先生は茶屋の奥の席にてユカリの相談事に耳を傾けていた。
「最近、実家からお見合いの話がよく来ますの…」
「それが嫌…って事かい?」
「いや…そう…ですわ。嫌ですの…」
ユカリは一言一言紡ぎ出す様にいつもの覇気が感じられない程か細い声で説明する。
「身共はまだそんな事を考える時期では無いと思っているのですが、お父様はそうは思っていらっしゃらない様で…」
「それで…私はユカリのお父さんに考え直す様に口添えすれば良いのかな?」
「そうして頂けると助かりますわ…」
ユカリはかなり参っている様に感じられた。
「その…勘解由小路家って由緒ある家…何だよね?部外者の私が口出ししてどうにかなるもんじゃないとは思うけど…」
「それはそうかも知れません…でも、このまま何もせずに勝手に伴侶を決められるなんて…」
「分かった。私に出来る事があるのなら可能な限りやってみるよ。」
二人は茶屋を後にした。
勘解由小路家の屋敷は想像以上に大きく、門の前まで来た時点で先生は萎縮していた。
門をくぐり、広い庭を抜けて玄関前に立つ頃には、いよいよ自分は場違いなのではないかと戦々恐々としていた。
「先生、あまり緊張せずとも身共が付いておりますわ。」
これではどちらが勇気付けられているのか分からないなと先生は苦笑した。
玄関に入り、綺麗に靴を揃えて上がると奥から女中が顔を出した。
「まぁ、お嬢様。お帰りなさいませ。そちらの方はお客様で御座いますか?」
「ええ、お父様に用がありますの。お父様は今どちらに?」
「旦那様は客間にいらっしゃいます。先客の方と何やらお話になられている様で。」
分かりましたわと言って客間へと進むユカリの後を追って、先生は女中に会釈しながら屋敷の中を進んだ。
ユカリが襖に前で立ち止まっているのを見て、先生はその先が客間である事を理解した。
確かに二人の男の声が聞こえる。先客であるならば、やはり待つのが礼儀だろうとユカリに小声で話しかけようとした。
ユカリは襖を開けてずかずかと中に入っていった。
慌てて先生はユカリの後を追った。中にはユカリの父親と思わしき立派な格好の獣人と着物の若い美貌の男が立派な机を挟んで座っていた。
「薬売りさん!?どうしてここにいらっしゃいますの!。」
「こらっ。ユカリ!突然入ってきて何だ!失礼ではないか!」
ユカリの父はよく響く声で叱責した。
「まぁまぁ…良いではありませんか…其方の方はシャーレの先生とお見受けしますが…」
「おっしゃる通り、シャーレの先生を務めております…と言う者です。お話中に申し訳ありません。」
「おぉ、貴方がシャーレの先生でしたか。お噂はかねがね。いつも娘がお世話になっております。」
ユカリの父親は先生の方へ向き直ると恭しく頭を下げた。
「こちらこそ娘さんには大変助けられております。所で今日は少し娘さんについてお話が会って伺ったのですが…また出直しますね。」
「いえいえ、構いませんよ。どうぞお話になられて下さい。私にも…関係がありそうな事なので…」
先生とユカリは首を傾げた。何故、ユカリの話がこの男に関係があるのだろう?
「あの…失礼ですが貴方は…?」
「只のしがない…薬売りに御座います…」
男は妖艶な笑みを浮かべて言った。
「薬売り殿はな…お前の婿候補に名乗り出て下さったのだ…」
ユカリの父はユカリの目を真っ直ぐ見据えて言った。
成程、確かにここにいる全員に関係する立ち位置にこの薬売りなる男はいる訳だ。
「お父様、身共はその事に付いてお話しがあって戻ってきたので御座います。」
「お前の言わんとする事は分かっておる。しかし、これは勘解由小路家のしきたりなのだ。」
ユカリの父は聞く耳は持たんとばかりに厳かに言った。
「私は娘さんから…お父さん。貴方を説得してほしいと頼まれて此処に…」
「わざわざご足労頂き有難う御座います。しかし、これは勘解由小路家の問題。いかにシャーレの先生と言えど貴方は部外者。口出しされる事のなき様お願いします。」
一家の主である父親にそう言われてしまってはもはや何か一つでも異を唱える事は禁じられたも同然であった。
「では…部外者では無いわたくしであれば…問題はありませんね?」
この場にいる全員が薬売りを見て固まっていた。この男が婚姻そのものに口出しするとは父親含め誰も思ってもみなかった。
どう言う事だ?この男はユカリとのお見合いに参加せんと馳せ参じたのでは無いのか?
「薬売り殿?…どう言う事ですかな。」
「いえね、可笑しいとは思っていたんですよ…今時15や16そこらで婚姻なんて幾ら何でも時代錯誤だ…」
「貴方は一体何を目的に…」
「この屋敷に住まうモノノ怪…」
「は?」「モノノ怪?」
「私はそれを斬りに来たんですよ…」
表情を一切動かさず淡々と薬売りは答えた。
「馬鹿な…モノノ怪等いる筈が…」
そう言う父親の声は叱責した時の様な覇気はなく震えていた。
何か隠しているー先生はそう直感した。
「では…貴方の背後のソレは…何です?」
部屋の明かりが消えた。
父親の背後、部屋を区切る襖障子に無数の人影が映った。十、二十、それ以上であろうか。影は連なり大きな塊と化し障子の世界から飛び出して、先生やユカリを引き込もうとした。
突如、巨影は目に見えざる何かに弾かれた様に手を引っ込めた。襖障子に無数の札ー呪符が貼り付けられ紅く輝いている。
影は分裂と一体化を繰り返し悶え苦しんだ。
突然部屋の明かりが灯り、影は一切の痕跡を残さず消え失せた
机の上に懐刀程の鞘に収まった瑠璃色の短剣を構えた薬売りが仁王立ちして言った。
「無数の影が…暗闇の中で蠢き舞っている…モノノ怪の名は……『百鬼夜行』!」
カチィィィィィン
小気味の良い金属音を立てて柄頭の鬼の首の様な装飾が顎門を閉じた。
「“形”を…得た…」
「その剣は…一体…」
「この剣は退魔の剣、“坎”。我ら退魔の一族、六十四卦が内の陰陽八卦の位を持つ。」
「ではその剣でモノノ怪を…」
「この剣を抜くには条件が要る。形・真・理の三様を示さねば剣は抜けない。」
薬売りの男は剣を構えたまま、ゆっくりと全員を見渡し最後に頭を下げた。
「皆々様の…真と理…お聞かせ願いたく…候!」
モノノ怪 百鬼夜行 つづく