転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第七十八話

天魔大戦が終結したという報せが、クロエ——今はクロノアと名乗る彼女の耳に届いたのは、旅の途中だった。黒髪を風に靡かせ、彼女は立ち止まる。目を閉じ、小さくため息をついた。

 

「……やっぱり、こうなっちゃうんだ」

 

その呟きは、誰に向けたものでもなく、虚空に消えていった。クロエはこの光景を何度も見てきた。天魔大戦が終わり、その後に待つ未来。自分が救おうとしても、変えることのできなかった悲劇。それが今また、彼女の前に迫っていた。

 

繰り返す時間の輪廻——クロエはその罠に囚われていた。

遠い未来、リンが消滅し、そこからリムルは壊れていく。帝国軍がテンペストに侵攻し、リムルは国を守るため戦場へ赴くが帰還することはなく、テンペストは崩壊を迎える。突如復活したヴェルドラは怒り狂い、リンを失ったことで世界各地が荒廃、さらなる戦乱が巻き起こった。そして、ヒナタは何者かに命を奪われ、クロエ自身は時間跳躍を果たすことになる。

 

——二千年前へ戻り、記憶を思い出す。

 

幾度も繰り返された流れだ。だが、今回のループは違う。初めて「リムルが生きている」状態で時間跳躍が発動し、今度こそこの結末を変えられるかもしれないという希望が、クロエの中にあった。

 

『どうするつもりなの?』

 

クロエの内側で、ヒナタの声が響く。彼女の魂は、クロエと同居している。時間跳躍の際に取り込んだヒナタの魂は、こうしてクロエの意識に寄り添い、助言を与える存在となっていた。

 

「……どうする、か」

 

クロエは独り言のように呟きながら、胸の内でヒナタに返答する。彼女が繰り返してきた未来。その中でも、もっとも記憶に焼き付いているのは、リムルが崩れていく姿だった。

 

「嘘だ……リンが、いなくなったなんて……!」

 

膝から崩れ落ちたリムル。彼の肩は小刻みに震え、感情をむき出しにして泣き叫ぶ姿は、普段のリムルからは想像もつかないものだった。

 

「俺がもっと力を持っていれば……!」

 

拳を地面に叩きつける音が、耳に焼き付いている。あまりにも痛々しいその姿に、クロエは目をそらすこともできなかった。

それでもテンペストを守るために戦場に赴き、そして帰ってこなかったリムル。

 

リムルの喪失によってテンペストは崩壊し、その果てに待つのはヴェルドラの暴走と、リンを失ったことによる世界の滅亡だった。幾度も繰り返してきた未来。

 

「今回のループで初めて……チャンスがあるかもしれない」

 

クロエは小さく息を吐き、目を閉じた。

前回のループではリムルがいなくなる前にヒナタが亡くなり時間跳躍が発動した。ヒナタが亡くなって彼女の魂を取り込んで過去へ跳ぶという流れは変わらなかったが、リムルが生きているという一つの変化。

このイレギュラーを活かし、今回のループでは前回同様にリムルが生存する未来を掴むために前回の行動をなぞるようにしていた。

 

けれど、リンに関してはそうもいかなかった。

前回のループでもリンは消滅している。彼女を救わなければ、リムルが無事であっても世界は破滅に向かう。聖魔樹帝(ルフレス)である彼女の消滅によって、世界各地が荒廃するのだ。

これまでのループでは、リンとの接触が遅れすぎた。だが、今回はリンが帝国と関わりを持つ要因となる、天魔大戦前にリンに直接頼み込むことができた。

 

——それでも、リンは約束を守らなかった。

 

「彼女が優しすぎて頑固なのは知っているけど……」

 

クロエは眉を寄せ、視線を落とした。

 

『それが彼女の長所であり短所でもあるわね』

 

ヒナタが淡々とした口調で言う。

 

『せめてリンがリムルを頼ってくれたら、あの出鱈目スライムがなんとかしてくれそうなのだけれど……あの人は頼るってことをなかなかしないものね……』

「うん……。リムルさんとリンさんが初めて会った時点で、もう彼女の身体はボロボロだったみたい。リンさんが平然としていたから誰も気づけなくて、リムルさんはだいぶ後でそれを知って、それからはリンさんが無茶しないように見張ってたんだって」

 

クロエが語る未来の新たな情報。リンを少なからず知るヒナタは、そこからどうなったのかが簡単に予想できた。

 

『……絶対抜け出して色々やってたんでしょうね』

「私もそう思う。でね、リムルさんとリンさんが出会うよりもずっとずっと前、リンさんは帝国に関わってたみたいだってリムルさんが言ってた。帝国を恨んでそうだったって。だからたぶん、リンさんが消えたことと帝国は無関係じゃないと思うの」

 

リンの消滅後、帝国軍がテンペストに攻めてくる。まるで予定調和であるかのような流れに、クロエもヒナタも同じ結論に至った。

 

『つまり、リンを救うには帝国から遠ざけないと意味がないってことね』

「うん。だからリンさんの身体が大丈夫なうちに帝国から離したいなって思ってるんだけど……」

『元気なあの人は止めるのは難しいでしょうね……。仮に天魔大戦の最中に外に出させないように見張っていたとしても、抜け出していたでしょうし。いっそルミナス様に話したように、リンへも話してはどう?』

「……私もそれを考えたけど、まだ迷ってる」

 

ヒナタは少し黙った後、静かに返した。

 

『未来を知ることで彼女がどう動くかは予測できないけれど、リンは世界に必要不可欠よ。リムルにも、私たちにもね』

「わかってる」

 

クロエは拳を握りしめた。リンを失うことで、リムルも世界も壊れていく。それを防ぐためには、リンを救う必要がある。

 

「……でも、未来を話すことで、逆に悪い結果を招くかもしれない」

『だからって、何もしないわけにはいかないでしょう?』

 

ヒナタの声はいつも通り冷静だったが、その裏に焦燥が垣間見えた。

 

「わかってるよ。だから……せめて、警告だけはするつもり」

 

クロエは静かに息を吐き、目を閉じた。そして、強い決意を胸に秘めて歩みを再開する。

 

「次に会うときに伝えよう。どう動くかは彼女に任せる。それでも……危険が迫った時に逃げるように伝える」

『そうね。それが最善だと思う』

 

ヒナタの言葉に、クロエは小さく頷いた。

 

(今度こそ……このループを終わらせる)

 

その瞳には希望と覚悟が宿っていた。リムルもリンも救う未来を手に入れるために。大切な人たちを守るために。

 

「見てて、リムルさん。必ず救ってみせるから」

 

クロエは強く誓い、旅路を進んでいった。

 

 

 

 

 

リンが獲得したエクストラスキル『並列存在』は、想像以上に便利な力だった。そのスキルによって生み出した別身体を各地に派遣することで、天魔大戦で荒廃した地を効率的に修復し、平和を取り戻すための活動を進めていた。

 

「これなら、大霊樹(ドリュアス)の中で待機してても問題ないし、皆のところにも行ける……本当に楽だわ」

 

大霊樹(ドリュアス)の中でリンは一息つきながら呟いた。別身体を使えば、樹妖精(ドライアド)の魂を成長させながら、外の世界に干渉することができる。それは、リンが自身の役割を全うする上で理想的な手段だった。

 

その時、ふと視界に黒髪の人影が映った。仮面をつけた冒険者風の女性が、修復作業を進める別身体に近づいてきたのだ。

 

「……あの時の人?」

 

本体であるリンは、大霊樹(ドリュアス)の中で別身体の視界を共有しながらその姿を見ていた。天魔大戦の前に大霊樹(ドリュアス)を訪れ、外に出ないでほしいと頼み込んできた人物——彼女だ。

 

別身体の視界を通じて観察するリンの前で、その女性が口を開いた。

 

「……また会ったわね。あなたに少し話があるの」

 

仮面の下から聞こえる声は落ち着いているが、その言葉にはどこか緊張が滲んでいる。

 

別身体がリンの意識を反映して応じる。

 

「話……? あなた、確か前に私に何か頼んでたよね?」

「ええ。外に出ないでほしいとお願いした」

「……ごめんね、守れなくて」

 

リンの別身体は少し申し訳なさそうに首を傾げたが、女性——クロエはそれに対して首を横に振った。

 

「いいの。分かっていたことだもの」

「え?」

「私があなたに頼んだところで、あなたが自分の意志を曲げることはないって分かってた」

 

その言葉に、リンは少し不思議そうに眉をひそめた。

 

「……なんだか、私のことをすごく知ってるみたいな言い方だね。あなた、誰?」

 

その問いに、クロエは少しだけ躊躇した。しかし、今ここで名乗らなければ信頼は得られないと判断し、仮面越しにリンを見つめたまま名を告げた。

 

「私は……クロノア」

「クロノア……。クロノアさん?」

「ええ」

 

リンは首を傾げながらも、彼女の名前を反芻した。

 

「そっか。じゃあ、クロノアさん……何を話したいの?」

 

その問いに、クロエ——クロノアは一瞬だけ言葉を飲み込む。だが、決意を固めたように目を細め、静かに語り始めた。

 

「これからあなたが関わろうとしている東の帝国……そこは、あなたにとって危険なの」

「危険? どういうこと?」

「詳しいことは言えない。でも、あなたが帝国に関わりすぎると、取り返しのつかないことになる可能性がある。だから、お願い……必要以上に深入りしないで。危険だと思ったなら、すぐに逃げて欲しい」

 

クロノアの切実な声に、リンは少しだけ考え込む。

 

「でも、それって具体的にどういう危険があるのか教えてくれないと、判断が難しいよ……」

「……」

 

クロノアは沈黙する。確信に近い憶測で帝国はリンにとって危険であると話はしたが、具体的に何があったのか自分は知らない。

リムルから聞いた「リンが帝国を恨んでそうだった」という話から、聖魔樹帝(ルフレス)である彼女の力を、帝国が利用したということは容易に想像ができた。しかし所詮は憶測の域を出ない話だ。不確定なそれを伝えれば未来にどんな影響が出るか分からない。その危険性が彼女を躊躇させていた。

 

しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。しかし、やがてリンは柔らかく微笑んだ。

 

「なんだか、クロノアさんは私のことを心配してくれてるみたいだね。ありがとう」

「……分かってくれた?」

「うん。でも、私にはやらなきゃいけないことがあるから、クロノアさんの言う通りにはできないかもしれない」

 

その言葉に、クロノアは目を伏せた。やはり、リンは優しくて、そして頑固だった。

 

「……そう、分かったわ。でもどうか、無理はしないで。あなたが消えてしまったら……世界は壊れてしまうから」

 

その言葉に、聖魔樹帝(ルフレス)である自分が消えたら世界が荒れ果てることを言っているのだと思ったリン。やはりクロノアは心配してくれているのだとリンは少し嬉しくなった。

 

「消えるのは嫌だから、気を付けるね」

『……よく聞いたセリフだわ』

 

ヒナタの呟きに、クロエも内心で同意する。

リンは嫌だと言いながらも、守るためならば己の身を投げうつことに一切の躊躇がない。だからこそ周りが放っておかなくなる。

 

クロノアはリンの言葉に小さく頷き、それ以上何も言わずにその場を去った。

 

(リン……どうか、あなたの未来が変わりますように)

 

クロノアは心の中で祈りながら、大地を踏みしめて遠ざかっていった。




クロエたちを出すときはホント未来のネタバレが怖い。この一話でオチが読めそうなほどです。

リンが新しく獲得するスキルはどれがいいですか?

  • 樹界移動を進化させる
  • 聖域創造を進化させる
  • 万象再生を進化させる
  • 深淵樹霊を進化させる
  • 「神智核」一択
  • 魔王覇気とか
  • 特に思いつかない
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