転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第三十七話

「ほんとに……王宮の中なの?」

 

私の声は、自分でもわかるくらい、微妙に震えていた。

目の前には、白い石造りの高い壁。その向こうにあるのが、ファルムス王国の中心――王宮だ。

 

「うん、間違いない!大霊樹(ドリュアス)の気配、あそこからびしびし来てるもん!」

 

胸を張るラミリスさんの笑顔が、こんなときだけ頼もしく見える。

でも……。

 

(なんでよりによって、王宮なんだろ……)

 

大霊樹(ドリュアス)の気配が王宮のど真ん中にあるなんて、正直、予想外だった。外壁の魔力障壁は厚く、兵士の巡回もきっちりしている。交渉じゃまず通してもらえない。だから、ラミリスさんの提案は――

 

「忍び込むしかないよね!」

「えええ……」

 

私、今、忍び込むの!? って思ったけど、彼女の目は本気だった。

その“本気”を前に、私だけ弱気にはなれなかった。

 

「……わかった。行こう」

 

小さく頷いて、ふたりで空を滑る。

風をまとって、私たちは王宮の外壁へと近づいた。幸い、今は夜。月の光に照らされた白壁を、影のようにすり抜ける。

 

ラミリスさんの飛行は、本当に静かで速い。私も風走(ふうそう)で追いつくのがやっとだった。

 

(緊張してる……魔素がうまく操れない……)

 

でも、進まなきゃ。大霊樹(ドリュアス)を見つけて、土地を強化する。それは、天魔大戦の準備で絶対に外せないことだから。

 

ラミリスさんの小さな背中が先を飛ぶ。

私はそれを追いかけて、王宮の裏庭に降り立った。

 

「ここだよ。大霊樹(ドリュアス)は、あの中」

 

ラミリスさんが指さしたのは、石畳に囲まれた庭園。その中心にある一本の木。人の手で植えられたように見えたけど――確かに、感じる。この気配は、大霊樹(ドリュアス)

 

「間違いない……行くね」

 

私はそっと幹に手を当てた。魔素を集中させ、同一化を始める。

 

(ゆっくり、ゆっくりと……魔素を流して……)

 

木と繋がるたび、周囲の土地が目覚めていくのを感じた。地下に眠る根が伸び、魔素が大地に満ちていく。

この瞬間が、私は一番好きだった。

生きてる。私も、木も、土地も、ぜんぶが繋がってる。そんな感覚。

 

「リン、すごい……」

「もうすぐ……終わるよ」

 

けど、そんな安堵も束の間。

 

「誰だ!そこにいるのは!」

 

空気が、弾けた。

 

「――逃げるよ、リン!」

 

ラミリスさんが叫ぶより早く、私は風を呼び出そうとした――けど、わずかに遅かった。兵士たちの気配が、四方から迫ってきている。

 

「リン、早く上に!」

「無理……今は魔素が使えない……」

 

まだ土地の強化に集中しすぎて、魔素の循環が戻ってない。

その間にも、兵士の影が私たちに迫ってくる。

 

「ラミリスさん、お願い。逃げて。私が引きつけるから!」

「でも!」

「お願い!」

 

ラミリスさんは、歯を食いしばって頷いた。

 

「絶対に戻るからね!」

 

風の音と共に、彼女は夜空へと舞い上がった。

私は、木の前で息を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

足音が近づく。

甲冑の鳴る音と、冷たい視線。まっすぐに、私を射抜くように――

 

「何者だ、貴様」

 

兵士たちの背後に、ひときわ異質な気配が現れた。

黒いローブを纏い、細い目をわずかに開いて笑う男。

 

(……魔術師……?)

「ふん。樹妖精王(ドリュアス・ロード)か。珍しいものを見つけたな」

 

その声に、私の背筋が凍った。

 

「お前の力、ファルムスのために使わせてもらうぞ」

「私の力は……みんなのために使うの。国のためだけなんて、使いたくない……!」

 

力なく叫ぶ私に、男はただ淡々と手を掲げた。

そして、目の前に張られたのは、私を完全に封じる結界。

 

(……! 魔素が……止まった……!)

 

何もかもが静まり返った空間で、私はただ一人、膝をついた――。

 

 

***

 

 

一方、森の中を全力で飛ぶ小さな影――ラミリスは焦っていた。

 

「リンと……念話が……繋がらないっ!?」

 

目の前が一瞬ぐにゃりと歪む。彼女は空中で足を止め、再度リンに呼びかけたが、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。

 

「うそ……なんで……?」

 

耳の奥で、鼓動が早鐘のように鳴る。リンの姿が脳裏に焼きついて離れない。──叫び、訴えた、あの一言。

 

 ――私が引きつけるから!

 

「リン……!」

 

ラミリスは勢いよく反転し、ふらふらと揺れながら空を駆けた。そのまま、迷うことなく一直線に目指すのは、ギィ・クリムゾンの居城。

 

「ギィっっ!! ギィーーッ!!!」

 

大声と共に、目をぎょろっと見開いたまま室内に飛び込んだ。

室内では、ギィが一人ソファにもたれて紅茶をすすっていた。

 

「うるせぇな……なんだよ」

「あのね!!ファルムスでね!!リンがね!!!王宮で捕まっちゃって!!!念話も繋がらないの!!マジでヤバいの!!」

 

ギィは一瞬だけ表情を止め、カップを静かにソーサーへと置いた。その目が、真紅の光を帯びて細くなる。

 

「……そうか」

 

その声は低く、静かだった。だが、内に潜む怒気は明らかで、ラミリスは思わず口をつぐんだ。

 

「リンには“自分でどうにかしろ”って言ったけどよ……今回は、例外ってわけか」

 

ギィはゆっくりと立ち上がった。足元の床が、彼の魔素で軋む。

 

「ファルムス王国、だな?」

 

ラミリスが頷くと、ギィはため息を吐いた。

 

「放っておきゃ大霊樹(ドリュアス)ごと潰れるかもしれん……天魔大戦前にそんな損失、冗談じゃねえな」

「アタシも行く!」

「ダメだ。お前が来ても、ただの足手まといだ」

 

容赦ないその言葉に、ラミリスは唇を噛んだが、ギィは既に次元を裂いて転移の構えを取っていた。

 

「待ってろ。すぐ戻る」

 

空間がひずみ、ギィの姿が消える。その場に残されたラミリスは、地団太を踏みながら、涙目で叫んだ。

 

「も~~~~~!いつもそう!一人で何とかしようとするんだから!!」

 

 

 

 

 

一方その頃、リンは王宮の石造りの一室に閉じ込められていた。魔素は封じられ、スキルも使えない。だが、彼女の目には諦めの色はなかった。

 

(……どこか、抜け道があるはず)

 

何度も壁を叩き、天井を見上げ、床を踏み鳴らした。そして――見つけた。小さな通気口。その一箇所だけ、わずかに結界が薄い。

 

(ここしかない)

 

力を込めて拳を叩きつけ、鉄格子を破壊。身体を小さく縮め、ようやくの思いで通気口を這い出ると、王宮の回廊へと抜け出した。

 

(早く、外に出ないと……!)

 

だが、すぐに察知された。魔術師たちが結界を強化。再び閉じられる出口。追手の足音。

 

「ちょっとぉぉぉおおお!? こっちは今、逃走中なんですけど!!」

 

細い廊下を駆け、裏道を抜け、扉をすり抜け、ついには大広間に飛び込んだ。だが――

 

「逃げられると思うなよ、樹妖精王(ドリュアス・ロード)

 

冷ややかな声と共に、再び現れたのは魔術師長ラーゼンだった。彼の手には、封印魔法の術式が収束していく。

 

(まずい……!)

 

結界が展開されようとした、その瞬間。

 

「──そこまでだ」

 

空間が裂け、赤き閃光と共にギィ・クリムゾンが姿を現した。

リンは驚きと共に胸をなで下ろし、思わず彼にしがみつく。

 

「ギィさん……!」

 

ギィはリンの隣にぴたりと立ち、冷ややかな眼差しでラーゼンを一瞥した。

 

「リンに手を出せば、この国がどうなるかわかってんだろ?」

 

その一言で、ラーゼンの顔から血の気が引く。

 

「――全滅したくなきゃ引っ込んでろ」

 

圧倒的な魔素の威圧感に、ラーゼンは返す言葉も見つけられず、ただ凍りついたままだった。

 

ギィはリンを軽々と抱き上げると、そのまま転移魔法を発動し、空間を裂いてラミリスの待つ自分の居城へと姿を消した。

 

――ちょうどその瞬間、ラミリスが扉を開けて飛び出そうとしていた。

 

「リン!!」

 

ラミリスは飛びついてきて、リンの顔にめり込むほどの勢いで抱きついた。

 

「わあああああん!!無事だったぁぁあああああ!!」

「ラミリスさん……ごめんね、心配かけて……」

 

泣きじゃくるラミリスに応えながらも、リンはそっとギィの方へ視線を向けた。

 

「……ギィさん、助けてくれて……ありがとう」

 

その言葉に、ギィはいつもの調子で返すのではなく、じっとリンを見下ろして、一言。

 

「分身体で土地の強化をやれ」

「……はい」

 

しょんぼりと頷くリンに、ギィはふっと息を吐き、彼女の髪を指先ですくって整えてやった。

 

「髪、ぐしゃぐしゃだぞ。……ほら」

「……くすぐったい……」

「我慢しろ」

 

しばしの間、穏やかな空気が流れた。

リンはギィに髪をいじられるのを受け入れていたが、ふと自分がギィに抱えられている状態であることを思い出す。

 

「ギィさん、もう大丈夫だから……あの、降ろして」

 

ギィはリンを抱えたまま忘れていたようで、笑いながらリンを降ろした。

 

「そういや、抱えてたな」

「……軽かった?」

「まあな」

 

そう言ってギィは笑いながら去っていった。最後に「約束は守れよ」とリンに言い残して。

ラミリスはリンに引っ付いたまま、涙を拭きながら彼女の無事を喜んだ。

 

「本当に無事でよかったよ、リン……!」

「ありがとう、ラミリスさん……」

 

リンは自分を襲った出来事を振り返る。

自分を狙う者がいることを知り、これからはもっと警戒心を持たなければならないと強く感じた。

 

 

 

 

 

ギィが応接間へ続く廊下を歩いていると、静かな気配の中で白い影が待っていた。

 

「……どこに行ってたの、ギィ?」

 

ヴェルザードの声は冷たく、凛としていた。深海のような瞳が、ギィをまっすぐに射抜く。

 

「用事だよ」

「その用事、樹妖精王(ドリュアス・ロード)絡みでしょ」

 

ギィはわずかに眉を動かし、視線を逸らさずに答える。

 

「そうだ。ファルムスで捕まってたからな、助けてきた」

「……本当に、守る価値があるの?そんな、弱くて不安定な存在に」

 

ヴェルザードの言葉は冷たく、しかしどこか感情の揺らぎを孕んでいた。

ギィはそんな彼女の視線を正面から受け止めながら、廊下をゆっくりと歩く。ヴェルザードもその隣に並び、無言のまま並走する。足音だけが静かな石の廊下に響いていた。

 

「貴方、まさか……あの娘に“執着”なんてしてるわけじゃないでしょうね?」

 

吐き捨てるような声。だがその奥にあるのは、嫉妬でも怒りでもなく、もっと複雑な感情――ギィを“知っている”者だけが抱く、ざわめきに似た戸惑いだった。

 

ギィは足を止めた。振り返ることなく、天井を仰ぐようにして呟く。

 

「オレが執着なんてするわけねぇだろ。ただ、興味があるだけだ」

「興味、ね……だから助けたと?」

「ああ」

「駒なのに?」

「駒だからだ」

 

ヴェルザードは思わず眉をひそめる。

 

「どういう意味かしら、それ」

「いい駒ってのはな、自分で考えて、暴走して、でも踏みとどまって、最後に“賭ける”奴だ」

 

ギィは肩をすくめた。

 

「だから面白い。――壊れるまでは、ちゃんと手入れしておくさ」

 

その台詞に、ヴェルザードは明らかに苛立ちを見せた。

それが誰に向けたものか、自分でもよくわからなかった。ただ、胸の中にひっかかる棘が、次第に形を成してくるのが分かってしまった。

 

「……そう。なら、好きにすればいいわ。でも、私の前で壊れたら、その時は――私が片付ける」

「好きにしろ」

 

ギィはそう言い残して、踵を返した。

ヴェルザードはその背中を見送りながら、小さく吐息を漏らした。

 

「本当に……変な子に、目をつけたわね」

 

だが、その声には先ほどまでの棘はなかった。

静寂が戻る中、白氷竜はその場に一人、白髪を揺らして佇んでいた。

 

(……彼が選んだなら、きっと、理由はある)

 

彼女の目が一度だけ伏せられ、深い沈黙が落ちた。




この頃ラーゼンいるよね?いなくてもいるってことにしとこう。
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