怪物と約束   作:あーるサートゥ

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 次話投稿の仕方が分からなくて、今やっと分かりました。
 なんて面白い構造なのでしょう。いえ、本当はちょっとプンスコしてました。


お転婆令嬢、すなわち半人前騎士

 その出会いは、なんとも愉快なものだった。

 店主がいない露店の死角を覗いた青年の目に、パンに齧り付く少女が映りこむ。

 少女はバタバタと慌てた後、堂々と立ち上がって胸を張った。青年は一連の動きを、黙って優しく見守る。

 

「いい天気ね!」

 

 少女の言う通り、とてもとても心地良い晴天だ。

 

「うん、空が高いね」

 

 青年の柔らかな返しに、少女は気分良く頷きを繰り返す。

 

「ところでその手のパンだけど、勿論お金は払ったよね?」

「え゙っ」

 

 潰れたトカゲのような声を上げ、少女は顔を真っ青にする。

 変わらぬ笑顔の青年は、目を細めて百面相する少女を見つめるのみだ。少女からは死神にでも見えているのかもしれない。

 

「………………ぇえやっ!!」

 

 何を思ったのか、少女は青年へと手刀を向けた。

 引き抜き、構え、突き出す。

 素人の破れかぶれではない、剣の訓練を受けた者の動きだ。

 

「ひょっ⁉︎」

 

 しかし残念なことに、青年も荒事ができないわけではないらしい。

 迫る手刀をヒョイッと掴んだ青年は少女を引き寄せ体勢を崩すと、彼女の足二本をまとめて払い宙に浮かせる。それだけでなく、空中で一回転させた少女の手元から、食べかけのパンを奪うおまけ付き。

 あわれ、少女は手を出す相手を間違えた。

 

「ぐぇっ!」

「パン泥棒さん、お名前は?」

「タ……タムリ、ア」

 

 背中から地面にダイブした少女に、青年は穏やかな笑みを維持する。

 

「じゃあタムリア、パン屋さんに謝りにいこうか」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 

   *

 

 

「世界を救うために旅に出てる?」

「はい。これは私以外の誰にもできないのです」

「パンを盗んだことも世界を救うため?」

「うにゅっ! それはなんというか、代償と言いますか……」

 

 自称世界を救うらしいタムリアがパン屋さんに謝った後、二人はパンと漬け物を買って広間の階段端に陣取った。

 ちなみに、諸々の代金は青年の懐から出たそうな。なんと懐の深い青年であろう。

 

「そのう。家からぬす……借りた路銀が尽きまして。一応宝石なんかも持っていたのですが」

「はいストップ。こんなところで光物出さないの」

 

 大粒の宝石が付いた指輪をタムリアが見せようとするのを、青年は風のような速度で止める。

 いくら街中といえど、やたら高価なものを見せびらかすものではない。財というものは悪人だけでなく、時に昨日の善人を罪人に変えるのだから。

 ただでさえタムリアの格好は目立っているのだ、面倒事は少なくいくべきだろう。

 

「お察しの通り、大粒の宝石なんて売れません。馬と聖書は二束三文となり、二日で消えました。あとは鎧と剣ですが、これだけは売るわけにもいかなくて……!」

「世界を救うのだものね、バカみたいに目立っているけど仕方ないか」

「仕方ないのです!」

 

 タムリアはハキハキと胸を打ち、コチンと金属音を鳴らす。

 艶消しされてはいるが、美麗な鎧だった。

 滑らかな金属板が幾重にも重なり、穏やかな湖面の如く身体を覆い守る。それでいて擦過音などは極限まで削られ、動きを阻害することもない。よく見れば聖言が模様として彫り込まれていることから、神殿に関係のある宝物と見て取れた。ついでに言えば、持っている剣の鞘も見事なものだ。

 素人目に見ても、たいへん目立つ。

 少女然としたタムリアが着ているのだからなおさらのこと。

 

「で、自発的に無一文になってまで、どこに向かっているのかな」

「ジゼの山嶺ですっ!!」

 

 タムリアの宣言に、青年の動きが止まった。

 否、広場にいた多くの人間が、思わず足を止めてしまっていた。

 まるでその場だけ時間が止まってしまったように、遠くで鳴った鐘の音が薄く響いた。

 タムリアは、覚悟ある双眸を青年に向けている。

 

「ジゼの山嶺。かつて神が座り、今や『怪物』の瘴気に満たされた……あの山嶺に?」

 

 確実に訪れるざわめきよりも先に、青年はタムリアに問いかけた。

 

「はい、世界の中心たるジゼの山嶺です」

「そう、か…………場所を変えよう」

「うえ?」

 

 青年はタムリアを立たさせると、手を引いて早足に広場を離れる。

 ずんずん進む青年に困惑しながらも、タムリアはされるがままに小走りでついていくしかなかった。

 

「ここだよ、入って」

「うえっふっ!?」

 

 扉に押し込まれたタムリアが見たのは、 人っ子一人いない酒屋のような空間。

 マスターどころかネコ一匹見当たらない。

 やたら綺麗に並んだ酒瓶たちと、室内を照らす《熱輝石》だけが人の痕跡を教えてくれる。

 

(待ちなさいな、《熱輝石》があるの!? 聖律家門か神殿しかメンテナンスできないはずなのに!?)

 

 タムリアが目を白黒させる背後で、扉の閉まる音が響いた。

 ビクリと体を震わせるタムリアに、青年は優しげな、しかし有無を言わせぬ声音を聞かせる。

 

「さて、話の続きをしよう」

 

「座って?」と席のひとつを示す青年に、タムリアはガクガクと首を高速移動させた。

 

 

   *

 

 

「聞いて驚きなさい。私は貴族なのです!」

「うん、そうだろうね」

 

 でなければ宝石やら美麗な鎧やら見事な剣やら持っているはずがない、青年は心のなかでツッコんだ。

 

「しかも聖律家門で最高位の一家なのよ! 60年前の大司祭まで排出してるの!」

「60年前? 聖律の集積、ヘヒミラジヴァシオ大司祭のことかな。長い名前だよね」

「そうよ! えっ!? …………そうなのよ!! しかもジークリヴァとの交易だって担っているのよ!」

「うん、たぶん直接取り引きだけで14家くらい関わっているけど、どの家かな」

「あえ!? こ、交易は……ぶ、分家だからよくは……」

 

 いきなり連れ込まれて怖くなり勢いのまま喋り倒すタムリアは、冷静に返してくる青年にだんだん言葉が続かなくなってきた。

 こう見えても(何なら見た目通り)、タムリアはご令嬢である。

 家出しようが家財やパンを盗もうが、ご令嬢なのである。

 見知らぬ酒場で男性と対面で二人きりという状況は、わりと危機感を覚えて当然なのだ。

 

「スーハー……。いいわ、名乗らぬは家門の恥。心して聞きなさい!」

 

 勢いをつけて立ち上がったタムリアは、ない胸を張って精一杯の威厳を出す。

 青年は微笑みながら先を促した。

 

「私は聖律家門が一家、ハナカザが一人! ()()()()()が血族!」

「っ」

 

 『アハトラナ』の一言に、青年が初めて顔色を変えた。眉ひとつ分、でも確かに。

 その一言を……その響きを、青年が聞き間違えることはない。

 決して、青年が忘れることがない“名”なのだから。

 

「タムリア・アハトラナ・ハナカザ! 聖女アハトラナの末裔!!」

 

 アハトラナ――――聖女アハトラナ。

 約200年前に『怪物』を殺したと謳われる、救世の乙女。

 “アハトラナ”を名乗る者たちとは、すなわち聖女が血を繋げ続けた《生ける奇跡の保証人》。

 現存する最も聖なる血を引く少女は、傲然と言い放つ。

 

「私の望みはただひとつ。ジゼの山嶺を踏み、『怪物』をこの手で切り捨てることだけよ!!」

 

 かつて討ち取られた怪物を、今一度殺すのだと。




 にゃー
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