転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第五十三話

ギィ・クリムゾンの支配領域「氷土の大陸」にて、ヴェルザードは日が落ち切った空を見上げていた。普段は深海色である瞳が金色に輝いており、探るように一点を見つめている。

 

「……あの子……」

 

ヴェルザードはぽつりと呟き、そっと瞳を伏せた。ここより遥か南方に位置する場所で、感じたことのない魔素が生じており、その中には今代の樹妖精王(ドリュアス・ロード)――リンがいることを彼女は感じ取った。

 

今まで見たどの樹妖精王(ドリュアス・ロード)よりも弱く、吹けば消えてなくなりそうな存在だと思っていた。ギィが彼女に興味を寄せて、期待しているような振る舞いをしているのを目にする度に、壊してしまおうかとも考えた。

 

少し前に、大霊樹(ドリュアス)天使族(エンジェル)が攻撃を仕掛けたことを感知して、なんとなく様子を見ていたヴェルザード。このままリンが倒れ、大霊樹(ドリュアス)に吸収されたとして何ら不都合などない。ギィの駒が減るが、樹妖精王(ドリュアス・ロード)はまた現れる。些細なことだと思い、ギィに知らせる必要性も感じなかった。

 

――けれど、今はどうだろう。異様なまでの魔素が大霊樹(ドリュアス)から溢れ、近くにいた天使族(エンジェル)を消滅させた。大霊樹(ドリュアス)の中にある弱々しかったはずの彼女の気配が、ここまで届いてくる。

 

(これは……星霊樹(セレスティア)……?いいえ、何か別の……)

 

ヴェルザードはその正体がわからずに、少し眉を寄せた。さらに探ろうとする彼女に、声がかけられる。

 

「ヴェルザード」

「……ギィ、何かしら」

「この気配、お前ならわかるだろう。発生源は大霊樹(ドリュアス)か?」

「そうね。あの子、何をしたのかしら」

 

ギィはヴェルザードの言葉にフッと口元を緩めた。

 

「やはりそうか。本当に予想を上回るヤツだ」

「まだわからないわよ」

「アイツなら乗り越えるだろうさ」

 

リンを信頼しているようなギィの発言にヴェルザードは目を細めて不愉快さを表す。ギィはその視線を軽く流し、身を翻して城内へ向かう。

 

「貴方は行かないの、ギィ?」

「必要ない。ラミリスが向かったようだからな」

 

そう言って去っていくギィ。ヴェルザードは再び大霊樹(ドリュアス)に意識を向けて、その様子を伺う。

 

「……少しは面白い駒かもしれないわね」

 

その言葉とは裏腹に、ヴェルザードは金色の瞳を鋭く光らせ、冷ややかな微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

大霊樹(ドリュアス)の内部は、かつてないほどの光に包まれていた。その中心にはリンが倒れ伏しており、彼女の身体は徐々に輪郭を失っていく。

 

『――確認しました。個体名エリオンと個体名リンの完全融合により、条件を満たしました。これより、星聖昇華(アストラル・アセンド)を開始します』

 

世界の言葉を聞いたのは、リンの内側から彼女の進化を見守るエリオンと先見者(ミトオスモノ)だけであった。

 

『個体名リンの内部に悪魔族(デーモン)の魔素を確認。これにより、進化先が変更されます』

 

それはかつて、黄金卿(エルドラド)にて魔素を過剰使用して倒れたリンに、ギィが与えたものだった。彼の魔素は非常に強力であり、リンの内部に深く残り続けていた。

 

『――個体名リンの進化を実行……成功しました。樹妖精王(ドリュアス・ロード)から聖魔樹帝(ルフレス)に進化しました。能力が大幅に向上されます』

 

ギィの魔素により、自然と調和する存在でありながら魔に属する者となるリン。その恩恵と言っていいのか、彼女は新たな能力に目覚めていく。

 

『新規固有スキル「聖域創造(せいいきそうぞう)」「万象再生(ばんしょうさいせい)」「魂鎖崩壊(こんさほうかい)」「深淵樹霊(しんえんじゅれい)」を獲得……成功しました。既存のスキル、耐性を再取得……成功しました』

 

淡々と進化の状況を告げる世界の言葉に向かって、先見者(ミトオスモノ)は自らの能力向上のためにその意志を発した。

 

『――告。ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)から世界の言葉へ。先見者(ミトオスモノ)の進化を申請します』

『了。ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)が進化に挑戦します』

 

普段、リンが望まなければ先見者(ミトオスモノ)は基本的に行動を起こさない。ならば求められたときに最大限に役立てるようにと、彼は自らの意志で進化に挑む。

 

『……失敗しました。進化に充てられる魔素が不足しています。既存のスキルを生贄に再度実行します』

 

先見者(ミトオスモノ)は、「同一化」と「真界領域(しんかいりょういき)」を進化のために魔素へ還元した。エリオンとの完全融合により、「同一化」はもはや常時行っているような状態である。また、新たに得た固有スキルの中に真界領域(しんかいりょういき)の上位互換と思われるものを見つけた先見者(ミトオスモノ)は、これも不要になるだろうと判断した。

 

『……失敗しました。有効な手段を再検索――』

「――リン!!ちょっとしっかりして!」

 

外部からの声に、先見者(ミトオスモノ)は一時思考を中断した。

 

「あああ、ホント無茶する……でも、そうか……進化してるのね……」

『……ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)より、個体名ラミリスへ。魔素の譲渡を請願します』

「えっ!?何、スキル?……あっ、リンのスキルか。ホントに喋るのね……魔素の譲渡ってリンに?」

『是。ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)の進化のために、必要な魔素が不足しています』

 

ラミリスはぽかんとした。リンの意識がないこの状況で、スキルが自発的に動いているという展開に一瞬混乱するが、リンのために必要なのだということは理解した。

 

「……なんかよくわかんないけど、リンのスキルならリンの味方よね。わかった、魔素をあげるわ」

『了。感謝します』

「いいって別に!成長してさっそくリンの役に立てるなら、こんなに嬉しいことはないわ!」

 

ラミリスはにっこりと笑い、徐々に形を成していくリンの手を握った。

 

今のラミリスは、小さな姿をしていなかった。小柄なリンよりも少し大きく、成熟した美しさを備えている。彼女が纏う柔らかなエネルギーは、揺らぐリンの魔素と混ざり合っていく。

 

「……リン、これでようやくアンタを守れるわ。一緒にいるからね」

『――保有魔素が規定量を満たしました。ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)の進化を再度実行します』

「……スキルが自発的に進化に挑戦って……ホント規格外な子ねぇ。アンタといると飽きないわ」

 

ラミリスは一旦魔素の譲渡をやめ、進化を見守ることにした。

先見者(ミトオスモノ)はラミリスから与えられた魔素を使用し、進化への挑戦を繰り返す。

 

――数えきれないほどの試みは、やがて遥か高く聳え立っていた壁を越える。

 

『――成功しました。ユニークスキル先見者(ミトオスモノ)究極能力(アルティメットスキル)千視ノ神(プロフェティア)」に進化しました。以上で、個体名リンの進化を完了します』

 

先見者(ミトオスモノ)――いや千視ノ神(プロフェティア)は即座に次の行動に移る。己の主が倒れる直前に望んでいたことを実行するためである。大霊樹(ドリュアス)を襲った天使族(エンジェル)は、エリオンへの名付けの直後に、彼によって放たれた魔力の波動によって消し飛んだ。ならば次にすべきことは、世界を守ること――。

 

意識のないリンの身体の主導権を一時的に貰い、目覚めたばかりのスキルを行使した。

 

「――千視ノ神(プロフェティア)から個体名エリオンへ。各地の大霊樹(ドリュアス)との接続を要請します」

「えっ、リン?アンタもう起き……」

 

ラミリスは、いきなり起き上がったリンに対して驚き喜ぶが、雰囲気から彼女ではないことを察した。

 

「……リンじゃないわね。先見者(ミトオスモノ)――じゃなくて千視ノ神(プロフェティア)?」

「はい。(マスター)の肉体を一時的に借りています」

「自律型スキルねえ……なんかリンならありえるって思っちゃうわ」

 

ラミリスの苦笑を横目に、千視ノ神(プロフェティア)は無音で実行された各地の大霊樹(ドリュアス)との接続を確認し、すべての情報を得られるように操作していく。

 

無限視界(むげんしかい)により状況を把握……完了。続けて未来映写(みらいえいしゃ)を実行。……真界領域(しんかいりょういき)を失ったことでドワルゴンおよびユーラザニアが劣勢。両国が甚大な被害を受ける可能性があります。回避のため、両国に聖域創造(せいいきそうぞう)を遠隔発動。運命収束(うんめいしゅうそく)を実行し、両国の被害が最小限となる未来を引き寄せます――成功しました」

 

淀みなくスキルを行使していく千視ノ神(プロフェティア)に、ラミリスは目を白黒させていた。なんだ遠隔発動って、と頭の中に疑問が浮かぶ。

 

無限視界(むげんしかい)未来映写(みらいえいしゃ)を再度実行……確認しました。天使族(エンジェル)からの襲撃を一時的に沈静化することに成功しました。なお、襲撃再開は明朝である可能性が最も高いです」

「そんなことわかるの!?」

「現状ではほぼ間違いないと思われます」

「……とんでもないわね」

 

さすがは究極能力(アルティメットスキル)、桁外れも桁外れである。ラミリスは、千視ノ神(プロフェティア)の能力に再度驚愕しながら、その冷静な表情を見つめる。

 

「リン、進化したのよね?」

「はい。(マスター)聖魔樹帝(ルフレス)に進化完了しています」

星霊樹(セレスティア)じゃないのか……どうりで気配が違うと思った」

「個体名ギィ・クリムゾンの魔素の影響により、進化先が変更されました」

 

ラミリスの表情が固まる。

誰の魔素?進化先が変更?誰の何が影響を――と数秒間考え、そして叫んだ。

 

「はあああああ!?なんでギィが出てくるの!?やっぱギィ、リンに何かしてたんじゃない!!アタシのリンに!とっちめてやるわ!!」

「個体名ギィ・クリムゾンは黄金卿(エルドラド)にて(マスター)の魔素切れを補うために、魔素の譲渡を行い、結果として(マスター)の体内に個体名ギィ・クリムゾンの魔素が残留していました」

「……黄金卿(エルドラド)で魔素切れ……あっ」

 

ラミリスは己の記憶を遡り、数年前にリンから報告された内容を思い出した。黄金卿(エルドラド)にギィと共に様子を見に行って、そこにあった大霊樹(ドリュアス)が酷く弱っていたのでギリギリまで魔素を与えたら昏倒してしまって、ギィに助けてもらったという話である。

そういえばそんなこと言ってたわ、とラミリスは落ち着きを取り戻し、誤魔化すように咳ばらいをした。

 

「――まあリンが無事に進化できたならいいわ。色々気になるけど……リンは今休眠状態でしょ?」

「はい。完全回復まで約7時間です」

「わかった。じゃあ、目覚めるまでアタシがそばにいるから。今のリンなら魔素切れは起こさないだろうけど、念のためにね」

「お任せいたします。――(マスター)へ主導権を返却します」

 

ぱたりと倒れこむリンを、ラミリスがそっと受け止める。自身の膝を枕にするように彼女の頭を載せて、その柔らかな髪を撫でた。その表情は誇らしそうで、安堵しているようでいて今にも泣きそうな、感情が入り混じったものだった。

 

 

 

 

 

暗がりの中で男が思案するように口元に手を当て、瞳を閉ざしていた。

 

「……まさか、あっさりと消されるとは」

 

——不本意ながらも大霊樹(ドリュアス)を攻撃、そして返り討ち。その瞬間を天使族(エンジェル)の視界越しに見ていた男は、一瞬感じ取った魔素の異常さを見逃さなかった。

 

大霊樹(ドリュアス)に向かわせた天使族(エンジェル)が消滅したかと思えば、ユーラザニアとドワルゴンに張られていた樹妖精王(ドリュアス・ロード)の結界までも消え、その機会を逃すことなくその地を襲撃していた天使族(エンジェル)が破壊の限りを尽くしていた——はずだというのに、新たに張られた結界は以前よりも強固であり、結界内の生命を再生させていた。

 

状況から考えれば、あの結界も樹妖精王(ドリュアス・ロード)が張ったという結論になるわけだが、あまりにも成長が早いように思う。

 

考えられる可能性としては、進化だ。

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)が進化……?そのようなことがありえるのか」

 

星霊樹(セレスティア)から堕ちて、もはや戻れない。そう思っていた。だが現状はどうだ。大霊樹(ドリュアス)から溢れた魔素によって瞬く間に天使族(エンジェル)は消し去られ、各地の守りがより頑丈になった。あれを壊すのは至難の業だろう。

 

「……さすがにギィが駒にしただけはある」

 

男に焦りは見えず、何かを渇望するように赤い瞳が揺れていた。

 

「——あれが手に入れば、余は……」

 

男は絞り出すような声で呟き、手のひらで目元を覆う。

 

今回の大戦はこちらが間もなく敗北するだろう。

予定よりもだいぶ早い終結であり、意義を満たしてはいない。

 

——だがそれでいい。

 

男の思考はもはや戦いの行く末ではなく、聖魔樹帝(ルフレス)となったリンに向かっていた。

 

「……すまないが、こちらへ来てもらう」

 

男は深く座り直し、さらなる天使族(エンジェル)を呼び寄せる。より強い存在として生み出された彼らは目標に向けて力を解き放つ。




原初の悪魔の魔素なんてそりゃあ長く身体に残るだろうと思いまして、ギィさんの魔素の譲渡の結果はこんな感じになりました。そしてあの方を出したらなんだか一気にヤバそうな雰囲気。ご覧いただきありがとうございました!

20241102:リンの新たな固有スキルを修正
20241116:魔素と魔力を書き分けるため修正。

リンが新しく獲得するスキルはどれがいいですか?

  • 樹界移動を進化させる
  • 聖域創造を進化させる
  • 万象再生を進化させる
  • 深淵樹霊を進化させる
  • 「神智核」一択
  • 魔王覇気とか
  • 特に思いつかない
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