カントー地方に来て2日目。
「よーし、ピクニックだ。みんな出てこい」
朝日が注ぎ爽やかな風が吹く早朝。
俺はセキエイ高原の原っぱで手持ちのポケモン達とピクニックをすることにした。
俺が投げた4つのモンスターボールの中から一斉にポケモンが飛び出してくる。
イワパレス、サザンドラ、モロバレル、シャンデラだ。
「キシィッ!」
「よっ、イワパレス。元気そうだな、よく眠れたか?」
「キシシィッ!」
ははっ、何言ってるのかさっぱりわからん。
イワパレスが背負う岩を撫でてやると気持ち良さそうに体を揺する。イワパレスとは俺の物心がつく前から一緒にいるので家族みたいなもんだ。
言葉はわからなくても心は通じてるってやつだな。
「キシィッ」
「ん?昨日のバトルのことか。俺もやりたかったって?」
「キシシィッ」
「たしかにイワパレスなら"からをやぶる"からの"ストーンエッジ"で勝てたかもな」
「キシキシッ」
「リベンジはまた今度な。さ、まずは朝ごはんにしようぜ」
俺達はテーブルを囲うようにしてそれぞれベンチに座る。
今日の朝ごはんはレタス、トマト、ハム、チーズを挟んだサンドイッチだ。シンプルな味わいだがなかなかイケる。イワパレス達の口にも合うようで、みんなおいしそうに食べている。
「キュー」
俺がサンドイッチを頬張っていると、隣にシャンデラがやって来た。何やら落ち込んでる様子だ。頭の炎がいつもより弱火になっている。
「どうした?」
「キューン」
「気にすんなよ。負けたのは俺のせいだ。シャンデラはよくやってくれたさ」
「キューッ!」
「ははっ、お前も悔しいんだよな。じゃあ一緒に強くなろうぜ」
「キュッ!」
ははっ、何言ってるのかやっぱりわからん。
いつも適当に喋ってるけどこれでいいんだろうか?
なんか納得してるみたいだし、まあいいか。ポケモンとの会話はフィーリングだな。というか、逆にポケモン達は人間の言葉がわかるんだろうか。エスパータイプとかはわかってそうだけどな。あいつら頭いいし。
ポケモンの言葉がわかると言えば、あいつを思い出すな。
同じ施設で育った緑髪が特徴のあいつ。
ポケモンの言葉がわかるその才能が見つかってからは怪しい奴らに引き取られていってそれっきりだけど。
大きくなったら一緒に冒険しようとか誓ってたのにな。
…どこでなにしてるんだか。
さて、食事を終えたら片付けだ。
片付けが得意なのはサザンドラだ。左右の頭を器用に使ってテーブルクロスを畳んでいる。
その他の三匹は応援だ。こればっかりは仕方ない。向き不向きがあるからな。
片付けが終わったら…、どうしようかな。
外でピクニックをしてる内にカンナが起きてくるかと思ったんだけど、まだ寝てるのか来ないし。
「よーし、みんな! ボール遊びでもしようぜ」
暇つぶしにボール遊びをすることにした。
技は禁止で体だけを使ってボールをパスしあう。これが結構楽しいんだ。ポケモン達のちょっとした訓練にもなるしな。
◆◆◆
カントー地方に来て1日目の夕方。
カンナとのバトルを終えたあの後、俺達はカンナの勧めでポケモンリーグに隣接する施設の空き部屋を借りて寝泊まりすることにした。
ポケモンリーグの職員は基本的に常駐しており、殆どの職員がその施設を利用しているんだとか。
施設の中には各職員が使用する個室が15部屋あり、その他にも、様々な土地の酒が置かれているバーや、大きなガラス窓からセキエイ高原の夜空を一望できる大浴場等があった。
ここまで施設が充実しているのは、なんでも「ポケモンリーグの運営には万全の体勢をもって望んで貰いたい」という歴代チャンピオンの意向らしい。
粋なことをするもんだ。
ポケモンリーグの裏を見たみたいでわくわくしたが、聞いてみるとポケモンリーグに挑戦するトレーナーも利用するとのこと。めずらしいとはいえ職員以外でこの裏を知っているのは俺だけじゃないってことだ。少しがっかりだな。
俺がポケモン達を洗い終え風呂からあがった後にバーへ向かうとカンナが一人で飲んでいた。
バーに流れる曲を聞きながら酒を嗜んでいる姿は一人の時間を十分に満喫しているように見えたが、折角なので声をかけて隣に座らせてもらった。
「あなたってなんで便利屋なんかやってるの?」
会話が弾み幾らか飲んだ辺りでカンナはそう聞いてきた。
「…どういう意味ですか?」
「ごめんなさい、言葉が悪かったわね。あなたほどの強さがあれば他にも仕事はあったでしょ。それこそ四天王にもジムリーダーにもなれたんじゃない?」
「買い被りすぎですよ」
「そうかしら? もしだったらジムリーダーに推薦しましょうか? 今は色々あってトキワジムの席が空いててね。運が良ければなれるかもしれないわ」
ふむ、ジムリーダーか。
悪くないかもな。
後進育成のためにトレーナー達にバトルを教え、地域のトラブルがあれば率先して解決し、街中の人から尊敬される、素晴らしい仕事だ。
うん、柄じゃないわ。
なしなし。
ひとつの場所に居続けるのはあんまり好きじゃないんだよな。折角いろんなところに行けるんだし、旅をしないのは勿体ないぜ。
「ジムリーダーはいや? じゃあ四天王ね。ちょうどキクコさんは高齢だし、実力を認めてもらえれば交代する形でなれるかも」
ふむ、四天王か。
悪くないかもな。
って言うわけないだろ。
ジムリーダーとたいして変わらないじゃん。
治安維持のために駆り出される範囲が地域から地方に変わっただけで。
同じ理由で却下だ。
「今の暮らしが好きなのでお断りします」
この言葉は本心だ。
俺は今の暮らしに満足している。
気ままに旅をしながら依頼を受け行く先々で人助けをする。
うまいものを食べ、いい景色を見て、いい人と出会う。
最高だろ? これ以上何を望むっていうんだ。
「あらそう、勿体ないわね。給料だっていいのに」
ぐっ。
給料がいい、だと…!
俺の全財産は今手元にあるので全てだ。
かばんの中にきんのたまが2つ、あとは所持金1200円。
…おわりだ。
これ以上は逆立ちしたって出てこない。
金欠のせいで野生のポケモンを避けるための各種スプレーも買えてないくらいだ。
世知辛ぇ…。
旅をしながらの便利屋は儲からないんだよなぁ。金になる仕事がそうあるわけでもないし。
別に食うに困ってないからいいんだけどさ。
ただ、たまに贅沢したくなるときがあっても我慢するしかないのは少し寂しいよな。
「あら、興味でてきた?」
「いえ、別に」
決して。断じて。興味なんて一切ございません。
俺は喉から出てきそうになっていた手を酒と共に無理矢理胃に流し込んだ。
そもそも、俺がフリーで各地を回っていることに理由がないわけでもないんだけど…。
それはついでだしな。態々言うことでもないか。
数時間に渡って飲んだ後、カンナは酔いつぶれてしまった。
部屋の場所がわからないのでカンナの手持ちのルージェラに頼んで教えてもらい、なんとか部屋まで背負って運んだ。
まさか酔いつぶれるまで飲むなんてな。
久し振りに飲んだんだろうか?
思えばグリーンはまだ若いし、他の四天王はあまり酒を飲まなそうだ。そう考えると、一人で飲むことはあったかもしれないが、誰かと飲む機会は久し振りだったのかもしれない。
要するに、俺と酒を飲むのが楽しくてついつい飲み過ぎてしまったということか。
なーんてな。
カンナの部屋に入ると、ヤドランとジュゴンのかわいらしいぬいぐみがベッドの上に置かれていた。
このままベッドで吐いたりしたら悲惨なことになるな…。
俺はささっと2つのぬいぐるみをテーブルの上に動かした。
しかし、クールビューティのカンナにこんな一面があったなんて少し意外だな。昼間のバトルからは想像もつかない。
意識が朦朧としているカンナに水を飲ませ横向きに寝かせた後、ルージェラにもし何かあったら人を呼ぶことを伝えた。
「ルージェラ、頼んだぞ」
「はいはい」
「"はい"は一回でいいよ」
「はいはい」
「…赤ちゃんが四つん這いで歩くことは何て言う?」
「はいはい」
「英語で高い高いは?」
「はいはい」
「別れのときの言葉は?」
「はいはい」
「いや、ばいばいだろ」
ぺしっと軽くルージェラにツッコミをいれるとちょっと驚いていた。
あとで図鑑で調べるとルージェラは人の言葉に似た言語を発することがあるらしい。つまりあの「はいはい」は全て適当か。
ま、俺の指示はちゃんと理解してくれただろう。
エスパータイプだし。
知らんけど。
◆◆◆
で、今日の朝。
ポケモン達とのボール遊びに熱中しているとカンナがふらふらと死にそうな顔で現れた。
「ごめんなさい。遅くなったわね…」
「みんなと遊んでたんで平気です。それより体調大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」
「…大丈夫って言いたいところだけど、正直に言うと気持ち悪いわ」
「ラムの実のスムージーいります? 二日酔いに効きますよ」
「いただくわ」
俺はレジャーシートを新たに広げカンナを座らせると、ハンドミキサーを使ってラムの実のスムージーを作った。
緑色のスムージーだ。瓜科に似た独特な匂いがあるので苦手な人もいるけど、俺は淡い甘味とスッキリした後味が結構好きなんだよな。
「どうぞ」
「どうもありがとう」
ゴクゴクとカンナがラムの実のジュースを飲み干す。
顔色はだいぶよくなった。
クマシュンからツンベアーに進化した感じだ。
「昨日は悪かったわね。部屋まで運んでくれたんでしょう?」
「気にしなくていいですよ。気付いてたんですか?」
「いえ、ルージェラが教えてくれたの」
「ルージェラが?」
「ええ、ジェスチャーでね」
ジェスチャーかい。
器用だな、ルージェラ。
「それでね、あの、…見たでしょ?」
「かわいらしいぬいぐるみのことなら全く見てませんよ」
これっぽっちもな。
神に誓ってもいい。
「見てるじゃない…!」
「ええ見ました。かわいいですよね、ヤドランとジュゴン。名前はあるんですか?」
「ランとゴンよ、ってそうじゃなくて! 誰にも言わないでね。秘密にしてるんだから」
「恥ずかしがることないでしょう」
「うっ、だって、似合わないでしょ」
「たしかに普段のカンナさんのイメージとは違うかもしれないけど、別に変じゃないですよ」
「そ、そう? とにかく! 誰にも言わないでね。お願いだから」
「任せてください。俺の口はツボツボのように堅いので」
「…それって筒抜けって意味じゃないわよね?」
ばれたか。
ま、言わないでと言うなら言わないさ。
言った方がファンとか増えそうだけどな。
ギャップ萌えで。
「それじゃ、行きましょ」
そう言ってカンナは立ち上がった。
「もう平気なんですか?」
「ええ平気よ。あなたが作ってくれたスムージーが効いたみたい」
「それならよかったです。また飲みくなったらいつでも言ってください」
「ええ、ありがと」
グリーンのところへは俺のサザンドラに乗っていくことにした。カンナが首の根本、俺が背中に乗る形だ。
行き先はカントー地方の中央部にある娯楽と商業施設が充実した都市、タマムシシティだ。
「グリーンはタマムシシティで何をしてるんですか?」
「半年ほど前に崩壊したある犯罪組織の残党狩りよ」
「それって…」
半年ほど前、カントー地方を中心に圧倒的資金力と軍事力を有し、行ってきた悪事の数々から海を越えてその名を恐れられた犯罪組織があった。
その組織の目的は世界征服だった。
資金を得るためには手段を選ばず、強奪・乱獲してきたポケモンを売ったり、様々な事業に裏から関与した。また、屈強なポケモン達を捕まえては鍛え上げ、一国の兵力に匹敵する程の軍団を作りあげた。
だが、組織はその結果に満足せず、目的のために更なる力を求め続けた。
世界にまたがるコネクションを駆使し、莫大な資金援助を謳い文句に、各地から集めた優秀な科学者達に人造のポケモンを作らせた。その研究は実を結び、終には全てのポケモンの遺伝子を持つと言われるミュウの子どもを使って最強のポケモンを作りだすまでに至った。
その組織の名はーーー
「ロケット団よ」
◆◆◆
《side:???》
某日某所。
「みなさん、来てくれてありがとう! オレが臨時部隊隊長のフウトです。どうぞよろしく。
先日、俺達はあるものを開発しました。
これです。
名前をBB玉。見た目はただの黒い飴玉だけど中身は違う。
これは覚醒剤です。
効果は単純。なめるだけで頭は冴え、気分は爽快、最高に気持ちよくなれる薬です。
おっと、自分で使おうなんて思わないで下さいよ。この薬を使用したが最後、人間をやめることになると思ってください。
脅しじゃないですよ。事実です。
この薬を服用している間は生きながらにして天国に行けますが、代償として効果が切れた途端に地獄へ落ちます。
正確には薬以外の幸福を感じられなくなると考えてください。
つまり、これには依存性があります。
…みなさん、これの価値に気付いたみたいですね。
砂漠で脱水症状で死にかけている人に水を売ったらいくらで売れるのか?
答えはその人の全財産です。
BB玉は服用者にとって砂漠の水になる代物です。
価格は10粒で一万円。
この価格はここにいるみなさんのための特別価格です。
みなさんは優秀です。オレ達は信用できるバイヤーを見つけるために虚実織り混ぜ噂を流しました。その噂の真偽を判別しオレ達の仲間の一人に辿り着けた人だけをここに招いています。
みなさんには有用な噂話を聞き分ける耳があり、金の匂いを嗅ぎつける鼻があり、価値あるものを見分ける目があります。
賢明な判断を期待してます。
とは言っても百聞は一見に如かず。実際の服用者をお見せしましょう」
壇上に上がるフウトが指を鳴らすと、舞台袖から2人の団員によって1人の老人が運ばれてきた。
老人は目隠しを付け後ろ手に縛られており、意識が朦朧としているようだ。
「おはようございます、博士。いい夢は見られましたか?」
老人はフウトの言葉が聞こえていないのか、ぶつぶつと何かを呟き続けている。その呟きからは時折「ミュウツー」や「すまない」と言った単語が僅かに聞き取れる程度だった。
「…失礼、いい夢を見ている最中でしたね。
博士、薬の時間ですよ。辛いことは忘れましょう。あなたには幸せになる権利があります」
突如、フウトの言葉に反応した老人は興奮したように捲し立てた。
「忘れる!?そんなことできない。私は忘れてはいけないんだ。あの子に私はなんてことを。ああ許してくれ!ミュウツー。私は、私は…!」
「いいんですよ、忘れて」
フウトは微笑みを浮かべて老人を優しく宥める。
「辛いことは忘れてもいいんです。
あなたはかつてオレ達の組織から多額の支援を受けましたが、そんなことは些細なことです。
あなたはその支援で得た金を使い、珍しいポケモンの子どもを素体に非道な実験を行い最強のポケモンであるミュウツーを作りましたが、それも大したことではありません。
そのミュウツーはあなたに怒りを抱き研究所を破壊した後に逃げ出して、今はオレ達の敵である少年の手に捕らわれていますが、これらも全部どうでもいいことです。
そうでしょう?あなたにとってはそうだったはずだ。
だから、あなたはオレ達の組織が支援した恩も忘れ、逃亡したミュウツーを取り戻すこともせず、償いと称して何の因果もない捨てられたポケモンを保護してきたんでしょう?
あなたはただ自分の過去から目を背けてきただけだ。
それは忘れることとなにも変わらない。
今までと同じ様にこれかもずっとあなたは忘れたままでいいんです。
さあ、薬を飲みますか?これは悪いものじゃありません。あなたの心の平穏を取り戻し、純粋だったあの頃を思い出させてくれるだけですよ」
フウトは震える老人の肩に手を起きながら老人の返答を待った。
数分も経たない内に老人は自身の欲求に抗えなくなった。
「…薬を、薬をくれ。あれがないと私はもう…!」
「もちろんです!」
フウトが老人に薬を飲ませると、老人は今までおどおどしていたのが嘘かのように安心した表情を浮かべ大人しくなった。
「さて、薬の効果はお見せした通りです。この老人はかつて優秀な研究者でしたが、今ではこのザマです。
実際は今の薬のやり取りに金銭が発生するわけですね。
どんな人間も一度服用させてしまえば金づるに成り下がると考えると、この薬の素晴らしさがわかると思います。
ぜひみなさんのご購入をお待ちしております。
ご清聴ありがとうございました」
フウトが頭を下げると団員達が拍手をする。
招待されたバイヤー達はこの場の空気に飲まれ、続くようにして拍手を送った。
◇◇◇
《side:フウト》
「さて、経過はどうかな? ブンコ」
集会を終えたオレ達はアジトに戻っていた。
部屋の床には幾つものアタッシュケースが置かれており、テーブルの上には先程の集会で得た大金が札束の山になって積まれている。
「あんまりよくないよー、リーダー」
ブンコは逆向きに椅子に座り、床につきそうでつかない足をパタパタさせながら答えた。
ロングウェーブの紫髪が顔を覆っていて邪魔そうだ。たまに「切ってあげようか?」と聞くけどいつも断られてしまう。なんでも以前サカキ様に「綺麗な髪だな」って褒められたらしい。
「わたしがさわっても、頭のなかぐちゃぐちゃしてて、よくわかんなかったー」
「そうか、ダメだったか…」
ブンコはサイキッカーだ。
その力は強力で10歳でありながら、生物・非生物を問わず触れたモノの記憶や思考を読み取ることができるサイコメトリー、触れずとも人の腕程度は容易く折れるほどのサイコキネシス、条件は不明だがときどき未来視も行うことができる。
特に有用なのはサイコメトリーだ。この力のおかげでシルフカンパニーの社長からマスターボールの製造方法を読み取ることができた。
かつて親に捨てられそうになっていたこの子を、今はお隠れになっているサカキ様が手ずから引き取りにいったのも頷ける。
「そうなるとミュウは諦めることになるね」
ミュウを手に入れるには条件がある。
博士の手記に書いてあったことだが、ミュウに会うには清らかな心と強く会いたいと思う気持ちが必要なんだ。
オレが今やってる実験は、博士に薬を使ってトリップさせれば、一時的に清らかな心と強く会いたいと思う気持ちを取り戻し、再びミュウと会えるんじゃないか?というものだ。
実験は失敗だ。
ブンコにはサイコメトリーで博士が清らかな心を取り戻せているかの確認をしてもらっていたが、やはり薬を使った程度では人の心は清らかにならないらしい。
残念だ。そうなると、あれの使い道はほぼないんだけど…。
「やっぱり博士が保護したポケモン達を人質にして最強のポケモンを作らせた方がよかったかな」
「それには及ばないだろう」
ぬっと入口の扉をくぐり入ってきたのは無精髭を生やしたのっぽでアフロのギネだ。
その顔色の悪さから死装束を着ているみたいに見えるが、着ているのは白衣で彼は研究者だ。
「博士の研究は小生が理解した。どちらにせよ設備がない。再現は不可能だ」
「来たんだ、ギネ。てことは完成したの?」
「ああ」
ギネは頷くと手に持ったケースから1つのボールを取り出した。モンスターボールの上半分を逆Tの字で紫に塗って白字のMを張り付けたような見た目のそれは、全てのモンスターボールの頂点にしてシルフカンパニーの最高傑作だ。
その名もマスターボール。
伝説のポケモンであろうと他人のポケモンであろうと、一度このボールを当ててしまえば絶対に捕まえることができる反則級の代物だ。
「材料不足ゆえ今は一つしか作れないが」
「充分だよ!ありがとう、ギネ!」
オレは思わずギネを抱き締めた。
白衣に染み込んだタバコの匂いがした。
「ギネ、すごい。おめでとうー」
「ああ」
気だるげなブンコに褒められたギネは心なしか嬉しそうだ。
「よし、これで計画を次に進めることができるね」
「次は三鳥か?」
三鳥とは、ファイヤー、サンダー、フリーザーのことだ。
それぞれが一般ポケモンとは隔絶した力を持ち、伝説の名に相応しいポケモン達だ。
目撃情報から居場所はだいたい絞れており、捕まえに行くのは難しくない。
ただ、他の伝説のポケモンと比べると強さが見劣りするんだよね。
「それも悪くないけど、一つしかないマスターボールを使うのは勿体ないよね」
「ならばどうする?」
「狙うならやっぱり最強でしょ」
「ミュウツーか…!」
ミュウツーなら文句無しだ。
やつの強さを目の当たりにしたことはないけど、ミュウツーの脱走を力ずくで止めようとした人の証言を聞いたことはある。
いわく戦いの化身。
性格は強暴にして残忍で冷徹。
特筆すべきはその技の多彩さだ。ミュウの遺伝子を持つだけあって、ありとあらゆるタイプの技を覚える。しかもそのどれもが各タイプのトップレベルとの話だ。その技をミュウツーはもて余すことなく使いこなすができるという。
攻撃する際は瞬時に相手の弱点を見抜き、相手に技を放つ隙も与えずに一撃で殲滅する。
守る際はサイキック能力で事前にこちらの攻撃を察知し、圧倒的反応速度と精密な身体操作で紙一重で技を避ける。
わざわざ紙一重で避ける辺りが憎たらしい。
自分の強さに絶対の自信を持っているんだろう。
ただミュウツーを捕獲するにあたって一つ問題がある。
「そ。でもミュウツーはレッドの手持ちでさ。そのレッドは現在行方知らずなんだ」
「むぅ…」
「大丈夫。居場所が分からないなら引きずり出してやればいいのさ」
「それは…?」
「グリーンを誘拐しよう。彼はレッドの親友だからね」
「なるほど」
「決行の地はタマムシシティだね。なにせ、バイヤー達がBB玉を売るのはこの都市が中心だ。いずれグリーンも薬の出所を突きとめるためにやってくるはず。それまでに都市中に罠を張り待ち伏せしよう。…!」
「…?」
オレは口に人差し指を当てると視線でギネに伝える。
オレの視線の先にはブンコが寝息を立てていた。まだ昼間だが、博士にサイコメトリーを使ったせいで疲れたのだろう。
オレはブンコをだっこしてベッドに運ぶことにした。
くっ、持ち上げると結構重いな…。
はじめて会った時は痩せ細ってたのに、子どもの成長は早いってことか。
「うぅ…サカキ様」とブンコが寝言をもらす。この子にとってはサカキ様は親みたいなものだ。長らく会えていないから寂しいのだろう。
サカキ様はレッドに負けたあの日、ロケット団の解散を宣言した後お隠れになった。
オレ達に力があればレッドを早めに排除して、サカキ様に屈辱を味わわせることもなかったのに。
もしレッドがいなければ今頃オレ達はもっと…!
不甲斐ない我が身が恨めしい。
でも、大丈夫だ。この悔しさは次に活かせばいい。
サカキ様はいずれお戻りになる。
それまでにオレ達の手でロケット団の勢力を取り戻すんだ。
今度こそ世界を征服するために。