿るは、揺るがぬ意志。

その魂は、今、世界を知るために歩み出す。




こうして書いてみると、リムルの捕食者ってチートすぎる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。