ギィとリンは暗く冷たい地下の道を進んでいた。リンは
やがて、地下の奥から魔物たちが現れ始めた。しかし、その魔物たちはギィが視界に入ると同時に怯えたように後ずさりし、見る見るうちに逃げ出していく。
「虫除けならぬ魔物除けだね、ギィさん」
「そんなことを言うのはお前くらいだ」
ギィは肩をすくめながら答えたが、その表情には少し苦笑いのようなものが浮かんでいた。
しばらく進んだ末、リンは強い魔素の波動をかすかに感じ、足を止めた。近づくと、岩に覆われた小さな空間の中に一際弱々しい光を放つ
リンはその姿に胸が締めつけられる思いがした。
「これが……
ギィは後ろで静かに見守っていたが、リンの真剣な眼差しにふと表情を曇らせた。しかし、リンが魔素を注ごうと身を乗り出すと、彼は即座に制止の手を伸ばした。
「待て、リン。ここで魔素を大量に使えば、お前自身が——」
だが、リンはギィの言葉を聞き流し、ありったけの魔素を
「もっと……少しでもこの木が……」
リンの顔には疲労がにじみ始めていたが、彼女はそのままさらに魔素を注ぎ込んだ。そのうちに彼女の呼吸は荒くなり、足元がふらつく。
「リン、もうやめろ」
ギィが再び強い口調で止めようとするも、リンの魔素の放出は止まらなかった。
やがて、彼女は地面に倒れ込んだ。ギィは瞬時に彼女を支え、彼女の顔色の悪さに気づく。
「無茶をしやがって……」
ギィは低く呟くと、自身の魔素でリンを包み込むように保護し、ゆっくりと魔素の薄い場所へと歩き始めた。
リンの意識は遠のきつつあったが、かすかにギィの魔素の温かさを感じていた。
疲弊したリンを抱え、ギィは彼女の意識を取り戻させるために魔素を与えることを決意した。しかし、
「まあ、どうにかなるだろう」
彼はそうつぶやき、リンの小さな手を握った。ギィの大きな手の中で、リンの手はひどく冷たく感じられた。彼は手を通して魔素をゆっくりと注ぎ始める。魔素の流れがリンの体に浸透し、彼女の表情が少しずつ緩んでいく。
ぼんやりとした意識の中で、リンは温かな力が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。力強く、それでいて優しい感覚に、かすかに瞼を震わせる。
「……ギィさん……?」
微かな声で呼びかけると、ギィの顔がぼんやりと視界に浮かんだ。彼の表情は冷静ながらも、どこか気遣うような優しさが滲んでいた。
「お前はもう少し加減を覚えろ」
リンはかすかに微笑みながら、握られた手から流れ込む魔素を受け入れる。彼の魔素はリンの体を癒し、失った力を補ってくれるかのように広がっていく。少しずつ、冷たかった体に温もりが戻り、意識が明瞭になっていく感覚があった。
「ごめんなさい……でも……あの木を……」
彼女のか細い言葉に、ギィはため息をつく。
「お前がそこまで考えて行動するのはわかっている。だが、自分が倒れたら意味がないだろ」
彼の言葉に、リンは何も言えずに小さく頷いた。魔素が流れ続けるたびに、彼女の体に少しずつ活力が戻ってくる。まだ完全には回復していないものの、ギィの手から伝わる魔素の温かさに、どこか安心感が湧き上がる。
「ありがとう、ギィさん」
彼女が呟くように礼を言うと、ギィは「礼なら、次からは無理するな」とだけ答えた。その言葉には、普段のギィには見られないような、少しだけ優しさが滲んでいた。
ギィと手を繋ぎ、魔素の温かさがじわじわと体に広がっていく中で、リンは少しずつ意識を取り戻し、重く沈んでいた感覚が和らいでいくのを感じた。手の中から流れ込む魔素に包まれながら、リンはギィを見上げた。
「……あのさ、ギィさん。こうして魔素をもらってるのも変な気分だね」
「無理して倒れたお前が言えることか?」
ギィが呆れたようにため息をつき、苦笑する。リンは少し照れたように笑いながら、改めて礼を言った。
「うん。でも……ありがとう。助けてくれて」
ギィはリンの視線を受け止めながら、静かに頷く。彼女の目には、かつての戸惑いや頼りなさが薄れて、どこか確固たる意志が宿っていた。以前は、
「お前、少しは
「え……それ、褒めてる?」
ギィは少し肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「まあな。以前は手間のかかる小娘だったが、少しは使える駒に成長した」
ギィの言葉に、リンは顔をしかめながらも、冗談半分で口をとがらせる。
「使える駒って……あんまり良い言い方じゃないよ」
「何が問題だ。駒というのは必要とされている証拠だ。お前も自分で選んだ道だろう?」
ギィは彼女の反応を面白がりながらも、冷静に言い放った。リンは少し考えるように視線を落としながら、自分の中でくすぶっていた想いを少しだけ口に出す。
「……うん。私、これからもちゃんと自分の役割を果たしたい。森や土地を守って、みんなのために力になりたいって思ってる」
彼女の言葉には、確かな決意と強い覚悟が宿っていた。ギィはリンの真剣な表情を見つめ、心の中で少しだけ興味を深めた。かつてただ頼りないだけだった彼女が、ここまで成長しようとしている姿を、彼は面白いと感じていた。
「その意志、忘れずにいれば……悪くないかもしれんな」
ギィが言葉を続けると、リンは嬉しそうに小さく笑った。
「なら、もっと手加減せずに見守っててよ。期待してもらえるなら、それに応えてみせるから」
ギィはふっと小さく笑いながら、リンの手を握り直した。そのまましばらく、彼は魔素の譲渡を続け、彼女の体に力を送り続けた。
リンは、ギィから譲渡された魔素の力で身体が軽くなっていくのを感じた。目を開け、周囲の
「……ギィさん、もう大丈夫。ありがとう」
その言葉を受けて、ギィは軽く頷き、手を離した。
「なら、これから
リンは頷き、すぐに立ち上がった。ギィと共に歩き出すと、彼女は周囲の異様な魔素の漂う雰囲気に驚いた。
「ここは、本当に……なんだか独特な感じがするね。
「そうだな。この異様な魔素のせいで、普通の魔素は根付かない。いずれまたこの地を清める必要があるだろう」
リンはその言葉に少し不安を覚えながらも、前を向いて歩き続けた。心の奥底では、いつかこの
「……ねえ、ギィさん。
ギィは一瞬考え込み、少し遠い目をした。彼の過去の記憶を辿りながら、
「
リンはその言葉を聞き、驚きと感心が混ざり合った。
「じゃあ、私はまだまだ足りないのか……もっともっと強くならないと!」
「……強くなるのはいいが、無茶に拍車がかかりそうだな」
「う……」
痛いところを突かれてしゅんとするリンの頭を軽く叩き、ギィは少し笑った。
その後、
「何もないみたいだね……
「そうだな。長居しても仕方ない、戻るぞ」
リンはギィの言葉に頷き、来た時と同じようにして空を駆けていく。
ちらりと
(……またいつか、あの
ひっそりと決意して、リンは再び前を向いた。
リンが住まう
「ねえ、ギィさん。ギィさんが支配する氷土の大陸には、
「ああ、あの大陸では生育できないからな」
「やっぱり?だと思った」
リンは安心し、ギィに
「ギィさん。一緒に来てくれて、本当にありがとう」
ギィは軽く微笑んで返す。
「
「そう言ってたね。でも心強かったよ。じゃあ、中に戻るね」
リンが
「ギィさん、どうしてついてくるの?」
「もうじき土地の強化を終えるお前を労うためだ」
「普通終わってからじゃない……?」
まあいいか、とリンは気にしないことにした。
あまりにも無防備な姿に、ギィは少し呆れてしまった。
「少しは警戒心を持て」
「ギィさんだからいいのです」
「……まぁ別にいいが……」
ごろごろしているリンを眺めながら、ギィは続けた。
「土地の強化の影響は、お前が存在する限り継続する。しかし、天魔大戦で消耗すればまた強化が必要になるだろう」
(……頼むから一括強化機能をください)
重要な役割とはいえ、なかなかにつらい。
分身体に任せることに慣れてきたものの、もっと効率よくできるようになりたいと思うリン。
ため息をこぼしそうになるのを我慢して「その時が来たらまた頑張るね」と返した。
返事はするがぐったりしたままのリンの髪で遊び始めるギィに対して、リンは「くすぐったい」と呟きながら、抵抗する気配もなかった。
寝転がった状態ではあったが、リンはギィに綺麗なおさげを作られた。
リンのおさげを指先で弄るギィのことをジーッと見つめると、ギィはフッと笑って「好きにしろ」と言った。
その言葉を聞いた瞬間、リンの顔はパァッと輝き、いそいそとギィの後ろに回って自分と同じおさげを作り始めた。
「んー……できた!——ぶはっ!」
ギィの髪をおさげにしてみると、リンは笑いが止まらなくなった。その姿を見たギィは不思議そうに言った。
「そんなに面白いもんか?」
「ふふ……いや、うん……なんか可愛い」
その言葉に、自分に最も似合わない評価だなと思う、
ギィの髪を解きながら、いつまでも笑っているリンの気を引き締めるため、ギィは重要な話をすることにした。
「
その言葉にリンは固まり、疑問が浮かんだ。皆を守れるように力を付けてきたのに、なぜ出るなと言われるのか、とギィを問い詰めたい気持ちが湧き上がる。
ギィは続けた。
「お前自身に何かあれば、例えば
あのミリムの攻撃を防ぐ程度では足りないのか。
どれだけ強くなれば、役に立てるのだろうか——目の前の圧倒的な存在と並び立つために、リンは強くなりたい理由を密かに増やしていった。
魔素譲渡についてはオリジナルというか、よくある設定にしてみました。ギィさんは使える駒に育ちつつあるリンにちょっと優しめ。なんだかんだで面倒見いいらしいですしね、彼。
ご覧いただきありがとうございました!
20241116:魔素と魔力を書き分けるため修正。