原神×仮面 〜剣‹ブレイド›、『永遠』の地にて〜 作:ジュンチェ
「ええい、貴様! 自分が何をしたか解っておるのかァ!?!?」
「…申し訳ありません。」
奉行府に響く老人の怒号。半ば発狂に近い叫びをあげる天領奉行・九条孝行に沙羅はただ膝をつき俯いて受け止めていた。彼は直属の上司にして義父…逆らうどころか意見すらまともに述べることすら出来ず、責め苦連ねる言葉に滅多打ちにされる様を周囲の人間たちは気の毒そうに眺めている。だからと言って口を挟めば自らに飛び火するので大半は庇う勇気すら無いのだが…
「そこそこ信頼出来るまで成長したと思ってはいたが、将軍に刃を向けた物の怪をあまつさえ保護するなど! そんな畜生など首を刎ねてしまえばよかったものを!」
「…罰は甘んじて受けます。」
「もう良い、さがれ!貴様には謹慎を命じる!!正式な処分は追ってだ!」
「――お待ち下さい、孝行殿。」
しかし、ここで異を唱えた若い男。孝行と同じく、社奉行の役職の役職に名を連ねる存在であり、老人の集いの中で嫌でも目立つ凛々しくスラリとした彼は『神里綾人』。
沙羅に対するあまりにも高圧的な態度は流石の彼にも目に余るものだった。
「処分は一時、待っておいたほうが良いのでは?仮にも稲妻を守護し戦った身である彼女が罰せられたとなれば、周囲の人間の士気や公務にも影響がでるのは明白。
それに、まさか将軍に例の騎士の『首』だけを差し出して万事解決…などと雑な報告で済ませるおつもりで?」
「…なに?」
「綾人殿…!」
若造が…!明確にピキッと青筋を立てる孝行…若造からの指摘がよほど気に食わないことが見て窺え、庇われた沙羅も焦るが綾人は怯まない。
「将軍も既に鳴神大社に保護している事は把握しているのでしょう?それをあえて何も言わないということは、解決を急いでいるわけではない…むしろしっかりと詳細を知りたがっているのでは?」
「将軍に楯突く無法者を野放しにせよと申すか!」
「そうではありません。――しかし、将軍に届くチカラを持つ以上、只者ではないことは事実。もし将軍と同じく魔神に匹敵する存在なら安易に命を奪うことへの影響は測り知れません。事は慎重に見定めるべきです。」
確かに。首を撥ねてそれ以外特に何も解らず終いとはいかないだろう。例の騎士が魔神にせよ、それらに連なる存在にせよ他国に属する勢力の者なら鎖国する稲妻において厄介な外交問題に繋がる可能性がありうる。また仮に魔神だった場合、命を奪った瞬間にかつて離島に起こった災害と同じことになりかねない。
感情で采配をして良い問題ではないと綾人は示す。
「――さて、先程から黙っておいでですが…勘定奉行として柊様の意見も頂きたいのですがどうでしょう?」
「…ぬっ!?」
ここで、だんまりを決め込んでいたもうひとりの老人に話のバトンを渡す。勘定奉行の役を担いながらすっかり、他奉行の勢いに呑まれていたこの男…柊は『ええい、何を今更…』と顔に滲ませつつもおもむろに口を開く。
「勘定奉行として、稲妻の国益を損なう行為は看過できないが…鳴神大社の化けぎ…コホン、巫女様がおればまあ諸々の心配は無かろう。我々はあくまで役目を果たし、審議の最中で何かが起きても責を問われるのは監督不行き届きとして鳴神大社側。
孝行殿の気持ちも解りますが、決断を焦る必要もありますまい。腰を据えて話しあいましょうぞ。」
「――ッ!!」
あっさりと同じ老人を見捨て、若者の味方に。孤立した孝行にもう強引に意見を通すことは出来ず、沸騰する鍋の蓋のように肩を震わせながら席に腰を降ろす。
(若造が…イキリおって…! 今に見ておれ…!)
将軍の威光も年長者の顔も蔑ろにする若輩者如きが。眉に皺を寄せ、視線は窓に。柵の間から見えたのはこちらの様子を窺うように留まっている紅い蝶……まるで揺らめく炎のような稲妻では珍しい羽の虫。
すると、見られていることに反応したかのように飛び立ち、青空へと消えていく………その正体を知るのは自分のみ。
(将軍……必ずやあなたの御威光はこの九条孝行がどんな手を持っても御守りいたしますぞ。)
★ ★ ★ ★ ★ ★
その日の夜……
鳴神大社にて男は、悠々と拡がる稲妻の景色を眺めていた。
(風が生きている……)
世界が鼓動し、命が息づく証。優しくて暖かい透明な潮流が頬を撫でるのはいつ以来だろう。
自分の故郷の風は死を運ぶ風だった。冷たくて鉄臭くて肺を腐らせるような死の吐息。大地も生命も汚染されきったあの世界…尚も迸るはおぞましい異形たちの闘争と断末魔のみ。
それに比べて、この稲妻という国。自然豊かでまともな人間たちが生活し活気に満ちている。はじめての場所だが、何もかもが懐かしい。
「……外の景色を眺めるのがそんなに面白いのか?」
「ああ。」
後ろから『変わったやつじゃのう…』とやってくる神子に溜め息をつかれながらカズヒラは明かりが灯る城下町の方向へ視線を向ける。電気が生み出すそれと比べて強くはないが、かつて自分がなによりも護ろうとした愛しいもの…取りこぼしてしまったものだ。
「良い国だな…ここは。」
「む…そうか? 妾には退屈で仕方ないくらいだがのぅ。」
「良い、それが良いんだ。そんな平和で退屈な日常が何よりも…何にも代えられないものなんだ。」
「…そういう考えもまたひとつか。ま、お主がまだこの国ついて知らぬことが多いから言えるということもあるのじゃろうが。」
神子としても自国を褒めてくれることはまんざらでもない…だが、稲妻は稲妻で問題は抱えている。それを淋しげに佇む傷だらけの異邦人にいずれ語るべきか……いや、まずは話すべきことを話さなければ。
「お主のカードとバックルについてのことじゃが、まだ暫く妾が預かることになった。やはり、奉行どもが揉めているらしくての。明日、そのうちの1人がここに来てお前さんから話を聞くそうじゃ。無論、それまでこの鳴神大社を出てはならん。出れば最期、お主の処遇は妾が責任を持つことになる。」
「…そうか。」
まあ、そうなるだろう…納得するカズヒラ。
一連の経緯は既に聞いた。自分が打ち返した雷撃『無想の一太刀』を放った彼女は雷電将軍と呼ばれるこの国を治める神で、あまつさえ自分は意図せぬ形とはいえ刃を向け、彼女の象徴でもある稲妻城の天守閣を半壊させてしまったのだ。お咎めなしというほうがおかしい。
尚、自分が無想の一太刀に巻き込まれた理由を神子に聞いてみたところ…『よくわからんやつがいるが、消し飛ばしておくに越したことはないとあやつは判断したのかもな。』とのこと… あんまりである。
「……でも、もしあの時…」
やはり、無想の一太刀を受けていたら自分は…楽になれていただろうか。あの雷は忌々しい不死の肉体から自分を解放してくれて……
「―――どうした? 何を考えこんでおる?」
「! いや……」
やめよう。今更そんな思考をすることは神子への不義理他ならない。
それに自分には『果たすべき責任』があるのだ。残された『最後の仮面ライダー』として……まだ折れるわけには………
「む? また客人か……」
「?」
ふと、神子が鳴神大社の正面の鳥居へと目を向けた。すると、境内へガラガラとなだれこんでくる男女が一組……
「おやおや、これはまた珍しい。神里家の小間使いに仕立て屋見習いの小娘ではないか。そんなに息をきらしてどうしたのだ?」
ゼェゼェと息ぎれする見知った顔がふたつ。トーマと千織……こんな夜更けにまるで何かから逃げるように転がりこんでくるとは何事だろう。まず最初に口を開いたのはトーマ。
「すみません、宮司さま! 匿って頂きたいんですが!」
「ええい、夜更けに騒々しい。少し落ち着かんか。」
バタバタする境内。それにつられるようにひょっこりと顔を出したカズヒラ…
そして、千織の顔を見て目を丸くする。
「――――――ハジメ?」
「は?」
誰? 面と向かって人違い… カズヒラが口にした知らない名前に神子とトーマでさえ困惑するのだった。