転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第二十三話

大霊樹(ドリュアス)の中は、いつものように静かな空気が流れていた。分身体のリンは無表情のまま、ただ佇んでいる。それはまるで、魂そのものが輝いているようで、誰かが見れば不思議な存在感を感じ取るだろう。

そんな大霊樹(ドリュアス)の中に、無音の気配が現れる。ギィ・クリムゾンだ。

 

「……分身体か」

 

ギィは分身体のリンを見下ろしながら、すぐにそれがリンの本体ではないことを察した。

彼女の魂は他の生命体と比べ、異質なほど強力で、その輝きが分身体でさえも際立っている。大霊樹(ドリュアス)の中で本体の気配が感じられないことから、ギィは外に出たであろうリンを思い、口元に微笑を浮かべた。

 

「いい度胸してやがる……」

 

ギィは低く呟いた。

分身体を覚えたら連絡しろと言っておいたはずなのに、こうして勝手に外に出ているリンに対して、内心で少し苛立ちながらも、面倒くさいと感じる。

リンがどこに行ったのかを探すのも億劫になり、ひとまず分身体を眺めながら彼女の帰りを待つことに決めた。ラミリスの迷宮が近くにあるなら、彼女がそこにいる可能性も高いが、ラミリスがやかましく騒ぐのを想像し、ギィはため息をついた。

 

「まぁ、いいか……。この分身体の出来なら、魔素を各地に流し込む計画にも支障はなさそうだ」

 

ギィはその場に腰を下ろし、リンの分身体を眺めながら、ふと分身体の髪に手を伸ばした。

ふわりと手に絡む薄緑の髪は、彼の指先に柔らかく触れる。彼の無骨な手に対して、リンの髪は異様なまでに滑らかで、すべてが計算され尽くしたように美しかった。

 

「ふむ……」

 

ギィは無言のまま、その髪を指で弄び始めた。

初めは軽く指先で撫でていただけだったが、次第にその手つきが楽しげなものに変わっていく。束になった髪を指でくるくると巻き付け、離す。

その一連の動作を繰り返しながら、ギィは無表情でありながら、どこか興味を持っているような雰囲気を漂わせていた。

 

「……結構、手触りがいいじゃねえか」

 

独り言のように、そんなことを呟くと、ギィはさらに分身体の髪を遊び心満載で弄り続けた。

今度は一本一本を丁寧に指先で掬い上げて、何度も指で巻いたり、伸ばしたりする。

まるで細かな作業を楽しんでいるような、独特な手つきだった。

 

ふと手を止めたかと思うと、今度はその髪をゆっくりと編み始めた。

緩やかな三つ編みを作り、その先端を軽く結びつけるようにして形を整える。

ギィの大きな手と、繊細で滑らかなリンの髪との対比は、どこか奇妙でありながらも、違和感なく見える。

 

「これでどうだ……。悪くない」

 

ギィは満足そうに、編み終えた髪の束を指で軽く叩き、少しだけ笑みを浮かべた。

そして、その編み込んだ髪をゆっくりと解いていく。まるで、編むこと自体が目的ではなく、その手順を楽しんでいるかのようだった。

髪が再び元の姿に戻ると、ギィは満足げに頷き、その感触を再び確かめるように髪を撫で続けた。

 

「ま、これなら待つのも悪くねえか」

 

ギィは無言で分身体を見つめながら、気まぐれな指の動きでまた髪を弄び始めた。

彼がリンの分身体の髪で遊んでいる姿は、どこか余裕と退屈が入り混じった表情をしているものの、完全に飽きているわけではなかった。むしろ、その手つきには興味深さが含まれている。

 

リンが戻ってくるまでの時間、ギィはそうやって黙々とリンの髪を編み込み、解き、そしてまた弄り続けていた。

 

 

 

 

 

一方その頃、ラミリスとリンは迷宮の中で妖精たちと遊んでいた。

妖精たちがキャッキャと追いかけっこをしながら、リンに飛びかかってくる。その光景は和やかで、リンも笑顔を浮かべながらラミリスと共に彼らと戯れていた。

 

「リン! こっちこっち!」

 

ラミリスが楽しそうに手を振りながらリンを呼び、妖精たちと一緒に飛び回る。リンはそんな彼女たちを追いかけながら、心の底から楽しんでいた。

迷宮の中で過ごす時間は心地よく、まるで日常の喧騒から解放されたような気分だ。

 

やがて、ラミリスがふと空を見るように天井を見上げ、日が傾いてきたであろうことを告げた。

 

「そろそろ……日が暮れちゃうかもね。リン、あんまり長居してると大霊樹(ドリュアス)が心配するんじゃない?」

 

ラミリスの声には名残惜しさが漂っていた。

リンもそれを感じ取りながら、まだ帰りたくない気持ちを抑えつつ、先見者(ミトオスモノ)に尋ねる。

 

(ねぇ、先見者(ミトオスモノ)。分身体の魔素、まだ余裕ある?)

《解。魔素残量は問題ありません。ただし――》

 

次の瞬間、先見者(ミトオスモノ)の声が硬質に変わった。

 

《分身体のそばに、個体名ギィ・クリムゾンの存在を確認しました》

「……ギィさん!?」

 

リンの顔から一気に血の気が引く。

身体が震え、両手が冷たくなっていくのを自覚しながら、ラミリスに縋るように言った。

 

「や、やばい……!今すぐ帰らなきゃ……!」

「え、何? 急にどうしたのよ」

「ギィさんが大霊樹(ドリュアス)に……私、連絡してないのに……分身体だけ残して……!」

「えっ、ギィが来たくらいでそんなに怯えなくても……。アンタもうギィと普通に話せるでしょ?」

 

ラミリスは呆れたように笑うが、リンはそれどころではない。

ギィが分身体を覚えるように言った時に、分身体を覚えたら連絡するようにとも言っていたことを思い出したのだ。

それなのに、楽しく過ごしてギィを待たせている現状に、リンの心は冷や汗が噴き出しそうなほど緊張していた。

 

「これは……すぐに帰らないと……」

 

リンは震える声で呟き、慌ててラミリスと妖精たちに別れを告げた。

 

「ごめんね、みんな。またね……!」

「またねー!」

 

妖精たちが一斉に手を振る中、リンは「大霊樹(ドリュアス)まで送っていく」と言うラミリスと共に全力で飛び上がり、急いで大霊樹(ドリュアス)へと向かった。飛んでいる最中、ラミリスが不思議そうに尋ねる。

 

「なんでそんなに慌ててんのよ。ギィに会うのがそんなに楽しみなの?」

「ち、違うよ! ギィさんが待ってるから……」

 

そして――大霊樹(ドリュアス)に戻ってきたリンが見たものは。

分身体の髪を弄り倒すギィだった。

 

「よう、おかえり」

 

水晶越しのあの笑顔を――直視してしまった瞬間。

リンは全力で地面に滑り込み、叫んだ。

 

「すみませんでしたあああああ!!」

 

スライディング土下座。

ラミリスが開いた口が塞がらないのも無理はない。

 

「な、なにやってんのよ、リン!?」

 

ギィは静かに見下ろしながら、編んでいた髪を解きつつ、笑みを浮かべる。

 

「分身体を覚えたら連絡しろって、言ったよなぁ?」

「わ、わかってました……!でも、つい……!ラミリスさんと妖精たちと遊んでしまって……!」

 

必死の弁明と、土下座のまま震える背中。

ギィはそんなリンを見下ろしながら、無造作に本体のリンの髪に手を伸ばし、遊ぶように指で弄び始めた。

 

「じゃあ、借りを返してもらおうか」

「な、なんでもやらせていただきますうぅぅ……!」

 

哀れなほどに必死な声に、ラミリスが呆れて肩をすくめる。

そして、ギィは真顔に戻ると、いよいよ本題を口にした。

 

魔王たちの宴(ワルプルギス)を開く」

「えっ……」

 

ラミリスも、さすがに一瞬、表情を引き締めた。

 

「……天魔大戦の前に?」

「ああ。コイツ――リンの存在を、他の魔王に紹介する」

 

沈黙が落ちた。

リンは土下座のまま、ぴくりと肩を震わせる。

 

「い、いきます……!」

 

それはもう、拒否などできる空気ではなかった。

 

(……終わった)

 

心の中でそう思いながらも、リンはギィの言葉の重みに、静かに身を震わせるしかなかった。

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