転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第五十八話

互いの力をぶつけ合うリンの分身体とミリム。分身体はミリムに向けて、冷静な目で次の一手を見極めていた。深淵樹霊(しんえんじゅれい)を発動したことで、本体から分け与えられた魔素がその力を大幅に強化し、ギィの影響でやや禍々しい気配を漂わせている。その姿は、もはや聖魔樹帝(ルフレス)の穏やかな雰囲気を残していない。

 

ミリムは嬉しそうに笑みを浮かべ、両手を構えて準備を整えた。

 

「なかなか強いのだ。もっと見せてほしいのだ!」

 

その無邪気な言葉に対して、分身体は何の反応も示さず、ただ命令に忠実に行動を続ける。

 

「……冥絶波動(めいぜつはどう)

 

分身体が低く呟くと、周囲の空間が一瞬にして異様な静寂に包まれる。分身体の手がわずかに振動し、黒紫色の波動が凝縮されていく。そしてその凝縮された暗黒の波が、分身体の手からミリムへ向けて解き放たれた。

 

「おおっ!すごいのだ!」

 

ミリムは興奮気味に叫び、迫り来る冥絶波動(めいぜつはどう)に真正面から飛び込む。だが波動が彼女の身体に触れると、周囲の空間が揺れ、冷たい空気がミリムの周りを覆った。波動は彼女の肉体に直接作用し、吸い込むように深く浸透していく。もしこれが他の相手であれば、瞬時に命を奪われかねない技である。

 

しかし——

 

「うーん、ちょっと冷たかっただけなのだ!」

 

ミリムはその波動の中心で、まるで何事もなかったかのように立っていた。分身体の放った冥絶波動(めいぜつはどう)は、ほとんど効果を発揮せずに消えていった。分身体はその事実を認識し、すかさず次の攻撃に移行する。

 

「再攻撃を開始……」

 

再びミリムとの距離を詰め、分身体は高圧の魔素をまとった拳を振り下ろした。ミリムは楽しそうに受け止め、次々と繰り出される攻撃に合わせて回避したり、受け流したりしながら、まるで戯れるように戦いを続けた。ミリムにとっては遊びでしかないが、分身体にとっては本気の攻撃であり、生存のための戦いだった。

 

「もっとすごい技はないのか?ワタシはまだ全然遊び足りないのだ!」

 

ミリムは挑発するように笑い、分身体に向かって一瞬で距離を詰めて拳を放つ。聖域創造(せいいきそうぞう)により分身体へのダメージは防がれたが、打ち消しきれなかった魔力の衝撃波が地上にまで走り、地面に亀裂を走らせた。

 

分身体は冷静に分析し、ミリムに対抗する手段を模索する。目の前の相手はただの敵ではない。圧倒的な力を持ちながらも、その力を全て解放せずにこちらの攻撃を受け流している。分身体は、このままでは本体の命令に従い続けられないと判断し、さらなる魔素を解放する。

 

闇樹顕現(アンブレア・リベレーション)

 

再び闇の波動が凝縮され、分身体は両腕を掲げて周囲に無数の影の刃を出現させた。刃は一つ一つが「冥絶波動(めいぜつはどう)」の亜種であり、深淵から引き出された呪われた力が宿っている。

 

冥絶裂刃(めいぜつれつじん)——発動」

 

分身体の合図と共に、無数の影の刃がミリムに向かって一斉に放たれた。空を切り裂くように飛ぶ黒紫色の刃が、まるで捕食者が獲物に襲いかかるかのごとく迫る。だが、ミリムは軽々と刃を避け、時には手で掴み、笑いながら次々と刃を無効化していく。

 

「全然効かないのだ!」

 

ミリムは再び突撃し、分身体に容赦のない一撃を加えた。例によって聖域創造(せいいきそうぞう)の効果でダメージはないが、それは向こうも同じである。ミリムの多重結界により、分身体の攻撃はまるで通用していなかった。

 

——この応酬は一時間ほど続いた。ミリムは笑顔で楽しそうに攻撃し、分身体はその都度反撃を繰り返し、生き残るためにあらゆる手を尽くしてきた。しかし、分身体の魔素も徐々に消耗し始め、深淵樹霊(しんえんじゅれい)の状態を維持することが困難になってきた。

 

そのとき、分身体の耳に、本体であるリンからの通信が届いた。

 

『……あれ?なんでミリムと戦ってるの?』

(対象から攻撃されため、敵と判断しました)

『いやミリムは敵じゃないから!戦い終わり!』

 

分身体はその指示を受け、すぐに動きを止め、深淵樹霊(しんえんじゅれい)を解除した。ミリムはその様子を見て、一瞬困惑の表情を浮かべたが、すぐに笑顔で手を振った。

 

「おーい、もう終わりなのか?ちょっと残念なのだ」

「……ミリム、何で私の分身体を攻撃してたの?」

「うえっ!?」

 

ミリムは身体をびくりと硬直させた。

分身体の表情は変わらず冷静なままだというのに、口調が全然違う——というより本体からの言葉であることをミリムは瞬時に察して、しどろもどろになる。

 

「い、いや、あのな……ちょっと遊びたくてな。まだ天使族(エンジェル)は来ないだろうし、進化したリンの力を見たかっただけなのだ……」

「ふうん、修行を楽しみにしてるんじゃなかったの?私が頑張って皆を守ろうとしてるのに、ミリムがそれを邪魔するんだ?」

「違う!違うのだ!そんなつもりじゃなかったのだ!本当に倒そうなんて思ってないぞ!」

 

わたわたしながらミリムは分身体のそばまできて、手を握ってきた。冷や汗を掻きながら慌てる様子はまるで悪巧みを看過された子供のようである。

 

「ちょっとだけ遊びたかったのだ。リンならワタシが攻撃しても平気だろうと思って、つい力が入ったが怪我をさせる気はまったくなかったのだ!本当だぞ?」

「いや攻撃してる時点で矛盾してるんだけど……まあ私も配慮が足りなかったらこんなことになったんだよね、ごめんねミリム」

「別にいいのだ!ワタシはまったく気にしてないぞ!……あの、もう怒ってないか?」

 

初めて会ったときに大霊樹(ドリュアス)を傷つけたことでリンに叱られて以来、ミリムはリンの怒りに敏感に反応するようになった。今みたいにやや怯えながらリンの機嫌を伺うことはこれまでも何度かあった。

 

リンはミリムの様子に仕方ない子だなあとまるで姉のような母のような心境になりつつ、ミリムの手を握り返す。

 

「もう怒ってないよ。これからは分身体であっても攻撃しないでね」

「しないのだ!約束するぞ!」

「うん、じゃあこの話はこれで終わり。ちょっとミリムにお願いがあるんだけど」

「うん?」

 

お願い?と首を傾げるミリム。

 

——もうあまり時間はないが、この位置からならルベリオスはそう遠くない。リンはミリムに、分身体と共にルベリオスへ行き、天使族(エンジェル)がもうすぐ現れることを知らせてほしいことを伝えた。

 

「……お願いできるかな?」

「それくらいお安い御用なのだ!」

「ありがとう!もう時間がないから大急ぎでね!」

「任せておけ!」

 

自信満々に胸を張るミリムに若干の不安を覚えたが、それでも任せるしかない。リンはもう一度「お願いね」と伝え、分身体へ主導権を返した。

 

「お、分身体に戻ったのだ。話は聞いてたか?」

 

分身体は頷くだけだったが、ミリムはそれに満足そうに頷き返す。

 

「全速力で行くぞ!」

 

その瞬間、二人の姿は遥か遠く——ルベリオス方面へと移動した。

 

 

 

 

 

ルベリオスへの伝言をミリムと分身体に頼んだリンは、ファルムスをどうしようかと考えていた。

 

大霊樹(ドリュアス)を避けながらこっちに向かってるなら、前の方法は使えない……かと言ってここに来られるのは嫌だなぁ)

大霊樹(ドリュアス)には聖域創造(せいいきそうぞう)が展開されているため、中にいれば問題ないかと』

(まあそうなんだけどね、大霊樹(ドリュアス)は大丈夫でも周りに何かするかもしれないし)

 

もはやファルムス王国に対して信用など微塵もなく、少し忌々しいものを見るような目で思索に耽るリン。

 

(……ここのことは私がいるからどうにか出来るけど、ファルムス王国を放置してたら大勢死にそうだよね……)

 

前世は平凡に過ごし、今世では守られながら過ごし、死に対する耐性は皆無であるリンは、多少自分が危険になろうとも犠牲は最小限にしたいと考えていた。もっとも、ここから出るつもりはないため、この場で出来ることを模索する。

 

(んー、ここはやっぱりユーラザニアやドワルゴンみたいに聖域創造(せいいきそうぞう)を遠隔で使うことかな。あ、でも維持に魔素使うんだっけ……大丈夫かな?)

『リン様は現在四カ所に聖域創造(せいいきそうぞう)を使用しています。聖域創造(せいいきそうぞう)の維持と各地の監視に使用する魔素の消費量を考慮すると、推奨できません』

(推奨できませんってことはやるしかないね!そうだよね?)

『………』

 

千視ノ神(プロフェティア)からの反応はなかったが、リンは軽く流してファルムス王国の王宮にある大霊樹(ドリュアス)を介して聖域創造(せいいきそうぞう)を展開するようにお願いする。千視ノ神(プロフェティア)は無謀なことをしたがる己の主に諦めを抱いて承諾した。

 

『……聖域創造(せいいきそうぞう)を発動します。——成功しました。これ以降、天使族(エンジェル)によるファルムス王国の首都マリスへの干渉は不可能となります』

(よしよし、ありがとう千視ノ神(プロフェティア)!これで後はこっちに来てるファルムス軍と天使族(エンジェル)を……同時にかあ……)

 

リンは深く息を吐いた。千視ノ神(プロフェティア)未来映写(みらいえいしゃ)では、天使族(エンジェル)はここには現れなかった。だがそれは現状から見た未来であり、不確定なものだ。

運命収束(うんめいしゅうそく)でここに被害が及ばない未来を引き寄せる方法もあるが、運命を操作するなんてことはどんなしっぺ返しが来るかもわからない。下手したら自分以外に危険が及ぶかもしれない。そんなことになれば悔いても悔いきれないだろう。

 

リンは運命収束(うんめいしゅうそく)はあまり使わないようにしようとひっそり誓い、まだ他に見落としはないだろうかとさらに深く思考するのだった。




ご覧いただきありがとうございました!天使族(エンジェル)の再度侵攻まで今しばらくお待ちください。

20241116:魔素と魔力を書き分けるため修正。

リンが新しく獲得するスキルはどれがいいですか?

  • 樹界移動を進化させる
  • 聖域創造を進化させる
  • 万象再生を進化させる
  • 深淵樹霊を進化させる
  • 「神智核」一択
  • 魔王覇気とか
  • 特に思いつかない
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