転生したら木の中でした   作:猫田やなぎ

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第九十三話

大霊樹(ドリュアス)の内部。ミリムとの談笑を楽しんでいたリンは、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

 

(あ……ラミリスさんにも相談しなきゃ)

 

自然と頭に浮かんだ名前に、リンの表情が少し引き締まる。彼女にとってラミリスは自然や精霊の知識が豊富で、自分の考えを補完してくれる頼もしい存在だった。

 

「リン、どうしたのだ?」

 

ミリムが首を傾げながらリンを覗き込む。その無邪気な表情に、リンは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「ちょっと思い出しただけ。大霊樹(ドリュアス)の監視網のことなんだけど、もっと役に立つ使い方がないかなと思ってて……ラミリスさんに相談しようと思ったの」

「ラミリス?なんでワタシじゃダメなのだ!」

 

ミリムはわざと頬を膨らませ、拗ねたような仕草を見せた。その表情にリンは慌てて手を振る。

 

「いや、その、ミリムにも相談したいけど……ラミリスさんは自然や精霊に詳しいから、そういう視点も欲しいなって思っただけ」

「ふーん……まあ、リンのためなら許してやるのだ!でも、ワタシにも相談するのだぞ!」

 

ミリムはすぐに満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。その快活な姿に、リンは胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

「ありがとう、ミリム!」

 

リンの感謝の言葉に満足げなミリムは軽やかに跳び上がると、そのままどこかへと去っていった。

 

(さて、ラミリスさん……)

 

リンは目を閉じ、意識を集中させる。思念を飛ばし、ラミリスへ語りかけた。

 

(ラミリスさん、今ちょっといい?)

 

唐突に響いた声に、迷宮でリラックスしていたラミリスは目を丸くした。

 

『リンじゃん!どうしたの、何かあったの?』

(いや、相談があってね)

『相談?いいよいいよ!今ヒマだし!で、何?』

 

軽快な声色に安心しながら、リンは監視網についての考えや悩みを語り始めた。魔王たちの宴(ワルプルギス)で議論となった内容や、監視という言葉への抵抗感をどう和らげるべきか、率直に打ち明ける。

 

『ふむふむ、なるほどね~』

 

ラミリスは軽い調子で相槌を打ちながらも、その表情はどこか真剣だった。

 

『監視って言葉が問題だよね。誰だって監視されてるって聞いたらイヤだもん』

(うん、だからどう言えばいいか悩んでて……)

 

リンの言葉に、ラミリスは得意げに笑みを浮かべた。

 

『だったらさ、『支援』って考えたらどう?自然災害が起こりそうなときに事前に教えてあげるとか、対策を立てられるようにするとか、そういうこと!』

 

その提案に、リンは目を見開いた。

 

(支援……確かに、それなら皆が安心できるかも)

『でしょでしょ!リンは自然と繋がってるんだから、それくらい簡単でしょ?それにさ、ちゃんと相手と話し合って情報を共有するのが大事だよ。一方的にやられると、誰だって嫌な気分になるしね!』

 

ラミリスの言葉に、リンは深く頷いた。

 

(ありがとう、ラミリスさん。おかげで前向きになれたよ)

『いいってことよ!でも、リン、大変そうだよね~。あんまり無理しないでよ。困ったらアタシが助けてあげるから!』

 

明るい声に、リンの胸にじんわりと感謝が広がる。

 

(ありがとう、ラミリスさん。また困ったときは頼るから)

『うんうん、いつでも言ってよ!……でも、忙しいときはダメだからね!』

 

リンは苦笑しつつ、ラミリスとの念話を終えた。

ラミリスから得た新たな視点に、リンは小さく呟いた。

 

「監視網じゃなくて支援網……なるほど、確かに皆が受け入れやすくなるかもしれない」

 

だが、その次に頭をよぎったのは具体的な運用方法と説明の仕方だった。

 

(これを各国にどうやって説明しよう……?)

 

天魔大戦の傷跡が癒えぬ各国に、自分の構想を受け入れてもらうには、それぞれの状況や立場を考慮した対応が必要だった。

 

「ガゼル王やカリオンさん、ルミナス様……ファルムス王国にも直接話さないと……」

 

一つ一つを挙げるたび、責任の重さが胸にのしかかる。

 

(サリオン……そうだ、エルメシアさんには監視網のことは説明したけど、支援に使う話はしてないな)

 

エルメシアとの初めての定期連絡を思い出し、リンは苦笑する。

 

(そういえば、何かあればすぐに報告しなさいって言われたんだった。隠し事は気づかれるって、怖いくらいに……)

 

苦笑交じりに息を吐き出し、リンは決意を固めた。

 

「やっぱり、エルメシアさんに一番に話そう」

 

彼女の視線が遠くの空を捉え、穏やかな光がその瞳に映り込む。支援網という新たな試み——その一歩を踏み出す準備は整った。

 

 

 

 

 

王座の間には重厚な静寂が漂っていた。ダグリュールは、窓の外に広がる無限の荒野をただ見つめていた。不毛の大地——かつて命に満ち溢れていた土地。だが今は、生けるものを拒むように冷たく荒れ果てたまま眠り続けている。

 

(不毛の大地……あの地を、誰が蘇らせることを望んだか)

 

長い年月を経てもなお鮮やかに蘇る記憶が、彼の胸を深く刺していた。

 

星霊樹(セレスティア)。自然の調和を象徴し、再生の希望と謳われた存在。かつて、その全力をもって不毛の大地の再生に挑んだ。しかし、その努力は徒労に終わり、星霊樹(セレスティア)は最後には妖気に侵され堕ちていった。

 

(あの時、ワシは……)

 

苦い記憶が、思考の奥底を重く沈めていく。ダグリュールは何一つできなかった。否、何かをする術すら考えつかなかった。星霊樹(セレスティア)が命を削り、最後の力を振り絞ってなお力尽きる姿を、ただ見届けるだけだった。

 

(見届けるだけでは、救えない。それを理解した時には、既に全てが遅かった)

 

力尽きた星霊樹(セレスティア)。その遺骸から生まれたのが、絶望と妖気を纏った存在、樹妖精王(ドリュアス・ロード)。再生を望んだ果てに訪れたその姿は、悲劇そのものだった。

 

(希望は……失われる。それが自然の摂理なのかもしれん)

 

そうした諦めにも似た思考は、何千年もの間、ダグリュールの胸を支配していた。だからこそ、あの時のリンの提案が彼の心を大きく揺るがせたのだ。

 

魔王たちの宴(ワルプルギス)。あの場での光景が、まるで昨日のことのように脳裏に甦る。リンの瞳に宿る確かな覚悟——それは重い沈黙すら打ち砕いた。

 

「……別の目的で、新たに大霊樹(ドリュアス)を植えたいと考えています」

 

その言葉が発せられた瞬間、その場の空気は凍りついた。聖魔樹帝(ルフレス)としての威光を放ちながら、リンはあえて動じることなく続ける。

 

「ダグリュールさん。あなたの支配領域である『不毛の大地』に植えさせていただけないでしょうか?」

 

不毛の大地——それは、ギィとミリムの激闘により荒れ果て、誰もが命が再び宿ることはないと断じた地。あえてその地を選び、植樹を願い出るその姿は、正気とは思えない。しかしリンはなおも強い視線を向け、言葉を紡ぐ。

 

「そこはかつて、星霊樹(セレスティア)が蘇らせようとして果たせなかった場所です。星霊樹(セレスティア)が成せなかったことを、聖魔樹帝(ルフレス)となった私が受け継ぎたいのです」

 

その声には、揺るぎない決意が込められていた。その瞳がダグリュールをまっすぐ射抜く。

 

(あの地を蘇らせるだと……?星霊樹(セレスティア)が成し得なかったことを、貴様が……?)

 

若き聖魔樹帝(ルフレス)。圧倒的な力を誇るギィやミリムのようではない。しかし、その覚悟と真摯な態度が、かつての星霊樹(セレスティア)の姿を彼に思い起こさせた。

 

「もちろん、私の力ではすぐに蘇らせることはできません。でも、小さな布石でもいい。今できることを少しずつでもやっていきたいんです」

 

その一言に、一切の偽りはなかった。だからこそ、ダグリュールは心の中の葛藤を振り払い、重々しい声で答えた。

 

「よかろう。貴様がその地に大霊樹(ドリュアス)を植えることを許す。その覚悟を見届けよう」

 

王座の間に意識を戻したダグリュールは、再び窓の外の荒野を見つめた。沈黙を続けるその地が、何かを語りかけてくるように思えた。

 

(リン……あの地がどれほどの絶望に満ちているか、貴様は本当に理解しているのか?)

 

星霊樹(セレスティア)すら力尽きた地。それをたった一本の大霊樹(ドリュアス)で蘇らせるなど、無謀とも思える挑戦。しかし、その言葉を拒絶することはできなかった。

 

星霊樹(セレスティア)が堕ちたとき、ワシは無力だった。だが、貴様がその意志を繋ぐというのなら……)

 

彼の胸の奥底に、微かな光が灯るのを感じた。それは、長い沈黙を破る希望の兆しだった。

 

「リン……貴様が成し遂げるその時、ワシはその瞬間を見届けよう。そして、もしも貴様が挫けるならば……その時こそ、ワシがその意志を引き継ぐ」

 

その重々しい声は、自らの無力さを希望に変えるための誓いであった。

 

窓の外、不毛の大地は静寂の中に横たわっている。しかし、ダグリュールの心には、そこに新たな命が芽吹く未来が浮かび上がっていた。

 

星霊樹(セレスティア)……貴様の意志は無駄ではなかった。リンがそれを繋いでくれるのだと、今は信じよう)

 

目を閉じた彼の表情には、長い沈黙の中では見られなかった微かな安堵が浮かんでいた。




いつか星霊樹(セレスティア)についてしっかり掘り下げたい。ラミリスの口から語られて以降、がっつりは書いてませんからね。過去の樹妖精王(ドリュアス・ロード)たちについても書けるタイミングがあれば書きますが、なかったら番外編とかで書く予定です。
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