転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第八話

ギィさんの忠告が、頭から離れなかった。

 

確かに、あの時の私は――蔦に絡まって、情けないくらい身動きひとつ取れなかった。

樹妖精王(ドリュアス・ロード)として、あれは本当に恥ずかしい姿だったと思う。

 

「……本当に、私でいいのかな……?」

 

呟きながら、私は巨大な大霊樹(ドリュアス)の天井を見上げた。

いつもは無意識に魔素を供給しているけれど、これまで大霊樹(ドリュアス)が私に何か反応を示したことは一度もない。

ただ魔素を供給するだけじゃ足りない。もっとちゃんと、向き合わなきゃ。

 

「いや、別に義務はないけどさ……また同じことがあっても嫌だし! もしかしたら舐められてるのかもしれないし!」

 

よし、と私は両手を地面に置き、意識して、魔素の流れを強くする。無意識に任せるのではなく、私の意思で、私の力で、大霊樹(ドリュアス)へと流していく。

 

静かに、ゆっくりと、心を込めて。

 

《告。(マスター)は念話を通じて大霊樹(ドリュアス)との接続が可能です。意識の集中と魔素の供給によって、対話の試行が推奨されます》

「対話? 大霊樹(ドリュアス)と?」

《是。精神的強度と安定した魔素の操作が必要となります》

 

私は深く息を吸い込み、集中を高めた。

大霊樹(ドリュアス)と対話できるなんて、想像もしなかったけれど、今はそれを試すべき時だ。

私は意識をさらに深く沈め、思念を大霊樹(ドリュアス)へと向けた。

 

大霊樹(ドリュアス)……私の声が、届きますか?)

 

沈黙が落ちる。

 

けれど次の瞬間――

 

『……何を望む』

 

老若男女、どれとも判別できないような、深く柔らかな声が頭に響いた。

 

(私は、あなたに認められたい。どうすればいい?)

 

思いを込めて伝えると、声はゆっくりと、そして重く続いた。

 

樹妖精王(ドリュアス・ロード)は、永劫の時をかけて我を支え続ける役目を持つ。我は、お前の意思と力を試さねばならぬ』

(試す……?)

『精神、魔素、魔力――三位一体の強度を。その覚悟を示せ』

 

言葉と共に、世界がぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

 

 

気がつけば、私は見知らぬ空間に立っていた。周囲は闇。空も地面もない。全方位が曖昧な混沌に包まれている。

 

「ここは……」

 

そして――

 

その闇から、何かが無数に現れ始めた。

爪、牙、鎧のような外皮を纏った影。感情のない眼差し。敵意だけを燃やして、こちらに向かってくる。

 

「え……何これ……!」

《解。対象は識別不能。情報は秘匿されているものと推定》

 

先見者(ミトオスモノ)の言葉が、どこか心細く響いた。

 

(つまり、未知ってこと……!)

『試練を始める』

 

大霊樹(ドリュアス)の声と同時に、私は風を巻き起こし、身を軽くして間合いを取った。

覚えたての水の魔法で刃を形成し、迫り来る魔物たちを迎撃する。

 

次から次へと湧いてくる敵。倒しても倒しても終わらない。

でも、それでも――

 

「……やるしかないっ!」

 

私は両手を握りしめ、意識を集中させた。風の魔法で身を守り、水の刃で魔物を次々と斬り伏せていく。

空を飛ぶ以外も練習しておいてよかった。

 

だが、倒しても倒しても魔物は湧いてくる。試練は終わることなく続いていく。

 

「これ、終わりがあるのかな……」

 

それは、きっとこれから、樹妖精王(ドリュアス・ロード)としての使命を果たす日々の中で、幾度も思うことだろう。

 

 

 

 

 

どれほどの時間が過ぎただろう。

 

魔素が削れ、集中も薄れていく。

けれど、それでも私は止まらなかった。

 

「……私は……樹妖精王(ドリュアス・ロード)……」

 

そう何度も呟いて、自分を奮い立たせた。

 

たった一歩でも前へ。たった一撃でも多く。

私は、ただ、ここで試されている。

 

だから――

 

「舐められてたまるか! ……私は……認められたいんだ……!」

 

その瞬間、世界が音もなく、静かに崩れた。

気がつくと、私は大霊樹(ドリュアス)の中に戻っていた。

 

『試練は、終わった。汝を(あるじ)と認めよう』

 

(あるじ)――。

頭に響く声は、以前よりも、どこか優しげだった。

 

(あるじ)は、我とつながりし真なる樹妖精王(ドリュアス・ロード)。これより、我が息吹を共にせん』

 

私は、静かに目を閉じた。

 

疲労はある。魔素も尽きかけている。

でも、その心は、不思議なほど静かだった。

 

「……ありがとう、大霊樹(ドリュアス)……」

 

それだけ呟くと、私はその場にそっと身を横たえた。

これでようやく、私は本当の意味で、ここに“存在”できる気がしたのだった。

 

 

 

 

 

しばらく眠ったあと、私は、あることを思い出した。

 

「……ラミリスさんに、報告しなきゃ……!」

 

名付け親であり、主であり、大切な存在。

あの人には、ちゃんと伝えたい。

 

意識を集中して、私は彼女へと念を飛ばす。

 

(ラミリスさん……聞こえる?)

 

すると――

 

『おおおお!? リン!? 念話キター! アタシとの初念話ー! やったー!』

(あの……実は、報告があって)

『報告? なになに!?』

(私……大霊樹(ドリュアス)に、認めてもらえました) 

 

数秒の沈黙のあと――

 

『えっっっっっ!? はっっっっや!!??』

(えっ、早かった?)

『めちゃくちゃ早いよ!? 普通はね、何年も、十年単位でかかるんだよ! 会話できるだけでもレアなのに、試練受けてクリアとか、なんなの!? アタシのリン、凄すぎでは!?』

 

私は照れくさくて、ごにょごにょと口を濁してしまった。

 

(あの……ありがとう?)

『もーーほんと、前の樹妖精王(ドリュアス・ロード)にも見せてやりたい! あいつなんてさぁ……』

 

そこから始まるラミリスさんの愚痴は、長くて濃かった。

 

『そもそもさぁ、名付けしてあげたのに無表情だし、主従結んでも反応薄いし、試練受けるまでに百年単位だし、しかも途中で寝ようとしたりしてさぁ……!』

(ね、寝ようとした!?)

『そうなんだよ! しかも口癖が「やる気でねぇ」だよ!? 意味わかんないでしょ!?』

 

私は笑いをこらえながら念を返した。

 

(……じゃあ、私ってちゃんと……できてる?)

『できてるできてる! リンは最高だよ! アタシの誇り!』

(うん……私、これからもがんばるね)

『うんうん! アタシもちゃんと見てるから! 頼ってよね、リン!』

 

ふわりと心が温かくなる。

 

やっと認めてもらえた。

だけど、それはまだスタートライン。

 

私は、ここからまた一歩――いや、幹を登るように、少しずつ高く、成長していく。




ちょっぴり補足:「念話」は相手が近くにいる、相手を認識してないと行えませんが、ラミリスと主人公は名付けにより主従関係になってるので「念話」が使えるという設定にしています。
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