転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第三十一話

リンは天魔大戦に向けて、各地の土地の強化を始めることにした。

 

先見者(ミトオスモノ)、どうすれば土地を強化できるのかわかる?」

《解。各地に点在する大霊樹(ドリュアス)と同一化を行うことで、その土地の強化が可能です。しかし、具体的な方法については個体名ギィ・クリムゾンに確認し、彼の計画に沿うことを推奨します》

 

リンはその言葉に少し考え込んだ。やはり、ギィに助けを求める必要があるようだった。

 

(うーん、仕方ないか……)

 

水晶にギィの姿が映った瞬間、リンの胸に走ったのは、わずかに冷えた感情だった。

忘れようとしても、どうしても忘れられない言葉があった。

 

「面白そうな駒」

「飽きたら放るかもしれねぇ」

 

あの時、悔しさと怒りを抱えながらも、言い返せなかった自分がいた。今また、こうして彼に助けを求めようとしている。その事実が、彼女の中に小さな棘のように残っていた。

 

「ギィさん、土地の強化のことで相談したくて……どうしていいか分からなくて」

 

震えを抑え込んだ声でそう告げると、ギィは軽く笑ってみせた。彼にとっては、さして深刻でもない話題らしく、あくまで飄々とした調子だった。

 

『最初だけオレが同行してやる。あとは一人で回れ』

 

その一言に、リンの心が僅かに波立つ。どうしてそんなに当然のように、自分が「やれる」と思っているのか。彼女が今、どれほどの不安と葛藤を抱えながら歩いているのか――彼には分かっているのか、それとも。

 

「……分かった。お願いします」

 

呟くような返事と共に、リンは心の内に決意を込めていた。

駒なんかじゃないと、ちゃんと見せてやる。必ず。

 

ギィとともに訪れたのは、古い森だった。

霊気と魔素の入り混じった空気が静かに漂い、木々のざわめきがまるで生きているかのように感じられる。

その森の奥――ひときわ大きく聳える一本の樹が、彼女の視界に映り込んだ。

 

「この木が……」

 

思わず息を呑む。

見慣れた大霊樹(ドリュアス)とは異なるはずなのに、どこか懐かしさを覚えるような感覚。魂の底で共鳴するような、静かな震え。

 

「そうだ。お前が住んでいるあの大霊樹(ドリュアス)の分身のようなものだが、これも大霊樹(ドリュアス)だ。だが、こいつはこの土地の樹妖精(ドライアド)にとっても“本体”でもある。適当にやったらぶっ叩かれるぞ?」

 

ギィの皮肉を含んだ忠告に、リンは苦笑を返す。

 

「……わかってるよ」

 

その言葉と共に、彼女は手を差し伸べ、木肌にそっと触れた。

ぴりりとした魔素の反応。だが、拒絶はされていない。

目を閉じ、集中し、ゆっくりと魔素を流していく。

 

やがて、樹皮がほのかに光り始めた。

森が震えた。空気が揺れる。

だがそれは、恐れではなく祝福のような震動だった。

 

「……できた、と思う」

 

振り返れば、ギィが腕を組んで立っていた。

その目に宿る光は、ほんの少し――予想外の満足を示していた。

 

「悪くねぇ。やれるもんだな、お前」

 

その言葉に、リンの唇が微かに動く。

 

「当然だよ……駒だなんて言わせない」

 

まるで無意識のような反発の声だったが、ギィはそれに驚いたように眉を上げ、次の瞬間にはふっと口元を緩めた。

 

「へぇ、根に持ってたのか。けど、駒は駒だ。それでも動く駒なら、見ごたえはある」

「……いつか、盤面ごとひっくり返してやる」

 

強く、真っ直ぐな瞳。

その意志の強さに、ギィは挑発的に笑った。

 

「上等だな」

 

そのやり取りの中にある火花のような緊張と、それでもどこか確かに築かれつつある信頼。

リンの肩から、わずかに力が抜けていった。

 

会話の終わりを告げるように、森の奥から気配が近づいてきた。

姿を現したのは、数名の樹妖精(ドライアド)たち。

彼女たちはリンを見るやいなや、瞬時にひざをつき、恭しく頭を垂れた。

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)様……!」

「わっ、そんな畏まらないで!」

 

慌てて呼びかけるリンに、彼女たちは神聖さすら感じさせるまなざしを向けてくる。

 

「どうか……この森をお守りください」

 

その声は、信仰でも敬愛でもなく――願いだった。

守ってほしいという、純粋な祈り。

 

「もちろん。この森も、自然も、あなたたちも……守るよ。それが私の役目だから」

 

静かに、でも確かな声でそう告げる彼女の横顔を、ギィは無言で見つめていた。

そして肩をすくめ、小さく呟く。

 

「これでこの辺りは強化された。あとはお前が一人で回るんだ」

「……分かってるよ。ちゃんとやる。駒じゃなくて、私の意志で」

 

その言葉に、ギィの唇が僅かに上がった。

満足そうな、あるいは少しだけ嬉しそうな――そんな表情だった。

 

 

 

 

――そして数か月が経ち、リンはその間様々な地を訪れた。

土地の強化という任務は、肉体的にも精神的にも負担が大きい。だが、リンの足取りには迷いがなかった。それは、彼女が「駒」としてではなく、自分の意志で動いているという確信を胸に抱いているからだった。

 

そんなある日、リンは次の森にたどり着いた。

そこはこれまで訪れた場所とは異なる、独特な威圧感を持つ場所だった。広大な緑の海が広がり、空気は重厚で、豊かな生命の気配に満ちていた。

その空気を吸っただけで、リンの背筋が自然と伸びる。

 

「ここも……大霊樹(ドリュアス)があるはず……」

 

呟いた彼女の前に、まるでその言葉に応えるように一人の女性が現れた。

長く豊かな緑髪、透き通るような肌。気品と神秘を纏った姿は、まさしく森の守人と呼ぶにふさわしかった。

 

「お初にお目にかかります、樹妖精王(ドリュアス・ロード)様。私は樹妖精(ドライアド)のトレイニーと申します」

 

落ち着いた声と丁寧な一礼。だが、リンは肩に力が入るその呼び方に、どこか居心地の悪さを感じたのか、すぐに苦笑を返した。

 

「リンです。そんなに丁寧にされると、ちょっとくすぐったいです……」

 

彼女の返答にトレイニーの目がわずかに見開かれる。

しかし次の瞬間には、柔らかな微笑がその表情を彩った。

 

「リン様……。お会いできて光栄です」

 

二人の間に、穏やかな空気が流れる。

トレイニーの案内で、リンは森の奥へと足を進めていく。

道すがら、トレイニーはこの森について語ってくれた。

 

このジュラの大森林が竜種の一体、暴風竜ヴェルドラの庇護を受けていること。

自分たち樹妖精(ドライアド)がその力を借り、森を守り続けていること。

 

「ヴェルドラ様はこの森の守護者であり、私たちにとっては恩人です」

 

誇らしげな彼女の言葉に、リンは静かに頷いた。

この森に、そしてこの地に生きる者たちの思いを、彼女は確かに感じていた。

 

やがて、森の中心に辿り着く。

そこに聳え立っていたのは、今まで見たどの大霊樹(ドリュアス)よりも荘厳な樹だった。

その存在感に、リンは思わず息を呑む。

 

「こちらが、私の本体である大霊樹(ドリュアス)です」

 

トレイニーの言葉に頷きながら、リンはゆっくりと手を差し伸べた。

魔素を送り込む――それはもう、彼女にとって自然な動作だった。

 

魔素が樹へと流れ込むと、柔らかな光が広がり、森の空気が変わる。

風が囁き、草花が喜びに揺れ、命の気配が生き生きと輝き出す。

 

「……すごい……」

 

呟いたのは、トレイニーだった。

驚きと尊敬の色を湛えたその瞳が、リンを真っ直ぐに見つめていた。

 

「リン様……これほどの力をお持ちとは……」

「……そんな、大したことじゃ。私は、まだ修行中なんです」

 

謙遜するリンに対し、トレイニーは静かに首を振った。

 

「いいえ。あなたの力は、この森にとって希望です。……本当に、ありがとうございます」

 

そう言って、深く頭を下げるトレイニー。

リンは慌てて笑みを返した。

 

「こちらこそ、トレイニーさんがこの森を守ってるから、私もこうして力を貸せるんです。だから……また来ますね。きっと」

 

その言葉に、トレイニーもまた微笑み返した。

 

「はい、リン様。お待ちしております。……そして、どうかご無理はなさらぬよう」

 

その温かな声が、リンの胸の奥に染み入った。

 

森を後にしたリンは、空を仰いだ。

風が頬を撫でる。その感触に、彼女はふと目を細める。

かつてギィ・クリムゾンが言った言葉が、再び脳裏に蘇る。

 

「逆らう意思を見せる駒が一番おもしれぇ」

 

あれは嘲笑か、試練か。

だが――彼女は知っている。あの男は、ただの観察者ではない。

もし彼が本当に自分を「駒」と見ているのなら、自分はそれを破壊する。

 

この世界を、未来を、まるごと盤ごとひっくり返す――

そう、風が吹き抜ける先で、彼女は確かにそう願っている。

 

(私をただの駒だなんて、誰にも言わせない)

 

静かに、けれど強く。

リンはまた、次の空へと風に乗って駆けていく。

 

彼女はまだ止まらない。

その意志の先に、誰も知らない未来を刻むために。

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