転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第三十五話

大霊樹(ドリュアス)の中は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。

だけど、心は落ち着いていなかった。ジスターヴ、ドワルゴンと各地を巡り、土地を強化して――ようやく戻ってきた、私の居場所。なのに、安心よりも、張りつめていたものがふっと抜けて、心の奥から疲労がじわじわと湧き出してくる。

 

「……少しだけ、休もう」

 

私は大霊樹(ドリュアス)の中でも特に魔素の流れが安定してる“お気に入りの場所”に腰を下ろして、横になった。地面も木の幹も柔らかくて、少し手を添えただけでぬくもりが返ってくる。この木と、私の命は繋がってる。そのことが、妙に心強かった。

 

……でも。

 

(ギィさん……)

 

思い出すのは、あの言葉。

 

  ――「駒は駒だ」

 

私のことを“面白そうな駒”って言った。あの時は、悔しかった。許せなかった。だけど。

 

(結局、私はまた……ギィさんに頼ってる)

 

悔しいけど、彼の言葉はいつも私の行動を後押ししてくれる。ジスターヴでの“霧のような何か”の気配を振り払えたのも、ドワルゴンで“強さ”を証明できたのも――どこかで、あの人に「見られている」って意識があったから。

 

「私、変わろうとしてるのに……まだギィさんに引っ張られてばっかりだな……」

 

小さく呟いたその時だった。

 

《告。個体名ギィ・クリムゾンが大霊樹(ドリュアス)の中に侵入しました》

「……はっ!?!?」

 

耳に届いたのは、先見者(ミトオスモノ)の無機質な声。それが意味することを理解した瞬間、私は文字通り跳ね起きていた。

ギィさん、来たの!?ここに!?

 

「うそ、何で今!?しかも直接!?水晶での通信じゃなくて!?」

 

一気に顔が熱くなる。寝顔とか、油断してるところとか、そういうの見られるなんて最悪!とにかく姿を整えなきゃ!と慌てて身を翻したその瞬間、背後から気配が――

 

「何逃げてんだ?」

「ひゃっ……!」

 

肩をがっしり掴まれ、そのまま振り向かされる。そこにいたのは、涼しい目元に皮肉っぽい笑みを浮かべた、あの人だった。

 

「い、いや、つい反射的に……!」

「逃げる理由なんかあるのか?」

 

静かに、でも逃がさない声で言われて、私は観念するしかなかった。というか、なんでこの人、そんな無音で背後に現れるの!? 心臓に悪い!心臓ないけど!ていうか距離近ッ!!

 

「ない……です……」

 

そう、別に後ろめたいことなんてない。……ないんだけどさ。

ギィさんに振り回されて、最近ずっと、なんか悔しい思いしてて。

でも結局、こうしてまた頼ってる自分が、ちょっと悔しいっていうか、情けないっていうか……。

視線を逸らしながら答えると、ギィさんはくくっと喉を鳴らして笑い、私を一歩後ろに引き戻した。向き合わせたまま、じっと私の顔を見る。

 

「まあ、いいさ。気まぐれで来ただけだ」

「気まぐれで、私の寝込みを襲撃しに……?」

「ははっ、面白い反応するな、お前。悪くない」

 

くそ、また“面白がられた”。

その言葉が地味に心に刺さる。だけど――前ほどの怒りじゃない。ただ、ちょっとムッとしてるだけ。

 

「お前、分身体に魔素を与えて、本体で土地の強化に回ってるんだろ?」

「う、うん。だって、本体のほうが強いし、安心できるから……」

「逆だって言ってんだよ。最初の一回はオレが同行してたからそれでよかったが、本来なら本体はここに置いて、分身体を使って土地を巡るべきだ。魔素の管理的にも、効率的にもな」

「……そうだったんだ……」

 

バカみたいに魔素を消費して、土地を巡って、本体で直接動いて……私、ずっと逆をやってたのか。もう、顔から火が出そう。穴があったら大霊樹(ドリュアス)ごと埋まりたい。

 

「でも……分身体じゃ、ちょっと心配で……」

 

ぼそっと言い訳めいた言葉をこぼすと、ギィはやれやれって顔で軽く頭を抱えた。

 

「ったく……真面目すぎんだよ、お前は」

 

そのまま、私の髪に手を伸ばしてきた。

 

「ん、今日の髪もいい手触りだな」

「また……!ギィさんって、私の髪で遊びすぎ……!」

 

文句のつもりだったけど、抑揚が抜けて、どこか間抜けな声になった。

ギィさんはそのまま私の髪に指を絡めながら、勝手に三つ編みを作り始めてる。

 

「編みやすい髪してんだよ、お前」

「人の髪で遊ばないでよっ」

「じゃあ交換条件で、好きなこと一つだけ聞いてやる。何か頼みたいことでもあるか?」

 

言われて、すぐには答えられなかった。

お願いしたいこと……本当はあった。ギィさんに鍛えてほしい、とか。でも。

 

(……あの人の顔が浮かんじゃった……)

 

――ヴェルザードさん。

冷たい深海色の目が、氷みたいに私を射抜いたあの日の記憶。忘れられるわけがない。

 

「うーん……じゃあ、私もギィさんの髪、触ってみたいな」

「……は?」

 

一瞬、時が止まった。ギィの顔に珍しく「え?」って感情が出てる。

でもそれもすぐに崩れて、彼は肩を揺らして笑い始めた。

 

「はははっ!オレの髪で遊びたい?そんなこと言われたの初めてだな!」

 

まさかの大爆笑。

でも、こっちは真剣なんですけど!?

 

「だって……さっきから、ずっと私の髪いじってたじゃん……」

 

視線を合わせると、ギィはくいっと口角を上げた。

 

「いいぜ、遊びたきゃ好きにしろ」

 

一瞬、本当にいいのか戸惑ったけど、勇気を出して手を伸ばした。

 

(ギィさんの髪……思ったより柔らかい)

 

見た目は硬そうな深紅の髪。炎を思わせるあの鮮烈な色。なのに、指を通せばしなやかに揺れて、ほのかに温かい。

 

「ギィさん、意外と髪、ちゃんと手入れしてるんだね……」

 

つい口にしたら、ギィさんは薄く笑って私を見下ろした。

 

「当然だろ。誰に見せるつもりはなくても、身嗜みは大事だ。お前だって、似合う髪型のひとつやふたつ覚えとけよ」

「そ、そんなこと言って……髪いじるの好きなだけでしょ」

 

ぼそっと呟いたら、ギィの指が私の前髪をくしゃっと撫でた。

 

「バレたか」

 

軽い声で笑われて、ちょっとだけむっとした。だけど、その軽さが――ずるい。

なんだかんだで、こうして私を気にかけてくれてる。

……そう思いたいけど。

 

(……いや、違うよね。私が“面白い駒”だからだ)

 

前に言われた。面白そうな駒。飽きたら放る。

そう言ったギィさんの声、今でも耳にこびりついてる。

 

「くすぐってぇよ」

「もうちょっとだけ、我慢して」

 

これはただの遊びじゃない。

私にとっては、“存在を認めさせる”儀式みたいなものだった。

ギィさんにいじられるばっかりじゃ、私が私である意味がない。

私は、誰かの駒じゃない。ちゃんと、ここに“在る”。

 

「ギィさん、髪で遊びたいって言われたの初めてなの?」

「そうだな、お前が初めてだ」

 

そう言われて、胸の奥がちょっとだけ、あったかくなった。

でもその分、頭の中に、あの冷たい視線が蘇った。

 

(……ヴェルザードさん、怒らないかな……)

 

そう思った瞬間、私はギィの腕を掴んで、必死にお願いしていた。

 

「……このこと、ヴェルザードさんには内緒にしてもらえない?」

 

ギィは一瞬きょとんとした顔で、私を見た。

でも、すぐにいつものように口元を引き締めて、言った。

 

「何でだ?」

「……えっと、その……」

「聞くのは一つだけだぞ」

「じゃ、じゃあ!私もギィさんのお願い一個聞くので、ギィさんも聞いて!」

 

ほぼ反射で言ってた。条件反射ってやつだ。

ギィはふっと笑って、目を細めた。

 

「必死だな……まあ、いいぜ。秘密にしてやるよ」

 

その一言で、胸が軽くなった。

でも、代わりにギィさんから出てきた言葉は――

 

「またオレの城に来い」

「……え?」

 

こ、交換条件がそれ……!?

よりによって、ヴェルザードさんのいるあの城!?

 

「な、なんで……?」

「ただの息抜きみたいなもんだ。お前もたまには、そういう時間が必要だろ?」

「ででででも、ヴェルザードさんが……」

「何怯えてんだ。あいつ、そんなに怖いか?」

「……すっごく、怖い」

 

正直、ヴェルザードさんの視線は刺さる。凍る。あの氷のような瞳を思い出すだけで、心が凍りつきそうになる。

 

「前にギィさんの城で会ったとき、明らかに私のこと……“邪魔者”みたいに見てた気がして……」

「そうか。ま、否定はしねぇけどな」

 

ギィさんが小さく笑った。でも、そこに軽薄さはなくて――どこか真面目な響きがあった。

 

「ヴェルザードは、オレにとって長い付き合いの相棒みたいなもんだ。信頼はしてるが、それ以上でも以下でもねぇ」

「それでも……私、やっぱり気にしちゃって……」

「気にすんな。アイツが何か言ってきたら、オレがどうにかする」

 

その言葉は、ひどく簡潔で、でも妙に頼もしかった。

ギィさんは続けて、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「……それに、ヴェルザードが何か言う前に、お前が泣きついてくる方が早そうだしな?」

「泣かないし!!」

 

反射で叫んだ。顔が真っ赤になるのが分かる。でも、ギィさんはそれを見て楽しそうに笑っただけ。

そうしてるうちに、また彼の指が、私の髪にふれてきた。

 

「じゃあ今度はオレの番な」

「えっ、また!? さっき遊んだじゃん!」

「今度は“飾る”んだよ」

 

不意打ち。こっちが遊ばせてもらったと思ったら、即カウンター。

さっき編んでもらった三つ編みをほどかれ、今度はサイドを編み込まれ始めていた。

 

「ちょ、ギィさん!?なんでそんなに手慣れてるの!?どこで覚えたの!?誰にやってあげてたの!?」

「誰にも。お前が初めてだ」

(……いや、絶対そうやって“面白いリアクション”狙ってるだけでしょ……)

 

ギィさんは私の驚いた顔を見て、愉快そうに目を細めた。

……やっぱり、そうだよ。私は、ギィさんにとって“面白い駒”で、“玩具”なんだ。

 

飽きるまでは、構ってくれる。

でも、飽きたら――きっと、あっさり手放される。

 

(そう思うと、ちょっと……怖いな)

 

ギィさんの指が、器用に髪をまとめていく。編み込みはやっぱり見事だった。前にもやってもらったけど、今日の方がもっと丁寧で、私の輪郭に沿って綺麗に収まってる。

 

「でも、これ誰に見せる用なの……?」

「お前が“駒”じゃなくなったときのため、だな」

 

その言葉が、刺さった。

 

「……まだ、私は“駒”なんだね」

「おう。面白い動きをする駒。飽きられてないってだけ、ありがたく思えよ?」

 

その軽口に、私は少しだけ目を細めた。

 

「私は誰かのゲームのために動かされるだけの存在じゃない。“私の意思で”動いてるってこと、ちゃんと見ててよ」

 

ギィさんはほんの一瞬、黙って私の顔を見て――

 

「……いい目してるな」

 

とだけ、呟いた。

その一言に、なんだか胸がぎゅっとなった。

嬉しくて、悔しくて、でもやっぱり……ちょっと誇らしかった。

 

「次にお前がオレの城に来たときは、もっと飾ってやる」

「……え、それって罰ゲーム?」

「いや。お前に似合う飾りが、きっとあると思うだけだ」

 

真顔でそんなこと言うから、どう反応していいか分からなくて、私は言葉に詰まった。

 

だけど、どこか心が温かかった。

この人は、私を“駒”と呼ぶけど、私を“見て”くれている。

ただ弄ぶだけじゃなくて、私がどう変わっていくかを、どこかで楽しみにしてる。

そう思えたからこそ、私は言えた。

 

「ギィさん。……ありがとう」

 

ギィさんはひらひらと手を振りながら立ち上がった。

 

「また来るぜ。そん時は、覚悟しとけよ」

 

そう言って、ギィさんは大霊樹(ドリュアス)の中からふわりと消えていった。

残された私は、丁寧に編まれた自分の髪をそっと触りながら――

 

(……やっぱり、私は“駒”なんかじゃない)

 

心の奥で、そっと誓った。

 

この髪を、意思の象徴に変えてやる。誰かに飾られるだけじゃない、私自身の力で。

盤面ごと、全部――塗り替えてやるんだから。




書いてて楽しかった。ヴェルザードさんにバレたら大変です。
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