転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第二十六話

魔王たちの宴(ワルプルギス)が終わった後も、胸の奥が重たく、冷たいものに満たされたままだった。

ギィさんに連れられて、再びこの場所へ――彼の領域。

初めて来たときと同じ、いや、それ以上に今は怖かった。

 

空間の広さも、沈黙も、空気の硬さも――全部が、私を拒んでるみたいだった。

 

(さっきの……“吸収されそう”って……)

 

その言葉が、ずっと頭から離れない。

 

冗談みたいな言い方だったのに。

心のどこかに、ズシリと残っている。

 

ギィさんが立ち止まり、巨大な扉が音もなく開く。

広間に入って椅子を勧められるけれど、正直、どこに座っても心は休まらなかった。

 

向かいに座ったギィさんの瞳が、私を静かに見つめてくる。

 

「……何か聞きたいことがあるんじゃないか?」

 

その言葉に、震えそうになる声を絞り出す。

 

「“吸収されそう”って……どういう意味……?」

「……お前がその言葉に引っかかるとは思っていたよ」

 

ふとした瞬間に蘇る、あの夢――

木に縛られ、根に包まれ、意識がすうっと薄れていく感覚。

あれは……ただの夢じゃなかったのか。

 

「――お前が魔素を使い果たせば、大霊樹(ドリュアス)に吸収される。存在ごと、だ」

「……っ」

 

言葉にできないものが、胸の奥で詰まった。

ギィさんの声は冷静だったけど、私には――ひどく遠くて、冷たく聞こえた。

 

「お前は、自然の調和のために選ばれた存在だ。だがそれは……同時に、“そうなる”ことを前提に、存在しているということだ」

 

つまり、それが……運命?

 

「選ぶことはできる。受け入れるか、抗うかはお前次第だ」

 

でも、その言葉はもう、耳の奥にすら届かなかった。

目の前が、じわじわと、暗く染まり始めていた。

そのとき――扉が静かに開く音がして、冷たい風が吹き込んできた。

 

白髪。深海のような目。

 

《告。竜種の一体、白氷竜ヴェルザードです》

 

先見者(ミトオスモノ)の声を、私はただぼんやりと受け取った。何かを感じるよりも早く、全身が冷たくなるような――そんな気配に圧倒されて。

 

「ギィ。あなたが樹妖精王(ドリュアス・ロード)を“守っている”と聞いたから、見に来たのだけど」

 

その声が届いた瞬間、私はびくりと肩を震わせた。

でも、怖いとか、反論したいとか、そういう感情すらもう湧いてこなかった。

さっきまでに、全部使い果たしてた。

 

「まあな。コイツには、それだけの価値がある」

 

ギィさんの声は変わらない。冷静で、なんでもないことみたいに、私のことを語っていく。

 

「価値、ね。あなたの言う“価値”は、大抵の場合、力か利用価値のことよね」

「まあ、そうだな。今のコイツは……“素材”ってとこか。だが、面白いだろ?」

 

……え?

 

ギィさんの声は、楽しそうだった。

でもその笑みには、温かさも、優しさもなかった。

ただ、駒を並べてる人の顔だった。

この世界のどこかを動かすために、駒を置いて、進めて、見下ろしてる――そんな。

 

「今後、どう転がっていくか。オレの手駒にしてもいいし、飽きたら放るかもしれねぇ。けど――」

 

ちら、と視線がこちらに向いた。

 

「コイツが自分で動けるようになるなら、それはそれで興味深い」

 

動けるようになったら、って……。

 

「あなたらしいわ、ギィ。けれど……この子が“自分で動けるようになる”なんて、本気で思ってるの?」

「オレが?思ってねぇよ」

 

思ってない。期待なんて、してない。

なのに、どうしてここにいるの?

どうして、私を“見守ってる”なんて――

 

「期待なんざしてねぇ。けどな――ラミリスとミリムが、揃って“面白い”って言ったんだ。それだけで、この駒はひとまず盤面に置いておく価値がある」

 

“面白い”。

 

それだけで、生き残る理由になる。

それだけで、置かれる理由になる。

 

「そんな戯言を、あなたが真に受けるなんて」

「オレが真に受けるわけねぇだろ?ただ、好奇心ってやつだ」

 

くだらない。

ヴェルザードさんのその言葉が、まるで凍った刃みたいに響いた。

 

「くだらなくても、そういう遊びをしてる方が飽きずに済む。お前も知ってるだろ?永遠の時ってのは、退屈なんだよ」

「退屈しのぎにこの子を使うつもり?それなら、今のうちに壊しておくべきね」

 

壊す。

 

その言葉に、何かが内側でバキッと折れる音がした。

ギィさんの瞳が細められる。

 

「壊す?……それがお前の“答え”か?」

「この子は弱い。運命に逆らうような意志も覚悟も持っていない。どうせ役目を果たして、消えるだけ。だったら情をかける方が残酷よ」

 

……役目を果たして、消えるだけ。

壊す前提。

守られる理由も、未来も、ない。

 

「情じゃねぇ。賭けてるだけだ」

 

ギィさんの声が、遠くで聞こえる。もう、ちゃんと届いてこない。

 

「……もしこいつが、自分の意志で抗い出したら――そいつは、退屈しきったこの世界にとっちゃ、小さな異物になり得る」

 

異物。

世界にとって、異常なもの。

そして――

 

「そして、そんな異物はすぐに排除される。それがこの世界の“理”でしょう?」

 

排除される。

それが、この世界。

なら、私は――

 

「そうなるかもしれねぇ。けど――なら、どこまで抗えるか見てみるのも、面白ぇだろ?」

 

ギィさんの言葉。

でももう、意味が入ってこなかった。

 

私は今――なんなんだろう。

 

「……本当にあなたって、変わらないわね」

 

そう言ってヴェルザードさんがため息をついたけど、その目は私に向けられたまま、冷たくて、凍りそうだった。

 

壊す。

役目を果たして、消える。

情をかける方が残酷。

 

(……私は、ただの駒……?)

 

置かれただけ。面白そうだから。

どこまで転がるか、ただ見られてるだけ。

期待なんて、最初からされてない。

 

――じゃあ、私は……

何のために、生きてるの?

何のために、この世界に来たの?

 

目の前がにじんでいく。

ヴェルザードさんの声も、ギィさんの声も、どこか遠くに沈んでいく。

海の底みたいに、音がくぐもって、全部、遠ざかって。

 

……でも、その沈んでいく中で、ただひとつだけ、確かだった。

それは――

 

冷たい水に、静かに沈んでいくような感覚。

それだけは、痛いほど、はっきりと――あった。

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