リンが「挨拶」を終えた翌日の帝国宮殿の一室。静寂の中、ルドラとリンが向かい合っていた。リンの顔には珍しく思案の色が浮かんでいる。
「……今後どうする? 魂の回復、周りに気取られないようにするのは難しいと思う。特にヴェルグリンドさんにはすぐに怪しまれそうだし」
リンの言葉に、ルドラは腕を組んで考え込む。魂の回復には触れ合いが必要だという現実。それを彼の恋人であるヴェルグリンドに知られることなく継続するのは、確かに簡単ではない。
「ヴェルグリンドは可能な限り、余のそばにいようとする。余が命じて下がらせることも出来るが、それを頻繁に行い、お前と接触していれば、いくら彼女でも何かを察するだろうな」
「……やっぱりかぁ。いや、さすがに嫉妬はしなさそうだし、手を繋いでても気にしてないっぽいけど」
リンは苦笑いを浮かべながら、以前ルドラと手を繋いだ時のことを思い返した。ヴェルグリンドはその場にいたものの、特に目立った反応はなかった。むしろルドラと仲良くして欲しそうにしていたのが妙に気になったが、下手に突っ込めば藪蛇になりそうなのでリンはそれについては触れないようにしようと思った。
「ヴェルグリンドは鋭い女だ。何かを察している可能性は高いが、問い詰めてくるようなことはしない。ただ、心配をかけたくはない。それ故、魂の擦り減りについても彼女には話していないのだ」
「そりゃあ、心配かけたくないのはわかるけどさ……正直に話した方が安心するんじゃない?」
ルドラはその言葉に眉をひそめ、しばらく黙り込んだ。
ルドラの赤色の瞳が逡巡の色を湛えていたが、やがて彼は静かに頷く。
「……そうだな。お前の言う通りかもしれない。ヴェルグリンドを呼び出そう」
呼び出されたヴェルグリンドは、整然とした足取りで部屋に入ってきた。その視線はルドラに向けられていたが、どこか穏やかさを感じさせる。
「どうしたの、ルドラ?」
彼女の問いに、ルドラは一度深く息を吐いた後、決意を込めた声で口を開いた。
「ヴェルグリンド、余の魂は……転生を繰り返していることで、擦り減っている」
ヴェルグリンドの表情が一瞬だけ揺れる。しかし、すぐにその揺らぎを抑え、静かな口調で問い返した。
「……あなたはどうなるの?消えてしまうの?」
「魂の消耗が続けば、余はやがて自分を失うだろう。だが、それを防ぐ方法がある。それがリンだ」
その言葉にヴェルグリンドの瞳が大きく見開かれる。リンは一歩前に出て、言葉を補足した。
「私がルドラの魂を回復する。手を繋いだりとか、ルドラの身体に触れる必要があるけど、それを許してほしい」
しばらくの沈黙が続いた。ヴェルグリンドはルドラとリンの言葉を受け止めるように目を閉じ、やがて静かに頷いた。
「……わかったわ。ルドラのためだもの、私のことは気にしなくていいわよ」
ヴェルグリンドの了承に、ルドラとリンはほっと息をつく。
ルドラのためならば自分が拒絶するはずもない。ヴェルグリンドは、リンがルドラのためにその力を使えるように、他に自分にできることはないかと考える。
ルドラの魂の回復のために、邪魔が入らないように動き、いずれは自分と同じようにリンがルドラのそばにいることになれば、ルドラも安心するのではないだろうか。
(リンがルドラのそばにいれば、リンの力を手に入れるチャンスも……)
ヴェルグリンドは自身の中に過った考えに、一瞬疑問を覚えた。
(……リンの力は彼女が持たなくては意味がないはずよね……?私は何を——)
だが、その疑問はすぐに消え去り、彼女の中に静かな受容だけが残った。
「じゃ、さっそく回復しちゃうよ」
リンはルドラの手を取り、深呼吸をして集中する。その手のひらから、暖かな光が溢れ、ルドラの魂を包み込むように輝き始めた。
「……やはり素晴らしい力だな」
ルドラの声に、リンは微かに笑みを浮かべながら答えた。
「まあね。でも、回復してもじわじわと魂が弱ってる。たぶん、転生するたびに削られるんじゃなくて、常に少しずつ擦り減ってる感じ」
その言葉にルドラの眉がわずかに動く。リンは続けた。
「でも、こうして回復していけばひとまず維持はできるし、多少改善はされてるっぽい。だから大丈夫だよ……たぶんね」
「たぶん、か」
ルドラは苦笑しつつも、どこか安堵したような表情を浮かべた。
魂の回復を終えたリンは、そっとルドラの手を離す。その瞬間、ルドラは心の中で強く思った。
(余の理想を叶えるためにも、リンは必要だ。彼女がいればきっと叶えられる……)
一方で、ヴェルグリンドもまた、心の中で思う。
(魂の回復……だからルドラはリンを必要としていたのね。ルドラのためにも、絶対にリンを手に入れなくては……)
ヴェルグリンドは表面上は静かな表情を浮かべていたが、その瞳は力強くリンを見つめていた。ヴェルグリンドからの視線を受けたリンは、首を傾げながらも笑みを浮かべる。
「ま、これからも協力するけどさ。ちゃんと自分の体は労わってよね。無茶しないように」
誰かが聞けば「お前が言うな」とツッコミを入れるであろうセリフを吐くリンだが、そんなツッコミを入れる者はこの場にはいなかった。
(クロノアさんには深入りするなって言われたけど……放っておけないし)
頼られているからには全力で応えたいと思うリン。
微笑み合う三人のそれぞれの胸の内には、複雑な感情が交錯していた。
リンの別身体は、
「いつ産まれてくるのかな……」
ふと呟いたその時、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「リン!いたいた!」
振り向けば、ラミリスがふわりと飛びながら近づいてきた。
「ラミリスさん、どうしたの?」
「どうしたの、じゃない!ちょっと最近アンタどうしてるのか気になったから来たのよ!」
ラミリスは腕を組み、リンをじっと見つめる。その目には明らかに疑惑の色が浮かんでいる。
「最近……えっと、ヴェルグリンドさんのおかげで『分身体』を『並列存在』に進化できたんだ!」
リンの軽い報告に、ラミリスはぽかんと口を開けた。そして、次の瞬間。
「な、な、な……なにそれ!?」
ラミリスの声が
「ちょっと待ちなさいよ!前に『並列存在』を手に入れる方法で相談してきたくせに、そんな重要な話をアタシに報告してこなかったわけ!?」
「あ……そ、そういえば、相談したね……」
「そういえば、じゃないでしょ!あの時、アタシは『一部の
リンの別身体は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「いや、ギィさんはちょっと解析するの抵抗あったし……で、ミリムの提案でヴェルグリンドさんのこと思い出して、ヴェルグリンドさんが協力してくれて……」
「寝耳に水どころか滝よ!何それ!?アタシたちのこと蔑ろにしてない!?」
ラミリスのぷくっと膨れた頬に、リンの別身体は困り果てた表情を浮かべた。
「……で、今ここにいるのって、並列存在で生み出した別身体ってことでしょ?本体はどこにいるの?」
「帝国にいるよ。本体があっちで動いてるから、こっちは魂の成長を見守ってるの」
「帝国、ねぇ……」
ラミリスは腕を組み直し、小さくため息をついた。リンが帝国の皇帝を見張るという約束を守るために動いていることは理解できる。だが、その一方で心配も募る。
(並列存在なんて覚えちゃったから、無茶に拍車がかかりそう……)
「ねえ、リン。もし危険が迫ったら、絶対にアタシに知らせるって約束してくれる?」
「え、危険って……」
ラミリスの真剣な眼差しに押され、リンの別身体は頷かざるを得なかった。
「……わかった。本体にも伝えるよ」
即座に本体にそのことを伝えると、渋々ではあったが了承の返事が来た。
「本体に伝えたよ。"わかった"って」
「よろしい!今度アタシを頼らず無茶したら本気で怒るからね!」
ラミリスの気迫に押されて頷いた直後、部屋に置かれていた通信用の水晶が淡い光を放った。水晶を覗き込むと、そこには赤い髪の男——ギィ・クリムゾンの姿が映し出される。
「……あ、ギィだ」
ラミリスが呟くのを横に、リンの別身体は嫌な予感を覚えた。
『リン、三日後に
ギィの言葉に、リンの別身体は内心でまたドレスか……と嫌な顔をしながら頷いた。
『それと……並列存在、使えるようになったんだろ?』
「えっ、どうしてそれを……」
『オレの目を侮るなよ。
ギィの洞察力に驚きつつ、リンの別身体は「伝えておくね」と答える。ギィは満足そうに頷くと通信を切った。
「やっぱりギィさんの洞察力、すごすぎる……」
通信が終わった後、リンの別身体は肩を落とした。ラミリスが不思議そうに尋ねる。
「そんなにドレスが嫌なの?」
「……ラミリスさんはドレスでギィさんに弄られたことないでしょ」
「ないけど……そんなに嫌?」
「もうね、肩凝るし、動きづらいし、散々だよ」
しょんぼりするリンの別身体に、ラミリスは苦笑いを浮かべながら呟いた。
「まあ、頑張りなさいよ。……でも、本当に無茶しないようにね?」
「はいはい、わかったよ」
そう答えたリンの別身体の心には、また少し不安の影が広がっていた。
ヴェルグリンドさんのルドラへの深い愛情を表現したいけど表現しきれない…。もうすぐ
【補足】
ヴェルグリンドさんが並列存在を獲得するのはヴェルドラが封印された後だと書籍版に書いてありましたので、それに合わせて第七十六話を修正しております。見落としてて申し訳ありません。
リンが新しく獲得するスキルはどれがいいですか?
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樹界移動を進化させる
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聖域創造を進化させる
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万象再生を進化させる
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深淵樹霊を進化させる
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「神智核」一択
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魔王覇気とか
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特に思いつかない