転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第二十七話

「この子は弱い。運命に逆らうような意志も覚悟も持っていない。どうせ役目を果たして、消えるだけ。だったら情をかける方が残酷よ」

 

それは、ただの言葉じゃなかった。

まるで私の“運命”そのものを突きつけるような、冷たくて、残酷で、拒絶の響きだった。

 

(……私、消えちゃうのかな)

 

私は今、大霊樹(ドリュアス)の中にいる。

深く、静かに、青白い光を放つこの場所。

以前はその光が優しくて、どこか安心できたのに。

 

今は違う。

この光は、私を包むためじゃない。

飲み込むためのものだ――そんな気がしてならなかった。

 

(強くなりたいって願って、生まれ変わったのに)

 

それなのに。

 

(結局……“役割を果たすだけの存在”?)

 

目の前がにじんで、手が震える。

 

(私って――なんだったの?)

 

ここまでやってきたすべてが、急に虚しくなる。

努力も、苦しさも、喜びも。

全部、最初から決まってた道を歩かされてただけなんだと、そう言われた気がして。

 

「……私は……」

 

ぽつりと、声が漏れる。

 

「ただ、消えるために生きているの……?」

 

誰も答えない。

光も、木も、静かすぎる空間も――全部が、私を“終わり”に向かわせる存在に見えた。

 

ぶわっと涙が溢れて、止まらなくなった。

止めようとしても、止まらなかった。

 

「……なんで……なんで……私、ここにいるの……っ」

 

拳を握って、唇を噛んだ。

自分が自分でなくなる恐怖が、喉の奥を締めつける。

もうだめだ、って思った、そのときだった。

 

――冷たい風が、吹いた。

まるでこの空間だけ、別の世界に切り替わったような、そんな冷たさ。

 

「……誰……?」

 

顔を上げると、そこに“影”が立っていた。

 

漆黒のマント。広がる黒い羽。

金色の瞳に、赤い瞳孔。

 

――原初の黒(ノワール)

 

無言で佇む彼が、まっすぐに私を見ていた。

その視線は、鋭くて、冷たくて――でも、不思議と怖くなかった。

 

「……何を考えている?」

 

低く、響くような声。

それはまるで、私の心に直接問いかけてくるようだった。

 

「私は……」

 

言葉にならない。

けど、言わなきゃいけないって思った。

 

「強くなりたくて……でも、怖くて……消えてしまうのが、嫌で……!」

 

声が震えて、涙がまた溢れた。

自分が情けなくて、惨めで、それでも言わずにいられなかった。

 

「私……本当に、このまま……消えちゃうの?」

 

原初の黒(ノワール)は何も言わず、ただこちらを見つめていた。

その視線に――わずかに、興味が混じったのが分かった。

 

「運命に抗うつもりか?」

「……分からない……分からないけど……っ、それでも……っ」

 

喉の奥が痛くなる。

それでも私は――言葉を絞り出した。

 

「……消えたくない……私は……まだ、生きていたい……!」

 

叫びじゃない。

これは――願いだった。

 

原初の黒(ノワール)の瞳が、すっと細まった。

 

「ならば――お前自身で、答えを見つけろ」

 

その声は、冷たかった。けれど、突き放すものではなかった。

 

「抗うか、従うか。選ぶのはお前だ。だが――“意志”を持つ者には、抗う資格がある」

 

私の中で、何かが小さく震えた。

ひび割れた心の奥に、ぽつんと火が灯るみたいに。

 

「……なんで……あなたはここに……」

「興味がある」

 

その言葉だけで、すべてを貫くような強さがあった。

 

「お前のように、“定められた存在”でありながら、もがこうとする者は……希少だ。面白い」

 

一瞬、ギィさんとヴェルザードさんの言葉が脳裏をよぎった。

 

壊す。異物。排除される。

 

違う。

違っててほしい。

 

原初の黒(ノワール)の視線が、私の目をとらえる。

 

「強くなりたいと願うなら、“誰かのため”ではなく、“自分のため”に選べ」

 

その言葉に、私は――頷いた。

ぐしゃぐしゃな顔で、泣きながら。

 

「……ありがとう」

 

原初の黒(ノワール)は何も答えず、すっとその場から姿を消した。

残された私は、ぼんやりとした空間の中で、涙を拭いながら、心に芽生えた小さな決意を、そっと抱きしめた。

 

(運命に、抗いたい……)

 

そう思った。

 

小さな、震えるような願いだけど――

確かにそれは、今の私の“意志”だった。

 

 

 

 

 

漆黒の霧が、ゆっくりと渦を巻く。

理も秩序も存在しない、暗黒の界。

 

ここは――悪魔族(デーモン)の領域。

欲望と混沌、呪詛と契約が交錯する、深淵。

 

その中心に、一人の影が立っていた。

漆黒のマントを翻し、黒羽を広げる影――原初の黒(ノワール)

 

彼の足元を、数え切れないほどの魂の残滓が漂う。

欲に飲まれた者、契約に喰われた者、かつての同胞すら含まれるその光の粒を、原初の黒(ノワール)は無関心に見下ろしていた。

 

(……彼女は、異質だ)

 

先ほどの少女。樹妖精王(ドリュアス・ロード)

本来であれば、大霊樹(ドリュアス)を維持する以外に何の価値も持たない、ただそこに在るだけの存在。

なのに――“意志”を持って、もがこうとしている。

 

(弱く、脆い。だが――それが、実に興味深い)

 

原初の黒(ノワール)の足が、虚空に向かって進む。

その歩みと共に、周囲の闇が一歩ずつ形を変える。

砕けた玉座、溶けかけた城壁、すでに主を失った契約の円陣。

 

すべてが、かつての“力”の残響。

だが、原初の黒(ノワール)にとってそれらはすべて――“退屈”だった。

 

「運命に抗うということが、どれだけ愚かで、滑稽で、無価値なことか――」

 

彼は知っている。

数多の者が足掻き、抗い、そして砕けていった歴史を。

 

それでも。

 

(……それでもなお、“消えたくない”と願う声は――)

 

原初の黒(ノワール)の瞳が静かに細められる。

脳裏に浮かぶのは、震えながらも必死に涙を流した少女の姿。

 

「……あの目。あの声。あの意志」

 

理解はできない。だが――否定も、できない。

 

彼女の弱さ。

彼女の叫び。

彼女の“意志”。

 

それは、原初の黒(ノワール)の内にほんのわずかな“波紋”を残した。

 

「強くなりたいと、誰にでも言えるものではない。“消えたくない”と、本気で願えるほどに生きている者も、そう多くはない」

 

だからこそ、彼は――

 

漆黒の空間のさらに奥。

彼以外の存在が踏み入ることを許されない、沈黙の聖域へと進む。

 

そこには、黒い光で包まれた台座があり、封じられた魔素が静かに眠っていた。

それは、原初の黒(ノワール)が“いつか使うかもしれない何か”として保管していた、原初の核。

 

「……ほんの少しだけ。ほんの、少し」

 

彼は静かに、指を鳴らす。

その瞬間、黒い魔素が台座から一筋だけ立ち昇り、遠く、どこかへと向かって消えていった。

 

「あの少女が、本当に“抗う”と決めたなら――少しくらい、助けてやってもいい」

 

それは感情か、気まぐれか。

彼自身にも、はっきりとは分からない。

 

ただ――

 

「……どこまで行けるか、見せてみろ。運命の鎖を断ち切る力を――お前が手に入れられるかどうか」

 

原初の黒(ノワール)の口元が、ふっと歪む。

その微笑は、悪魔のものにしては、どこか――“楽しげ”だった。

 

再び玉座へと戻り、闇に身を沈めながら、原初の黒(ノワール)は静かに目を閉じた。

闇の世界は、再び音もなく沈黙に包まれる。

だがその深奥に、確かに芽吹いた“意志の気配”だけが、淡く揺らめいていた――。

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