転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第四話

ラミリスさんが去ってから、私は再び大霊樹(ドリュアス)の中での日々に戻った。

名も与えられ、“リン”としてこの世界に立ったはずなのに――まだどこか、ふわふわしている。

人間だったころと違う身体。違う感覚。違う時間の流れ。

少しずつ慣れてきたけれど、完全に“新しい自分”を受け入れきれてはいない気がしていた。

 

「……そういえば……」

 

この世界に来て数日、私は飲食をしていない。

こんなに歩いて、動いているのに、全然お腹が空かない。

普通なら、こんなに動き回ってたらお腹が空いてもおかしくないのに、不思議と空腹を感じない。

人間じゃないから必要ないとか?

 

「ねえ、先見者(ミトオスモノ)。なんで私、空腹感じないの?」

《解。(マスター)は精神生命体であるため、物質的消化吸収による生理的エネルギー転換を必要としません。活動に必要な魔素は、自動的に世界環境から取り込み、または内部循環によって供給されます。よって、生理的飢餓反応は発生しません》

「……いや、なに? 生理的飢餓? 転換? え? え???」

 

言ってることの半分くらいが脳の外をすり抜けていった。

困惑の沈黙に、先見者(ミトオスモノ)が簡潔なバージョンで補足をくれる。

 

(マスター)は食事を必要としない存在です》

「……なるほど、そういうことね! 最初からその説明でよかったじゃん!」

 

つまり“ご飯いらない体”になったということか。

 

「……でも、眠くなるのは変わらないんだよね」

《是。魔素消耗に伴い、精神活動が低下するため、休眠状態が必要です》

「つまり、寝るだけでチャージできる体……なんか、合理的すぎる……」

 

魔素を消耗すると、どうしても体がだるくなって、こうして眠気が襲ってくる。お腹は空かないけど、眠くなるたびに「寝る前に何か食べなきゃ」って思ってしまうのは、やっぱり前世の癖なのかな。

 

「……あれ、あの実……」

 

少し離れた枝先に、淡く光る緑の果実がぶら下がっていた。

透き通るような色合いで、まるで内側から輝いているように見える。

 

私はふらりと近づき、そっとそれを手に取ってみた。

手のひらに収まる小さな実。柔らかそうな皮。……美味しそう。

 

「……これ、食べてもいいのかな?」

 

確認する前に、好奇心が勝ってしまった。

私はそっと一口、かじってみる。

 

「……甘い……!」

 

ほんのりとした甘さが広がり、清涼感のある後味が喉をすっと抜けていく。

お腹は空いていないのに、なぜか心が満たされるような味だった。

 

「これ……毎日食べたい……」

 

食べた後に体が軽くなるような気さえする。おやつとしては完璧かもしれない。

しばらくしてから、思い出したように尋ねた。

 

「ねえ、先見者(ミトオスモノ)。これ、本当に食べて大丈夫だった?」

《解。大霊樹(ドリュアス)の実は魔素を高濃度で含んでいます。 通常の人間には有害な影響が懸念されますが、(マスター)は精神生命体であるため、問題ありません》

「ふぅ……よかった」

《なお、大霊樹(ドリュアス)の実の摂取により、魔素回復速度の上昇・魔力安定性の強化・疲労回復・集中力持続時間の延長などのパッシブ効果が発生します》

「え、めっちゃすごい効果あるじゃん……おやつ感覚で食べてよかったのかな、これ……」

 

でも、そういうのってちょっとテンション上がる。

チートじみた回復アイテムが“果実”っていうのも、この場所らしくて気に入った。

 

というか、「魔力安定性」って、魔力と魔素は違うのか。

ついでに先見者(ミトオスモノ)に聞いたら、魔力は魔素を取り込み、操作して具現化する能力だとか。

つまり魔素がなければ魔力は使えないんだな。なるほどなぁ。

 

実を食べて体がふわっと軽くなった気がして、私は再び探索を始めた。

大霊樹(ドリュアス)の中は、何度歩いても飽きない。

ねじれた根の隙間、幹を貫くような通路、天井のように広がる葉の奥……一つ一つが新しい。

 

ある日、さらに深く潜っていくと――ひっそりと湧き出す、小さな泉のような場所を見つけた。

 

「……水源……?」

 

静かに流れる水は、透明で冷たくて、まるで空気すら浄化してくれそうな清らかさだった。

私は手ですくって、口元に運ぶ。

 

「……美味しい……!」

 

驚くほどすっきりとした味わい。舌にまとわりつかない、まっさらな水の感触。

体の奥にまで浸透するようで、飲んだ瞬間、身体がほっとしたような気さえした。

 

《告。該当水源には微量の魔素が含まれています。(マスター)の身体には有益です》

「うん……なんか、わかるかも」

 

気づけば私は、毎日を「眠る・歩く・見つける・味わう」のサイクルで過ごすようになっていた。

大霊樹(ドリュアス)の実と水は、私の生活に欠かせない“小さな幸せ”になっていた。

 

「お腹は空かないのに、美味しいって感じるんだなあ……」

 

それは、もしかすると――食事ではなく、“感情”で味わっているのかもしれない。

 

「この生活、悪くないかも……」

 

その日の夜――木の奥にある広い葉の寝床に身を横たえながら、私はふと思った。

この静けさと光の中で、何も起きない日も、何かが待ってる日も、きっと等しく“大切”なんだ。

 

(ここで、私は根を張るんだ)

 

そんなふうに思えたのは、今日が初めてだった。

私は大霊樹(ドリュアス)の中で、時折眠くなりながらも、この場所での安らぎを見つけつつあった。

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