「あ、スノウだ。お酒で現実忘れに来たんだね。ガンガン忘れてガンガンお金落としてね」
酒屋の店内に入れば、この店唯一のマスコットであるリリナの開口一番のおもてなしが俺を出迎えた。
リリナ、フルネームで言えばリリナ・ルルニルーナ。ちまちまと酒を運び、笑顔をばら撒く健気な姿は酒屋の雰囲気を盛り上げるのに一役買っている。もっとも俺はこの小娘、結構意図的にやってるんじゃないかなと思っていたりするんだけど、まあ自分の酒屋が繁盛するためであれば無邪気なもんだ。
「外聞が悪いからそういうのは止めろよなリリナ。一応俺領主だぞ?」
「リリナにはスノウが領主さんだなんて見えないんだけどなあ? ま、領主さんでも何でもいっか。お客さんなら誰でもいいよ。ささ、室内は今日も満席だから外のテーブルに案内するね!」
店頭へと引き返すと、店外のテーブルに連れて行かれた。ここ『ルーナの酒場』が面するこの一番通りは既に夕暮れに落ち、人通りが少なくなっている。まあしかし日中でも人通りが多いかと問われればクレスケンスにそんな景気の良い話はない。いつだってこの町は平和で穏やかで過疎ってる。それが良いか悪いかは受け取り手の自由だが、どうも若者は悪いと考えるらしい。仕事も地味で稼ぎは少なく、それならと各々の夢を抱いて都市に繰り出す。さもありなんって感じだ。
だが、この酒場となれば別である。唯一煌々しいランタンの明かりに照らされた店外席は、外にも拘らず沢山の人で賑わっている。『ルーナの酒場』は町で少ない憩いの場であり語らいの場なのだ。
「適当に麦酒持ってくるね。ではごゆっくり~」
リリナが店内へと戻る後ろ姿を見送っていれば、エルフにぎろりと睨まれる。
「ここは子供を働かせているのか? あの大きさの人間はまだ20歳も行ってないだろう。見下げたぞ」
人間の年齢が分からないあたり流石はエルフか。ちょっと感銘を受けてしまった。
「今年で10歳だったかな、ってちゃうわ。別に俺が認めてるんじゃないの。あの女の子、リリナはこの酒場の一人娘でな。楽しいから自分から店を手伝ってるんだってよ」
「10歳っ!? こ、こほん。こんな薄汚い場所で働きたいとは……人間はおかしい。親は認めているのか?」
エルフは目を見開いて驚いて見せるが、すぐに取り繕うように表情を平坦な物にした。エルフからすれば10歳なんてまだ赤ん坊と同じだと聞く。常識が違うから驚愕されても仕方がない。
ただ、リリナが可愛い子には旅をさせよ精神で働かされているかと言えばそうでもない。
「あーオリオおばさんはどうだろうなあ。オリオおばさんってのはリリナの母親なんだが、あんまり乗り気ではないだろうな、過保護だし。でもリリナを深く愛しているからこそリリナからのお願いを無下にできず根負けしたんだろうさ。だからしょうがなく今はリリナに触れた客を半殺しにしては良く店の裏にあるゴミ置き場に叩き込んでる」
「物騒だな」
「お前が言うな」
無警告で魔法出してきたお前より遥かに常識的だわ。
今年一番のおまいう案件に俺は目を細めて抗議を示すが、エルフは我関せずにやれやれと手をひらひらさせた。
「子供の言うことなど大人が聞く必要などない。ましてや愛する娘をこんな誰とも知らぬ客の前に出すとは、僕の故郷なら絶対に認めない。愚かな人類らしい」
「愚かでも何でもいいけどな。べつに共感してもらいたくて話したわけじゃねーし。ただ理解はしろよ。ここは基本的に人間の国だ、そして理解と尊重は文化的共栄の第一歩だ」
「文化的共栄なんて無意味なことに興味は無い」
「ふーん。ま、あんたらみたいに代々森に閉じこもってる種族は他種族との交流に関心ないだろうな」
「そういうことだ」
結構強めに否定した形だったので、反駁することなく皮肉そうな口ぶりながらも素直に認めたことに俺は驚いた。エルフってのはこう、優生思想とか持ってて『特別な魔法の使える俺達は凄い!』みたいにプライドの高いもんだとてっきり思っていたが、個々の思想によるのだろう。思えばテンプレートな印象に固執して、エルフと言えばこれ、といった偏見に囚わていた自覚はある。ちょっと改めるべきだな。肩書きで判断するのは良くない。
丁度話が切れたタイミングで明かりの眩い店内からリリナが木のお盆をもって現れた。
「はーいお待たせ麦酒だよ! この知恵豆はサービス!」
「ありがとうな。あと肉とか適当に持ってきてくれ、こいつが腹減らしてるんだ」
「いいよ~」
余計なことを言うなと言うエルフからの圧を感じたが知らないふりをした。空腹なのは事実だろうに、強がりはエルフの習性か。それともこいつの性格か。
務めてスルーしている最中にリリナはポンと手を叩く。
「あ、でもスノウは知恵豆これだけじゃ足らないよね」
「いやつまみには十分すぎるけど、一応理由を聞いてやろうじゃないか」
「スノウ馬鹿じゃん! たくさん食べなよ!」
「へー、お礼は説教でいいか?」
俺が両手を広げれば脇にお盆を挟んで「ヤダよ~あははははは!」と楽しそうに店内へと帰って行ってしまった。元気なのは良いことだな、うん。
微笑ましい感情に胸を暖かくしていれば、目の前のエルフが器に盛られた豆をじまじまと見ている。
「おい。知恵豆ってなんだ」
「知らんのか。この辺の食べもんだよ、炒った豆だ。結構旨いぞ。噛んだらジューシーでちょっと甘いから酒に合う」
エルフは指で摘まむと、一粒口の中に放り込んだ。ポリポリと言う音が鳴る。咀嚼しながら酒を口に含んだ。
「味は悪くない。だが知恵豆って名前は何だ?」
「言葉遊びだよ。本来はランチエマメンタって植物名なんだが、いつからか食べれば頭が良くなる知恵豆って名称が幅を利かせて、今じゃクレスケンスで酒の隣人として親しまれている」
「味は認めるが頭は悪いな」
「否定はしない。あとはそうだな、一説にはランチエマメンタの在庫を抱え過ぎた商人による苦し紛れの策が発祥とも言われているらしい」
「そんなのに騙されるのかお前たち人間は」
「別に騙されちゃいねえっての。誰だって嘘っぱちなのは知ってる。ただのゲン担ぎだ。そういうのはそっちには無いのか?」
「見くびるな。お前らと違ってエンドリッケの森人は誰しも聡明だ」
吐き捨てるように言葉を零して、麦酒の入ったジョッキを大きく傾ける。エルフの口悪さに突っかかるのも今更だったので、特にコメントせず俺もそれに追従する。ついでに知恵豆も5つ掴んで口へぽいっと投げ入れた。
途端に奏でられる喉を焼くアルコールと香ばしい豆の甘みの四手連弾……!
これだよこれ、こう言う素朴な組み合わせが意外と疲れに沁みるんだよなぁ……!
「そうだ、お前の名前聞いてなかったな。教えろよ」
と、アルコールを入れたからか、目の前のエルフへ途端に仲間意識が湧いてきた俺は慣れ慣れしく話しかけた。エルフもエルフで酒豪じゃなかったのか、もう既にほんのりと顔を赤くしながら口を小さく開けた。
「テトア……テトア・ノーリッジュ」
「なるほどテトアな」
「なまえでよぶなころすぞ人間」
「俺はスノウ・クレスケンスだ、よろしくな」
滑舌が怪しくなりつつある殺害予告はきっぱりと聞かなかったことにした。いい加減下品な口答えは俺の中のエルフのイメージが損なわれるから辞めてほしい。ブランド毀損罪で投獄してやろうか根性ひん曲がりエルフめ。
……まあ私情はこのくらいにして、俺の目的は終始一貫としてこのエルフから事情を聴取することだ。
アルコールが入ってもそれは変わらない。てか本格的に酩酊する前に聞かねば。
「テトアは何でこの町に来たんだ? 旅でもしてんの?」
「……概ねは合っている」
「概ね?」
思う所があって頭が回り出したのか、テトアの滑舌が復活した。だが妙に歯切れが悪いな。
更に酒を仰いではテトアは忌々し気に星を睨んで、呪言を並べるように低い声を発する。
「私はなぁ……エンドリッケでも最も愚かな民だった。一族の中で才覚に優れている自覚はあった。だから旅をして知見を広めて、私と言う未開の原石を磨き上げ、より完璧な玉石へ誂えようと反対を押し切って誰にも言わずに旅に出た。このザマがこれだ」
「このザマ……? 盗賊に荷物でも取られたか?」
「そんなのじゃない。私がそんなヘマをするように見えるのか人間風情が死に晒せ」
「語尾で悪態吐かないと死ぬ病気にでも掛かってんのかお前?」
「人間如き絶滅がお似合いだ」
「思想が強すぎてお手上げだわ」
どんだけ人間が嫌いなんだこいつは。さっきから聞いてりゃ愚かだの殺すだの、偏見の度が一線を越えている。どこの魔王様だよお前は。
流石にここは人間代表として反論の一つか二つくらいはしとくべきかと考えて、
「エルフを奴隷とする人間などどれもこれも死ねばいい。身を弁えずに生き永らえる悪趣味な連中め。斯くもこの身を辱められようとは、この恥辱を雪がねば……殺してやる!」
怒りの籠った良く響くアルト声に俺はついに真相をそれとなく悟った。
こいつは何も理由無く人間を唾棄すべき存在と見て嫌っている訳じゃない。多分だが、人攫いにでもあって奴隷になったのだろう。そこでどれだけか知らないが恥辱に塗れた日々を送り、解放されたか逃げ出したかで今に至る。憶測ではないが大きく外していないはずだ。俺はこう見えて貴族として帝王学を修めたこともある。帝王学っていうのは上に立つ者が持つべき知識、心構え、立ち振る舞い、教養、それらを横断的にインプットする学問だ。当然、心理学なんてものも帝王学の一部である。心理学の結果、酒から流れ出したテトアの言葉は多分自分が受けた仕打ちをそのまま素直に吐き出しているように俺は思えた。
するとどうだろう。今までの罵声の数々はテトアの防衛機制の出力結果だ。
俺は奴隷商でもなければ人攫いでもない。しかしエルフからすれば同じ人間種だ。
「人間め……」
「その、なんだ。大変だったんだな」
「大変というのは僕に対する同情か人間。殺すぞ。首とかへし折るからな」
酔いが回るのが早いタイプなのか、既に一人称は安定してなければ死ね死ね言ってくる。死ね死ね言ってくるのはさっきからか。
俺は酒を片手に何かを言おうとして、言葉にならず酒の空気に発散した。
あれおかしいな。何でだろうか。
領主としての言葉なら何個も思いつく。でもそれを言うのは違う気がする。
まあ、人間なんて色々いるんだからそう嫌わないでくれ。
そんな玉虫色の言葉で誤魔化すのは、違う気がする。大いに違う気がするんだよ。
俺は今、この世界で初めて人間以外の人種に出会って、この世界の人間代表になった気分でいた。
傲慢かもしれないけど、俺の掛ける言葉一つで眼前の人間によって虐げられたエルフが今後どう人間に向き合っていくかが決定づけられる。そんな気がした。
テトアにどんな言葉を投げかければいいか分からない。
会ったばかりだから当たり前かもしれないが。
「……酒だな」
「は?」
結局出た言葉はそんな責任もクソもない、酷い独り言だった。
でも我ながら領主なんてクソくらえと思う俺らしくもある。
ついでに肉を運んできたリリナに片手間で追加の酒を頼んでやった。
「嫌なことあったら酒を飲むに限るだろ。飲め飲め。全部奢ってやる」
「そう言って酔いつぶれたところで拐かすのも人間だ」
「しねえよ。誰がお前なんぞ攫うか」
「お前なんぞとはなんだお前なんぞとは!」
「だってその怪しい風貌で拐かされるとか言われてもだな。自己評価高すぎウケる、って感想になるこれマジ」
「これだから人間が生きているのを目の当たりにするのは好かないんだ……!」
「相変わらず酷い誹謗中傷だな。ほれ、肉も食いな。空きっ腹に酒ばっかじゃ気持ち悪くなるぜ」
「僕に指図をするなカス」
ついにストレートな罵倒までもが飛んできたぞ。
特に気にせず酒を飲みながらも俺は思うわけだが、ここまで根が深いとテトア自身の問題じゃなくて故郷の思想教育が原因な気がしてくる。エルフの森、確かエンドリッケと言う名前だったか。そこも大概閉鎖的らしいので環境としてはウチとどっこいどっこいなんだろう。
「僕だけ名乗ってるのは不公平だ。お前の名前を聞かせろ。断ったら殺す」
「はいはい殺す殺す。俺はスノウ・クレスケンスだ。ここの領主をやってる」
「なるほどそういうことか」
ローストされた塊肉を豪快に噛みついて貪りつつ、その傍らで会得が行ったと見せびらかすみたいにテトアは大げさに頷いた。続いてニヤリと口弧を歪める。
「領主が地味なら領地も閑散とするのも当然の理屈だな」
「不敬罪で投獄してやろうか?」
「やってみるか?」
思わず言い返したらテトアはまた火球を手から出した。気軽にポンポン攻撃魔法を町中で出すなアンポンタンめ。
ホントこいつは危険人物だな───って評価は今更だとして、それより今度は無詠唱かよ。さっき言っていた一族の中で優れてるって発言は嘯いているわけじゃなさそうだ。一句詠唱ですら珍しいのにその先の無詠唱魔法など俺は人生で一度も見たことが無い。
「なあ、それもエルフの魔法技術ってやつなのか?」
「なにがだ」
「詠唱せずに魔法出したろ今」
「……ああ。これは僕の研究成果だ。僕だけのものだ。故郷じゃ誰にも評価されないけどな」
「無詠唱がかよ。恐ろしいなお前の地元」
「一句詠唱と比較してほぼメリットが無いからな。魔法の発現までに時間がかかるわ込められる魔力量も減るわ。あるとすれば精々喉を潰されても魔法が行使できるくらいだ」
「そうか? 戦時下なら色々と使い道思いつくぞ?」
「戦争? そんな野蛮な行為を僕がやるとでも? それに僕個人としても好かない」
「そんなん俺だって好きじゃねえっての。それでもしなきゃならないって場面が来たとき、無詠唱は大きな武器だ」
「僕には関係のないことだな。特定の国家に属する気は無い」
そう言って酒を静かに飲んだ。俗世と隔絶した物言いは非常に森の奥に住まうエルフらしいと心底思う。
そろそろ頃合いか。
酒にすっかり浸り、心の扉が開いた様子を見せるテトアを見て、俺は一番聞きたかった話を振る。
「これからどこへ行くんだ? クレスケンスが目的地じゃないんだろ?」
「当たり前だ。こんなところ、エンドリッケへ戻る渦中で寄ったに過ぎない」
「ふーん。……その装備で?」
恐らくテトアの言うエンドリッケはクレスケンスから山脈と国境を超えて北にある森林地帯のことだ。しかし荷物一つ持たず、金も大して持ってないのに山越えなんて無理だろ。
「構わない。生憎と僕は急いでいる」
「俺が構うの! 見過ごして山で死んだら気分悪いだろうが」
「人間如きに心配されるほど僕は脆弱じゃない」
酒口を付けて不機嫌そうに鼻を鳴らすテトアにまた琴線が脈打つのを実感。
この野郎……そっちがその気なら俺にも考えはあるんだからな。
「いーや許さないね。お前、北に抜ける山道使う気だろ。領主としていま俺はその道を閉鎖する権利を持っている」
「権力の乱用か。ほんと人間の領主っていうのはクズばかりだな」
「何とでも言うがいいさ、死に行く奴を見過ごす趣味は無いんでな。ま、閉鎖は冗談だがその恰好で行かす気が無いってのは本当だ」
「じゃあ金でもくれるのか人間?」
「
「ころすぞ」
また炎が現れた。一句詠唱の方が優秀云々かんぬんとか言っていたがこんだけ酔った状態で無詠唱魔法を行使できるんなら十分すぎる。てかヤバいだろ。もし努力次第で習得可能な技術であれば魔法の常識が一変する。
「落ち着けって! 俺が言いたいのはだな働くのはどうだってことだよ」
「そうやってだます気か……?」
「んなことねえって。口聞いて適当に仕事探してやるっつてんの」
「はたらく……はたらきたくない」
「いやお前仮面剝がれてきたな……って」
反応が鈍くなってきたと思ったら机にうつ伏して寝てるし……。
俺は自分の酒を飲み干して、フードを被ったまますやすやと寝入り始めたエルフをどうするか考える。
とりあえず放置は無しだろう。エルフは珍しいからまた攫われるかもしれないし、じゃなくても酔っぱらった女をほっぱらかして何もないと言えるほどクレスケンスの治安が良いとは言えない。領主としても見逃すのは無しだ。女を酔わせて放置しただなんて言われたら風評が悪い。
溜息を一つ。
俺は誰にでも威嚇するこのエルフを自宅で寝かせることに決めた。