転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第二十五話

足が、震えてた。

私の意思とは関係なく、小刻みに震えて、音もなく擦れる靴の底。

ギィさんに手を引かれてるからまだ立っていられるけど、もし一人だったら……多分、ドレスの裾を踏んづけてその場で転んでた。いや、むしろこの場から逃げたい。霧とかになって風に紛れて逃げたい。誰か私の気配を消して。逃げるから。

 

でも――そんな願いも虚しく、魔王たちの宴(ワルプルギス)の会場は、静かに、だけど私には地鳴りみたいな音を立てて、目の前に広がった。

 

「……すごい場所……」

 

思わず漏れたその言葉。

だって、空間全体が“違う”んだもん。空気が重たいし、天井は見上げれば夜空で、星がまばたいてるし。え、屋根ないの? 魔法? どうなってんの?

 

こんな場所に、私……入っていいの?

 

「あ、やっぱムリ。ギィさん、ごめん、やっぱり帰――」

「リンー!!」

 

ぶっ飛ばされた。

いや違う、ぶっ飛んできたのは――ラミリスさん!?

 

「ひえっ!ラ、ラミリスさん!? 顔に!顔にぶつかってるってば!」

 

私の顔に突撃してきて、そのままほっぺたに腕絡めてぎゅーってしてくるし、もうパニックだよ!

でもラミリスさんはそんなのお構いなしに、私のドレス姿をじーっと見つめて、そして、

 

「な、なにその格好!? その色……ギィの色じゃない!しかもドレスってどういうことよ!? まさか、まさか、ギィ……アンタまさかリンに何かしたのねーーッ!?」

「な、なにかって……えええ!?」

 

なんでそこでそうなるの!?

ギィさんがくれた服、ただのドレスでしょ!?確かに赤いけど!ギィさんの色だけど!でもだからって即“何かした”ってなんなの!?

 

ギィさんは隣でめんどくさそうにため息をついて、

 

「そんなわけないだろう。お前、何を考えているんだ?」

 

って、冷静すぎ!もうちょいフォローしてくれても良くない!?

でもラミリスさんはぶつぶつ文句を言いながら、疑いをまったくやめてくれない。

 

「いやいや、だって、リンはいつも綺麗だから、こんな恰好する必要なんてないでしょ? それなのにギィの色を纏わせるなんて……ギィ、リンに何かしたんじゃないの!? アタシのリンがあああ!」

「そうじゃない。目立たせるためだ。それに、牽制も込めてな。今日はコイツを“紹介”するのが目的のひとつだって言っただろ」

 

“紹介”――

わかってる。ギィさんに言われてたし、何回も心の中で覚悟はした。

でも……!

 

(やだああああああああああああ!!)

 

もうほんとムリ!!

魔王たちの前に出るなんて、そんなの罰ゲームとかじゃ済まされない!

なのにギィさんは私をそんなとこに連れていこうとしてるし……いやもう連れてこられたんだけど!

 

ラミリスさんはまだ納得しきってない顔してたけど、ギィの目をまっすぐ見て、なんか察したみたいに、ふーっとため息をついた。

 

「ならいいけど……でも、どうせギィの趣味も入ってるんでしょ?」

「さあな」

 

肩をすくめて言うギィ。

うわ、めっちゃ入ってるヤツの反応だ、それ。

 

ラミリスさんは「まあいいわ!」とあっさり切り替えて、私の手をがしっと握ってきた。

 

「それより、リン、ちょっと時間があるからお茶しましょう!」

「えっ、あ……うん…」

 

ギィさんを見上げたら、彼は無言で頷いてくれて……よかった、ここでダメって言われたらマジで泣くとこだった。

 

ラミリスさんに引っ張られてテーブルに座って、紅茶を注いでもらって――

それなのに、私の手はずっと震えてた。ドレスの膝をギュッと掴んで、なんとか震えを抑えようとするけど無理。

 

「アンタ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。皆に紹介するだけだし」

「で、でも……」

 

こっちは命の危機くらいに思ってるんですけど!?

 

「ついでに天魔大戦の話もあるけどね」

「ついでかよ」

 

なんかすごそうな単語が聞こえた。

 

「天魔大戦って、何?」

 

素直に尋ねると、ギィさんとラミリスさんが顔を見合わせ、ラミリスさんが話し始めた。

 

「天魔大戦は、500年周期で起こる天使族(エンジェル)の襲撃なの。天使族(エンジェル)が文明をリセットしようとするんだけど、それを防ぐためにアタシたち魔王が集まって力を合わせるのよ」

 

いやなんだそれ。エンジェルって天使?文明リセット?なんでそんなことするんだ。意味がわからん。

 

「今回はお前の力が必要になる」

「へ?」

 

ギィさんの発言に私の思考はフリーズしたが、おかまいなしにギィさんの言葉が続く。

 

「お前の力を使って、各地を強化し、天魔大戦の被害を抑えるんだ」

 

いやいやいやいや、そんな大役っぽいの前世OLで生まれたての私にやれってか。

明らかに世界大戦じゃん。胃はないけどリバースしそうだ。

 

「そんなこと私にできるかな……」

「大丈夫よ、アンタならできる!」

 

ラミリスさんの励ましが心にしみる……。失敗する未来しか見えないけど。

 

 

 

 

 

天井の星が、妙に近くて。

吸い込まれそうなくらい綺麗なのに、どこか冷たくて、怖い。

手元の紅茶を持つ手がちょっと震えてる。

ラミリスさんが隣でにこにこしてるけど、全然リラックスできない……ていうか、できるわけない!

 

(まだ来てないんだよね……他の魔王たち……)

 

そう。今ここにいるのは、私とギィさんとラミリスさん、そしてギィさんのところのメイドの悪魔族(デーモン)(確かミザリーさんとレインさん)だけ。

この空間の空気はもう重いのに、全員が揃ったら、どれだけヤバい空気になるんだろう。

私、圧死するんじゃない?ドレス着たまま床にぺたんって倒れて、そのまま干からびるんじゃない?

 

そんなことを真面目に考えてたそのとき――

 

「――魔王様方の到着をお知らせいたします」

 

びくぅっ!!!!

 

体が跳ね上がるかと思った。

鼓膜に響いたその重たい声が、宣告の鐘みたいに聞こえて、思わず手元のカップを取り落としかけた。

ぎりぎりで持ち直して、そっとテーブルに戻す。

 

(ああ……来る。来ちゃう……!)

 

扉が開くたびに、空間が震える。

足音、視線、気配、全部が重くて、濃くて、怖くて――

体が勝手にギィさんの方へ寄ってた。というか、完全に後ろに隠れてた。

 

「おい、いい加減慣れろ」

「ムリだよぉ……」

 

だって、ひとりひとりが「災害」みたいな存在だよ!?

誰を見ても魔素がバチバチしてて、私が日常で感じてた“強さ”とはまるで違う。

それが、次から次へと現れて、着席していく。

 

(あ、無理無理無理無理無理―――)

 

もう何回目かわからない内心の悲鳴を上げたその瞬間――

 

「リンー!!」

「――ッわっ!?」

 

視界の端からピンク色の流れ星みたいなのが飛んできたと思ったら、私は一瞬で床に転がってた。

その上からぎゅーっと何かが乗っかってきて、息が詰まる。

 

「……ミリム……!」

「あ、ごめん、だいじょぶか?」

 

目の前には、あの元気すぎる魔王・ミリムが、ちょっと申し訳なさそうに眉を下げて、私の顔を覗き込んでた。

近い。近すぎる。というか、重い……いや、物理的には軽いんだけど!精神的圧がすごい!!

 

「……だ、大丈夫だから、どいて……!」

 

がんばってそう言うと、ミリムは嬉しそうに笑って、私をさらにぎゅーっと抱きしめた。

 

「リン、ドレス似合ってるな!ギィに着せられたのかー?」

「う、うん……っていうか、みんな見てるから!」

 

そのやりとり、すべての魔王が見ていた。

空気が、一瞬で変わったのがわかった。

 

(……え? ……あれ? ……今、見られてる?)

 

「ミリムが……謝った?」

「……あのミリムが……?」

 

え、なに?そんなに珍しいこと?

ていうか見てた?この流れ?全員??

ああああ、終わった……!私の印象、ミリムに抱きつかれてるところで固定された……!

 

「ドレスが汚れるぞ、さっさと立て」

 

ギィさんの声が降ってきて、見上げたら、手を差し出してくれてた。

 

その手を取って、なんとか立ち上がる。

周りの空気がザワザワしてるけど、気にしない。いや、気にする余裕がない。

私のHP、もう赤ゲージだから。

 

(なんでこんな目に……)

 

まさかのミリムの不意打ちに、緊張MAXのまま、魔王たちの宴(ワルプルギス)が本格的に始まっていく――。

 

 

 

 

 

魔王たちが席に着いていく。

ひとり、またひとりと。

どの人(ていうか人じゃないかもだけど)も、どっしりしてて、空気が変わるのがわかる。

“そこにいるだけで影響を与える存在”って、こういうのを言うんだなって。……うん、感心してる場合じゃない。

 

(何話すんだろ……いや、知ってる。天魔大戦の話って言ってた。でも……でも……)

 

――何ひとつ頭に入ってこないんだけど!?!?

 

そんな私をよそに、全員が席についたところで、レインさんの声が冷たく澄んだ空気の中に響く。

 

「これより、魔王たちの宴(ワルプルギス)を始めます」

 

ひえええええ、ついに始まってしまった!

心臓ないけど心拍数あがりそう。

 

「まずは、参加者の紹介を」

 

え、紹介?まさか私もこの流れで紹介される?

 

悪魔族(デーモン)暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)、ギィ・クリムゾン様」

 

ギィさんの名が呼ばれた瞬間、場が一瞬だけ静かになる。

まあ、この場の主催者だし、当然っていうか……いや、でもギィさん隣にいるのに、なんか紹介されるたびにオーラが増してない!?

これ、隣で息吸ってるだけでHP減ってくやつじゃん!?

 

《告。魔王全員の名称およびその他情報を記録します》

 

先見者(ミトオスモノ)の声が頭に響いた。

ああ……もう覚える余裕ないかもしれないから、お願いね先見者(ミトオスモノ)

 

竜魔人(ドラゴノイド)破壊の暴君(デストロイ)、ミリム・ナーヴァ様」

 

ミリム、すごく堂々と座ってる。足ぶらぶらしてるのに、まったく無防備に見えないのなんで?

……というか、この子が“破壊の暴君(デストロイ)”?あのスパルタ修行の時点でちょっとそんな気はしてたけど!!

 

竜魔人(ドラゴノイド)……種族確認、特異性あり。後で詳細抽出を推奨》

 

はい、後回し、今はムリ。

 

妖精族(ピクシー)迷宮妖精(ラビリンス)、ラミリス様」

 

ラミリスさんはフワフワ浮きながら仁王立ち……じゃなくて、腕組みしててドヤ顔だった。

かわいいんだけど、なんであのサイズであんなに威圧感あるの!?

私の名付け親なのに、気が抜けないってどういうこと!?

 

巨人族(ジャイアント)大地の怒り(アースクエイク)、ダグリュール様」

 

でっか!!!

っていうか、声出てなかった?よね!?

……え、でも床がちょっと揺れたような……

 

《肉体強度、空間圧の影響濃度:極大。接近時は要警戒》

 

了解。絶対近寄らない。

 

堕天族(フォールン)眠る支配者(スリーピング・ルーラー)、ディーノ様」

 

あ、いた。なんか半分寝てる人。

でも気配がふわふわしてるのに、奥に何か沈んでる感じがして怖い。

ああいうタイプが一番読めないのよ……。

 

吸血鬼族(ヴァンパイア)鮮血の覇王(ブラッディーロード)、ロイ・ヴァレンタイン様」

 

きれいな人。でも、目が冷たい……というか、透き通ってるのに吸い込まれそう。

この人が怒ったら、たぶん一瞬で氷漬けにされる未来が見える。

 

《高位魔素密度:連続観測中。吸血属性確認。攻撃性高》

妖死族(デスマン)呪術王(カースロード)、カザリーム様」

 

仮面にローブって不審ゲフンゲフン……ていうか肩書怖い!何、呪術!?

私のこと見てる気がする。いや、目が合った気がしただけかも。仮面付けてるからわからん。でも――いや、やっぱ合ってたよね!?やめて見ないで!!

 

《微量の敵意を検出。敵性基準:保留》

 

あの、先見者(ミトオスモノ)さん?“保留”って何!?もっとはっきりして!?!?

 

「――以上でございます」

 

レインさんが締めくくって後ろに下がると、ギィさんが一拍置いて、すっと前を見たまま口を開く。

 

「紹介しておく。コイツはリン。樹妖精王(ドリュアス・ロード)だ」

(え、は?)

 

……言った、言った、言った!堂々と紹介された――!!

 

場の空気がピクリと動いた。

静寂の中に、興味と疑念と、探るような視線が混ざり合う。

 

「へえ、生まれたんだ、樹妖精王(ドリュアス・ロード)

 

あの人は確か……カザリームさん。声色は軽いけど油断ならない。ぞわっ。

 

「ふん……」

 

この人は吸血鬼族(ヴァンパイア)の……『解。ロイ・ヴァレンタインです』――サンクス先見者(ミトオスモノ)!そのロイさんは視線だけで済ませた。冷たいけど、あれでたぶん“興味あり”。

ダグリュールさんは無言で頷いて、それで終わり。この人はでっかいから何か覚えた。

 

で、ラミリスさんとミリム――

……なぜか、ドヤァって顔してる。

 

「アタシが名づけたのよ!」

 

ラミリスが勝ち誇ったように胸を張る。

いや、それは……知ってるけど、なんかテンション高くない!?

 

その瞬間、ダルそうな声が横から入る。

 

「いや、ラミリスは分かるけど……なんでミリムまでドヤ顔してんの……?」

《告。個体名ディーノです》

 

いや覚えてる。うん、覚えてるよ!?名前だけな!?種族名とか二つ名までは覚えきれないけど。

にしても鋭い。めっちゃ鋭い。ツッコミの精度が高すぎる。

 

「リンはワタシが鍛えてるのだ!弟子というわけだな!」

 

ミリムが自慢げに言い放った。ドヤ顔の圧がすごい。

 

「何が弟子よ!あれは修行じゃなくて暴力なのよさ!」

 

ラミリスさんが抗議の声を上げる。指さしで完全にケンカモード。

 

「だがリンは強くなってるぞ?」

 

ミリムが涼しい顔で返す。ていうか本気でそう思ってるからタチが悪い。

 

「ぐぬぬぬ……っ」

 

その一連のやり取りを見て、ディーノさんがぼそっと呟いた。

 

「……なんか面倒くさそうだなぁ」

(うん。ほんとそれ)

 

 

 

 

紹介の後、皆がいろいろ話し合い(というか報告みたいなやり取り)をして、今は天魔大戦の話に入ろうとしているところだ。

隣でラミリスさんとミリムが普通に座ってるのが信じられない。ていうかラミリスさんはお菓子食べてるし、ミリムは椅子に座りながら足ぶらぶらさせてるし……

どうしてそんなにリラックスしていられるの?魔王だから?魔王のメンタル、ダイアモンドなの??

 

(どうしようどうしようどうしよう……なんか私にやらせるみたいだし………)

 

名前呼ばれたら終わる。

話振られたら死ぬ。

喋った瞬間噛む自信しかない。いや、逆に噛まずに喋ったら奇跡だよそれ。

 

「ロイ、そちらの準備はどうだ?」

 

ギィさんの低い声が響く。

あ、ロイさんって吸血鬼なんだよね。めっちゃオーラやばいし、喋ると知性と冷気がセットで飛んでくる感じする。

 

「順調だ。問題はない」

 

はい冷気飛んできたー!思ったより知性的だったー!でもやっぱ怖ぇぇぇ!!

 

「ダグリュール、そっちは?」

「儂の領域も万全だ。だが、天魔大戦が始まれば、戦力を削がれるのは避けられん……」

(戦力……削がれる……?やばい話してる気がする……)

 

隣ではラミリスさんがクッキーぽりぽりしてるし、ミリムは「ふんふん」って鼻歌混じりに聞いてる。私だけ!?この空気に飲まれて瀕死なの!!

 

「ふふ、まあ、俺たちはそれぞれの手でうまくやっていけばいいさ」

 

カザリームさんの声が入った。

笑っているようでなんか笑ってない気配が、仮面越しでもわかる。

 

「いやぁ、面倒だな。俺はあんまり戦う気ないけどな」

 

うわ、今度は本当に眠そうな声。

チラッと見たら、銀髪のイケメン、ディーノさんが口元隠してあくびしてる。

でも見た目のわりに、気配ヤバいんだよなあ……。これでも魔王なんだよね?

 

「お前はいつもそうだな」

 

ギィさんが返す声だけ、ちょっと苦笑混じりだった。

この人、私には鬼軍曹だけど、仲間内だとわりと普通に喋るんだな……。

 

(って、そんなこと考えてる場合じゃない!!)

 

完全に置いてかれてる。

頭に何も入ってこない。けど、下手に目立つよりはマシだと思って、黙って座ってる。

 

……けど、それも長くは持たなかった。

ギィさんの視線が、こっちを向くのを感じた。

 

「リンには、各地に魔素を流して強化を頼む。コイツの魔素は、樹妖精王(ドリュアス・ロード)としての性質を持つからこそ、非常に役立つはずだ」

(っっっしゃべったあああああああああああ!!)

 

ギィさん、今さらっと言ったけど、それってつまり――私が仕事任されるってことだよね!?魔王たちの前で!??

 

「それ、そいつがうろつくのを見逃せってことか?」

 

ディーノさんがあくび混じりに言った。

 

「そうだ。それに、もしリンに手を出す奴がいれば、そいつを敵と見なす」

 

ギィさん、堂々と断言。

ミリムとラミリスさんも「当然よ!」みたいに頷いてくれてる。

 

(ちょっと待って、フォローは嬉しいけど……それって逆に……めっちゃハードル上がってない!?)

 

私、何もしてないのに、空気がどんどん重くなってく。

そしてディーノさんが、じーっとこっち見てきて――

 

「……なんか弱っちいな。すぐ力尽きて吸収されそう」

 

……え?

今の、どういう意味……?

 

“吸収”って、誰に? 何に?

 

「あの、それって――」

「リン、魔素を解放してみろ」

 

ギィさんの声が、私の言葉を遮った。

えっ、今!? この空気で!? 私の魔素!?

 

「今!? 今やるの!?」

 

声が裏返った。

でもギィさんは目線ひとつ動かさずに、静かに言い切った。

 

「いいからやれ」

 

あああああああああ。

ギィさんのこの声、絶対“逃がす気ゼロ”のやつじゃん……!

いやでもさ、今ここでって!?あの空気よ!?あの魔王たちの視線の中で!?

やるの!?私!?ほんとに!?

 

喉がカラッカラになって、手が冷たくて、でも魔素だけはざわざわと騒ぎ始めてるのがわかる。

ああ、もうやるしかないんだ……逃げられないんだ……。

 

(……だったら、やってやる……!)

 

ギィさんが信用してくれてる。ミリムもラミリスさんも、味方でいてくれてる。

だったら――見せるしかないでしょ。

この世界で“生きてる”私の証を。

 

ぐっと目を閉じて、深呼吸。

内側から、少しずつ、魔素を引き上げていく。

 

静かに。丁寧に。暴れないように。

けど、はっきりと“見せる”ように。

 

その瞬間、会場の空気が変わった。

 

しん――と静まり返った空間に、重たい波のように魔素が広がっていく。

深く、澄んでいて、けれど圧倒的な“異質”。

私の中を通って流れるそれは、精霊でも魔王でもない、もっと“自然”で、“禍々しくて”、“綺麗な”何か。

 

足元から草の匂いが立ちのぼるような感覚。

でも同時に、底なしの闇を感じる“根”が、足元に張り巡らされていくような錯覚。

 

(――これが、私の魔素)

 

言葉がなくても、伝わる。

誰もが黙って、じっと私を見てる。

 

「これは……」

 

ロイさんの声が、硬い。

たぶん、驚いてる。いや、間違いなく。

 

「えっぐ……」

 

あの、さっきまで寝そうだった人が……目を見開いて、半歩引いた。

まぶたが重そうだったのに、今は完全に目が覚めたみたいな顔してて――

そのギャップに、私の方がびっくりしてしまった。

 

「すごいのだー!やっぱりワタシの見込んだ通りなのだー!」

 

ミリムが大喜びで拍手してくれてる。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい!!

 

「アタシのリン!ちゃんとできて偉い!」

 

ラミリスさんは両手バンザイで飛んでる。飛ばないで!視線集まるからやめて!!

 

慌てて魔素を引っ込める。

私は全速力でギィさんの後ろに隠れた。もう反射的。条件反射。

 

「なんでギィの後ろに隠れるのよー!」

 

ラミリスさんが怒ってる。

でもごめん、無理だった。あんなに見られたら、逃げたくもなるって……!

 

「……つい、安心しちゃって……」

 

つい口に出したその言葉に、ギィさんがにやっと笑った。

 

「……いい度胸してんじゃねぇか」

 

や、やだ……なんかちょっと嬉しそうな声出すのやめて!?

これ、私の公開処刑だったんだよ!?本人なんだよ!?こっちは命懸けなんだからね!!

 

 

 

 

会議は――なんとか終わった。

いや、“終わった”っていうより、“生き延びた”って感覚の方が近い。

私の頭の中はまだぐるぐるしてて、緊張の残りカスで喉がからっから。

ラミリスさんはもう「ふーっ」って伸びしてるし、ミリムはすっかり満足げな顔で近寄ってきて――

 

「リン、また一緒に修行しような! ワタシがもっと強くしてやるのだ!」

「え、あ、うん……ありがと……」

 

ミリムにぎゅーっと抱きつかれて、頭が真っ白になる。

柔らかいし、あったかいし、匂いもなんか甘いし――って違う!!

てか、なんで毎回こうなるの!?ほんと距離感どうなってんの!?

いや、別に嫌じゃないけどさ!?でも!!毎回不意打ちは反則だってばーーーッ!!!

 

「ちょっと!リンに何してんのよさ!」

 

そこにラミリスさんが、むすーっと怒った顔で飛び込んできた。

ああ、また始まった……この二人が一緒にいると、ほんと騒がしいんだから。

 

「ふふーん、別にいいではないか。リンは喜んでるぞ!」

「喜んでないでしょ!?それに今のは完全に不意打ちだったでしょ!」

「細かいな~。ま、今日はこれで帰るのだ!またなリン!」

「え、あ、うん。またね……」

 

ミリムはケロッとした顔で、手をひらひら振りながら飛び去っていった。

ラミリスはさんその背中を見送りながら、まだちょっとぷりぷりしてる。

 

「……もう、あの子ほんっと自由すぎるんだから」

 

そのままふわっと私の目の前に戻ってきて、ちょっと拗ねたみたいな顔で言った。

 

「ねえリン、まだ外にいられるなら、ちょっと迷宮に来ない?」

「え? 迷宮?」

「うん、あの子たちがアンタに会いたがっててね」

 

“あの子たち”って聞いて、すぐに思い出がよみがえる。

迷宮で出会った、小さな妖精たち――私にとって、初めての“歓迎”だった場所。

思わず胸がきゅっとなって、自然と笑みが浮かぶ。

 

「……じゃあ、ちょっとだけ――」

「悪いが――オレの用がまだ済んでない。またにしろラミリス」

 

ギィさんの声。

私とラミリスの言葉を真っ二つに切るような、はっきりした声だった。

 

「え、もう魔王たちの宴(ワルプルギス)終わったのにまだ何かあるの? …さてはやっぱりリンに何かするつもりね!? リンに手を出したら許さないわよ!!」

「なわけあるか」

 

即答したけど、私はというと……

 

(え、用って何……またなんかやらされるの……?今度は何……)

 

もう色々限界です、ほんとに。これ以上なにか来たらマジで泣く。

でもギィさんの言い方はいつも通りで、余計に怖い。

 

ラミリスさんは不満げにむすーっとして、

 

「……むぅぅぅー……リンと遊びたかったのに…」

 

って言いながらも、渋々引いてくれた。

そのあと私の前にぴょんと浮かんで、指先をぐいっと向けてくる。

 

「リン、今日はギィに譲るけど、また迷宮に来てね?アタシもあの子たちも待ってるから」

「……うん、また行くよ。その時はいっぱい遊ぼうね」

「もちろんよ!」

 

ラミリスさんはくるっと回って、さっと姿を消した。

そして残されたのは――私とギィさん。

 

(……逃げられない)

 

無言で隣に立つギィさんをちらっと見上げる。

 

「あの、用って何? 何かするの?」

「もう少しオレに付き合ってもらうぞ」

「はっ?」

 

言葉が喉にひっかかった。

その瞬間、背筋がひやぁっと凍る。

 

(ちょ、ちょっと待って……“付き合う”って何……!? どういう意味で!? え、え、また魔素放出とか!?次は命令されて木にでもなるの!?)

 

心の中で大パニックだけど、ギィさんは相変わらずの表情で、私を見下ろしてるだけ。

 

(……逃げたい……でも逃げられない……ギィさんだし……それにさっきは聞けなかったこと、聞けるかもしれないし……)

 

泣きそうな顔をなんとかごまかして、私はこくりと頷いた。

 

……魔王たちの宴(ワルプルギス)が終わっても、私の受難は終わらないらしい。

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