転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第五十二話

ユーラザニアではカリオンら獣人たちが天使族(エンジェル)を迎撃していた。リンが張った真界領域(しんかいりょういき)のおかげで街への被害はないが、天使族(エンジェル)との戦闘によって怪我人や死者が増えていく。

 

カリオンも天使族(エンジェル)との戦闘に加わり、その力を遺憾なく発揮していたが、周囲の惨状を見ると、心が締め付けられる思いだった。

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)の結界で街は問題ないか……」

 

カリオンはそう思いながらも、彼の心には不安が広がっていた。守るべき者たちが、無事でいてほしいと願っていた。

 

一方ルベリオスでは、続々と現れる天使族(エンジェル)が吸血鬼たちに圧倒されていた。魔王ロイ・ヴァレンタインを中心に、彼の配下である吸血鬼たちが迅速かつ冷酷に戦いを繰り広げている。彼らは、自分たちの力が増していることを実感していた。

 

「こんなにも力が増しているとは……」

 

ロイは天使族(エンジェル)に向けて攻撃しながら呟いた。彼はかつての自分では考えられないほどの強さを得ていることを実感していた。思えば、彼の力の背後にはリンの存在があった。

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)……)

 

ロイはリンの存在を心の中で反芻し、普段はあまりよく思っていない彼女に対して、この時だけは感謝の念を抱いた。

 

ルミナスはその傍らでロイの戦いを見守りながら、彼の肩を叩いた。

 

「ロイよ、リンのおかげで以前より力を発揮できておるようじゃな」

「ええ。彼女の土地の強化がなければ、天使族(エンジェル)を相手にこれほどの力を出すことは出来なかったでしょう」

 

ロイはルミナスの言葉に頷いた。ルミナスはどこか誇らしげに微笑む。

 

「貴様はリンを気に食わないようじゃが、今回ばかりはそうもいくまいな」

「……仰る通りです」

「リンに感謝するがよい。尤も、リンは「大したことはしていない」と言うじゃろうが……」

「大戦が終わり次第、礼を伝えます」

 

ロイはそう言わざるを得なかった。リンに感謝していることは事実だが、ルミナスの視線が冷ややかを通り越しており、ここで拒否すれば消されるかもしれないと危惧したからである。

 

「それでよい。——ほれ、羽虫どもが沸いてきよったぞ」

「はっ」

 

ルベリオスでの戦場は余裕すら感じられるほどに圧倒的にルミナスらが優勢で、リンは大霊樹(ドリュアス)の中からその様子を見て安堵していた。

 

天使族(エンジェル)の数が尚も増加し続け、彼らが使用する属性魔法を吸収することでいくらか魔素が補填されるが、それでも戦闘による自然への被害を抑制するために消費される魔素の方が圧倒的に多かった。さらには大霊樹(ドリュアス)を介しての監視にも魔素を消費し続けており、リンは酷くなる倦怠感に焦りを感じ出していた。

 

『警告。魔素の残量が一定値に割り込みました。各地の大霊樹(ドリュアス)との同一化を解除することを推奨します』

 

先見者(ミトオスモノ)からの警告に、リンは深く息を吐いた。

 

「一度、魔素の回復と供給のみに専念すべきかな……」

 

ひとまず監視は中断し、気怠い身体を動かしてリンは大霊樹(ドリュアス)の実を口に運ぶ。徐々に回復していく魔素を感じながら、リンは心の中で祈った。

 

(私ができること、必ず全部やり遂げてみせる……)

 

その静かな空間の中で、リンは自身の思いと共に、戦いが続く世界の行く末を見つめていた。彼女の心には、不安や焦りが残るものの、自然を守り、皆を支えるために全力を尽くすという決意が揺るがないことを自覚していた。

 

 

 

 

 

一人の男が頬杖をつきながら、一体の天使族(エンジェル)の視覚を借りて天魔大戦の様子を見ていた。

世界の至るところで見られる力。その特異性から、持ち主が何者であるかは想像に難くなかった。

 

視覚を操作して、力の持ち主である存在が住まうであろ大樹を映す。

あらゆる生命を強化できる力を秘めたもの。

うっかり壊してしまおうものなら世界そのものが危うくなるという、諸刃の剣のような場所である。

 

「……迂闊に手は出せぬか」

 

おそらくアレは駒だろう。

こちらが手を出せば阻まれる可能性もあるが、駒が自ら動いたならば手に入れられる隙も出来るかもしれないと、男は考える。

 

「いや……大霊樹(ドリュアス)からあまり離れられないのだったか」

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)が魔素の供給を怠ると大霊樹(ドリュアス)が枯れる。そして大霊樹(ドリュアス)が枯れてしまえば世界各地が朽ちる。

ではどうすべきだろうかと、男は思考を続ける。

大霊樹(ドリュアス)のことを考えると、攫うのはナンセンスだ。

そしてルール上、自分は動けない。ならば駒が自ら動くように仕向け、育てれば、あるいは——。

 

「……仕方ない」

 

視覚を借りていた天使族(エンジェル)に命令を飛ばす。それを受けた天使族(エンジェル)を含めた数体が、大霊樹(ドリュアス)に向かっていった。

 

男は引き続き天使族(エンジェル)の視覚にて様子を伺う。森の中で一際目立つ大樹に、轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

リンが大霊樹(ドリュアス)の中で魔素の回復に努めていたそのとき、轟音が響いた。

 

「何!?先見者(ミトオスモノ)、何があったの!?」

 

驚いたリンは、先見者(ミトオスモノ)に問いかけた。

 

『告。複数体の天使族(エンジェル)大霊樹(ドリュアス)に接近。遠方からの攻撃により大霊樹(ドリュアス)の一部が損傷しました』

「えっ……」

 

恐怖が走る。大霊樹(ドリュアス)に何かあってはならない。リンは即座にラミリスまたはギィに知らせることを考えたが、天魔大戦の最中に手間をかけさせるわけにはいかない。

 

(自分でなんとかしなきゃ……)

 

魔素がほとんど回復していない状態で、どこまでやれるか不安を抱えながらも、リンは天使族(エンジェル)を迎え撃つことを決意した。奴らを大霊樹(ドリュアス)に侵入させるわけにはいかない。

 

「……分身体を作って、迎撃に向かわせよう。先見者(ミトオスモノ)、可能な限りの魔素を与えるよう調整して」

『了』

 

リンは自身の力を振り絞って分身体を作り、天使族(エンジェル)に向かわせる。

 

分身体の視覚を借りつつ、先見者(ミトオスモノ)の「未来予測」で天使族(エンジェル)の動きを予測してなんとか対応する。しかし、自分には風精(アネモネ)以外の攻撃手段は乏しい上に、風精(アネモネ)による攻撃はろくに通じなかった。さらに分身体は本体と違って真界領域(しんかいりょういき)を展開していないため、天使族(エンジェル)からの魔法攻撃を受けてしまえば終わりである。

 

(なんでもっと備えなかったんだろう。いくら天使族(エンジェル)が発展した都市を狙うとはいえ、この場所が巻き込まれることなど充分ありえる話なのに)

 

自然を、皆を、世界を守ると誓ったのに、大霊樹(ドリュアス)まで危険に晒している現状にリンは無力感を感じずにはいられなかった。

 

それでも、守らなければ。ここは大切な居場所なのだから。

 

(……大霊樹(ドリュアス)……)

 

リンはそっと念話を飛ばす。

 

(今の私じゃ世界もあなたも守れない。だけど、私は諦めたくないの)

 

大霊樹(ドリュアス)からの返答はないが、僅かに揺れた空気が彼の意思を表現していた。

 

(これからもずっとずっと、ここで生きていきたい。守り続けたい。何があっても諦めない。だからお願い、力を貸して欲しい)

『…………共に生きる覚悟があるか、主よ。終わりのない生に身を投じることは、そなたが考えている以上に厳しい』

(……そうだね……きっと、今までの樹妖精王(ドリュアス・ロード)たちは、それに耐えられなかったのかなって思う)

 

永い時の中で味わうのは幸せなものばかりではない。幾多の争いで生み出される悲劇。守れないことで痛感する無力。己の力を狙う者たちから向けられる欲望。それらはこちらの心に深く残り、抉ってくる。

 

守り続けて、やがて疲弊すれば、終わりを望む者だって出てくるだろう。最後の役割として大霊樹(ドリュアス)に吸収されるとき、彼らは何を思っただろうか。

 

役割を果たしたことへの充足感か、終わりが来たことへの安心感か。最後まで樹妖精王(ドリュアス・ロード)として力を尽くし、今に繋いでくれた彼らをリンは心の底から尊敬した。

 

(……私はすぐ悩むし落ち込むし頼りないかもしれないけど、根性だけは人一倍あるつもりだよ。それに、一人じゃないしね)

 

自分を支える存在。ラミリス、ミリム、ギィ——そして(ノワール)

彼らとの絆があれば、乗り越えていけるとリンは固く信じている。

 

大霊樹(ドリュアス)、一緒に生きていこう。一緒に守ろう)

『……やはり、そなたは違うのだな』

(え?)

『これまで、我を対等に扱う者はいなかった。我を一つの存在として認める者も……樹妖精王(ドリュアス・ロード)の中にはいなかった』

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)の中には、ということは、他にはいたのだろうかと考え、リンはラミリスのことを思い出した。彼女は大霊樹(ドリュアス)を「意思を持った生命体」だと言っていた。そのように捉えた樹妖精王(ドリュアス・ロード)は過去に存在せず、彼らは大霊樹(ドリュアス)を自然を守るただの道具として見ていたのだろうか。

 

想像でしかないが、どこか悲しそうな大霊樹(ドリュアス)の様子にリンは胸が締め付けられた。

 

大霊樹(ドリュアス)、私、あなたがいてくれてすごく嬉しいよ。ここ居心地いいし、大霊樹(ドリュアス)の実は美味しいし、すごく快適……って、何言ってんだろ私……)

『そなたほど、この空間を満喫している者もいないな』

(あはは……まぁ楽しければ勝ちだからね)

 

一瞬和やかな空気になるが、天使族(エンジェル)を相手にしている分身体の魔素があまり持たないであろうことを考え、リンは表情を引き締める。

 

(——で、大霊樹(ドリュアス)。返答は?)

『是非もない。そなたがそれを望むならば叶えるだけだ』

(あなたの意志が重要なんだけど……ま、時間もないから今はそれでいいや)

 

分身体は風精(アネモネ)を駆使してなんとか持ち堪えているようだが、このままでは敗北は目に見えている。リンは大霊樹(ドリュアス)の根の一部に触れて、どうすればいいか聞いた。

 

大霊樹(ドリュアス)、あなたの力を借りたい。どうすればいい?)

『——我に名付けを行うがよい』

(……えっ、名前?)

『名を貰い、そなたを唯一の主とすることで、我はそなたの一部となる』

 

名付けとは進化のきっかけになったりするアレだろうか。リンの頭の中にラミリスが名前を付けてくれたときのことが蘇った。

 

——しかし、名付けには確か膨大な魔素が必要なはずである。今の自分ではそれに耐えられるかわからない。

 

(……先見者(ミトオスモノ)、私、名付けに耐えられるかな?)

『解。大霊樹(ドリュアス)への名付けによる魔素の消費量が不明なため、魔素切れを起こす確率は五分五分です』

(そうかぁ……なら耐えるしかないね。そうでなきゃここで終わりだもん)

 

リンは迷わない。それが必要だと思えば意地でも貫く意志は、一種の無謀だが、今このときにおいては「きっかけ」を掴む一つの要素だった。

 

「……ネーミングセンスは勘弁してね、『エリオン』」

 

その名を口にした瞬間、リンの意識が弾け飛んだ。




あの方を出すつもりはなかったけど、ここでちょっとご登場。ご覧いただきありがとうございました!

20241116:魔素と魔力を書き分けるため修正。
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