転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第三十六話

「ふぁぁ……」

 

ひとつ、大きな欠伸。私は大霊樹(ドリュアス)の中で、いつもの定位置に身体を預けていた。幹のくぼみにぴったり収まるこの場所は、柔らかくて、安心できて、そして――ちょっとだけ、怠け心をくすぐってくる。

 

(……今日くらい、少し楽してもいいよね?)

 

昨日のギィさんの言葉が、まだ頭の中に残ってる。正論だけど、ちょっとズルい。理屈で押し切るくせに、最後は「甘やかし」でごまかすんだから。

 

(でも、確かに分身体を使えば効率はいいし……)

 

今日は試してみるって決めてた。本体はここに残って、分身体に土地の強化を任せる。それだけのことなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。

 

先見者(ミトオスモノ)。分身体の準備は?)

《解。魔素の流れ、精神リンクともに正常。(マスター)の意志を反映した分身体は、任意の命令に従って行動可能です》

(……よし)

 

深呼吸。意識を整えて、魔素を練る。感覚を、肉体からそっと切り離して――

そして目の前に現れたのは、もう一人の「私」。寸分違わぬ姿、同じ表情、同じ気配。

 

「よろしくね。……頼んだよ」

 

分身体はこくりと頷き、大霊樹(ドリュアス)の幹にそっと手を添えた。瞬間、魔素の波が優しく共鳴し、ふわりと風が舞うように――分身体は同一化を完了させ、そのまま軽やかに宙へと舞い上がった。まるで滑るように外の空へ飛び立っていく。

 

(……行っちゃった)

 

すぅっと胸の奥が空っぽになるような、不思議な感覚。まるで、自分の影がひとりで歩いていくのを見送っているようで、ちょっと切ない。

 

「でも、これが“効率”なんだよね」

 

口に出してみても、なんとなく空々しく響くだけだった。ごろんと寝転び、近くの枝から果実をひとつもいで、口に放る。

 

「ん、甘い……」

 

けど――。

 

(ほんとに、これでいいのかな)

 

また同じ問いが頭をよぎる。大丈夫。分身体は完璧に動いてる。感覚も共有してる。だけど、任せたはずなのに、指先がそわそわしてる。胸が、ざわざわする。

 

「はぁ……落ち着かない……」

 

しばらく寝転んでいようとしたのに、すぐに立ち上がってうろうろし始めてしまった。分身体の感覚を確認して、魔素の流れをチェックして、同一化の進行度を見て……でも、それでも不安は拭えない。

 

そのとき、ふっと分身体の魔素残量が減っているのを感じた。予定通り。想定の範囲。でも、その事実が、逆に決断を後押ししてきた。

 

(……やっぱり、自分の目で見ないと。うん、私が行こう)

 

分身体の動きを止め、魔素を回収。自身に戻ってくる魔素の流れを感じながら、拳をぎゅっと握る。

 

(ギィさんに怒られるだろうなあ……)

 

でも、決めたことだった。心配だから、やっぱり自分でやりたいって気持ちに嘘はつけなかった。

少しだけ開き直って、水晶に魔素を流し込む。青白い光の中に、あの赤い瞳が浮かび上がった。

 

『で?』

 

開口一番、それ。

 

「……次から、やっぱり本体で動くことにした」

『だと思ったよ』

 

ノータイム。もう、予知能力でもあるんじゃないかってくらいの即答だった。

 

『お前って本当、従わねぇよな』

「……でも、分身体の運用方法とか、共有感覚とか、ちゃんと確認したし」

『だったら……まあ、危険なときは分身体使うと約束しろ』

「……うん。約束する」

 

その声は、呆れたようでいて、どこかほんの少しだけ優しかった。ああ、この人、やっぱり私のこと分かってるんだなって。

 

『で、忘れるなよ? またオレの城に来るんだ』

 

その一言で、全身が一気にこわばった。

 

「……ええ〜……行かないとだめ?」

『ああ。オレとの約束だろ』

(あの氷の女王様がいるのに……!)

 

もう一回、あの冷たい視線を浴びるのかと思うと、背筋が寒くなる。でも、断れないのは分かってる。

 

「……うん、わかった」

 

通信が切れる。ふう、と息を吐いた。

 

(よし、じゃあ次の土地に向かおう)

 

本体で、自分の足で、この世界に魔素を流す。そうやって、一歩ずつ、確かめるように進んでいく。

 

(誰かの命令じゃない。これは、私の意思)

 

もう一度、大霊樹(ドリュアス)の幹に触れて、静かに願った。

 

(どうか、この世界が少しでも長く、穏やかでありますように)

 

風が、そっと葉を揺らした。その音が、まるで「行ってらっしゃい」と言ってくれてるようで、私は小さく笑って、空へと跳び上がった――。

 

 

 

 

 

空を滑る風が、頬を撫でていく。風精(アネモネ)の力を使って、私は次の土地へと向かっていた。本体でこうして飛ぶのは久しぶりだったけど、不思議と疲れはなかった。

 

(やっぱり、こっちの方が落ち着くな……)

 

足元を駆け抜ける森、流れる雲の影。全部が、自分の感覚として届いてくるのが嬉しかった。土地を“自分の手”で強化していく――それは、私が“ここにいる”って実感できる時間だった。

 

(さて、次の大霊樹(ドリュアス)は……)

 

そう思っていた、その時。

 

「リンー!なにしてんのー!」

 

耳に飛び込んできたのは、甲高くて、元気いっぱいな声。空の向こうから、光のように飛んできたその存在――

 

「ラミリスさん!」

 

私は嬉しさに声を弾ませながら、ラミリスさんに手を振った。

ラミリスさんは私の前にひょいっと降り立ち、腕組みしてふふんと笑った。

 

「まったく、やっぱりリンは自分で動かなきゃダメなんだね」

「え、見てたの……?」

「見てたよー!様子はちょこちょこ確認してたもん!」

 

ラミリスさん、やっぱり抜け目ない。私は思わず苦笑いしながら、小さく肩をすくめた。

 

「まあ……結局、自分で動くことにしたから……」

「うんうん、それでこそリンだねっ!」

 

そう言って、ラミリスさんはぐっと親指を立てる。ほんと、この人がそばにいてくれるだけで、ちょっと気持ちが楽になる。

 

「でも、次の大霊樹(ドリュアス)がなかなか見つからなくて……。感覚が、ちょっと鈍ってるかも」

「じゃあ、アタシが探してあげる!」

 

そう言って、彼女はぱっと空に舞い上がる。光の羽がひらめき、周囲の魔素を吸い上げるようにして広がっていった。

 

(あ、これ好きなやつ……)

 

ラミリスさんが魔素を探るときの、この静かな集中……少しだけ神秘的で、いつもと違う表情になるのがなんだか見とれてしまう。

 

「……あっち!」

 

指差した方向に、私は即座に反応した。

 

「ありがとう、ラミリスさん!」

 

私たちは風をまとって、空を駆ける。二人並んで飛ぶのは久しぶりで、思わず顔が緩んでしまった。

 

「ねぇラミリスさん。なんで手伝ってくれるの?」

「ん? そりゃあ、アンタがちゃんと“世界のために”動いてるからでしょ!」

 

あっけらかんとしたその答えに、私は一瞬だけ言葉を失った。けど――嬉しかった。ちゃんと、見てくれてるんだなって。

 

「……ありがとう」

「ふふん、もっと感謝していいよ〜?」

 

そうしてたどり着いた先に、次の大霊樹(ドリュアス)があった。ラミリスさんの言った通り、立派な幹と枝葉を広げた木が、静かに魔素をたたえていた。

 

(今度も、私の魔素を流して、この土地を強くする)

 

幹に手を当てて、私は深く息を吸った。

 

「行くよ、大霊樹(ドリュアス)……」

 

魔素が脈動し、流れていく。土地に染み込んで、命を育む力へと変わっていく。この感覚――私は好きだ。自然と一つになれるこの瞬間が。

 

「おー……やっぱ、すごいわ……」

 

ラミリスさんが後ろから感心したように呟く。私の魔素が土地に浸透していくさまを、目を輝かせて見ていた。

 

「こうやって、ひとつひとつ回って……少しでも、この世界を守れるように」

「リン……」

 

ふと、ラミリスさんの声が静かになった。私は振り返り、彼女の瞳を見つめた。

 

「無理、しすぎないでよ?」

「……うん」

 

心の奥に、ふっとあたたかい風が吹いたような気がした。

 

「でもね、ラミリスさんがいてくれると、全然平気だよ」

「ふふっ、でしょ?」

 

そう言って、ラミリスさんはふわっと笑った。

 

(……ギィさんには内緒にしとこ。私、今ちょっと、楽しいから)

「よーし!次の大霊樹(ドリュアス)も探しに行くぞ、リン!」

「うん!」

 

ラミリスさんが軽やかに空へと舞い上がる。私はその後を追いながら、胸の奥に小さな決意を灯した。

この力を、次へ。まだ守れていない場所が、きっとあるから。

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