転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第八十六話

荘厳な白氷宮の応接室は、豪華絢爛ながらも冷たさを感じさせる雰囲気に満ちていた。壁には精巧な彫刻が施され、天井からは宝石のように輝くシャンデリアが垂れ下がっている。空間を満たす静寂は、目の前に座る二人の存在感によってさらに重みを増していた。

 

ギィ・クリムゾンとルドラ・ナム・ウル・ナスカ。この二人が一つの空間に揃うこと自体が異例であり、同時にそれだけで世界を動かす一大事と言える。

 

ギィは片足を組み、背もたれにゆったりと身を預けている。その赤い瞳には、余裕と興味が混ざり合った光が宿っていた。一方のルドラは、肩の力を抜きつつも、どこか内面で葛藤を抱えているかのような鋭い眼差しを床に向けていた。

 

やがて、その沈黙を破るように、ギィが口を開く。

 

「……元気そうじゃねえの」

 

飄々とした声色が、凍りついた空間にわずかな変化をもたらす。ルドラはその言葉に反応して顔を上げ、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「お前もな。こうして再び会うとは思っていなかったが、案外悪くないな」

 

ギィの口角が微かに上がる。

 

「同感だ。ま、ルール違反じゃねえし、いいけどよ」

 

一瞬の間を置いて、ギィはその表情を引き締める。

 

「で、ルドラよ。天使族(エンジェル)を使わずに理想は叶えられそうか?リンとの約束を守るからには、もう天使之軍勢(ハルマゲドン)は使わねえんだよな?」

 

ギィの瞳には探るような鋭さが宿っていた。ルドラはその視線を正面から受け止め、静かに頷く。

 

「……そうだな。使うつもりはない。今後はリンの協力を得て、計画を進めていく」

 

その言葉を聞いたギィは、笑みを浮かべつつもどこか厳しい目をしたまま、ソファの背もたれに深く寄りかかった。

 

「リンが選んだなら、オレは口出ししねえさ。ただし……もしリンを危険に晒すことがあれば、その時は容赦しねえからな」

 

ギィの言葉に込められた威圧感が、空間を一瞬で支配する。その圧力に、ルドラは一切動じず、むしろ冷静に見据えた。

 

「リンは世界に不可欠な存在だ。お前がリンを利用するのは勝手だが、それでリンが危険に晒されるようならオレは『調停者』として見過ごすわけにはいかねえ」

 

ギィは語気を強めた後、軽く肩をすくめるようにして付け加えた。

 

「友人でもあるしな」

「……友人か」

 

ルドラが小さく呟くと、ギィはニヤリと笑った。

 

「ああ。お前もリンと友人になったらしいじゃねえか。リンが『私とルドラは友達になったから、ギィさんとも友達だと思う』とか言ってきやがって、昔を思い出したぜ」

 

その言葉に、ルドラは目を見開いた。ギィの発言が、かつての自分とギィの間で交わされた言葉と重なっていることに気づく。そして、ふっと穏やかに笑みを浮かべた。その柔らかな笑い方にギィは一瞬驚いたように目を瞬かせる。

 

目の前にいるルドラは、かつてギィが最後に見た「冷徹で不安定」だった頃のルドラとはまるで違う。まるで、“勇者ルドラ”だった頃を彷彿とさせる雰囲気が漂っている。

 

(……変わったな)

 

ギィは内心でそう感じた。

 

リンがルドラに何かしたのか、それともただリンがそばにいるだけでこうなったのか。いずれにせよ、ルドラにとって良い変化であることは間違いない。

ギィはわずかに笑みを浮かべた。

 

「せいぜい楽しませろよ。あのじゃじゃ馬を手名付けられたら褒めてやる」

 

ルドラは思わず笑いを堪えるようにしながら尋ねる。

 

「じゃじゃ馬とはまさかリンのことか?」

「他に誰がいる。アイツ、ちっともオレの言うこと聞かねえからな。お前も苦労するぞ」

 

ルドラは苦笑しつつも、覚悟を決めたように頷いた。

 

「肝に銘じておこう。リンとはこの先長い付き合いになるだろうからな」

「お前がリンに振り回されてる光景が目に浮かぶぜ。楽しみだな」

 

ルドラはわずかに顔を引き攣らせながらも、ため息をついて言った。

 

「……相変わらず腹の立つ物言いだな」

 

ギィは肩を揺らして笑いながら返す。

 

「揶揄いたくなる性分だからな。知ってんだろ」

「そうだな。お前は昔と変わらない」

 

ルドラが呟くように言うと、ギィの目が一瞬だけ真剣な色を帯びた。

 

「ふん。お前の方は前よりマシになってるみたいだが、リンの影響か?」

「……そうだな。彼女のおかげで取り戻せたものがある。その影響だろう」

 

ギィはその言葉を聞き、リンがルドラにどれほどの影響を与えたのか、さらに興味を抱いた。そして、ふとルドラがギィに呼びかけた。

 

「ギィ」

「あん?」

 

短く返すギィに、ルドラは静かだが確固たる意志を宿した声で答えた。

 

「……余はリンを傷つけるつもりはない。リンがいれば、余の理想は叶えられる。理想の実現のために共に歩んでいくことが余の望む形だ」

 

ギィはその意志を確認しながら、牽制を込めて言った。

 

「共にね。望むのはお前の自由だが、リンの意志は無視するなよ。アイツにはアイツの信念があるからな」

「ああ。無理強いをする気はない。彼女が自ら協力せねば意味がないからな」

 

その言葉に、ギィは満足げに目を細める。

 

ギィは内心でルドラの持つ「正義之王(ミカエル)」の支配能力について考えていた。ルドラがリンに対してそれを行使しない理由は何なのか?

 

おそらく、リンが展開する聖域創造(せいいきそうぞう)による結界を超えて支配するのは不可能だからだろう。仮に支配できたとしても、リンの力はその意志の強さに基づいて発揮される。だからこそルドラとヴェルグリンドは、リンから信頼を得ようとしている。

 

(……利用するために近づいてるか。まあ、リンが見極めるだろ)

 

そう考えたギィは、ふっと笑みを浮かべた。

 

「ま、せいぜい仲良くやれよ。リンと本物の友情でも築けるなら、それはそれで面白い話だ」

 

ギィの言葉に、ルドラは少し目を細めた。そこにはかつての”冷徹な皇帝”ではなく、どこか穏やかさを取り戻した男の表情があった。

 

「本物の友情か。そう簡単な話ではないだろうが、余も彼女には誠実でありたいと思っている」

 

ギィはそれを聞き、改めてルドラの変化を実感する。

理想を見失ってからのルドラは、あらゆる手段を正当化し、犠牲を厭わなかった。その冷徹な姿が、ギィにとっては失望の象徴でもあった。だが今、目の前にいるルドラには、かつての"勇者ルドラ"の面影が見え隠れしている。

 

「誠実ねえ……まあ、オレとしてはアイツを無理やり動かそうとしねえ限り、好きにやればいいさ」

 

ギィは肩をすくめて、興味なさげに言い放つ。しかしその声の奥には、どこか期待が込められていた。

 

「それにしても——」

 

ギィは話題を変えるように、ソファに背を預けながら呟いた。

 

「リンはホント面倒くさいヤツだよな。お前も思うだろ?」

 

ルドラは少し考え込むような仕草をした後、微かに笑みを浮かべる。

 

「確かに、余の計画を左右するほどの影響を与えてくれる存在だ。だが、彼女がいなければ今の余はなかっただろうな」

 

ギィはその答えにわずかに驚きながらも、すぐに鼻で笑った。

 

「はっ、なんだよそれ。お前がそんな殊勝なこと言うなんてな。やっぱアイツ、ただもんじゃねえな」

 

ルドラはギィの反応に少し肩をすくめ、静かに言葉を紡いだ。

 

「彼女の純粋さは時に人の心を動かす力があるのだろう」

「人の心を動かす、ねえ」

 

ギィはその言葉を噛みしめるように繰り返し、再びルドラに視線を向けた。

 

「ま、アイツの力がどんなもんか、これからも見せてもらうさ。楽しませてくれるだろうよ」

 

ギィはちらりと壁際の時計に視線を向け、少し時間が経ったことを確認する。リンがドレスを選ばれている間、こうしてルドラと会話する時間が取れるとは思わなかったが、悪くないひとときだった。

 

「さてと、そろそろリンが着飾られてくる頃だろう。アイツの着飾った姿を見たことがあるか?」

 

ルドラは眉をひそめ、少しだけ考え込むような仕草を見せる。

 

「いや、一度着飾ってもらおうと提案したが、彼女が嫌がってな。着飾った姿は見たことがないな」

「あのじゃじゃ馬は着飾るのをとことん嫌がるんだ。あの嫌がる様子は笑えるぜ」

 

その言葉に、ルドラは小さくため息をつきつつも微笑を浮かべた。

 

「それはそれで楽しみだな。彼女は、嫌がる仕草すら新鮮に映るから不思議だ」

 

ギィは興味深げにルドラを見やりながら、意地悪そうに口を開く。

 

「へえ、結構余裕じゃねえか。でもよ、お前もだんだん分かるぜ。アイツはいい意味でも悪い意味でも人を振り回すのが得意だからな」

 

その軽口に、ルドラは苦笑しながらもどこか達観した様子で答えた。

 

「それはもう、覚悟の上だ。彼女の言葉一つで、余の計画が変わり得る。それでも構わないと、そう思えるほどに彼女を信頼している」

 

ギィの目がわずかに細くなる。その信頼を語るルドラの言葉には、かつての冷徹な皇帝としての一面は見られず、むしろ温かさすら感じさせるものがあった。

 

「信頼ね……お前がそこまで言うのは珍しい。リン、ホントにただもんじゃねえな」

「彼女はただの存在ではない。余が失いかけていたものを思い出させてくれた。そして、今の余には彼女が必要不可欠だ」

 

ギィはその答えに少しばかり感心したように見えたが、すぐに飄々とした口調で言葉を続けた。

 

「ま、せいぜい大事にするこったな。リンはお前をどう思ってるか知らねえが、あのじゃじゃ馬は時々信じられねえくらい純粋だからな」

「……だからこそだ。余が誠実でなければ、彼女の心は二度と余に向かないだろう」

 

その静かな言葉には、どこか決意が込められていた。

やがて、扉の向こうから柔らかなノックの音が響いた。続いて、ヴェルザードの澄んだ声が届く。

 

「お待たせ。リンの準備が整ったわ」

「おっと、ついにお披露目の時間か。どうだ、ルドラ?あのじゃじゃ馬のドレス姿を見る準備はできてるか?」

 

ルドラは小さく息を吐きながらも、どこか期待を込めた声で応じた。

 

「もちろんだ。彼女がどんな表情で現れるのか、興味深い」

 

ギィはその言葉に軽く笑いながら、再びソファに体を預ける。

 

「ははっ。ま、せいぜい楽しませてもらおうぜ」

 

扉の向こうにいるリンの姿を想像しながら、二人は静かに次の瞬間を待つ。その間にも、ルドラの中には未知の感情がわずかに芽生えつつあった。そして、ギィはそんなルドラの横顔をちらりと見やり、内心で呟く。

 

(リンがコイツをどこまで変えるのか……見ものだな)

 

重厚な扉が、音もなく開かれようとしている。運命の歯車が、また一つ音を立てて動き始めた。




ギィさんとルドラのやり取り楽しい…。

リンが新しく獲得するスキルはどれがいいですか?

  • 樹界移動を進化させる
  • 聖域創造を進化させる
  • 万象再生を進化させる
  • 深淵樹霊を進化させる
  • 「神智核」一択
  • 魔王覇気とか
  • 特に思いつかない
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