「ふぁぁ……」
ひとつ、大きな欠伸。私は
(……今日くらい、少し楽してもいいよね?)
昨日のギィさんの言葉が、まだ頭の中に残ってる。正論だけど、ちょっとズルい。理屈で押し切るくせに、最後は「甘やかし」でごまかすんだから。
(でも、確かに分身体を使えば効率はいいし……)
今日は試してみるって決めてた。本体はここに残って、分身体に土地の強化を任せる。それだけのことなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
(
《解。魔素の流れ、精神リンクともに正常。
(……よし)
深呼吸。意識を整えて、魔素を練る。感覚を、肉体からそっと切り離して――
そして目の前に現れたのは、もう一人の「私」。寸分違わぬ姿、同じ表情、同じ気配。
「よろしくね。……頼んだよ」
分身体はこくりと頷き、
(……行っちゃった)
すぅっと胸の奥が空っぽになるような、不思議な感覚。まるで、自分の影がひとりで歩いていくのを見送っているようで、ちょっと切ない。
「でも、これが“効率”なんだよね」
口に出してみても、なんとなく空々しく響くだけだった。ごろんと寝転び、近くの枝から果実をひとつもいで、口に放る。
「ん、甘い……」
けど――。
(ほんとに、これでいいのかな)
また同じ問いが頭をよぎる。大丈夫。分身体は完璧に動いてる。感覚も共有してる。だけど、任せたはずなのに、指先がそわそわしてる。胸が、ざわざわする。
「はぁ……落ち着かない……」
しばらく寝転んでいようとしたのに、すぐに立ち上がってうろうろし始めてしまった。分身体の感覚を確認して、魔素の流れをチェックして、同一化の進行度を見て……でも、それでも不安は拭えない。
そのとき、ふっと分身体の魔素残量が減っているのを感じた。予定通り。想定の範囲。でも、その事実が、逆に決断を後押ししてきた。
(……やっぱり、自分の目で見ないと。うん、私が行こう)
分身体の動きを止め、魔素を回収。自身に戻ってくる魔素の流れを感じながら、拳をぎゅっと握る。
(ギィさんに怒られるだろうなあ……)
でも、決めたことだった。心配だから、やっぱり自分でやりたいって気持ちに嘘はつけなかった。
少しだけ開き直って、水晶に魔素を流し込む。青白い光の中に、あの赤い瞳が浮かび上がった。
『で?』
開口一番、それ。
「……次から、やっぱり本体で動くことにした」
『だと思ったよ』
ノータイム。もう、予知能力でもあるんじゃないかってくらいの即答だった。
『お前って本当、従わねぇよな』
「……でも、分身体の運用方法とか、共有感覚とか、ちゃんと確認したし」
『だったら……まあ、危険なときは分身体使うと約束しろ』
「……うん。約束する」
その声は、呆れたようでいて、どこかほんの少しだけ優しかった。ああ、この人、やっぱり私のこと分かってるんだなって。
『で、忘れるなよ? またオレの城に来るんだ』
その一言で、全身が一気にこわばった。
「……ええ〜……行かないとだめ?」
『ああ。オレとの約束だろ』
(あの氷の女王様がいるのに……!)
もう一回、あの冷たい視線を浴びるのかと思うと、背筋が寒くなる。でも、断れないのは分かってる。
「……うん、わかった」
通信が切れる。ふう、と息を吐いた。
(よし、じゃあ次の土地に向かおう)
本体で、自分の足で、この世界に魔素を流す。そうやって、一歩ずつ、確かめるように進んでいく。
(誰かの命令じゃない。これは、私の意思)
もう一度、
(どうか、この世界が少しでも長く、穏やかでありますように)
風が、そっと葉を揺らした。その音が、まるで「行ってらっしゃい」と言ってくれてるようで、私は小さく笑って、空へと跳び上がった――。
空を滑る風が、頬を撫でていく。
(やっぱり、こっちの方が落ち着くな……)
足元を駆け抜ける森、流れる雲の影。全部が、自分の感覚として届いてくるのが嬉しかった。土地を“自分の手”で強化していく――それは、私が“ここにいる”って実感できる時間だった。
(さて、次の
そう思っていた、その時。
「リンー!なにしてんのー!」
耳に飛び込んできたのは、甲高くて、元気いっぱいな声。空の向こうから、光のように飛んできたその存在――
「ラミリスさん!」
私は嬉しさに声を弾ませながら、ラミリスさんに手を振った。
ラミリスさんは私の前にひょいっと降り立ち、腕組みしてふふんと笑った。
「まったく、やっぱりリンは自分で動かなきゃダメなんだね」
「え、見てたの……?」
「見てたよー!様子はちょこちょこ確認してたもん!」
ラミリスさん、やっぱり抜け目ない。私は思わず苦笑いしながら、小さく肩をすくめた。
「まあ……結局、自分で動くことにしたから……」
「うんうん、それでこそリンだねっ!」
そう言って、ラミリスさんはぐっと親指を立てる。ほんと、この人がそばにいてくれるだけで、ちょっと気持ちが楽になる。
「でも、次の
「じゃあ、アタシが探してあげる!」
そう言って、彼女はぱっと空に舞い上がる。光の羽がひらめき、周囲の魔素を吸い上げるようにして広がっていった。
(あ、これ好きなやつ……)
ラミリスさんが魔素を探るときの、この静かな集中……少しだけ神秘的で、いつもと違う表情になるのがなんだか見とれてしまう。
「……あっち!」
指差した方向に、私は即座に反応した。
「ありがとう、ラミリスさん!」
私たちは風をまとって、空を駆ける。二人並んで飛ぶのは久しぶりで、思わず顔が緩んでしまった。
「ねぇラミリスさん。なんで手伝ってくれるの?」
「ん? そりゃあ、アンタがちゃんと“世界のために”動いてるからでしょ!」
あっけらかんとしたその答えに、私は一瞬だけ言葉を失った。けど――嬉しかった。ちゃんと、見てくれてるんだなって。
「……ありがとう」
「ふふん、もっと感謝していいよ〜?」
そうしてたどり着いた先に、次の
(今度も、私の魔素を流して、この土地を強くする)
幹に手を当てて、私は深く息を吸った。
「行くよ、
魔素が脈動し、流れていく。土地に染み込んで、命を育む力へと変わっていく。この感覚――私は好きだ。自然と一つになれるこの瞬間が。
「おー……やっぱ、すごいわ……」
ラミリスさんが後ろから感心したように呟く。私の魔素が土地に浸透していくさまを、目を輝かせて見ていた。
「こうやって、ひとつひとつ回って……少しでも、この世界を守れるように」
「リン……」
ふと、ラミリスさんの声が静かになった。私は振り返り、彼女の瞳を見つめた。
「無理、しすぎないでよ?」
「……うん」
心の奥に、ふっとあたたかい風が吹いたような気がした。
「でもね、ラミリスさんがいてくれると、全然平気だよ」
「ふふっ、でしょ?」
そう言って、ラミリスさんはふわっと笑った。
(……ギィさんには内緒にしとこ。私、今ちょっと、楽しいから)
「よーし!次の
「うん!」
ラミリスさんが軽やかに空へと舞い上がる。私はその後を追いながら、胸の奥に小さな決意を灯した。
この力を、次へ。まだ守れていない場所が、きっとあるから。