リンは
分身体が遠くの大地で働く感覚が微かに意識に触れるたび、胸がざわつき、眠ったふりをしていた不安が目を覚ます。
「……悔しいな。あの時、何もできなかった自分が」
呟いた声は樹の内部に吸い込まれ、淡く震えた。
ファルムス――ラーゼンの手に落ちたあの日。
助けられる側だった自分。
守るはずの存在だったはずなのに。
「ミリムとの修行で、前に進めたと思ってたんだよ……」
爪が掌に食い込み、指先が震える。
強くなった“つもり”だったが、実戦ではその幻想が瞬時に砕け散った。
「……借りっぱなしのままなんて、もう嫌だ」
リンは立ち上がり、
(ねぇ、
樹海の奥から低く湿った響きが返る。
『試練とは、己を削る行い。戻れぬほど削れるやもしれんぞ』
「いいよ。壊れたって、立て直す。借り物じゃない、“私の強さ”を作るためなら」
一瞬、樹全体が軋むように沈黙した。
やがて、深い森の息吹のような声が落ちてくる。
『……ならば開こう。そなたの内界――根の森を』
床が脈動し、リンの足元に緑の紋が浮かび上がった。
世界が反転するようなめまいが走り、視界が暗転する。
瞼を開くと、そこは深い森だった。
木々は夜のように暗いのに、葉脈は青白く光を帯び、緩やかに呼吸している。
地面には無数の根が張り巡り、触れれば脈動が伝わる。まるで生き物の体内だ。
「……ここが、私の……?」
言葉が霧に溶ける。
風もないのに葉が擦れ、囁き声のように聞こえた。
『忘れるな。ここはそなたの精神。逃げれば、そなたが消える』
声は四方八方から響き、輪郭を持たない。
リンは思わず身を抱いた。
次の瞬間、森の色がゆっくりと変質していく。
光の粒子が舞い、優しい温もりが肌を撫でた。
癒やしのようでいて、どこか刺すような鋭さを含んでいる。
「……綺麗……だけど……」
胸の奥がずきりと痛む。
光がリンの胸元に染み込み、押し隠していた記憶の断片が浮かび上がった。
助けられなかった手。
届かなかった声。
弱くて、何もできなかった自分。
(また……見せる気?)
光が罪悪感を照らし出す。
思い出したくなかった痛みが、鮮明な映像となって迫ってくる。
「やめろ……!」
視界が揺れ、足元の根がリンの影を引きずり込むように蠢く。
逃げたくなる衝動が、喉を掴む。
『弱さを恥じ、隠すか。それとも――見据えるか』
森全体が問いを投げつけてくる。
リンは歯を食いしばり、胸に手を当てる。
「……恥じてるよ。情けない自分なんて、見たくない。できれば捨てたい」
光が強く瞬き、心臓を直接掴まれたような感覚が走る。
呼吸が乱れ、涙が滲む。
それでも――目を逸らさずに言った。
「だけど、捨てたら何も残らない。弱かった
光がわずかに和らぐ。
リンの足元に、一本だけまっすぐ伸びた根が道のように現れた。
リンは根の上を慎重に進む。
一本一本の根が微かに震え、まるで彼女の心の動揺を映すかのようだった。
空気は重く、息を吸うたびに胸に圧迫感がかかる。
「……耐えるしかない」
その時、森の闇が突然濃くなり、周囲の光が一瞬で吸い込まれた。
風も、葉の囁きも消え、リンを包むのは深い、底知れぬ闇だけになった。
「……消えちゃいそう……!」
目の前の景色は黒く沈み、彼女の存在そのものが薄れていくような感覚が走る。
自分が誰なのか、何のためにここにいるのか、思考の輪郭がぼやけていく。
『恐れるな。消えることはない。ただ、意志を試すのだ』
声は森のどこからともなく響き、リンの心に直接届いた。
しかし、それに応える余裕はない。意識が引き裂かれそうな感覚が続く。
「……でも……負けない……!」
彼女は必死に自我を掴み、闇に埋もれまいと足を踏みしめた。
心の奥底で、微かにでも光る“自分で決めた意志”を頼りに、存在の輪郭を保つ。
闇が薄れ、次の瞬間、冷たい水の波がリンを襲った。
足元から全身に冷気が走り、体は動かなくなる。
まるで深海に沈むように、指先一つすら動かせない。
「……動かなきゃ……でも……!」
必死に意識を集中させる。
冷気の中でも、心の中で“動くべきだ”という思いを反芻する。
わずかな光が体内で脈打ち、魔素が凍りつく感覚を抑える。
続けて火の属性が襲った。
全身を焼き尽くす熱に、自然と声が漏れる。
「うっ……!」
皮膚を焦がす熱、内側から体を突き破ろうとする圧力。
それでもリンは心を燃やした。
“自分の誇りを曲げない、決めた道を貫く――!”
次は風の刃が全身を切り裂いた。
無数の刃が体の奥まで振動として響き、痛みが走る。
しかし、リンは呼吸を整え、心の中で結界を描くように意志を固める。
「私の……意志は……誰にも折らせない……!」
その瞬間、森の風景が静止した。
光と闇、水と火、風の力がすべて止まり、リンを包む圧迫感が一気に消え去った。
地面に立つ足取りはまだ震えていたが、次の瞬間、視界が淡い緑の光に包まれ、意識がすっと引き戻される。
気づけばリンは、元の
周囲には分身体が遠くで活動している感覚が微かに伝わるだけで、あの過酷な試練の森は跡形もない。
『告。個体名リンのスキル熟練度が一定値まで達しました。これにより、「物理攻撃無効」「魔力妨害」「魔力操作」が統合進化します』
「え……」
『——成功しました。エクストラスキル「
頭の中で響く世界の声に、リンは膝をつき、深く息を吸う。
「……やった……!」
『解。エクストラスキル「
リンは膝をついたまま、深く頷いた。
今の彼女はまだ小さな一歩かもしれない。
けれど、自らの意志で立ち上がったその力は、確かに“自分のもの”だった。
『そなたはよく耐えた。だが、これは終わりではない。さらなる強さを求めるならば、我は再び試練を与えよう』
リンは微かに笑み、再び目を開いた
「……ありがとう、
深い静寂の中、リンの決意を抱くように微かな風が揺れ、心は確実に、一歩先へと進んでいた。