境界対策課の問題児・鵠別供花は動画配信者である。今日も彼女は仕事不熱心で怒られながら、非番の日は配信するのだ。
そんな彼女が今回目をつけたのはとある禁域。果たして無事に配信は終わるのだろうか?


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こちらは御伽月様のシェアワールド企画「タクティカル祓魔師」の二次創作です。
初執筆・初投稿のため温かい目でご覧いただければ幸いです。

設定・用語については以下のwikiをご参照ください。
○タクティカル祓魔師ってなんだよwiki
https://w.atwiki.jp/nandayo/pages/1.html

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【公式切り抜き】ロケハン中のアクシデント!?祓魔系バーチャルアイドルと突発コラボ!【超人アクター/鵠別供花】

「はーい、全国のモシュさん達こんべつ〜!境界対策課の非公式そして非公認バーチャルアイドルの鵠別供花だよ!今日はなんと…境対指定禁域*1・██県の旧███村跡地にやってきましたー!」

《こんべつ〜!》《こんべつ!!》《うおおおおおおお》

 

画面の上では女性のアバターがいえーいどんどんぱふぱふ、と口で呟いている。画面上に滝の如く流れるコメント欄は女性に挨拶と歓声を投げかけていた。肩と腹を露出した狩衣風の衣装と境対のロゴが入ったアームバンド…画面の彼女が祓魔師をモチーフにしたキャラクターだと一目でわかるだろう。

鵠別(くぐいべつ)供花(きょうか)───ゲーム実況や禁域の探索配信を行い、10万人に上る登録者を得た今をときめくバーチャル配信者の一人にして本職の祓魔師である。

そんな彼女が今回目をつけたのは、██県旧███村にある廃学校であった。20██年当時、人口200人程度だった███村は学校を中心とした不可思議な連続不審死とⅢ級相当の穢れの蔓延*2により廃村を余儀なくされた歴史がある。それから数十年、境界対策課は何度かこの廃村を調査したが特筆すべき成果は得られなかった。……ただ一箇所、中心と思しき廃学校を除いて。調査に入った祓魔師5名のMIA以降、境界対策課は旧███村に対して慎重な姿勢をとっていた。

 

「…っていうのがここの概要だよ!みんなわかったかな?来ちゃだめだよ!」

《こっわ》《やばすぎる》《行きたくない》《どうやって入ったんだ》

「あははは、まあそこはちょちょいとね?」

 

視聴者の怖がるコメントを見ながら供花は███村の境界の前までやってきた。穢れの瘴気が狩衣の上にひしひしと押し寄せ、夜の暗闇も相まって人を退ける不気味な気配を醸し出していた。彼女はスマホを区域の中へと向ける。

 

「どうどう?これが███村跡地!なかなかヤバそうな雰囲気じゃない?…あ、ダメだ。あんまり見えないからちょっと電気つけるね」

 

画面を操作してライトをつけると正面がパッと明るくなった。ヒビと雑草で荒れ果てた道路と古びた電灯が画面に写っている。もう光ることのない蛍光灯の灰色が供花を見下ろす中、彼女は一歩区域へと踏み入った。

 

「うっわぁ…雰囲気あるね〜。まあ学校まで入らなければヤバい界異は出なさそうだしあんまりビビらずに行こっか!」

 

彼女の豪胆さに対する困惑、未知の界異への期待や区域への侵入を囃し立てるコメントが画面を走る。ざっと装備点検をして特に内容に違和感がないことを確認した供花は躊躇いなくぐいぐいと進んでいった。

 

 

 

 

『……祓魔師一人…鵠別?…面白い、こちらにおいでいただこう』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

禁域指定を受ける前、旧███村には十数戸の木造住宅が存在していた。今となっては大半が崩れて潰れてしまったが、いくらか壁や天井が残っている家もある。…穴だらけでまともに雨風を防げるものではないが。

数刻前に区域へと潜入した鵠別供花はあるボロ屋根の下で息を整えていた。

 

「はっ、はっ、はっ、うひぃー…界異多くない??」

《数えられねえ》《30体くらいだと思ってたら114514体も界異を見つけてしまいました…》《きたない》《100体くらいいたか?》《その数…500億》《消えろ》《えっ》《数え直したけど78体かな》

「誰よ学校の外なら大丈夫って言ったの…でもちょっと変なんだよね…」

 

《この村…何か変…?》《窓ねえぞぉぉぉ!》《元からねえよ》などと騒ぐコメント欄を見て小さく笑った供花は静かに視線を巡らせた。一号級界異『有象無象』、『ケーブルマン』の死体、死にかけの『泥濘より来たるもの』、おろおろ飛び回る『噛蠅』、『黒百足』の死体、その他一号級界異何体か。壁を這っていた『屠カゲ』は光にびっくりして逃げ出した。カメラにその光景を録画した彼女は答えを導き出した。

 

「一号級の中でも攻撃性が高いやつだけ死んでるの。おとなしいやつは生きてるのに…そうだ。むふふふ、私わかっちゃったぁ…」

 

不審なことに気づいた供花のタクティカル脳細胞がぎゅるんぎゅるんと動き出し、周囲を見渡した。彼女が何を導き出すのか期待する視聴者達の耳に「あっ」と驚きの声が届き、画面ブレの後ある映像が映し出された。

 

《なにこれ?》《なんだこれ》《床じゃん》《足跡か…?》

「正っ解!この木を踏み抜いた跡、絶対誰かここに入った証拠だよ!きっとそいつは自分を襲ってきた一号級を全部殺してここで休んだんだろうね!私みたい、に……」

 

ざく、ざくっ。ざく。

 

推理を披露してはしゃぎ回る供花に向けて足音が近づいてくる。咄嗟に体を起こした彼女は格闘の構えを取った。

 

「おっと、さてさて…下手人の登場かな?」

 

不敵に笑う供花の前に歩いてきたのはパーカーにジャージのズボンを着た人型だった。供花より二回りも大きく、顔は見えない。

…いや、正確には顔があるべき場所に虚無があったのだ。血の形をした穢れが滴る裁ち鋏を持った二号級界異『疑心』は供花を見つけるなり、彼女目掛けて走り寄ってきた。

 

「うわわわっ、やっば!」

 

焦るような声色と裏腹に供花の体は動いた。突き出される包丁の背を右手で逸らし、滑り込むように疑心の間合の内側に入ると左拳を胴体に押し当てる。相手の進む勢いの反動とワンインチパンチの相乗効果は凄まじく、疑心は一発で壁を突き破りながら吹っ飛んでいった。

 

「……あ、あれ?」

 

闇の彼方へと消えて行った疑心が戻ってくることを確信して警戒し続けていた供花だったが、そいつは数分経っても戻ってこなかった。鵠別供花という祓魔師は一人で一号級界異を倒せたことはあっても二号級界異を一撃で倒したことなどなかった。涼しい山中で緊張と興奮の汗が背中を濡らしている。

 

《おおおおおおおおおおおおおお》《すげえ!!!!》《やりますねえ!》《うおおおおおお》《お前がナンバーワンだ》

「…で、でっしょ〜?見たか私の力!もう私隊長になれるんじゃないのー?この調子でどんどん行っちゃお〜!」

 

脳裏によぎる疑問符を高評価とコメントで押し込み賞賛に応える。供花の意識の中でだけ渦巻いていたそれはいつのまにか疑心から自信になり、舞い上がって数分もすればすっかり元の調子で悩みなど忘れ去っていた。

更なる撮れ高を求めて向かう先は旧███村小学校。███村の穢れの根源だ。

 

 

 

 

 

《いつもすごいですね》《祓魔師もなかなかやるじゃん》《こっちも負けてないぞ》

『…ハハハ…曲がりなりにもプロの祓魔師、実力はあるようだ。やはり最後のピースは彼女でなければ』

 

意気揚々と家屋を出ていく供花から離れること僅か10メートル、供花の様子が闇の彼方に見える幹の向こう側に一つの影が立っていた。

影の足元に倒れ伏しているのはあの時供花に吹き飛ばされた疑心だ。それは影に黒不浄を突き立てられ、塵へと帰っていくところだった。影は黒不浄を腰に収めると一丁の拳銃を取り出し、くるりくるりと三度回した。

 

『俺たちも行こうか、運命の舞台へ。あの忌まわしき界異の棲む魔境へ』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うっわ〜、暗っ!しかも足場悪すぎ…みんな見えてる?」

 

場面は切り替わって旧███村小学校の廃校舎。中は真っ暗だが、外ほど荒れていなかった。ささくれだった木造建の廊下は歩くたびにギィギィ騒ぎ立て、湿って汚れた天井にライトを向けると人の顔に見えるシミがあちこち浮かんでいる。

 

「ね、雰囲気あるよね!それじゃあ祓魔師が誰も帰らなかった最恐の区域探索、開始ー!」

 

供花は配信を盛り上げながら歩き続ける。コメントは暗闇に包まれた建物の物々しさに恐怖する内容と怖いもの見たさに扇動する内容が入り混じっている。それらの中から少しずつピックアップして反応を返せば、視聴者達はまたコメントで盛り上がっていた。

慎重に一歩一歩進んでいったが界異も何も出ることはなく、入った当初は途方もない距離に見えた廊下は思っていたよりずっと早く終点にたどり着いた。割れた蛍光灯の跡が残る突き当たりは右に向かって階段が伸びている。やはり朽ちかけの木材の床は穴だらけで光を飲み込む口を広げ───

 

キシッ。

「…!!誰…?」

 

階段が鳴く。供花の足は階段の前で止まった。

何かがいる───さっと顔を上げると、カッ!と眩い光が暗闇を切り裂き彼女の目を焼いた。

 

「ヴェアアアアアアア!!!な、何よこれ…!」

『ああ失礼、調整が足りてなかった。さっきつけたばかりなんだ』

 

男の声が答え、パチンと指を一回鳴らす。すると光が徐々に弱まり、供花にも耐えられるほどの明るさになった。よくよく見れば、光の正体は廃校舎の外側に取り付けられていた電灯だった。スポットライトのような丸い逆光に映る姿は彼女より二回りも背が高い。くろいシルエットはあの時の疑心ではないようだ。

 

『これで目は慣れたかな?』

「ぐっ…君は…」

 

男は笑いながらゆっくり階段を降りて供花の方へと近づいてくる。木が軋むよりも大きくコツコツ足音を立て、ランウェイでも歩くかのように綺麗な足取りでブーツが踊る。

現れた男は羽と造花がついた大きなつば広帽子を顎まで深く被り、顔はよく見えない。舞台に登る役者のように装飾華美の赤いコート、漫画とかで見たことある貴族が首につける白い布。腰に提げるは黒いレイピアとホルスター。

鵠別供花はその男をよく知っていた。そいつの配信を見たことも、切り抜き動画をマイリストに入れたこともあったからだ。

 

「超人、アクター…!」

『ハハハハハ、ご機嫌よう親愛なる観衆、そして参列者諸君!君達の良き俳優の登場だ!』

 

男に固定の名は無い。ただ彼の動画投稿サイトのアカウント名から『超人アクターch』と呼ばれていた。彼は界異の祓滅配信や境界知識の紹介、その他境界異常に関連する動画や特に関係ない動画で収益を得るチャンネル登録者20万人超の配信者である。その一方で彼は黒不浄規制法違反をはじめとした多数の法令違反を犯す呪詛犯罪者*3でもあった。

ファンの前で明言したことはないが、供花は超人アクターchを視聴していた時期がある。配信中のアクターはスタイリッシュと華麗な勝利を掲げ、レイピア型黒不浄と拳銃を両手に二号級界異『鬼種二型』を見事に祓滅していた。一方で戦いを華々しく演出するアクターが作業着姿で軽トラのバンパーを直す動画ではあまりのギャップに笑った覚えもある。

ある事件をきっかけに境界対策課に入れられ、いち視聴者から呪詛犯罪者としての超人アクターchを知った今ではその認識はすっかり変わっている。

境界対策課にとって超人アクターchとは『無駄に強い愉快犯』だ。法令違反こそすれど殺人・強盗などの凶悪犯罪を一切行わないどころかそれを抑制するために活動する道徳の持ち主、医霊機関への寄付や人命救助により一般社会からは覚えがいい動画配信者。あまつさえ境対より脆弱な装備で二号級界異を単独祓滅できるベテラン祓魔師以上の実力者…それを捕縛する手間と得られる結果が全く釣り合っていない。

そのため、職員には「違法行為の現行犯を抑えたら捕まえろ」程度の通達がなされるに留まっている。これを知った供花のがっかりぶりは想像に難くないだろう。

 

《うおおおおおお》《スタイリッシュ!》《スタイリッシュ!》《アクターきたああああああ》《何でこいつここにいんだよwww》《今日配信の宣伝なかったよな》《待てよ今こいつリアルで供花ちゃんに会ってんのか?》《あかん身バレするゥ!》《早く捕まえろ》《スタイリッシュ!》《誰よその男!》《突発コラボだあああ》《いえーい観衆君見てるー?君たちの推しのコラボ童貞うちの供花が奪っちゃいました〜w》《┌┘超人アクター└┐†》《┌┘鵠別供花└┐†》

「ちょっと!勝手に殺さないでよ!?」

『ハハハ、参列者の中にも俺の観衆がいるようだ。盛り上がっているな?ちなみに俺のカメラには供花君の3Dモデルが写っているから安心して欲しい』

「よかった…じゃない!えっ、そっちも今配信してるの!?」

『安心してくれ、メン限だ』

 

コメント欄はこれまで以上に大盛り上がりしている。更新ごとに視聴者数が増え、一文字追うのすら厳しい速度で流れる情報の濁流を二人は読み切りながら掛け合いを続ける。両者は共にプロの配信者なのだ。

 

「ところでアクター、君何でここにいるの?ここ一応境対の指定区域なんだけど」

『何って…ロケハンさ。配信には下準備が欠かせないだろう?カメラ、照明、立ち回りの現場、避難場所、準備すべきものはいくらでもある』

「あ〜わかるわ〜、身バレ要素がないかとか精査しとかないと危ないもんね!握手握手!」

『ハハハハハ!喜んで、供花君!同じ祓滅系配信者として仲良くしよう!』

 

優雅に降り切った超人アクターへ駆け寄った供花は手袋に包まれた手を強く握り、激しく上下させた。コメントは供花が認められたと喜ぶ者やアクターに対し嫉妬する者、呪詛犯罪者を捕まえろと詰る極小数が入り乱れていた。

 

「あーそうだ、これ言っとかないといけないんだっけ」

『ふむ、何かあったか?』

「あのね、さっきも言ったけどここ境界対策課の指定区域なの。つまり基本的に関係者以外立ち入り禁止ってこと」

『…そうだな』

 

供花の握手が力を増してアクターの指を締め付ける。彼は何も答えないまま帽子の先を祓魔師に向けた。供花の耳に届く、カメラに載らないほど僅かな吐息が痛みを訴えていたが無視する。背丈の差でアクターにはよく見えなかったが、供花は俯きながら口角を上げていた。

 

「供花ちゃんさ…一応境対の職員なんだよね、わかる?」

『……!』

「というわけで超人アクターch!!不法侵入の現行犯逮捕だーーっ!!」

 

瞬間、供花の右手が勢いよく引かれアクターの体が傾いたかと思うと宙を舞った。鵠別供花得意の一本背負いである。対界異より対人に慣れた供花は一号級の呪詛犯罪者相手の勝率は8割以上を叩き出している。超人アクターが二号級界異を倒せるなら、こちらは二号級呪詛犯罪者を逮捕しているのだ。

 

『うっ…ハハハハハ、なかやかやるな!』

 

アクターの足は勢いよく空へと投げ出されたが、そこで彼の精密な空中機動が炸裂した。供花に投げられた勢いの最中、手を掴まれながら回転させることで体と視線が床を向いた。そして地面へ向けて加速する腕よりも速く着地すると反対に供花目掛けて左手を突き出した。貫手である。

 

ビュンッ!!

「えっちょ…ひゃあっ!?」

 

対応不可能な状態から投げを決めたと思っていた供花は意表を突かれる形となった。しかし彼女は人並外れた凄まじい反射神経を備えている、境対の祓魔師だ。驚嘆しながらも紙一重で突き出された左手を二,三度躱すと、同じく左の貫手でつば広帽子を狙った。

超人アクターは逆に前に屈み込むように攻撃を避け、伸びた左手を胴体の方へ動かす。反射的に供花は貫手を曲げて肘で防いだ。腰元のポーチの直上で鍔迫り合いが続く。

 

『いい判断だ。このまま無視していれば形代紙を抜き取っていたぞ』

「何それ、カラテ・インストラクションのつもり?早く私にブッ殺され…いや殺しちゃダメか」

 

軽口を交わし握手のまま続く応酬。左の拳が突き出されれば同じ位置に返される。突然の攻防に視聴者は困惑していたが、数拍遅れで驚きと興奮の濁流が流れた。…もっとも、今それを横目に見ながら戦えているのは超人アクターだけだが。初めこそ優勢だった供花は徐々に追い詰められていた。

 

供花の心へ徐々にフラストレーションが溜まっていく。彼女はなんとなく、いや間違いなく手加減されている、と感じていた。

どんな世界であっても、格闘戦では体格がものを言う。鵠別供花の身長は148cmだが超人アクターchは見上げるほども大きい、筋力で強引にねじ伏せれば簡単にこちらを倒すことが可能なはずだ。だがアクターはそうしない。供花にはその理由がハッキリとわかっている。

───【力押しはスタイリッシュじゃない】。

 

「こなくそっ、負けるもんか!ちょっと私より登録者が多いからって!あとなんか社会貢献してるからって!」

 

度重なる打ち合いの末、フッと超人アクターの息が乱れる。力が緩み、重心が崩れた。最初の空中動作が思った以上に負荷をかけたのだろうか。

 

(チャーンス…!)

 

ニヤリと笑う供花の視界の端で何かが光った。それが何か焦点を合わせるより早くアクターの左手が動き、何かを眼前へと持ってきた。

つや消しの黒い塗料が塗られた四角い物体。よく見ると小さな穴が空いている。アクターの手の形からして持ち手があるようだ、いやあれは銃?うん銃、銃だ。銃!?!?!?

 

「危ァッ!?!?」

パパパァン!!

 

咄嗟に右手を突き放して大袈裟に避けなければ、眉間に輝く加護弾が当たっていただろう。

これはアクターの配信経由で知っていることだが、彼は3Dプリンターを利用して実弾発射機構付きの輪蔵銃を製作している。立派な銃刀法違反だ。カラビナに取って代わられた旧式祓魔装備とはいえ、独自設計で威力が向上した加護弾に当たればただでは済まない。

 

「ちょっ、そんなのアリ!?」

 

心臓が冷えるような感覚を抑えながら姿勢を立て直すと、名優は銃を手の中で回しながら余裕たっぷりに見下ろしていた。電灯の灯りが階段上から差し込み、横に影を伸ばしている。深い陰影がついた映像はまるで劇画のようだ。

 

『ハハハハハ!実にスタイリッシュで面白い避け方だ!一応言っておくが耳を掠める程度に止める予定だったぞ』

「ふ、フフフ…正直舐めてたね…その実力はよーくわかったから───」

 

供花はパンパンと頬を張り、気合を入れ直した。超人はその様子を見て一つ頷くと、腰に据えたレイピア型の黒不浄と3Dプリンター製輪蔵銃を両手に構えた。両者の目線が火花を放つ。

 

「こっから超本気だっ!!」

『ハハハハハ、宜しい!君の見せ場は…』

 

口上の途中でアクターが動いた。弾丸の如き速度で襲いかかる超人の体はたちまち供花を覆い尽くし、全身を腕が掴み取った。

 

「うわっ、なんて卑きょ───」

『舌を噛むなよ!』

 

その瞬間であった。

 

───ガッ!!ドゴォォォォォォン!!!

 

供花の視界は凄まじい勢いで壁と真逆に吹き飛ばされた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

気絶していたのはおそらく1秒前後だろう。超人アクターの胸に叩きつけられてクラクラする視界から回復した供花は頭に木片を被っていたことに気づいた。体の下には超人アクターが倒れており、どうやらこいつに抱えられながら廃校舎の壁をぶち抜いたのだろうと分かった。鉄の臭いがして、手が触れたコートの腰がいやに暖かく柔らかく膨れて濡れているのを感じた。

 

(うげっ…ちょっとちょっと、これ流石にやばくない?)

 

体の上から退いてやりやがら配信用のマイスマホを探すと、少し離れた場所に画面がひび割れた端末が転がっているのを見つけた。まだ機能は無事らしく、暗い天井に光を投げ出す配信画面には混乱と動揺、供花を心配するコメントが激しく流れている。それを拾うため起きあがろうとした供花に、下から小さく低い声が聞こえた。

 

「Schamdenfreude ist da.」

「…シャーデンフロイデ?ドイツ語だっけ」

「少し違うな」

 

聞き慣れない言葉に首を傾げた供花はそこで胸につけた霊探*4が激しく反応していることに気づいた。反応の強さからして近くにいる界異の号級は───!

 

「さん…むぐっ」

「落ち着け」

 

思わず叫び出しそうになった祓魔師は伸びてきた腕に口を塞がれた。小さく震えるその腕はワインレッドのコートを着ていた。端末の方に指を向けてから上に立てられたことで、彼女は意図を理解した。返答は小声でした。

 

「…相手を知ってるの?」

「少し前にな。メンバーの天装祓魔師(エクソシスター)に教えてもらった」

「あー…ヨーロッパの祓魔師だっけ?絶対問題になるってそれ…大丈夫?これ私生きて帰れるかな…」

「ただ映せ。俺が気を引く」

「でも君怪我してるじゃ『ハハハハハ、問題ない!ちょっとばかり殴られたが受け身を取れば大した怪我にはならん!』」

 

起き上がった超人アクターはさっきと同じように、高らかな大声を上げて歩き始めた。足取りはふらつきがくがく震え、血の匂いがする。明らかな大怪我だ。

 

「ちょっと…!君何やってるの!?」

『何を?決まっているだろう、俺はアクター…俳優だ。舞台を降りるのはそれが終わった時だけと決まっている!ふむ、君のカメラはここにあったぞ供花君』

 

スマホを取り上げて供花の画面に映る頃には名優の震えは止まっていた。最初と何も変わらない様子で現れたアクターを見て視聴者は安堵と現状への疑問、供花の様子を求めてコメントし始めた。視聴者は2000人以上まで跳ね上がっている。高笑いをしながら答えるたびに鉄の臭いが強くなり、アクターのワインレッドコートに僅かに色味が違う赤が広がっていくのを感じた。

供花は後ろで理解できないまま羽飾りを見ていた。境対に入ってから超人アクターはしょうもない男だと思っていたのに、この姿は何だというのか。一体何が彼をここまで無茶に追い込むのか?祓魔師を庇って怪我したことを喧伝し、画面の前で痛がり感情を見せることだって許されるはずではないか?

 

『我が観衆、そして参列者諸君よ!どうやら俺たちの突発コラボを邪魔する界異が現れたようだ!』

 

アクターは後ろ手で端末を供花へと投げた。受け止めればカメラが自然とアクターを向いている。画面の彼は背を向け、二つの武器を取り出していた。壊れた壁の向こうから流れてくる穢れに加護の温かな光が立ち向かって、逆光のように照らし出す。追い詰められた状況で力を浪費する無駄の極みだ。しかしその姿からは目が離せない───言うならばそう、スタイリッシュだった。

 

『だが何も心配はいらない!俺と供花君がスタイリッシュな、華麗な勝利を魅せよう!諸君少々お目を拝借、大立ち回りの開幕だ!」

 

その宣言を聞いてすとんと腑に落ちた。

───ああ、こいつは馬鹿なのだ。自分の理想(スタイリッシュ)のためにいくらだって努力も我慢もできる馬鹿なのだ。

金の混じった赤いコートは華やかなだけでなく、輝きに目をくらませ流れた血を悟らせないためのものだろう。頭のほとんどを隠す帽子は涙も苦痛も見せない仮面。たった2,3時間の最高の画を撮るために数日かけてロケハンや下準備を行い、舞台の上で一人苦難と苦痛を隠して演じ切る。

彼は供花が好きな、心の強い名優(ばか)なのだ。

 

「ちょっと!私の配信枠なんだから一人で盛り上がらないでくれる?」

『おおっと失礼、供花君は今一般配信中だったな!今何人の参列者がいるんだ?』

「フッフッフッ、どれどれ…なんと2800人!2800人!?!?!?!?」

『ハハハハハ!素晴らしい成果じゃないか!それ以上の数の観衆が俺たちに注目している!』

「しかも私の名前トレンド3位まで来てるって超凄くない?」

 

キキキキ、カカカカカ。

埃の奥から界異の鳴き声が聞こえてくる。周囲の穢れ濃度が上がり、音が近づいてきた。

 

(対策が映せ、ね…一体どんなのが来るんだか)

 

横目で見たアクターの首肯に同じく返すと彼は拳銃を取り出し、腰だめに3連射した。

 

バン!バン!バン!!

 

加護の弾幕が煙のカーテンを開けた。いつ襲ってきてもいいよう供花が構えを取る。いよいよ祓滅劇第二部の始まり───

 

“キキキキ、キーキーキー…"

 

───。

 

"……"

 

───。

 

───?????

 

「…ねえ、アクター。今のって…」

『ああ、シャームデンフロイデが逃げたな。』

「……」

『どうした?何か不満でもあったか?』

「さっき言ってたのは何だったのこのバカ![[ギリギリBANされないスラング]]!!ただ映せってまさか相手から逃げるためだけのことってわけじゃないよね!?」

「いでっ、いだだだ!背中…やめろ、脇腹を突くな!受け身を取っても痛いものは痛いんだ!』

《仲良しかよ》《カップル?》《ご入籍おめでとうございます》《ふざけんな死.ね》《クソ犯罪者が》《ぐだぐだだなあ》《初見さんへ 今回だけのノリです》《嫉妬民見苦しいぞ》《3000人超えた!!》《すげえええええ》《供花はワシが育てた》

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『シャームデンフロイデはドイツに出現した三号級界異だ。黒白の斑模様をした胴体とそれに付随する5〜8本の鞭のような脚を持っている。閉所を好み、攻撃性が強く、撒き散らす穢れの量も号級に相応しい』

 

二人が初めて会った階段を登りながら、緋色の男は視聴者へ解説を始めた。供花もまた重要な情報を聞き漏らすまいと集中する。

 

『この界異は音を立てずに移動するのが得意で、体を隙間に潜ませながら闇討ちして敵の頭数を減らす傾向にある。先の襲撃でも脚の風切り音以外はほとんど聞き取れなかった。旧███村禍災を引き起こした犯人はおそらくあれだ』

「その割には簡単に逃げちゃったけど?」

『まさしくそれが奴の性質…【視認する人間の数が多いほど弱体化する】んだ。探査の標準人数である5人や祓魔隊の20人程度では足りない…3ヶ月前にアメリカで発表された論文では100人以上の視認で二号級、500人前後で一号級相当まで弱くなることが確認されている。さっきあれほど情けなく逃げていったのはカメラを通して一気に2000人以上の視線が奴に降り注いだからだろう。以上、俺のメンバーにして匿名希望の祓滅事業者からの情報だ』

 

和訳するなら不道徳な嗜虐心かな、と括った超人アクターに供花は返した。

 

「臆病な自尊心と尊大な羞恥心じゃん。山月鬼の方がそれっぽくない?」

『ハハハ、上手い!これは一本取られた!』

 

周囲に穢れが満ちる空間で、ただ二人だけが笑いと加護の光に包まれていた。どこか幻想的で神秘的な光景を眺めるリスナーは九割五分のてぇてぇと四分の炎上と一分のスパムだった。

界異に関する情報共有が終わった後、両者が辿り着いたのは鉄扉に閉ざされた旧体育館。穢れを隠すことすらできないほど弱まっていたシャームデンフロイデの足跡がしっかりと残っていた。

 

「見られるだけでこんなに弱くなるなら大して苦労しないんじゃない?ほら、私もアクターも元気でしょ?」

『策が功を奏したようだ。それでも相手が界異と言うことを忘れるなよ』

 

供花が提案したのは、配信画面の隅に切り抜いたシャームデンフロイデの画像を貼り付けることだった。もし直接でなくとも視認効果が有用なら、相手を何千の衆目に晒し続けることができ弱体化は計り知れない。その目論見はうまく働いたようだった。直接見る時ほどではないが、現在進行形で増え続ける視聴者と拡散された配信画面のスクリーンショットがシャームデンフロイデを取るに足らない界異にまで弱らせていた。

余裕いっぱいの供花はちらりと形代紙の入ったポケットを眺めた。界異が撒き散らしていた穢れを吸い、負傷を退けるそれは長時間の探索の中でいくらか減っていた。だが、後のことを考えれば問題はない。

 

『大役は君に任せよう、供花君。君の配信の主役は君であるべきだ』

「いいの?アクター君も意外といいとこあるねえ〜?…待てよ?もしかして出待ちしてたらスタイリッシュに倒すつもりでしょ!?」

『ハハハハハ!聡明だな!』

 

いよいよ最終決戦だというのに、二人の態度は柔らいでいた。それはある意味当然なのだろう。片や幼少に見たアイドルのように、片や燦然と輝くスタイリッシュのために、数多の視聴者のために強くあれる奴らなのだ。

アクターが笑い、供花がため息混じりに鉄扉に隙間を作った時であった。

 

“キキキキキ…キーッ!キキ、忌…凶鬼…!!】

『…!!』

「えっ、ちょっ…!?」

 

中から界異の鳴き声が聞こえたかと思うと、超人アクターはすかさず拳銃を懐から取り出して隙間に向けて三発引き金を引いた。

 

バン!!バン!!バン!!

【奇異ッ…】

「もう、何が起きてるのよ…竜巻!」

 

呻くような、何かがごちゃまぜの鳴き声と共に中の気配が遠ざかっていく。供花が左足を軸に回転しながら鉄扉を蹴り壊すと、体育館の中にいる界異の正体が見えてきた。

 

「うげっ、これって…」

『しぶとい奴め…まさかこんな隠し玉を持っているとは』

 

二人が嫌悪感を示し、コメントに恐怖とドン引きの意見が流れた。果たしてそこにいたのは顔面にシャームデンフロイデが貼り付き、皮膚の隙間からそれの足が伸びて操られている真っ黒い人型界異だった。

供花はその人型界異を知っている。灰色の髪と4本指、尖った耳───穢耳(エルフ)だ。多くのオタクの夢を壊した憎きあんちきしょうだ。対策が知られた現在では脅威ではないが、残念ながら供花は忌み火を使えた試しがない。

 

(ちょっと勝てるかわかんないなあ…嫌だけど配信止めて第八班に連絡しようか)

『供花君』

 

相手が悪すぎる。怒られるのは嫌だけど相手がわかったなら境対でも倒せる───思考する供花を超人アクターが現実に戻した。加護の弾幕を受けた界異の融合体は灰色の髪で斑の本体を包み込み、襲いかかる用意を進めている。

 

『コメントを見たまえ。参列者達は君の活躍を望んでいる』

「み、みんな…」

《でたあああああああ》《うぎゃああああああ》《てめえクソエルフ!》《あああああああああああああ》《オタクの敵》《切り倒せ》《俺のエルフを返せ》《ケガレミミの森を燃やせ》《いやあああああばばばば》《俺が好きなのはあんなのじゃない!》《エルフが森じゃん》《穢耳絶滅》《人間の力をわからせてやれ!》《ぶっ飛ばしてくれ供花!!》

 

応援と呼ぶには濁った、殺意と雑念まみれのひどいものだ。それでも、"暖かい闇"からの願いと声援は供花の心を突き動かすのに十分だった。

ぐっと拳を握りしめる。熱くなった手の中が祓魔師の心に闘志を与えた。

 

「アクター、まだやれる?」

『今日の花形は譲ろう。相手の鎧を剥がすのは任せたまえ』

 

黒不浄を腰にしまい、懐からもう一丁取り出して二丁拳銃スタイルになった超人アクターが横に並ぶ。それを見てニヤリと口角を上げた供花は両拳を上げてファイティングポーズを取った。呼応するように融合体が地面を打ち鳴らして吠える。

 

【奉チ殺殺殺rォ惡簀!!!!】

「かかってこいやクソ界異!オタクの生き様とくと見とけやコラー!!!」

 

旧███小学校体育館、逃げ場なしやらせなし仕掛けなし。声のない大歓声に包まれて、今日の演目最後の大一番が始まった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

パパァン!とゴング代わりに鳴り響いたのは超人アクターの二発の加護弾だった。

的確に相手の顔面に向かった弾は簡単に屈んで躱されたが、音もなく懐に潜り込んだ供花には好都合だった。

 

「そ、れっ!」

バキィッ!!

 

界異の裏側に回り込むような動きの途中、人型の左足の関節を裏から強く蹴り付けた。強烈な右脚が突き刺さっても穢耳の肉体にダメージはない…が、膝をつかせるには十分な衝撃だった。

対する融合体も負けてはいない。体内を伝って伸びたシャームデンフロイデの脚がひび割れた皮膚の隙間から供花の足を絡め取ろうと伸びてきた。どれだけ弱体化し腐らされても三号級界異、一度捕まれば逃げ出せないような悪意が供花に迫る。

 

「アクター!!」

「言われずとも!」

 

供花の危機に焦るコメント欄より早く答えたのは八発の加護弾だった。先ほどの牽制とは比べ物にならない連続射撃が融合体に襲いかかり、細い脚を撃ち抜き穢れの塵に変えた。サンキュ、と口の中で呟いた供花は反動で姿勢を整えながら床に右足を突き立てた。

 

「フッッ!」

 

そのまま自身の勢いの反動を受け跳躍!捻りながら跳ぶ供花の左足が唸りを上げて融合体の左足の付け根を切り裂いた!

 

バキャァッ!!

【g餓█ァ悪!!!!!】

 

祓魔事情を知る諸兄は忌み火を使えない祓魔師が穢耳(エルフ)の肉体を容易く破壊したことに違和感を抱いたことだろう。

穢耳(エルフ)は他の界異と異なり、穢れを受けた人間に憑依する形で顕現する。透加護性の高い人体が受けた穢れに自身の霊体を重ね張り巡らせることで、穢耳(エルフ)は黒不浄すら弾きうる強力な表皮を得ているのだ。その分外部への穢れ表出が少ないため、穢装が脆弱で干渉力に欠ける…というのが最も有力な学説だ。

彼らが穢耳(エルフ)に対抗できた答えは超人アクターの加護弾連射と鵠別供花の格闘センスにある。アクターは両手の輪蔵銃の引き金を引くのに合わせて忌み火で銃の内部を満たすことで、弾丸に忌み火を纏わせることに成功していたのだ。それは祓魔技術の研鑽以外にも、武器の内部構造を完全に理解しているからこそできる超人的凄技であった。

しかしそれだけでは融合体の足を破壊することは叶わない。いくら忌み火を使い、同じ場所に何度も当てたとしても小さな加護弾では表皮に与える衝撃が少なすぎる。

そこで活躍したのが供花の蹴りだった。それはただ闇雲なものではなく、目まぐるしく動く視界の中で加護弾が当たった場所を見極めて放たれた必殺の一撃であった。界異に攻撃を届かせるお守りと優れた身体能力、人並外れた動体視力が起こした、こちらも超人的絶技である。

 

「よっしゃ!持って行った!」

『ハハハハハ、完璧だ!次のオーダーは?』

「シェフのお任せ!」

 

パパパン!パパパン!!

 

繰り出される次弾。スタイリッシュなポーズを幾つも重ねた弾幕舞踏(フラメンコ)がその真価を発揮した。一度に三発の弾丸が放たれたと錯覚するような高速射撃が融合体の四肢へと襲いかかると同時に、融合体もまた残った右足をバネにして勢いよく飛びかかってきた。

 

ガカガガガッ!!

 

着弾!着弾!着弾!忌み火が穢耳の体を灼き、中に潜んだシャームデンフロイデの脚を痛めつけていく。だが足りない。何よりも衝撃が足りない。飛びかかる先にいるのは…

 

【孤鹵█ゥゥ鬱!!!!】

「っ…」

 

超人アクターだ。しかし見え見えの攻撃など彼には届かない。コメント欄も安心の方が勝っている。

…いや、果たしてそうだろうか?長時間のロケハンの最中、アクターはシャームデンフロイデに蹴られた痕を治療することができていなかった。決して顔にも声にも出さなかった負傷が今ここで大きな鎖になって絡みついている。

シャームデンフロイデはこの村に顕現してから、一撃受けた人間に負けたことがない。穢耳(エルフ)の髪の下で勝ち誇ったような鳴き声を上げる。

 

 

…だが、忘れてはいないだろうか。ここにいるのは数時間前の彼のように、一人だけではないということを。融合体の背後から飛んでくる"お客様"へ、シェフは精一杯余裕がってクローシュを開けた。

 

『Buon’appetito!(召し上がれ)』

「よしきた!」

 

界異の後ろ脇から飛びついてきたのは供花だった。両手のお守りがほのかに輝いて存在を主張し、硬く握られた拳が素早く融合体の体に突き刺さっていた。

 

「供花ちゃん流…天翔○烈拳!」

ドッ!ドドドドドドドドッ!!

 

境界対策課第八班員、鵠別供花。色物揃いの祓魔師の中でも名が知れた配信祓魔師最大の強みはアニメゲームの技を見るだけで模倣できる圧倒的センス。限りなく本物に近い偽物の拳法は穢装の薄い人型界異によく効く。忌み火付き加護弾が着弾した箇所を重点的に狙った打撃の連打で、穢耳の肉体がめちゃくちゃになっていく。

 

【虐ャ█悪ッ!!!!】

「そろそろ倒れろっ…こん、ちきしょう!」

 

着地寸前のわずかな隙にもう一発強烈な拳を叩き込み、供花は吹き飛んだ。人一人が反動で飛ぶ最大威力の供花ちゃん流・○裂正拳突きである。

間合いを取って着地すれば、融合体の肉体が崩壊しつつあるのが見て取れた。とうとう忌み火の許容限界を超え、穢耳の肉体が滅びつつあるのだ。

僅か3回程度拳を交えただけで界異が祓滅される…短いようだが、彼らにとっては長い時間だった。相手の弱点を効率良く突き、互いの得意距離を理解して立ち回り、最小の消費で界異を祓滅するタクティカル祓魔師のあるべき姿がそこにあった。

……境対きってのふまじめ祓魔師と一般配信者がタクティカルを成し遂げている事実には一旦目を瞑ろう。

 

「よっっっ…しゃぁぁーーーー!!!」

《やったああああああ》《いええええええええ》《ざまああああああああああ》《勝ったッ!第三部完!》《スタイリッシュ!》《さすが俺たちの供花》《スタイリッシュ…おおスタイリッシュ!》《TUEEEEEEEE》《うおおおおおおおおおおおおおおおおお》《俺たちのエルフは守られた》《勝ち勝ち勝ち勝ち勝ち勝ち》《まだいっぱいいるんだよなあ…》

 

ともかくコメント欄が崩壊する穢耳にヤジを飛ばし、勝利に安堵しつつある中で供花は気を抜いた。普段戦わない界異と至近距離で戦い、後方には自分より強い奴がいるとなれば彼女の残心が緩むのも仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

"キキ、キ───"

 

だからこそ、一手遅れた。

突然界異に取り憑かれて融合された挙句、満足に暴れられないまま崩れゆく穢耳の最後の抵抗は、頭にしがみついたシャームデンフロイデを投げつけることだった。

足の全てを失った元三号級はただの砲丸として捕まれ、全力の投擲が手負いの名優目掛けて放たれる!

 

「…!アクター!!」

『ぐ』

 

着弾は声や行動よりも早かった。人型最高の利点───投擲は寸分の狂いもなくアクターの胴体に直撃し、彼を巻き込みながら体育館の鉄扉に衝突した。

 

《やったああああああ》《日本の勝利である》《ん?》《くたばれクソエルフ》《今の音何?》《ばんざああああああい》《アクター!!!》《アクター!?!?》《やばい音したんだけど》《クソ界異○ね》《おいこれ大丈夫か》《俳優終わった?》《いやあああああああ》《あいウソだろ》

 

カメラにその衝撃的光景は映っていなかったが、鉄がひしゃげる轟音と供花の悲鳴じみた声からのっぴきならないことが起きたのを感じ取ったようだ。コメント欄はにわかに騒然とし始めている。

ちくしょう、と配信に滅多に載せない悪態をつきながら供花は煙のそばへ駆け寄った。

 

「アクター!生きて───」

 

直感、静止。第六感にも近いセンスが供花の体を止めた。

果たしてそれが予見した通り、煙を切り裂いて供花の顔の前を通って行ったのはレイピア状の黒不浄だった。

 

"キ───"

 

真っ二つになったシャームデンフロイデが穢れの黒い霧となって消えていく。薄れゆく煙と混じった灰色の向こうから、黒く染まった紙切れが足元を這っていった。

 

 

コツ、コツ、コツ───

 

供花はこの音を知っている。旧███村小学校に入った時、最初に聞いた音だ。

リスナーはこの音を知っている。あの男が配信を始める時、わざとらしく床を打ち鳴らし立てる音だ。

ああ我々はこの音を知っている!我らが良き俳優の足音だ!

 

『ハハハハハ!名優はここにあり!観衆、そして参列者諸君!ついに界異は討ち果たされた!今ここに喝采を、賞賛を!その全てをこの乙女に───鵠別供花に!』

「あ…アクターッ!!」

 

素っ頓狂な声にわっ、とコメント欄が沸いた。

鵠別供花チャンネルは開設して初めて、ライブ視聴者数5000人を達成した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私のプレゼント、活用してくれたんだね」

「見事と言わざるを得ない。こんなに質が違うなんて境界対策課が羨ましいよ」

 

幕を下ろした二人の配信者は旧███村の入り口で別れの挨拶を交わしていた。供花がわざとらしくうりうり、と脇腹に肘を当てると超人アクターは何でもないように受け入れた。

シャームデンフロイデに殴り飛ばされた胴体は治ったのだろうか?それとも痩せ我慢?

 

───真相は鵠別供花が言った「プレゼント」にある。中身は何を隠そう、彼女が持ち込んだ形代紙1枚だ。

7枚1組の形代紙は祓魔師最高の発明だと言う人もいる。境界対策課(こくえいそしき)が職員達の命を守るため全力で開発したこの祭具は、物理的・霊的その他あらゆる致命傷の身代わりとして消費される、いわば命のストックである。

その製造法は日本国の国家機密にも指定されるトップシークレットだ。民間や企業でも形代紙を量産する試みは行われているが、境対の品質には遠く及ばない。アクターが1日手間暇かけて作った形代紙は大して役に立たなかったのに反し、境対の形代紙は鉄扉に叩きつけられた彼の致命傷を容易く受け持ったどころか胴体の負傷さえも簡単に吸い取ってしまったのだ。

 

「まあ勝手に人に形代紙あげたのは問題になるだろうけど大丈夫大丈夫!」

「いやダメだろ」

 

わっはっは、と笑う供花にたまらずアクターはツッコミを入れた。シャームデンフロイデが逃げ出したあの時、喧嘩するふりをして背中に形代紙を貼り付けてきたことを思い出した。

穢れが晴れ、山の向こうの白む空を眺めながら藹々とした会話が続いたが、徐々に話は短くなっていった。

 

「今日はありがと。君がいなかったらちょっとヤバかったかも」

「お互い様さ。供花君が来なければあれとは千日手だった───」

 

互いが協力の感謝を伝えるのと同時に、超人アクターが獣道の向こうを睨んだ。様子の変化に気づいた供花のインカムからよく知る同僚の声が聞こえた。

 

《供花さん!今そっちに向かってます、あと2分超人アクターを拘束してください!!》

《鵠別ゥ!また無茶なことしてくれやがって!帰ったら説教だぞ!》

《ん…ここの木のウロにカメラが?まさかこれは超人アクターの!》

「くっ、カメラも安くないのに…ハハハハハ、仕事熱心な仲間がいるようだな!」

 

帽子を上から押さえたアクターは道のない茂みの方へと歩みを進めた。数瞬辺りを見渡し、そちら側に追っ手がいないことを確認すると呪詛犯罪者は供花に振り返った。

 

『さらばだ、供花君!君の花道に幸多からんことを名優より祈ろう!』

 

茂みの向こうへと跳んでいった目立つ赤い服の男はまばたきの間に見えなくなった。暗い森の中に溶け込み、草木をかき分ける音すら聞こえない華麗な逃亡劇はまさしく彼を名優たらしめる技量だと言えるだろう。

姿の見えなくなったアクターの背に、供花は不敵に笑った。晴れやかな心と勝利の美酒が彼女を昂らせていた。

 

「今に追い抜いてやるから見てろよーーーーーーっ!またコラボしようねーーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コラボか…それは一体どういう訳かきっちり教えてもらおうか?」

「ッスゥー…(察し)」

 

このあとメチャクチャ反省文と報告書を書かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
環境庁神祗部境界対策課が指定する立入制限区域のこと。基本的に探索許可を受けた祓魔師または境界事象関係者のみが立ち入りを許可される。

*2
穢れによる空間の汚染は等級表示でなされる。Ⅲ級は適切な防護処置なしでは1日以内に体調不良または内臓障骸を生じる濃度である。

*3
境界技術を悪用した犯罪者のこと。

*4
正式名称『人工探査式神』。霊的存在を探査するために使用される祭具。




反省文、界異報告書の作成、禁域リストの更新、祭具管理帳票…私にやらせることじゃないでしょ!
───鵠別供花、謹慎中のコメント

○登場人物
鵠別供花(浜地様作)
https://w.atwiki.jp/nandayo/pages/409.html
超人アクターch
https://w.atwiki.jp/nandayo/pages/429.html

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