転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第三十二話

魔素の流れが完全に落ち着いた頃、リンは大霊樹(ドリュアス)の根元に腰を下ろし、静かに目を閉じた。

 

ここしばらく、彼女は各地を巡り、樹妖精王(ドリュアス・ロード)として土地の強化を進めてきた。任務は過酷で、魔素の消耗は激しく、かつての彼女であればすぐにふらつき、座り込むほどの疲労に見舞われていたはずだろう。

 

だが、今のリンは違っていた。

 

「……なんか、変だな。全然疲れてない……」

 

独り言のように呟きながら、リンは自身の内に湧き上がる力を確かめる。体の奥底で渦巻く魔素が、以前の何倍にも膨れ上がっているような感覚。流れは滑らかで、余剰すら感じられるほどだ。

 

先見者(ミトオスモノ)、私、どうしてこんなに疲れないの?)

 

心の内で呼びかけると、すぐに冷静な応答が返ってきた。

 

《解。(マスター)の魔素量は、ユニークスキル風精(アネモネ)の獲得により従来比約三倍に増加。加えて、魔素消費効率の最適化により、活動時間が飛躍的に延長されています》

「……三倍……」

 

その数字に、リンは一瞬だけ呆然とした。自分が、知らぬ間にそれほどの変化を遂げていたという事実。今までは、大霊樹(ドリュアス)の庇護の下でようやく保っていたはずの力が、今や自立しても維持できるまでになっていた。

 

(……本当に、強くなってるんだ)

 

小さく、胸の奥でそう呟く。その実感は確かにあった。かつては抗うことすら恐れていた運命に、今は自分の足で立ち向かおうとしている。道の途中にはまだ不安も迷いもあるが、それでも一歩ずつ前に進めているのだ。

 

その時だった。

 

「リンー!」

 

空から届いた、元気いっぱいの声。鮮やかなピンクの光が風を裂き、勢いよく彼女の前に舞い降りる。

 

「やっと見つけたのだー!さあ、修行なのだっ!」

 

その声の主は、破壊と混沌の象徴、ミリム・ナーヴァ。

突如として現れた彼女に、リンは思わず苦笑を浮かべた。

 

「ミリム……急に来すぎ……」

「だって!ずーっとリンに会えなかったからなっ!今日は久々に修行なのだ!」

 

突然の申し出に戸惑いつつも、リンはふと、心の奥で何かが揺れるのを感じていた。

今なら――ほんの少しだけなら、届くかもしれない。

彼女はその想いを抱えたまま、小さく頷いた。

 

「……わかった。今日だけ、付き合うよ」

「よーしっ!なら競争なのだー!先に大霊樹(ドリュアス)に戻った方が勝ちだぞ!」

 

ミリムが勢いよく空へ飛び立つと、リンもまた風精(アネモネ)の力を引き出し、風に身を乗せる。風走(ふうそう)。風そのものとなって大気を滑るように、彼女の身体が一条の流線となって駆けた。

 

かつてはただ飛ぶだけで精一杯だったはずの飛行魔法。だが今や彼女は、暴走するミリムに一瞬とはいえ肉薄し、風を斬って空を割る速さで彼女の背に迫ることができた。

 

その一瞬。確かに彼女は、世界の頂点に立つ者の背に、指先を届かせたのだった――。

 

 

 

 

 

大霊樹(ドリュアス)の根へと辿り着いたリンとミリムは、異空間に転移していた。そこは、あらゆる干渉を遮断する訓練用の無機質な空間。空も大地も存在しない、ただ闘うための舞台。

 

「さあ、全力で来るのだ!リンがどれだけ成長したか、このミリム様が確かめてやるのだ!」

 

ミリムが拳を握りしめて宣言する。それに応えるように、リンは深く息を吸い込み、魔素を解き放った。

 

風精(アネモネ)による魔素の波は、柔らかく、それでいて研ぎ澄まされた鋭さを持っている。風走(ふうそう)で一気に距離を詰め、風刃(かぜば)を放つ。彼女の身体は風と一体化し、気流を操ってミリムの動きを読み、連撃を仕掛けた。

 

「おおっ、やるな!」

 

ミリムはそれを楽しげに受け止める。彼女は強者との戦いを心から楽しむ存在だ。そして今、その“強者”の兆しがリンから確かに感じ取れていた。

 

一撃、また一撃。リンは全力で攻め続けた。

その風が、空間に響くたびに研ぎ澄まされていく。やがて、その中の一閃が――

 

「っ……!」

 

ミリムの腕に、かすかに命中した。

一瞬の沈黙。次いで響いたのは、ミリムの笑い声だった。

 

「おおおっ!効いたのだ!今の、ちゃんと効いたのだーっ!」

「えっ……ほんのちょっとしか当たってないのに……!」

「それが凄いのだ!ワタシの結界、貫いたんだからな!リン、ホントに強くなったのだ!」

 

満面の笑みを浮かべてミリムが肩を叩く。その瞳に宿るのは驚きでも喜びでもない、“信頼”だった。

自分が認めた者にだけ向ける、まっすぐな眼差し。

リンはその視線を受け止め、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 

ミリムとの修行はその後もしばらく続いた。リンは限界まで風を纏い、攻撃の練度を高め、耐久力を試し――そして、気がつけば空に夕闇が広がっていた。

 

「今日はここまでなのだ!」

 

ミリムが手を振って合図する。

 

「……まだ、いける気がするけど」

「ダメなのだ!リンは強くなったけど、無理しすぎは禁物なのだ。だから、また今度な!」

 

名残惜しそうにそう言い残し、ミリムは空へと飛び立っていった。

その背中を見送りながら、リンはそっと拳を握りしめる。

 

(……届いた。あのミリムに、私の力が)

 

その確かな手応えと、胸に湧き上がる誇らしさに浸りながら、彼女はそっと呼びかけた。

 

(ラミリスさん……今、少し話してもいい?)

『リン?もちろんいいわよ!どうしたの?』

(あのね、今日、ミリムと修行したんだ。それで……少しだけだけど、彼女に攻撃が通ったの)

 

沈黙。すぐに、驚愕の声が念話を通して弾けた。

 

『ミリムに!?すごいじゃない!ほんとに!?ほんとにほんとに!?』

(うん……ほんの、かすった程度だけど。でも、ちゃんとミリムが反応してくれて……褒めてくれた)

『それ、めちゃくちゃすごいことよさ!アンタ、いつの間にそんなに……!』

 

ラミリスの声が、弾けるように喜びを帯びていた。それを聞いて、リンも自然と笑みを浮かべる。

 

(まだまだだけど……それでも、前よりずっと、強くなったって思えるの)

『思えるじゃなくて、なってるのよ!アンタはちゃんと努力して、魔素も増えて、スキルも使いこなせてる。それって――すごいことよ、リン』

 

その言葉は、リンの胸の奥に柔らかく降り積もった。嬉しい。信じてくれる人がいる。それが、どれだけの力になるか。

 

(ありがとう、ラミリスさん。私、もっと強くなる。天魔大戦に負けないくらいに)

『うん!その意気よ!アンタのこと、アタシずっと見てるからね!』

 

彼女の励ましが、風のように心を支えてくれた。

 

私はもう、ただ抗うだけの存在じゃない。

この手で風を生み出し、世界に新しい流れを作る。

 

自分の魔素で、意志で、風となる。

そう決意して、彼女は再び空を見上げた。

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