転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第二十八話

大霊樹(ドリュアス)内部の冷たい静寂の中で、私は静かに目を閉じた。

 

この胸にまだ残るのは、あの冷たい声。

ヴェルザードさんの言葉が、今も耳の奥でこだましている。

ギィさんの無情な“賭け”。

そして、何も返せなかった自分。

 

(……私は、本当に……)

 

私は震える唇を押し殺すように、問いかけた。

 

先見者(ミトオスモノ)……未来予測で、私の未来がどうなるか……見られる?」

《可能です。未来予測を実行します》

 

声は変わらず、淡々と。

それが、逆に怖かった。

 

浮かび上がったのは、静かな終末。

力を使い果たした私は、やがて大霊樹(ドリュアス)に取り込まれていく。

葉が枯れるように、枝が折れるように、誰にも気づかれず、静かに、ゆっくりと。

 

「本当に……私は消えてしまうの……?」

 

問いかけた声は、誰よりも小さく、震えていた。

 

《解。現在の力のままでは、いずれその運命を迎えることは避けられません。ですが――運命を変えられる可能性は存在します》

「……どうすれば、変えられるの?」

《これまで得た情報より推測すると、最も可能性があるのは(マスター)自身の強化。より強大な存在になること。存在維持のために、魔素・精神力・魂のいずれかが一定以上に達すれば、分岐の可能性が生まれます》

 

その言葉に、胸の奥で微かに――ほんの、ほんの少しだけ――火が灯った。

 

(まだ……道がある……?)

 

たとえそれが、崖っぷちの細道でも。

足場が崩れそうな危うい選択でも。

 

(それでも……生きたい。消えたくない。誰かを守って、誰かのそばにいたい)

 

強くなりたい。

その願いは、前世から変わらなかった。

そして今、ようやくそれが“抗う”という形で、胸に芽生え始めたんだ。

 

私は、ふっと息を吐いて涙を拭うと――

伝えたくなった。

この“決意”を、誰かに。

誰よりも、今、一番伝えたい人がいる。

 

(……ラミリスさん)

 

迷いはなかった。

 

(ラミリスさん、今、会いに行ってもいい?)

『リン? もちろん! すぐに来なさい!』

 

即答の返事に、胸がきゅっとなった。

ああ、やっぱり――この人がいてくれて、本当に良かった。

 

私はすぐに準備に取りかかる。

分身体を座らせ、本体は大霊樹(ドリュアス)と再び“同一化”する。

 

その瞬間――また、来た。

あの夢の感覚。

木の根が絡みつき、意識が引きずられていくような、静かな恐怖。

 

(やっぱり……私は、いつか……)

 

怖い。

でも、もう逃げない。

 

(……私、負けないからね)

 

そう告げるように、私は心の中で大霊樹(ドリュアス)に呼びかけた。

返事はなかったけれど、それでよかった。

 

私は、外に出た。

風が、私の頬を撫でる。

さっきまで重かった胸が、少しだけ軽くなる。

 

(……行こう)

 

私は風を呼び、新たなスキル――風精(アネモネ)の力を使った。

軽やかに、鋭く、一直線に――風を滑るように駆ける技、風走(ふうそう)

 

「わあっ――!? はやっ……!」

 

風に乗る身体は、想像以上の速さだった。

思わず悲鳴を上げるも、すぐにそれは笑いに変わる。

 

(あははっ、すごい……!)

 

風に乗って、私はまっすぐ、ラミリスさんの迷宮へ――

 

 

 

 

 

迷宮に足を踏み入れた瞬間、小さな声たちがぱあっと弾けた。

 

「リン様だーっ!」

「また来てくれた!」

「あそぼー!」

「かくれんぼー!おにごっこー!」

「わっ、ちょ、待って、ちょっと落ち着いて……!」

 

妖精たちの突撃歓迎にちょっとたじろぎながらも、私は優しく微笑んだ。

 

「ごめんね、今日はちょっとだけラミリスさんとお話ししたくて。あとで、また一緒に遊ぼう?」

 

「えー……」と少し不満げな顔が並んだけど、みんな素直に頷いてくれた。

 

「ラミリス様呼んでくる!」

「こっちこっちー!」

 

そんなふうに案内されるより先に、視界の端から何かが突っ込んできた。

 

「リン!!」

「うわっ――!」

 

勢いよく飛び込んできたラミリスさんが、私にぎゅーっと抱きついた。

 

「また来てくれて嬉しいわ!ほんと、待ってたんだから!」

「えへへ……ありがとう。会えて、良かった……」

 

私は小さく笑って、ラミリスさんに目を向ける。

 

「ラミリスさん、少し……話したいことがあるの。大事なことだから、ちょっとだけ、時間もらってもいい?」

「……うん」

 

ラミリスさんはすぐに表情を引き締めて、真剣な眼差しで頷いてくれた。

 

「じゃあ、奥の方、静かなとこ行きましょ」

 

私たちは妖精たちの声が届かない迷宮の奥へ移動し、ひっそりとした空間に並んで腰を下ろす。

少しだけ沈黙が続いたあと、私はぎゅっと手を握って、深く息を吸った。

 

「……ギィさんから聞いたの。私が、樹妖精王(ドリュアス・ロード)として、いずれ大霊樹(ドリュアス)に取り込まれるかもしれないって」

 

ラミリスさんの目が、ふっと揺れた。

 

「怖かったよ。今でも、めちゃくちゃ怖い。でも――それでも、私、抗いたい。消えたくない。強くなって、誰かを守れるようになりたい。そういうふうに、生きていきたいんだ」

 

言葉が震えて、視界が滲んだ。

それでも、言葉を止めたくなかった。

 

「運命に逆らうのは、たぶん無謀だと思う。でも、今の私には、それしかないから……」

「リン……」

 

ラミリスさんの表情は、切なげに歪んだ。

 

「アタシも、ずっと知ってたの。樹妖精王(ドリュアス・ロード)の運命は、何度も見てきた。どんなに強くなっても、結局は……同じだった。でも……」

 

その目が、静かに揺れていた。

 

「でも、リンに会って、話して、一緒に遊んで、笑って……アンタのこと、すごく大事になっちゃったのよ」

 

その言葉だけで、胸がぎゅっと締め付けられる。

 

「だから、もしリンが運命に抗いたいって言うなら……アタシは絶対に、背中を押す。だって、アンタが抗うって決めてくれたことが、アタシにとっても救いだから」

 

私は唇を噛んで、涙が止まらなかった。

 

「……ミリムとの修行も、本当はね……全然面白くなかったのよ。心配だったし、ヤキモチも焼いたし……!」

「えっ……そ、それは、ごめん……?」

「でも、アンタが“強くなりたい”って言ったから。だから我慢したの。見守るって決めたのよ!」

 

涙ぐみながら怒るラミリスさんに、私は思わず笑ってしまった。

 

「ありがとう……ほんとに、ありがとう……」

「リン」

 

ラミリスさんは私の隣にそっと寄り添って、私の頭をぽすんと撫でた。

 

「アタシはアンタの友達だから。どこまでも、ついてくよ。だから……もう、一人じゃないって思い出して」

「……うん」

 

私はその手に頭を預けながら、震える声で答えた。

 

「頑張るよ、私。絶対、負けない」

 

――この手が、まだ温かいうちに。

この心が、まだ燃えているうちに。

 

私は、生きる。

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