モノノ怪 ー百鬼夜行ー 方舟にて   作:ばりるべい

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百鬼夜行 中編 ー真ー

 

暫しの静寂の後、口火を切ったのは先生だった。

 

「真と理…?」

 

「然り。真とは事の有り様、理とは心の有り様。これに加えモノノ怪の姿である形を含む三様が知らなければ剣は抜けず、モノノ怪は斬れない。」

 

「…よく分からないなぁ」

 

「兎に角その残り二つが分かればあのモノノ怪とやらを退治出来るのですね?」

 

「その真と理とはどの様な…」

 

「それは…あなた方自身が知っている」

薬売りは部屋の四方に呪符を貼り付けながら言った。

 

「私達自身が…知っている…?」

 

「この屋敷にモノノ怪が現れた理由。誰かが何かを恨んでいる…それを知らねばならぬ。」

 

沈黙がその場を支配した。

 

「そういえばここに来るまでに女中さん達が何人かいらっしゃいましたが、彼女達は大丈夫でしょうか…」

先生がそう言った瞬間飛び出そうとしたユカリを薬売りが止めた。

 

「薬売りさん!止めないでくださいませ!」

薬売りは軽やかな体術で、尚も飛び出さんとするユカリの動きを封じた。

 

「止めている訳ではありません。今ここで一人で行動するのが不味いのです。」

 

「じゃあ私も行くよ」

先生が意を決した様にシッテムの箱を取り出して言った。

 

「なれば全員で参りましょう。ねぇ、ご主人」

何か含みのある様な言い方で薬売りはユカリの父にそう言った。

 

「しっ、しかし…」

 

「女中の皆様がどうなってもよろしいので?」

 

「そう言う訳では…」

 

「では参りましょう。なに、襲われる事は無いですよ。何もしていないのなら…狙われる事は無いでしょうから…」

薬売りの物言いに先生とユカリは父親に隠し事があると悟ったが何も言わなかった。

 

薬売りを先頭とし、ユカリ、先生、父親と並ぶ様にして客間の外へ出る事にした。

薬売りが客間と廊下を隔てる呪布に覆われた襖に手をかけた。ごくりと誰かの喉を鳴らした音が鮮明に聞こえた。

 

すぱんと小気味の良い音を立てて薬売りが襖を開いた。

廊下には灯りが灯っておらず人のいる気配も無い。

 

全員が緊張と沈黙に包まれる。

 

暫しの沈黙の後、薬売りは一歩踏み出した。

何も起こらない。安堵のため息が後方の三人の口から漏れた。

 

薬売りは辺りをぐるりと見渡し、剣を構えながら玄関の方へと進んだ。

その真後ろにぴったりと張り付く様に三人がついて行く。

 

ひたひたひたと足音だけが薄暗い廊下に響く。

 

薬売りが足を止めた。

 

「あの…薬売りさん…?」

 

「どうかしたのかい?」

 

「…」

薬売りは答えず、ぴたりと動きを止めた。

 

どすんっと重たい音と共に着物を着た黒い影が落ちてきた。

女中の着物を身につけた肌の黒くつるりとしたのっぺらぼうの様な顔の無い人型である。

 

「なんっ、これは一体何なんだ…」

 

「真の姿を…奪われたか…」

 

「女中さんっ!?」

 

「これもモノノ怪の仕業なのですか…」

屋敷の主人は体を震わせながらそう尋ねた。

 

「えぇ、貴方が何も言わない限り、顔の無い死体は増え続けますよ」

 

「私は…何も…」

 

「…客間へ戻りましょうか。」

 

「ですがっ、薬売りさん!他の女中の方が…」

 

「これだけの状況になっているにも関わらず、全く人の気配が無い。もう手遅れでしょう。」

 

「そんな…」

顔を伏せて体を震わせるユカリの肩に先生が手を置く。

 

 

その時、どたどたと足音を立てながら何者か達が近付いてきた。

 

「っ!全員、客間へ!急げっ」

 

「で、ですがっ!女中さん達が…」

 

「もはや助けられぬ!」

 

薬売りは袖から何枚もの呪符を取り出し、空中で呪符の円弧を描くと廊下の壁、床、天井に貼り付けた。

奥から蠢く人の影が幾つも現れ手をこちらに伸ばしながら近付いて来る。

呪符は黒文字で描かれた紋様が変化し、紅く輝きを放ち出した。

影は呪符が貼られた場所を越そうとした瞬間、大きく弾き飛ばされさらに激しく蠢いた。

 

「これはその場凌ぎに過ぎぬ。さぁ客間へっ!」

 

四人は客間へと走った。

 

 

客間へとたどり着き、襖を閉めた薬売りは背負子から奇妙な弥次郎兵衛の様な道具を取り出した。

弥次郎兵衛は一人でに浮き上がり、部屋の隅を囲う様にして綺麗に並んだ。

 

「それは一体…?」

 

「これは天秤ですよ。モノノ怪との距離を測る為のね。」

 

天秤は先生とユカリへお辞儀する様に動いた。

 

「さて、既に追い詰められた様な物ですから…貴方には…話してもらわないと」

薬売りは屋敷の主人を見据えて言った。

 

「私は…何も…何も知らぬ…」

 

「お父様…」

 

「…」

 

 

チリン

 

天秤が一つ傾いた。

 

チリン

 

二つ

 

チリン チリン チリン チリン チリン

 

壁に貼り付けられた呪符が紅く輝き、モノノ怪の足音が近付いてくる。

 

ぐしゃりと呪符が歪み破けた。

 

無数の影が我先に襲い掛かろうと蠢いている。

一つの大きな影が呪符を破りながら飛び出してきた。

 

「危ないっ!」

ユカリの前に躍り出た先生はシッテムの箱を掲げようとした。

しかし、影は先生の体を突き飛ばしユカリへと手を伸ばす。

 

そして、両の手を大きく回してユカリを抱きしめた。

 

 

「…お母…様…?」

 

カチィィィィィン

 

「真を…得た」

 

 

モノノ怪 百鬼夜行 つづく

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