転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第四十話

——神聖法皇国ルベリオス。

その周辺に広がる森は、長い歴史と共に静かに存在し続けてきた。今日はその森の一角で、ある光景が繰り広げられていた。

 

若き樹妖精王(ドリュアス・ロード)リンの分身体が、大霊樹(ドリュアス)と同一化し、土地の強化を行っているその様子を、少し離れた木陰から、じっと見守っている者がいた。ルミナス・バレンタインだ。

かつて「魔王」として君臨していた彼女は、今は表舞台から身を引き、隠遁生活を送っている。しかし、この日は特別な理由があってこの場にいた。

 

ルミナスは、友人からある頼みを受けていた。それは「リンという名の樹妖精王(ドリュアス・ロード)が現れたら、守って欲しい」というものだった。かの友人は、リンのことを気にかけているようだったが、理由までは語らなかった。しかし、ルミナスはその頼みを断る理由はなかった。彼女の頼みを叶えることが、ルミナスにとって何よりの喜びであり、義務でもあった。

 

そして、先日——と言っても一年以上前だが——の魔王たちの宴(ワルプルギス)にて、ロイ・ヴァレンタインの侍女として控えていたルミナスは、その存在を知ったのだ。

 

「……樹妖精王(ドリュアス・ロード)……魔王たちの宴(ワルプルギス)の時よりもさらに成長しておるようじゃな」

 

ルミナスの赤と青の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)が、土地の強化を行っているリンの分身体を見つめた。リンの姿はどこか神秘的で、優雅な佇まいだった。彼女の動き一つ一つには品があり、その背後にある大霊樹(ドリュアス)との繋がりから、圧倒的な力を感じさせた。分身体とはいえ、その姿は目を奪われるほどの美しさだった。

 

「美しい……まさに自然そのもの、というわけか」

 

ルミナスは、目を細めてその光景を眺めながら、思わずため息をついた。リンの繊細な美しさと、彼女が放つ柔らかな魔素の波動に、心が引き込まれるようだった。

 

「妾の目から見ても、十分に麗しい。守りたいのも頷けるのう」

 

ルミナスは、静かに微笑んだ。リンの姿を見ていると、自然と優しい気持ちになり、その場を離れることが惜しく感じるほどだった。だが、同時に少しだけ心に引っかかるものもあった。それは、彼女の姿を魔王たちの宴(ワルプルギス)では遠目から一方的に見ているだけで、会話はおろか目を合わせることすらしていないという事実だ。

 

「ふむ……分身体ではなく、本体と対面してみるのも悪くないかもしれぬな」

 

ルミナスはそう考え始めた。リンという存在に興味が湧いてきたのだ。彼女がどのような思いでこの役目を果たしているのか、そして本体での姿はどれほどの美しさを持っているのか——その全てを知りたいと思う自分に気づいた。

 

「どうするかのう……誘ってみるか?」

 

ルミナスはそっと顎に手を添えて考え込んだ。本体に会いに行き、少し言葉を交わすだけでもいいかもしれない。そうすれば、友人に頼まれた「守る」という使命も果たしやすくなるし、リンという存在をもっと深く知ることもできる。彼女がどのような存在であり、どのような意志を持っているのかを見極めたいと考えたのだ。

 

だが、少し思案した後、ルミナスはその場で決断を急がなかった。

 

「まぁ、少し様子を見てからでも遅くはあるまい。妾が急ぐ必要はない」

 

彼女はその場に静かに立ち尽くし、リンの分身体が土地の強化を続ける様子を見守った。リンの魔素が大霊樹(ドリュアス)を通して土地に染み渡っていくのを感じ、ルミナスはふと自分がこの美しい光景の一部に溶け込んでいるような感覚に陥った。

 

「しかし……リンよ。妾の目に映る限り、妾が守る必要があるほど弱き存在には見えぬがな。むしろ、強さを秘めているように思える」

 

ルミナスは自分に言い聞かせるようにそう呟くと、再びリンに目を向けた。彼女の思念に、わずかに友人の面影が重なる。

 

「どうやら、そなたには妾が思っている以上の力が眠っているようじゃな……」

 

ルミナスの言葉は風に乗ってかき消され、再び静寂が戻った。彼女はただ、リンがどのようにこの試練を乗り越えていくのか、その成長を見守り続けることに決めた。

 

「いつか、妾の前にその本体で現れるが良い」

 

そう囁きながら、ルミナスは再びリンの姿を眺め、微かに微笑んだ。それはまるで、美しい絵画を見ているかのような陶酔の表情だった。彼女は、リンがこれからどのような道を歩むのか、その行く末に興味を抱きながら、いつまでもその場を離れることなく見守り続けた。

 

 

 

 

時を同じくして、本体であるリンは異空間の中にもう一体の分身体を用意し、真界領域(しんかいりょういき)を試す準備を整えていた。新しいスキルを得たばかりで、どれほどの力を持つのか確かめたかったのだ。次のミリムとの修行で使うつもりだったが、いざという時のために自分で一度試しておきたいという気持ちが強くなっていた。

 

「まずは、このスキルをちゃんと発動できるかどうか……」

 

リンは分身体に向かい、深呼吸をして魔素を集中させた。そして、真界領域(しんかいりょういき)を発動しようと意識を向ける。

 

瞬間、彼女の全身から魔素が一気に吸い込まれていく感覚が襲ってきた。まるで魔素が体からごっそりと抜けていくかのような、強烈な喪失感だ。

 

「っ……!」

 

思わずリンは膝をつきそうになる。予想をはるかに超える大量の魔素が一度に消費されたのだ。身体が軽くなったような、空っぽになったような感覚が襲ってきて、彼女はぐらつきながらも立っているのがやっとだった。

 

「……こんなに、持っていかれるの……?」

 

リンは驚愕しながらも、真界領域(しんかいりょういき)が発動されたことを感じ取った。分身体の周囲には、目には見えないが明らかに強力な結界が張られ、空間がゆがむような感覚が漂っている。

 

「……先見者(ミトオスモノ)が言ってたように、維持には魔素を消費しないみたい……」

 

リンは自身の感覚を確かめるように、分身体の周囲に広がる結界を観察した。発動直後の大量の魔素消費こそあったが、その後は安定して維持されているようだ。結界の強力な防御力は健在で、外部からのあらゆる攻撃を遮断することができるだろう。

 

「ふぅ……少し、驚いたけど、これなら……」

 

リンは疲れ切った体を整え、風精(アネモネ)を発動して、分身体へ攻撃を仕掛ける準備を整えた。

 

「いくよ!」

 

勢いよく繰り出された風刃(かぜば)は、分身体へと向かって突き進んだ。しかし、分身体の周囲に張られた真界領域(しんかいりょういき)が風の刃をまるで吸収するかのように取り込み、完全に消滅させた。何の痕跡も残さずに、ただ風の刃が消え去っていくのを目の当たりにし、リンは息を呑んだ。

 

「……凄い、やっぱり……この結界は強力……!」

 

次に勉強中の火の魔法を放ったが、これも真界領域(しんかいりょういき)の結界に吸収され、全くダメージを与えられなかった。物理的な攻撃も、魔法攻撃も、全てが無効化される。

 

「これは……まさに、究極の防御力」

 

リンはその圧倒的な力に感嘆しながらも、同時に発動にかかる魔素の量が莫大であることを痛感した。彼女の全身から魔素が引き出された時のあの喪失感は、並大抵の魔物では耐えきれないものだろう。

 

「これなら、ミリムと修行する時にも……一矢報いることができるかもしれない……!」

 

そう思いながらも、リンは再び魔素の消費を思い出し、少し顔をしかめた。

 

「でも……あの量の魔素を毎回使うのは、正直きつい……。使いどころを考えないと」

 

発動さえしてしまえば、維持には魔素を消費しないとはいえ、最初の瞬間にこれほどの魔素が必要になるのでは、長期戦での運用には不向きだ。いっそ常時発動しておくか——しかし、壊される可能性だってある。そうなった場合、再び発動できるだけの魔素がその時あるかどうか……。

そうした課題を考えつつ、リンは試練を乗り越えた後の自分の強さを再確認した。

 

「このスキルを使いこなせるようになれば、きっと……もっと強くなれるはず」

 

リンは分身体の結界を解除し、深く息をついた。魔素はほとんど尽きかけているが、彼女の中には達成感があった。次は、ミリムと修行する時に、このスキルを最大限に活かして戦うことができるだろう。

 

「もっと魔素量増やさなきゃ……でも、今は少し休もうかな……」

 

そう呟きながら、リンは分身体を消し去り、静かに異空間を後にした。そして、また大霊樹(ドリュアス)の中に戻り、休息を取ることに決めた。

 

 

 

 

ルベリオスの厳粛な街を、リンの分身体が静かにうろうろと歩いていた。彼女の無表情な顔には特に感情の色はなく、ただ魔力感知にて、大霊樹(ドリュアス)の気配を探すことに専念している。分身体は、少しでも気配を感じ取ろうとしていたが、どこからか漂ってくる微かな大霊樹(ドリュアス)の波動を正確に辿ることができないでいた。

 

そんなリンの分身体を、上空から冷ややかな目で見守っていたのが、ルミナス・バレンタインだった。彼女は街を漂いながら、まるで監視するようにリンの分身体の行動をじっと観察していた。

 

「……無表情で徘徊するとは、まるで人形のようじゃな。何を探しておるのかの……?」

 

ルミナスは腕を組みながら、分身体が何を求めて動いているのか考えていた。しばらくの間その姿を観察していると、ふと彼女は気づいた。樹妖精王(ドリュアス・ロード)が行う土地の強化には、大霊樹(ドリュアス)が不可欠であることを思い出したのだ。

 

「まさか……あれを探しておるのか?奥の院の大霊樹(ドリュアス)を……」

 

そう呟いたルミナスの顔に、微かに笑みが浮かんだ。彼女の奥の院には、長きに渡り存在し続ける大霊樹(ドリュアス)が隠されている。その大霊樹(ドリュアス)が土地の力を保ち、守っていたことをルミナスは知っている。

 

「ふふ、面白いではないか……。妾の手助けを欲するならば、恩を売っておくのも悪くないかもしれぬ」

 

ルミナスは軽く溜息をつき、優雅な動作で地上へと降り立った。リンの分身体がふと立ち止まり、無表情なままルミナスをじっと見つめた。

 

「……」

 

分身体は喋ることもなく、ただ無言で立ち尽くしている。彼女の表情には何も感じられないが、何かを探していることは明らかだった。ルミナスは分身体の動きを見つめながら、一歩、また一歩と近づいた。

 

「そなたが探しているもの……それは大霊樹(ドリュアス)じゃな?」

 

分身体は何も応答しない。だが、ルミナスの言葉に反応したかのように、微かにその身体が震えたように見えた。

 

「ふふ、そなたに答えられるかはわからぬが、妾にはわかっておる。そなたの本体に話しかければよかろう」

 

そう言うと、ルミナスはリンの本体に念話で接触を試みた。本来なら対象が近くにいるか、主従関係のような繋がりがなければ不可能なはずの念話だが、ルミナスは分身体を媒介にすることで、それを実現していた。

彼女の魔素が静かに分身体を通じて、リンの本体に届いた。

 

(……そなた、樹妖精王(ドリュアス・ロード)よ。妾の名はルミナス・バレンタインじゃ。そなたの分身体がここで何を探しているか、妾には察しがついておる。そなたの求める大霊樹(ドリュアス)は、妾の奥の院にある)

 

突然の念話に、リンの本体は驚愕した。ルミナス・バレンタインという名は、リンにはまったく聞き覚えがなかった。しかし、何者かが自分の分身体を通して話しかけてきていることは間違いない。

 

(……ルミナス様……? 私は、樹妖精王(ドリュアス・ロード)のリンです。大霊樹(ドリュアス)の場所をご存知なんですか?奥の院って……)

(妾が住まう場所じゃ。正確には聖神殿の奥じゃな)

 

リンは、念話の相手を知らないながらも、相手の言葉を受け入れた。大霊樹(ドリュアス)の場所を教えてもらえる——リンの心に安堵が広がる。しかし、同時に何か裏があるのではないかという不安が募った。

 

(……どうして、私にそれを教えてくださるんですか?)

 

リンが問いかけると、ルミナスは冷ややかな笑みを浮かべた。

 

(恩を売っておくのも悪くないということじゃ。それに……妾の友がそなたを守れと言ったのじゃよ。妾にとっても悪い話ではなかろう)

(……友?)

 

その言葉にリンはさらに驚いた。彼女は一体誰がそんなことを言ったのか、すぐにはわからなかったが、今は深く追求する時間もない。

 

(……ありがとうございます。あの、その奥の院って私が入っても大丈夫な場所ですか?)

(無論、そなた一人で入ればたちまち排除されるじゃろう。だが、妾が共に居れば問題ない)

(……一緒に行ってくださるんですか?)

(ふふ、そうじゃな。——そなたの本体が妾に会いに来るというなら案内してやろう)

 

ルミナスは再び冷ややかな微笑を浮かべ、リンの分身体に目を向けた。彼女は何も言わないが、その無表情の中に、何かが動いたかのような気配を感じ取った。

 

(………わかりました。すぐにというわけにはいきませんが、会いに行きます)

(よし、では付いて参れ)

 

そう言い、ルミナスは優雅に身を翻した。リンの分身体は無言のまま彼女の後ろを追う。

 

リンの本体は、念話を通じてルミナスの言葉を反芻しながら、大霊樹(ドリュアス)の存在を確かに感じ取り、これでようやく土地の強化ができると安堵した。




ルミナス様はルミナス様と呼ばざるを得ない雰囲気。ルミナス様の寝所(奥の院)って聖神殿の奥だよね……いやたぶんそう。違ったらすみません。

ご覧いただきありがとうございました!

20241116:魔素と魔力を書き分けるために修正。
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