「運命」に対する不安から逃れるように、リンは各地をまわり、次々と進化しているという魔物たちの様子を見に行くことに決めた。
「本当に、皆が進化しているのかな……」
リンは考えながら森の中を進んでいった。道中、彼女は少しドキドキしながら、魔物たちが暮らす場所を探していた。
やがて、彼女はある集落にたどり着いた。以前訪れたときにはゴブリンだらけだったはずの場所だ。
こっそりと様子を見ると、そこには複数のホブゴブリン、ゴブリナがいた。全員が進化したわけではないらしく、中にはゴブリンも混じっていたが、進化した者の数の方が多かった。
(すごい……本当に進化してるんだ……)
その光景を見つめるうちに、彼女の心の中に劣等感が沸き起こってきた。自分は進化できていない。どうして彼らは、こんなにも簡単に変わっていけるのだろうか。焦りと不安が押し寄せてくる。
その場を離れて再び空を飛んでいき、やがて獣人族が多く暮らす獣王国ユーラザニアにたどり着いた。
リンが下に降りて辺りを見回していると、多くの獣人たちに囲まれながら、大らかに笑っている男性がいた。「カリオン様」と人々から呼ばれており、彼から感じられるエネルギーに、リンは息を呑んだ。
「すごい……あの人、すごく強そう」
思わず呟く。カリオンは明るい笑顔を浮かべ、周囲の人々と和やかに会話を楽しんでいる様子だった。リンは思わず、彼をじっと見つめる。
その瞬間、カリオンがリンの視線に気づいた。彼の目が大きく見開かれ、驚いた表情を浮かべた。見ていたことがバレたことに焦ったリンだったが、カリオンが優しく笑いかけてくれたことでホッとした。
「えっと……行こう」
リンは思い切ってカリオンのもとへと向かっていった。彼女の心には緊張感が漂っていた。
姿を現したリンに、周囲の獣人たちがざわめいた。
「
「馬鹿!「様」を付けろ!」
その騒ぎに、リンは恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「お前が
「あ、あの……いきなり来てすみません」
リンは慌てて頭を下げる。
「気にすんな。お前ならいつでも歓迎するぜ」
カリオンは笑顔を崩さず答えた。彼の明るい性格が伝わってくる。
しかし、すぐに彼の表情は真面目なものに切り替わった。
「俺は獣王国ユーラザニアの王、カリオンだ。この国の土地の強化を行なってくれたこと、今更ながら礼を言わせてくれ」
カリオンは丁寧に頭を下げた。
(王様!?)
リンの頭の中は驚きでいっぱいになり、そんな人物に頭を下げられている状況に恐縮した。
「いやあの、頭を上げてください。そんな大したことしてないですし……」
アワアワしだすリンに対し、カリオンは頭をゆっりあげてフッと笑った。
「大したことだろ。お前のおかげで、この国の連中も目に見えて強くなった。他の地域では、進化したって奴もいるらしいしな」
リンは本当に私の力が皆を強くしたんだ……と驚きながら、嬉しさがこみ上げてくる。
「よし、せっかくだからユーラザニアを案内してやるよ」
唐突な申し出にリンは「えっ?」と声を上げるが、周囲の獣人たちも同意しており、とても断れるような雰囲気ではなかった。
カリオンにユーラザニアを案内される中で、出会う獣人たちの明るい雰囲気に囲まれ、リンは少しずつ心を和ませていった。
「こっちが市場だ!」
カリオンは笑顔で指を指し、リンを引っ張っていく。
「ユーラザニアは果物が特産品の一つでな。ほら、食ってみろ」
「え、あ、はい」
ポン、と放り投げられた果物を受け取って、そっと齧ってみる。途端に口いっぱいに広がる甘酸っぱさにリンの頬は落ちそうになった。
「おいしい!」
「ははっ、そうだろそうだろ。ウチの自慢だからな」
そう言ってバシバシとリンの肩を叩いてくるカリオン。さすがに見た目通りの力強さがあり、リンは一瞬咽そうになった。
街中の中心地までやってくると、賑やかさの中に物々しさが混ざっていて、リンはその様子に思わず足を止める。カリオンもそれに合わせて歩みを止めて、二人でその場のやや混沌とした雰囲気の中に佇んだ。
「今は天魔大戦に向けて警戒中だからな。国中がこんな感じだ」
「……もう、いつ来てもおかしくないんですよね」
「そうだな。下手したら今日明日にでも来るかもしれねえ」
戦いが始まれば、ここも戦場になるのだろう。
そんな日が来なければいいと思うが、それはきっと叶わない。
厳しい顔をしているカリオンを横目に、リンはそっと息を吐いた。
ひとしきり案内してもらったところで、カリオンと共にお茶を飲むことになった。二人は静かな場所に座り、カリオンが淹れたお茶を味わいながら、自然と話は天魔大戦の話に移っていった。
「天魔大戦って、どこが狙われるとかわかるんですか?」
「奴らの狙いは発展した都市だ。つっても、奴らがどういう基準で"発展した都市"と見なすかがわからない以上、こっちは全力で備えておく必要がある」
「そうか……だから、あちこちの土地の強化を……」
土地の強化をしていた際、頭の隅っこで、
「お前の力はこの戦いで大きな武器になる。俺はこの国を守るために全力を尽くすつもりだが、それでも守り切れるかはわからん」
カリオンは真剣な眼差しを向け、続けた。
「……情けねぇ話だが、お前を頼らせてもらいたい。皆を守るために、今後も力を貸してくれるか?」
その言葉を聞いて、リンは心が一瞬硬くなった。進化すらできず、生き残れるかもわからない自分で大丈夫なのだろうかと思う。
しかし頷く以外の選択肢などなく、リンは自身の内の不安を押し込めるようにして「出来る限りのことはします」と返した。
少し安心したように頷くカリオンとは対照的に、リンの表情は張り詰めたままだった。心の奥には消えない不安が残り、自分の力が果たして役立つのかという疑念が渦巻いていた。
カリオンと別れ、自身の住まう
「本当に、私の力が役に立つのかな……」
リンは自問自答しつつ、空を飛んでいく。
リンの力で進化したらしい魔物たち。彼らを見ていると、羨ましい気持ちになるのも確かだが、同時に少しでも役に立てたことが不安を和らげていた。
ふと、魔力感知に感じたことのない気配が引っかかった。リンは止まり、その場で思考を巡らせる。
(
リンは不安げに尋ねた。
『解。膨大なエネルギーを感知しました。その数約10万……対象の数が増加しています』
「えっ」
予想外の数に、思考が停止しそうになりながら、リンは遠くの空を注視した。
「……まさか」
背に翼を生やした存在——
見る者によっては神々しくも見えるのだが、どこか無機質な雰囲気を放っている。その夥しい数を目にした瞬間、ぞわりと背筋が凍りついた。
(……
震えそうになる身体を叱咤し、リンは
その中には、先ほどまで話していたカリオンの姿もあった。彼が人々をまとめて、何か指示を出しているようだった。
リンは一瞬この場に留まることを考えたが、すぐに思い直す。天魔大戦では、
(始まってしまった以上、ここでできることはない……)
敵を倒すことは自分に与えられた役割ではないのだ。リンの役割は
「……
ユーラザニア全体とまではいかなくとも、首都やその近辺までなら今の自分の魔素量でも
本当なら、この数年の間で各地に
守るための力だというのに、おいそれとは使用できないことにリンは歯がゆさを感じた。
突然、結界に覆われたことに戸惑うカリオンらは、近くの空中にリンの姿を見つけて、そして害のある結界ではないことを察した。
「……どんどん借りが出来ちまうな」
カリオンは小声で呟いた。
この戦いが終わったらもう一度礼を言おう。彼はそう心の中で誓って、
リンはひとまずこれでいいだろうと、改めて
「ふう……よし、まずはさっき消費した分の魔素を回復しなきゃ」
リンは
『リン!!今どこ!』
(ラミリスさん?今は
『ああー、よかったぁー。
(いやいや、そんなことしないよ。ギィさんから天魔大戦では外に出るなって言われてるしね)
ラミリスと念話しつつ、リンは次々と
『まあ、無事ならいいわ。アタシもこれから忙しくなるから連絡できないと思うけど、一緒に頑張りましょ!』
つい先日、ラミリスに対して色々言ってしまったというのに、そんなことは気にしていないかのように明るい彼女に、リンはフッと顔をゆるめた。
(うん。頑張る)
『戦いが終わったら、めいっぱい遊ぶわよ!』
(……うん)
『……アタシ、リンを信じてるからね』
(…………ありがとう、ラミリスさん)
『それじゃあね!』
ラミリスとの念話を終えて、リンはそっと目を閉じる。運命に抗おうとする気持ちも、世界を守るために全力を尽くすという誓いも、何一つ偽りはない。けれどいざその瞬間が近づくと、自分の心は簡単に恐怖に負けて生に縋りつこうと必死になっている。
(……諦めたくない……)
じわじわと減っていく魔素に比例して、空気が重くなるのを感じながら、リンはただ静かに座ったままでいた。彼女の心の奥には、これから待ち受ける運命に対する不安が大きく広がっていた。
えへへ、カリオン様をようやく出せました。いよいよ天魔大戦じゃ!書きたいことを書ききれるか不安ですが頑張ります。ご覧いただきありがとうございました!
20241116:魔素と魔力を書き分けるため修正。