「本当に久しぶりだねぇ。元気だった?体調は崩してない?」
「えぇ。元気も元気っすよ。アホなもんで、あれから風邪ひとつひいた事ねぇっす」
「ダメだよ、自分をそんな風に言っちゃ」
「いや、これは口癖みたいなもので……」
「メッ!だよ!」
「……うっす……」
学園へ通じる道をゆっくりと歩きながらのエマさんとの会話は、なんというか……案外、普通だった。
もっとギクシャクすると思ってた。責められても仕方ないと思ってた。なのにこの人はそんな様子なんて全く感じさせない穏やかな雰囲気で、ワタシなんかを気にかけてくれている。
……ちょっと話しただけでも分かる。エマさんは、何にも変わってない。
朗らかで、優しくて、自然に誰かを慮れる。そんな素敵な人のままだ。
……歩夢ちゃんといい、ワタシってばそういう人が好みなのかなぁ……
「えっと……改めてすみません。盗み聞きしちゃって」
「反省してるのならいいよ。でも、なんであそこにいたの?」
「あー……ワタシ、幼馴染なんですよ。侑と歩夢ちゃんの」
「え?へええ!?幼馴染!?いいねぇいいねぇ、素敵だねぇ!あ、もしかして2人が心配で着いてきてたってこと?」
「だいたいそんな感じっす」
ウソは言ってません。事実を全部語ってないだけです。
……ワタシはエマさんに対して嘘をつきたくない。どこまでも誠実に接してくれる人に、そうするのは失礼だと思ってるから。その程度の人間性は持ち合わせてるんだよ。ワタシだって。
多少なりともこっちを揶揄おうとしてくる相手なら気兼ねなく反撃するけどね。かすみちゃんとか侑、キミらの事だよ。
「そっかぁ……2人と一緒に、同好会に入るつもり、ない?」
「無いっす。戻るつもりも、入るつもりも」
「……そっかぁ」
あんな別れ方をしたのに、それでも誘ってくれる感謝の念と、それを無碍にする心苦しさ。歩夢ちゃん達に誘われる時はまた違う苦々しさが、口の中を駆け巡る。目に見えてしょぼんとするエマさんに、決意が揺らぎそうになる。
……それでもワタシは、もう同好会に関わるわけにはいかないんだ。エマさんのためにも。
「……同好会、最終的にどうなるかは分かんないですけど、続けられそうっすね」
「……うん。そうだね。せつ菜ちゃんにも、戻ってきて欲しいけど……」
「本人は綺麗に終わったと思ってたらしいですが」
「……綺麗なんかじゃない。全然無いよ。私を誘ってくれたのもせつ菜ちゃんなのに、まだ一度も一緒ライブしてないんだから」
「……誘ってくれた?」
「うん。あの後……アナタが辞めた後も、結局人は集まらなかったんだ。だから"今これ以上勧誘を続けても状況は好転しない。だったら勧誘の時間を自主トレに回してパワーアップして、新入生が入ってくる新学期に改めて勧誘しよう!"って事にしたんだよ。部活動をやり始めたい人がいっぱいいるのは、やっぱり新年度始まりだしね」
「……随分、思い切りましたね?」
「えへへ、そうだね?……それで新学期になって、いざビラ配りしようと中庭に行ったら――先に居たんだよ、せつ菜ちゃんが。そこで誘われたんだぁ。"一緒にやりませんか!"って」
「……ふぅん。そうだったんすね」
「ごめんね。その時、アナタにも声を掛けようかと思いはしたんだけど……」
「いや、ありがとうございます。声掛けてくれなくて正解っす。あの頃のワタシ、メンタル微妙だったんで」
そっか。そういう経緯か。
ワタシの知らないところで色々あったんだなぁ。『ラブライブ!虹ヶ咲スクールアイドル同好会―Before―』って感じの物語が。
まぁ知らなかったっていうか、避けてたんだけど。虹ヶ咲のスクールアイドル事情から。エマさんが加わってるって知ったのも"原作"知識がインストールされた、その時だったし。
……そう。今まで避けてた。敢えて考えなかった。気が付かないフリをして自分を誤魔化してた。
エマさんが同好会に参加してるって事実を。
"原作"を守ろうとするなら、いずれ向き合わないといけないって未来と。
侑と歩夢ちゃん以外に、ワタシと繋がりがある人にして……昔、傷つけた人との、再会を。
はは、ビビリの上に先延ばし癖って。ひっでーの。
「でも本当に感謝してるんだよ、せつ菜ちゃんには。おかげで人数が集まって、スクールアイドル同好会を始められたんだから!」
「同じ人のせいで終わりそうになっちゃってましたけどね」
「それはそうだね。それで責任を感じて、去っていこうとしちゃってる……あの時の、アナタみたいに」
……それは。
「アナタは私達を助けようとしてくれた。いっぱい頑張ってくれた……でも、私の力不足で、上手くいかなくて……傷ついて去っていくアナタを、留めきれなった」
「エマさん達のせいじゃないです。そこは絶対に。結局、ワタシがヘボヘボだったってだけなんですから。むしろワタシが足を引っ張って……」
「……ふふ。これくらいにしよっか。昔と同じ事言い合ってるもんね」
「……言い出したのはエマさんじゃないっすかぁ」
「そうだね。ごめんね?」
うん。そう。それでいい。これでいい。
エマさんに対するわだかまりなんて、これっぽっちもない。
負い目になんて感じて欲しくないし、伸び伸び楽しく活動して欲しい。
本当に。心の底から、そう思う。
「まったく。そういう意外と強情なとこ、全然変わってないっすね」
「そうかな?……でもね?変わったこともあるよ……ううん。ついさっき、変わった事かな」
「はい?」
「――もう、絶対に後悔したくないって、思うようになったよ」
……?
えっと……?後悔したくない?
「……普通の事では?」
「ふふ。うん。そうだね、普通だね。だから――もう、躊躇わない。迷惑だって思われたって、嫌われたって、自分が必要だと思ったらお節介を焼く。その"一歩"を踏み出すのを、もう……怖がらないって決めたの。怖くても踏み出すって、そう決めたの」
……エマさん、何言ってるんだろ?別に敢えて言葉にしなくたって、エマさんはお節介を焼き続けてたと思うけど。
っていうかもう中庭着いちゃったよ。あのイベント、いつ始まるんだろ。それに間に合うように切り上げないと。エマさんを屋上に送り出さないとね。
でも……うーん。エマさんが何を話したいのか、いまいち分かんないんだよなぁ……それが分からない事には切り上げるのも……
「新しい同好会での活動中、みんながちょっとずつ不満を持ち始めてたのに、それに干渉するのを躊躇しちゃった。1回失敗した私が同好会の方針に口を出しちゃダメだと思って、逃げちゃってた……その結果が、これ。私もせつ菜ちゃんと同じ。2度も後悔した。特に今回は、何もしなかった。それがこんなに悔しいだなんて……やった後悔以上に、やらなかった後悔がここまで痛く感じるなんて、知らなかったよ」
「…………」
「どんな未来になるか分からなくても、それでも踏み出すことの大切さを……昔の私は確かにそれを知っていたのに、いつの間にか臆病になって忘れてた。それを、歩夢ちゃんに思い出させて貰ったの」
……歩夢ちゃん?さっきの歩夢ちゃんの話……のこと?それが、一体……
「だから――私、やるね」
「はぁ……何をです?」
そしてエマさんは一度目を伏せ、改めて見開いた。
落ちた眉根。上がる口元。傾げられた小首。
見るからに躊躇いながら……でも、止まらずに。エマさんは口を開く。
「ねぇ。一緒に屋上に行こう?」
「え?嫌っすよ。ワタシ関係ない……」
「そこで、アナタもせつ菜ちゃんと話そ?」
ガキリ、と。
体中の関節が、固まる音がした。
「……いや、なんで……」
「アナタが今感じてる事、せつ菜ちゃんに直接ぶつけた方がいいよ」
「…………な、にを」
びゅおう、と大きく風が吹く。
エマさんの三つ編みと、ワタシのパーカーが、バタバタとなびく。
「だって今……アナタ、せつ菜ちゃんの事――ちょっと苦手になりかけてるでしょ?」
その声は。校内を吹き抜ける強風なんて物ともせず、ワタシの耳に突き刺さった。