「この子は弱い。運命に逆らうような意志も覚悟も持っていない。どうせ役目を果たして、消えるだけ。だったら情をかける方が残酷よ」
それは、ただの言葉じゃなかった。
まるで私の“運命”そのものを突きつけるような、冷たくて、残酷で、拒絶の響きだった。
(……私、消えちゃうのかな)
私は今、
深く、静かに、青白い光を放つこの場所。
以前はその光が優しくて、どこか安心できたのに。
今は違う。
この光は、私を包むためじゃない。
飲み込むためのものだ――そんな気がしてならなかった。
(強くなりたいって願って、生まれ変わったのに)
それなのに。
(結局……“役割を果たすだけの存在”?)
目の前がにじんで、手が震える。
(私って――なんだったの?)
ここまでやってきたすべてが、急に虚しくなる。
努力も、苦しさも、喜びも。
全部、最初から決まってた道を歩かされてただけなんだと、そう言われた気がして。
「……私は……」
ぽつりと、声が漏れる。
「ただ、消えるために生きているの……?」
誰も答えない。
光も、木も、静かすぎる空間も――全部が、私を“終わり”に向かわせる存在に見えた。
ぶわっと涙が溢れて、止まらなくなった。
止めようとしても、止まらなかった。
「……なんで……なんで……私、ここにいるの……っ」
拳を握って、唇を噛んだ。
自分が自分でなくなる恐怖が、喉の奥を締めつける。
もうだめだ、って思った、そのときだった。
――冷たい風が、吹いた。
まるでこの空間だけ、別の世界に切り替わったような、そんな冷たさ。
「……誰……?」
顔を上げると、そこに“影”が立っていた。
漆黒のマント。広がる黒い羽。
金色の瞳に、赤い瞳孔。
――
無言で佇む彼が、まっすぐに私を見ていた。
その視線は、鋭くて、冷たくて――でも、不思議と怖くなかった。
「……何を考えている?」
低く、響くような声。
それはまるで、私の心に直接問いかけてくるようだった。
「私は……」
言葉にならない。
けど、言わなきゃいけないって思った。
「強くなりたくて……でも、怖くて……消えてしまうのが、嫌で……!」
声が震えて、涙がまた溢れた。
自分が情けなくて、惨めで、それでも言わずにいられなかった。
「私……本当に、このまま……消えちゃうの?」
その視線に――わずかに、興味が混じったのが分かった。
「運命に抗うつもりか?」
「……分からない……分からないけど……っ、それでも……っ」
喉の奥が痛くなる。
それでも私は――言葉を絞り出した。
「……消えたくない……私は……まだ、生きていたい……!」
叫びじゃない。
これは――願いだった。
「ならば――お前自身で、答えを見つけろ」
その声は、冷たかった。けれど、突き放すものではなかった。
「抗うか、従うか。選ぶのはお前だ。だが――“意志”を持つ者には、抗う資格がある」
私の中で、何かが小さく震えた。
ひび割れた心の奥に、ぽつんと火が灯るみたいに。
「……なんで……あなたはここに……」
「興味がある」
その言葉だけで、すべてを貫くような強さがあった。
「お前のように、“定められた存在”でありながら、もがこうとする者は……希少だ。面白い」
一瞬、ギィさんとヴェルザードさんの言葉が脳裏をよぎった。
壊す。異物。排除される。
違う。
違っててほしい。
「強くなりたいと願うなら、“誰かのため”ではなく、“自分のため”に選べ」
その言葉に、私は――頷いた。
ぐしゃぐしゃな顔で、泣きながら。
「……ありがとう」
残された私は、ぼんやりとした空間の中で、涙を拭いながら、心に芽生えた小さな決意を、そっと抱きしめた。
(運命に、抗いたい……)
そう思った。
小さな、震えるような願いだけど――
確かにそれは、今の私の“意志”だった。
漆黒の霧が、ゆっくりと渦を巻く。
理も秩序も存在しない、暗黒の界。
ここは――
欲望と混沌、呪詛と契約が交錯する、深淵。
その中心に、一人の影が立っていた。
漆黒のマントを翻し、黒羽を広げる影――
彼の足元を、数え切れないほどの魂の残滓が漂う。
欲に飲まれた者、契約に喰われた者、かつての同胞すら含まれるその光の粒を、
(……彼女は、異質だ)
先ほどの少女。
本来であれば、
なのに――“意志”を持って、もがこうとしている。
(弱く、脆い。だが――それが、実に興味深い)
その歩みと共に、周囲の闇が一歩ずつ形を変える。
砕けた玉座、溶けかけた城壁、すでに主を失った契約の円陣。
すべてが、かつての“力”の残響。
だが、
「運命に抗うということが、どれだけ愚かで、滑稽で、無価値なことか――」
彼は知っている。
数多の者が足掻き、抗い、そして砕けていった歴史を。
それでも。
(……それでもなお、“消えたくない”と願う声は――)
脳裏に浮かぶのは、震えながらも必死に涙を流した少女の姿。
「……あの目。あの声。あの意志」
理解はできない。だが――否定も、できない。
彼女の弱さ。
彼女の叫び。
彼女の“意志”。
それは、
「強くなりたいと、誰にでも言えるものではない。“消えたくない”と、本気で願えるほどに生きている者も、そう多くはない」
だからこそ、彼は――
漆黒の空間のさらに奥。
彼以外の存在が踏み入ることを許されない、沈黙の聖域へと進む。
そこには、黒い光で包まれた台座があり、封じられた魔素が静かに眠っていた。
それは、
「……ほんの少しだけ。ほんの、少し」
彼は静かに、指を鳴らす。
その瞬間、黒い魔素が台座から一筋だけ立ち昇り、遠く、どこかへと向かって消えていった。
「あの少女が、本当に“抗う”と決めたなら――少しくらい、助けてやってもいい」
それは感情か、気まぐれか。
彼自身にも、はっきりとは分からない。
ただ――
「……どこまで行けるか、見せてみろ。運命の鎖を断ち切る力を――お前が手に入れられるかどうか」
その微笑は、悪魔のものにしては、どこか――“楽しげ”だった。
再び玉座へと戻り、闇に身を沈めながら、
闇の世界は、再び音もなく沈黙に包まれる。
だがその深奥に、確かに芽吹いた“意志の気配”だけが、淡く揺らめいていた――。