モノノ怪 ー百鬼夜行ー 方舟にて   作:ばりるべい

4 / 4
百鬼夜行 大詰め ー理ー

 

「ユカリのお母さんが…真…?」

先生は捻り出すように呟いた。

 

「あとは理のみ」

 

影達は床や壁から此方へ引き摺り込まんと手を伸ばし掴もうとしている。

ユカリの父は既に無数の手に掴まれ引き摺り込まれかけており、それをユカリが何とか助け出そうとしている。

薬売りは呪符を四方へ飛ばし、影を撃退しようとするが多勢に無勢である。

先生は覚悟を決めた様にシッテムの箱を強く掴んだ。

 

「薬売りっ!二人を頼むっ」

 

「心得た!」

 

薬売りは半身まで床へ飲まれかけているユカリの父へ、指に挟んだ無数の呪符を展開し叩きつける様に貼り付けた。

 

「剣よ、モノノ怪を払え!」

 

瑠璃色の柄頭の顎ががちんっと音を立てて閉じると、モノノ怪は苦しみながらユカリの父を弾き出した。

 

「お待ち下さいっ!先生がっ」

 

じたばたと暴れるユカリとぐったりとした当主を傍に抱え、薬売りは客間を飛び出した。

 

「さぁ、頼んだよ。アロナ」

先生が自分だけに聞こえる声の主に話しかけた。

 

「お任せ下さい先生!」

不可視の壁が先生を守護する様に展開され、先生は自身を取り囲む無数の影を睨んだ。

 

 

薬売りは両脇に人を抱えたまま、影も追いつけぬ凄まじい速度で屋敷を走り抜けている。

 

「何処かに安全な場所は無いか!」

 

「…奥座敷に隠し部屋が御座います。」

ユカリの父は力の無い声で言った。

 

「そんな物があるなんて…」

ユカリは憔悴した様に言った。

自身が生まれ育った家に暗い何かがある事を知り、既に相当なショックを受けている様だった。

 

数多の影を振り払い、いなしながら奥座敷へとたどり着いた薬売りは呪符を出入り口を埋め尽くす程貼り付けて、隠し部屋の入り口を問うた。

 

「…隠し部屋は掛け軸の裏にある」

 

果たして掛け軸の裏に人一人辛うじて通れる程の隙間が空いているのだった。

ユカリの父を先頭に細い隙間に身を通し、隠し部屋へと三人は向かった。

殿を務める薬売りは通路にも呪符を貼り付けながら天秤を一列に並べていった。

 

隠し部屋は細長い通路に対して思いの外広く大勢の人間が入れる様になっていた。明かりを灯すと、部屋の奥に祭壇の様な物が鎮座しているのが分かった。

 

「さぁ、話してもらいますよ。この屋敷に潜む情念の正体…」

 

「…どうせ皆助からぬ。話してどうする?」

ユカリの父は投げやりに言った。

 

「そうはいかない。この事態の鍵を握るアンタには是非とも話してもらわなくっちゃあねぇ」

 

「お父様!我が家に関係の無い先生を助けるためにも…」

 

しばしの沈黙の後、勘解由小路家の主は観念した様にぽつりぽつりと語り出した。

 

 

 

…私は元々勘解由小路家の者では無かった。勘解由小路家には代々伝わる奇妙な風習がある。家の跡取りとなるのは男児では無く長女だと言うのだ。

だが、婿入りが済むとそのまま婿が家の主人となる。そして、また次の子が女児であればそのものが家を継ぐ。この奇妙な風習は家の外でも知られていた。

婿は外の者が選ばれるのだから、皆こぞって婿になろうと競い合った。

 

私が妻であるサクラと出会ったのは学生の頃だった。

その時はまだ婿入り事など気にしてはいなかったが、遠目にも美しい娘であるのは分かる程だったので、自然とお近づきになりたいとは思った。

しかし、サクラは別の男、しかも私の親友の男に惚れておった。

私と奴の家は勘解由小路家程では無いにしろ、それなりに名のある家の生まれだった。周りの者達も自然とどちらかが婿になるに違いないと噂した。

だが、この条件では私が部が悪いのは分かりきった事だった。

私は半ば諦めていた。

 

意外にも勘解由小路家の親族が選んだのは、私の方だった。

私自身としては願ってもない事だったが、サクラやあの男には何とも申し訳ない様な感じがして素直に喜べんかった。

 

あいつが自殺したのを知ったのは、婿入りしてすぐの事だった。

あいつが家業を継いですぐに返しきれない借金が出来てしまったらしい。

サクラはあんまり口を聞か無くなってしまった。

 

幾年か経ってサクラは身籠った。ユカリだ。

ユカリが生まれたのを皮切りに、サクラもよく喋り、笑う様になった。

 

…だが、サクラはユカリが乳離れして直ぐに病にかかり死んでしまった。

きっとサクラの情念はユカリが大きくなるまで生きられなかった事への…

 

「違う」

 

 

「薬売りさん…?」

 

 

「それは…理では無い」

 

 

「俺を誑かすのは構わんがな。娘を助けたければ真実を話せ」

 

チリンと天秤が鳴った。

 

…話せば助かるのか?

 

「少なくとも娘を助けられるぞ」

 

俺はどうなる?ユカリが助かったとて俺が助からなければ意味がないでは無いか。

 

「…お父、様…」

 

「それがアンタの本心か、だが何れにせよ話さなければ皆揃って一貫の終わりさ」

 

…それも…悪く無い…俺だけ死ぬよりは良い…

 

チリン、チリンと天秤の鳴る音が近付いてくる。

 

 

「…もう時間が無いっ」

 

ははは!皆死ぬならいいじゃ無いか!お前らも道連れだ!

 

 

ばきっと裂ける様な音と共に通路に穴が空き、黒い影が槍の様に飛んできて男の頭を貫いた。

 

黒い影の波がユカリと薬売りを飲み込んだ。

 

 

 

物心ついた時から、私に自由など無かった。

いや、もしかしたら生まれた時からだったのかも知れない。

母は既におらず、父が私の全てを決めていた。やる事、覚える事、友、果ては結ばれる相手まで。

 

だけど、心の動きまでは縛れない。

私は生まれて初めて父に逆らう程の恋をした。

 

…けれどまた私の未来は、私では無い者によって決められた。

 

婿となる人は、あの人の友人だった。

 

あの人と結ばれたいと思うけれど、この人は悪い人では無いから。

この人も、自分の意思で決めた事では無いかも知れないから。

 

だから…

 

あの人が死んだと知った時、急いで夫の所へ行った。

そうしなければ、全てを捨ててしまいたくなるだろうから。

 

行かなければ良かった。

 

夫の部屋の前で、全ては貴方が仕組んだ事なのだと知った時、もうどうでも良くなった。

死のうとすら思えなくなった。

壊れてしまったのだろうと自分で酷く冷静に考える事が出来た。

 

 

私の心にもう一度光を灯してくれたのは我が子だった。

この子の為に生きよう。そう思った。

この子には私の様な思いはして欲しくないから。私がずっと側に。

 

 

 

お前には人身供養の為の御共になってもらう。

 

父上がそう言った時、母の死の真相を理解した。

逃げられない。この家には父どころか祖父の代からの家臣もいる。

 

もう頼れるのは夫しかいない。

頼りたくなど無いけれど、この家にいてはいずれユカリまで生贄にされてしまう。

 

だから…

 

 

なればいいだろ。

 

何を言っているのか。

このままではユカリまでもが…

 

お前らがいなくなっても俺は困らん。

 

は?

 

俺は勘解由小路家の主になれればそれで良いんだ。母娘共々、俺の為に働いてくれ。

 

この男は笑ってそう言った。

 

 

…許せない

 

私はどうなっても、せめてこの子だけは。

 

…この家の者どもに罰を!死を!

 

私はこの家を許さない

 

全ては、愛する我が子の為に

 

 

 

カチィィィィン

 

 

「理を…得た」

 

「形、真、理。三様が揃い…よって今!剣を解き、放つ!」

 

トキハナツー!

 

柄頭の鬼顔が薬売りの言葉を復唱し、薬売りの顔の鮮やかな化粧が流れ落ちていく。

 

時の流れが止まり、天地は逆転するー

 

人ならざるモノ、神に等しき姿“神儀”へと変化する。

 

黒き装束を纏い、身体には蒼き紋様が蛇の様に浮かび上がっている。

 

鞘の抜けた退魔の剣をゆっくりと手に取る。

 

瞬間、溢れ出す水流の如き蒼穹の刀身が現れた。

 

神儀は現れた影の首を刎ねていく。

 

斬れども斬れども尚、影は人の形を成して現れる。

 

刎ねる、刎ねる、刎ねる、刎ねる、刎ねる…

 

数にして九十九を斬った。

 

祭壇から、大きな影が現れた。

 

影は神儀へ首を垂れて微動だにしない。

 

啜り泣く声が聞こえた。

 

「百鬼夜行。お前を斬り、清め、鎮める。我が子を守りたいと願うその情念、還れ」

 

剣を振るう。一閃。

 

「…許せ」

 

再び、天地は逆転し、時は流れを取り戻す。

 

 

 

 

「結局、お礼も出来ませんでしたわ…」

幾日か経って、元気を取り戻したユカリが言った。

 

「まぁ、彼も忙しいみたいだし、仕方ないよ。」

ユカリの隣に座り、団子を口に頬張りながら先生は言った。

 

二人はいつぞやの店で、いつの間にやらキヴォトスを出て行った薬売りについて話していた。

 

「それで、勘解由小路家は…」

 

「私が新たな主人となって1からやり直しますわ」

 

「そっか。頑張ってね、私も協力できる事があれば何でもするから」

 

「でしたら、先生?私と結婚して下さりませんこと?」

 

先生は口に含んだ茶を盛大に噴き出した。

 

 

 

モノノ怪 百鬼夜行 おしまい

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。