魔素の流れが完全に落ち着いた頃、リンは
ここしばらく、彼女は各地を巡り、
だが、今のリンは違っていた。
「……なんか、変だな。全然疲れてない……」
独り言のように呟きながら、リンは自身の内に湧き上がる力を確かめる。体の奥底で渦巻く魔素が、以前の何倍にも膨れ上がっているような感覚。流れは滑らかで、余剰すら感じられるほどだ。
(
心の内で呼びかけると、すぐに冷静な応答が返ってきた。
《解。
「……三倍……」
その数字に、リンは一瞬だけ呆然とした。自分が、知らぬ間にそれほどの変化を遂げていたという事実。今までは、
(……本当に、強くなってるんだ)
小さく、胸の奥でそう呟く。その実感は確かにあった。かつては抗うことすら恐れていた運命に、今は自分の足で立ち向かおうとしている。道の途中にはまだ不安も迷いもあるが、それでも一歩ずつ前に進めているのだ。
その時だった。
「リンー!」
空から届いた、元気いっぱいの声。鮮やかなピンクの光が風を裂き、勢いよく彼女の前に舞い降りる。
「やっと見つけたのだー!さあ、修行なのだっ!」
その声の主は、破壊と混沌の象徴、ミリム・ナーヴァ。
突如として現れた彼女に、リンは思わず苦笑を浮かべた。
「ミリム……急に来すぎ……」
「だって!ずーっとリンに会えなかったからなっ!今日は久々に修行なのだ!」
突然の申し出に戸惑いつつも、リンはふと、心の奥で何かが揺れるのを感じていた。
今なら――ほんの少しだけなら、届くかもしれない。
彼女はその想いを抱えたまま、小さく頷いた。
「……わかった。今日だけ、付き合うよ」
「よーしっ!なら競争なのだー!先に
ミリムが勢いよく空へ飛び立つと、リンもまた
かつてはただ飛ぶだけで精一杯だったはずの飛行魔法。だが今や彼女は、暴走するミリムに一瞬とはいえ肉薄し、風を斬って空を割る速さで彼女の背に迫ることができた。
その一瞬。確かに彼女は、世界の頂点に立つ者の背に、指先を届かせたのだった――。
「さあ、全力で来るのだ!リンがどれだけ成長したか、このミリム様が確かめてやるのだ!」
ミリムが拳を握りしめて宣言する。それに応えるように、リンは深く息を吸い込み、魔素を解き放った。
「おおっ、やるな!」
ミリムはそれを楽しげに受け止める。彼女は強者との戦いを心から楽しむ存在だ。そして今、その“強者”の兆しがリンから確かに感じ取れていた。
一撃、また一撃。リンは全力で攻め続けた。
その風が、空間に響くたびに研ぎ澄まされていく。やがて、その中の一閃が――
「っ……!」
ミリムの腕に、かすかに命中した。
一瞬の沈黙。次いで響いたのは、ミリムの笑い声だった。
「おおおっ!効いたのだ!今の、ちゃんと効いたのだーっ!」
「えっ……ほんのちょっとしか当たってないのに……!」
「それが凄いのだ!ワタシの結界、貫いたんだからな!リン、ホントに強くなったのだ!」
満面の笑みを浮かべてミリムが肩を叩く。その瞳に宿るのは驚きでも喜びでもない、“信頼”だった。
自分が認めた者にだけ向ける、まっすぐな眼差し。
リンはその視線を受け止め、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ミリムとの修行はその後もしばらく続いた。リンは限界まで風を纏い、攻撃の練度を高め、耐久力を試し――そして、気がつけば空に夕闇が広がっていた。
「今日はここまでなのだ!」
ミリムが手を振って合図する。
「……まだ、いける気がするけど」
「ダメなのだ!リンは強くなったけど、無理しすぎは禁物なのだ。だから、また今度な!」
名残惜しそうにそう言い残し、ミリムは空へと飛び立っていった。
その背中を見送りながら、リンはそっと拳を握りしめる。
(……届いた。あのミリムに、私の力が)
その確かな手応えと、胸に湧き上がる誇らしさに浸りながら、彼女はそっと呼びかけた。
(ラミリスさん……今、少し話してもいい?)
『リン?もちろんいいわよ!どうしたの?』
(あのね、今日、ミリムと修行したんだ。それで……少しだけだけど、彼女に攻撃が通ったの)
沈黙。すぐに、驚愕の声が念話を通して弾けた。
『ミリムに!?すごいじゃない!ほんとに!?ほんとにほんとに!?』
(うん……ほんの、かすった程度だけど。でも、ちゃんとミリムが反応してくれて……褒めてくれた)
『それ、めちゃくちゃすごいことよさ!アンタ、いつの間にそんなに……!』
ラミリスの声が、弾けるように喜びを帯びていた。それを聞いて、リンも自然と笑みを浮かべる。
(まだまだだけど……それでも、前よりずっと、強くなったって思えるの)
『思えるじゃなくて、なってるのよ!アンタはちゃんと努力して、魔素も増えて、スキルも使いこなせてる。それって――すごいことよ、リン』
その言葉は、リンの胸の奥に柔らかく降り積もった。嬉しい。信じてくれる人がいる。それが、どれだけの力になるか。
(ありがとう、ラミリスさん。私、もっと強くなる。天魔大戦に負けないくらいに)
『うん!その意気よ!アンタのこと、アタシずっと見てるからね!』
彼女の励ましが、風のように心を支えてくれた。
私はもう、ただ抗うだけの存在じゃない。
この手で風を生み出し、世界に新しい流れを作る。
自分の魔素で、意志で、風となる。
そう決意して、彼女は再び空を見上げた。